ビルから聞いて、私はここへやって来た





あるホテルの地下にあるショッピングモールへ







この場所は相変わらず 喧騒に満ちている


引き起こしているのは、決まって争う
こしあんぱんとつぶあんぱん達





いつも思うのだが…


彼らは何故争う事を止めようとしないのだろう


まるでそれが当然であるかのよう
自分達の優劣を決める為、戦っている





その在り方自体を疑った事は無いのだろうか…







「あんぱん達も、よくやるよなぁ…」





ため息混じりなその言葉を呟くのは


ただ一人噴水のヘリに腰かけ、あんぱん達の
紛争を眺めている一人の少年





いや…ひとつのストロベリージャムパン
呼んだ方が正しいのかもしれない





「本当ね 少しは学ぶ事を
覚えて欲しいものですわ」


「まぁ、アイツらバカだから仕方ねぇよ」





たゆたう水の涼しげな声音に
やや呆れ気味に彼は返す





私はそっと横手から歩み寄る


なるべく、床に転がるあんぱん達の
腕や足などの残骸を避けて





お加減いかがですか?廃棄君に水さん」





挨拶をすれば 廃棄君はこちらへ顔を向ける











「君の位置、僕の位置」











「あら、ごきげんよう」


「ん?何だよ あんたがここに来んのは
珍しいな、


「そうですね…お隣座っても?」


「いいけど」





お許しをいただいたので、適度な距離を
保って隣へと腰かける







「で…何しに来たんだよ?」





つっけんどんに返され些か戸惑うも


私は向き合い ゆっくりと言葉を紡ぐ





ご迷惑かけた謝罪とお礼を、改めて
申し上げようかと思いまして」


「カビの生えたパンごときに律儀だなあんた」


「それを言えば私とて元々は
無様な卵でしかありませんから…」







チャプリと波が立ち、水が諌めるように言う





記憶の番人が必要以上に己を卑下するのは
よろしくないわよ、


「すみません 長い間疎まれ
蔑まれる事に慣れてしまったもので…」


必要とされる役目があるだけマシだろ」





吐かれたその言葉は、どこかトゲが
あるように感じられた







改めて廃棄君を見やると


彼はばつが悪そうに視線を逸らす







「…あの、まだ怒っていらっしゃいますか?」


「何が?」







自分で言うのは少しだけ気が重かったけれど





意を決して、訊ねてみる







「歪んだ私がアリスに行ってしまった
許されない過ちを」


「別に あんたのせいじゃねぇだろ」







どこか遠くを見つめたその姿勢のまま





「シロウサギと同じで、あの時のあんたも
アリスを思って行動してた…」





廃棄君は淡々と言う





「だからオレもただアリスを助ける為に
戻ってきた、それだけだ」



「…そうですか ともあれあの時は本当に
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


、もう終わった事なんだから
あまり気にしてはいけないわ」


「ええ…ありがとうございます」





水に励まされ、私は噴水へ会釈を返す









しばし訪れた沈黙を埋めるのは





ひそやかな水音と争うあんぱん達の怒号







「なぁ、一つ聞いていいか?」





不意に 廃棄君が私へと問う





「…私でよろしければ、承りましょう」







答えると、さきほど同様に視線を宙へと
固定しながら彼はぽつぽつと語り始める







「役目があるあんたと違ってオレには
もう存在意義はほとんど残されてねぇ


猫みてぇに一緒にいられないし、番人や
女王みたいに特別な力があるわけでもない」







廃棄君がそこで、己の手の平に視線を落とす





「前はひたすら誰かに食われたかったけど
どうしてだか…今はそうは思えない







パンの一族は…特にストロベリージャムパンは
"食べられる"事に強い執着を持つ







ドードーを満腹死させて以来


鶴岡パン店の地下に囚われる事になった
たくさんのストロベリージャムパン達と同じように





廃棄君もまた、誰かに食べてもらう事を望んでいた







初めてアリスに会った事で 望みは果たされ





彼は本来ならばそのまま消えていくハズだった存在







けれども…彼は今、こうして存在し
私と言葉を交わすことも出来る







歪んだ私に襲われたあの時に





"アリスがそう望んだ"から









「時々、ふとあいつらやあんたが
羨ましくなる事だってある」







あんぱん達と水とに顔を向けてから





最後に、私を真っ直ぐに見据えて







…オレはこのまま、ここに
残ってていいのかな?」








そう問いかけた廃棄君の声は


どこか不安に満ちているようだった







