正直、呼び出された時から嫌な予感はしていた







しかし 相手があの方だけに断る訳にもいかず





私は 彼女の前にいる









見目麗しい外見に、そぐわぬ大きな鎌を携えた







「時間通り来たことは褒めてあげるわ 







この城の主である―陛下の御前







「…あの、何故私をお呼びになったのです?」







聞かずにはいられず 私は尋ねる









陛下は首の無いものがお嫌いな性分


それにより嫌われている私が呼ばれる事は
普段 有り得ぬはず…







「わたくしもあなたなど呼ぶのは不本意だけれど
他に誰もいないのだから仕方ないわ」





眉をひそめてため息をつくと、陛下は
私を指して こう仰った





 一日わたくしの執事として働きなさい」


「陛下、仰る意味がよくわからないのですが」


「察しが悪いわね そのままの意味よ」





鎌を左右に弄びながら 陛下は続ける





「ウミガメの顔は見飽きたから、ビルを
従事させようと思ったの」







この城に出入りをし、首のある住人
ウミガメモドキとビルと 私のみ


なのでこの方のそれは
今に始まったことではないのだが


陛下のお相手をするのは、ほとんどが
ビルなのだけれど







「けれどあのトカゲ 余計な所で勘がいいから
どこかへ逃げたのよ」







なるほど それで代わりに私を、というわけか







…それにしても、一言くらい
告げてくれればいいのに彼も人が悪い





「理解したなら、まずはお腹がすいたから
食事をこしらえてちょうだい」











「そのお言葉は絶対ながら」











「陛下、私は執事としての業務は不得手です
粗相があっては…」







冗談などではなく、私は勉学以外の雑務が苦手だ


いや…ほとんど行う必要も
無かったと言った方が正しい





しかし陛下は聞く耳を持たない







 あなた料理の一つも作れなくて?







まずい





これ以上機嫌を損ねたら、本気で首を刎ねられる







「……畏まりました、しばしお待ちを」











キッチンをお借りし、慣れないながらも
作った料理を陛下の御前へと運ぶ









「今日のメニューは何かしら?


「ポーチ・ド・エッグのスープとプレーンオムレツ
それと、シチューとなります」







きちんと食卓に座された陛下は卓上に並んだ
料理の数々を見つめて







「卵が多いわね」


「なにぶん、調理具合が分かりやすいので…」


「そう」





短くそう告げると スプーンを手に取り
スープを口へと運ぶ







時折フォークとナイフに持ち替え、
オムレツも切り分けて同じく口へと









フン、と納得したような声が漏れる







「言うだけあって
スープとオムレツの味は、悪くないわね」


「ありがたきお言葉」







そしてシチューを一口食べた所で
陛下は、いまひとつという顔をされた







「…シチューはビルのものに比べると劣るわね
もう少し料理の腕を上げておきなさい」


「も、申し訳ございません」







知識はあり 素材もを使うのならば
人並みには仕上げる自信があるけれど





どうしても大半は見様見真似になってしまう







先程とて、仰向けに転がるウミガメモドキ
聞かなければ ろくに道具も分からなかった









…今度彼らに指南を仰ごうかな











陛下は食事を平らげ 食器を片付けた私を
ホールへと呼び戻すと







「食事も済んだことだし、
食後の運動に付き合いなさい」





微笑んで、鎌を取り出した





「運動…と申されますと、まさか


「今度は察しがいいわね
本日の運動は…首刈り鬼ごっこよ!





言葉の最中で袈裟懸けに鎌が唸る





「やはりそれですか陛下っ!!」







私は叫びつハンマーの柄で防ぎ、逃亡を開始する









あの時いった言葉は 訂正せねばなるまい







陛下は、いつだって本気で首を狙っている











飽きるまで延々と追い掛け回されて





ようやく恐怖の鬼ごっこから解放されても
私の役目はまだ終わらなかった









「ダン、あの棚の一番上の詩を取りなさい」


え!?あ、あんな高い場所 ビルだって届きませんよ」


「踏み台をつかえばいいでしょう」







とも言えず、踏み台を設置すると
一番上まで登って手を伸ばす







足元がグラグラと揺れるのが恐ろしい





どうかすると 足元の戸板がガタリと鳴り
壊れてしまうのではと肝を冷やす









どうにかお望みの書を取ってお渡ししたかと思うと





「…これはもういいわ、次のを取りなさい





すぐさま別の書籍をご所望され


私は不安定な足場と床との間を
書物を運搬しながら行き来していた











本を読むことを止めても、







「音楽が無いのはどうにもつまらないわね
、あなた歌いなさい」





陛下がいいと仰るまで


私は声の限りに歌い続けなければならなかった









ホール中に響く歌声を、階段に腰掛けながら
ぼんやりと陛下は聞いていらした





射すくめるような青い目に 少し緊張する







「歌が得意だけあって、いい声をしてるわ」







ポツリと零した賛辞の声が嬉しくて







「あ、ありがとうございま」





思わず返答しかけると、途端に陛下が
鎌を垂直に振り下ろす





「返事をしていいと言った覚えは無くてよ!」


「ししし失礼しました!!」







慌てて演奏を再開し 喉が嗄れるほど
歌を歌い続けた











万事こんな調子で数々のご命令に付き合う内、





私は すっかり疲弊していた









「だらしが無いわね さあ、次は
テラスでのお茶会を用意なさい」







て、テラスだって!?