「確かにあなたには、何も存在意義や
役割はありません…けれどそれが
どれ程の意味を持つと言うのでしょう」


「どういうこと、だよ?」





眉を潜める廃棄君に 私は噴水を
手で示しながら言葉を続ける





「ここにいらっしゃる水さんは、アリスを慈しみ
支える為だけにこの場所にいらっしゃいます」


「ええ…でもアリスを思う存在は私達だけではない
それに、大した力が無いのもあなたと同じよ」





穏やかなその言葉が終わってから


示した手を自らの胸に当てて口を開く





「私も記憶の番人という肩書きこそあれど
違いと言えば、ただそれだけです」









影ながらアリスの記憶を守り


望まれるままに、その記憶を司る





…それだけが我の役目







何の因果か 今はアリスにお呼びいただく機会も
増えてはきたものの





本来ならば認識される事すらも許されず


ただただ遠くで見守るだけだった存在だ








「じゃあ、オレはどうなんだよ…?





急に激昂するように言葉を吐き、廃棄君が詰め寄る







「たまたまアリスがこの場所であんたや
あんぱん達に襲われたから…だからオレを
思い出して 助けを求めたんじゃねぇのか?」



「そうかもしれませんね」


「っほらやっぱり」


「でも…裏を返せば あなたはそれだけ強く
アリスに必要とされていたんですよ







言うと 彼は途端に勢いをなくして固まった







「消えていく記憶の中、望みを叶えて
いなくなったあなたを強く思ったからこそ
…あなたは今 ここにいるのです」


「アリスが…オレを?」


「そして、鏡の国でくれたあなたの助言は
私とアリスを助けてくれたではありませんか」





いまだに目をしばたかせる廃棄君へ







きちんと向き直り、私は頭をペコリと下げた





「鏡の国ではご助力いただき、本当に
ありがとうございました」



「分かった分かった 頭を上げてくれよ!







慌てたような声が振ってきたので顔を上げると


廃棄君は頬を朱に染めて戸惑っていたようだ





…カビだらけの表面なので、分かりづらいけれど







「ったく聞いたことねぇよ パンの一族に
記憶の番人が頭を下げるなんて話」


「スミマセン…でも、決めていた事ですので」







苦笑交じりに返すと 波と共に水が
"生真面目ねぇ"とささやくのが聞き取れた







「…要するに、オレはこのままでいいって事か?」


「はい」


「そうよ、私達としてはむしろあなたの
頭のよさをあんぱん達に見習って欲しいわ」


「あー…そうかもなぁ」





水の言葉に答えつつ、前方へ目を向ける廃棄君







彼らの紛争はまだ終わる気配を見せない







「全く、この争いが無ければ
私もアリスをここへお連れするのに…」


「あんたが命令すりゃいいだけだろ」





まぁ正体が卵だからか、何故かパン族は
私の命令を聞き入れることが出来るのだが…





が命令しても、あんぱん達は遅かれ早かれ
また争いを始めると思うけど?」


「それもそーか」


「住人達の大部分は奔放ですから」


「つーか、人の話を聞かない強引な奴ばっかだしな
猫しかり女王しかり」







その一事に関しては…
彼の言った二人が顕著でしょうけど







「…それでは私は用を終えたので、ここで
お暇させていただいても「ちょい待ち





出ようと思い立ち上がりかけた私を


彼の言葉と、腕を引く手が止めた







「オレはあんたと違ってアリスにゃあんまり
会えねぇんだから、最近の話でも聞かせろよ」

「そうよぉ それくらいしていってもいいじゃない」


「そうですね…失礼致しました」







謝り、座り直すと廃棄君は手を離し







「……ありがとよ」





と一言 とても小さく呟いた







「あの?何がでしょうか」


何でもねぇよ、早く話を聞かせてくれ」


「はい 只今」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:歪アリ内で好きなキャラなので、一度
書こうと思ってた廃棄君との絡みです


廃棄:これ夢小説として需要あんのか?


狐狗狸:…どうだろ?自己満足で書いてるし
展開は相変わらずの駄文だから


廃棄:自分で言うなよな…


水:私達が出れたのはいいとして、どうして
ああいう立ち位置だったのかしら?


狐狗狸:廃棄君は場所的にあの辺でたむろして
争いを眺めながら、あなたと話をするのが
日課だといいなーという管理人の妄想からです


廃棄:長ぇなオィ!まーオレはもうカビてっから
今更水気をそんな嫌わねぇけどよ


水:私達もあなたみたいに頭がよくて
面倒見のいい子は好きよ?




ほんわか系…と思っていただければなんて
淡い期待を抱いています(こら謝)


様 読んでいただいて
ありがとうございました!