口に出されたその単語に、
無駄だと分かっていながら私は必死に懇願する





「へ、陛下 テラスだけはご勘弁を」





鎌の刃先を、首元に突きつけられる





「あなたに逆らう権利などあると思って?」







ダメだ…やるしかないのか







「ご無礼を致しました、お許しください」





頭を下げ、諦めたように私は呟いた













城の上階にある一室から続くテラス







それなりの広さを持つスペースに
テーブルと椅子とを用意して





テーブルには無論、クロスを敷いて
上には簡単に作った洋菓子と紅茶などのセット







震える手で零さぬように入れた紅茶を


優雅に飲んで、陛下は景色を一望する







「今日はアリスの心は幸せに満ちているわ
この空の朱とあの海の赤、素晴らしいと思わない?」


「さ、左様でございますね」







私は 恐らく青い顔で無様に震えて見える事だろう







その素晴らしい景色が見えるこのテラスと


眼下にあるであろう地面との
果てしない空間を隔てているのは


足元の石床だけである





…なんとも心許ない







「あら、お加減でも悪いのかしら?





麗しい笑みを称える陛下が何とも意地悪だ







あの本棚の件でも、これも
私が高所を恐れると知っていて行っている







「お気に、なさらないで下さい」


「あらそう きっと空気が悪いせいね
新鮮な空気を吸えばよくなるわ」







言って、陛下は私の腕を引いて


テラスの縁へと身を乗り出させ―





「うわわわわっ!?」





反射的な恐怖で後ろへと仰け反り
尻餅をついてなお後退さる





「まあおかしな男だこと!」







鈴を転がすような声で私をひとしきり笑い







椅子から立ち上がると 陛下は
端の方にある手すりの縁へ寄りかかる









「ここからの眺めはもっと素晴らしいわ
もこちらへ来てご覧なさいな


「へっ陛下!危険ですからお戻りください!!」







メリメリと ごく微小ながら音がする





ちょうど陛下のいる辺りから







「手すりがあるのに何を怯えているの
本当に臆病なおと」





呆れたように笑うあの方の言葉半ばで







手すりが、根元から崩壊した







「―キャアアアアっ!





片足を踏み外す陛下と同時に、遥か下で
硬いものが砕けた音がした





「陛下!」







落下より早く陛下の腕を掴み
何とか捕まえて引き上げようとする







下には、砕けた手すりの残骸が見えている





が…怯えている暇はない







「手を放しなさい、これくらい自力で上がれるわ!」


「いいえダメです 引き上げますから
大人しくしていてください!」





しかし、陛下が暴れるので うまく力が入れられない





「その手をお放し!これは命令よ!!」







これ以上に無い強い目で、そう仰られ







けれど 私はそれを聞けなかった







「聞けません!万が一陛下に何かあれば
アリスだって悲しまれるのですよ!!」








押し黙ったその一瞬に、思い切り力を込めて
陛下をテラスの床へと引き戻した









よろけながらも姿勢を建て直し
薔薇色のドレスの埃をパンパンと叩き落とすと







憮然とした顔で 陛下は私を睨む







「申し訳ございませんでした…
しかし、陛下にお怪我が無くてよかった」


全く ここも壊れやすくなったものね」





壊れた縁の部分を見つめると、陛下は
ドレスを翻し 室内へと歩き出す





「陛下、どちらへ」


「折角の気分が台無しになったから
自分の部屋へ戻るのよ」





さすがの陛下も、危ない目に遭われた後では
お茶会をする気にもならないようだ





「手すりの修理は戻り次第ビルに行わせるから
あなたはお茶会の後始末をしておきなさい」


「畏まりました」







修理の方を任されなかったのはありがたい







早速ティーセットをトレイにのせていると





陛下が立ち止まって


ちらりと、こちらを振り返り







「…それから、わたくしを助けたこと
感謝してあげるわ 







そう呟いたそのお顔は、少し赤み
差しているように思えた









もっとも時刻は既に夕刻に近いから


沈み行く日が そう見せただけかもしれないが







「あくまでアリスに免じてよ」


「…もったいないお言葉、ありがとうございます」







深々と頭を下げる私を残し、陛下は
自室へと去っていった









居並ぶ食器や洋菓子などを片付けながら





後ほど、食堂へ降りて来られるであろう陛下のため


ずっと 今夜の夕食のメニューを
考え続けていたのだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:女王様とのお話を書いてみました
いやー相変わらず陛下はドエ


女王:お黙り!(鎌を振り回し)


狐狗狸:ぅどわあぁぁ!?(回避)


女王:に命を助けられるなど、腹立たしいわ
今すぐ訂正なさいっっ!!


狐狗狸:いいじゃないですか出番あんだけ
あったんだからぁぁ


ビル:しかし、私の出番の方がそこはかとなく
多いですね 陛下より


女王:今頃になってのこのこ現れて!
お前の首も刎ねてあげてよ!ビル!!


ビル:ご冗談を


狐狗狸:…よかったー、矛先変更してくれて




女王のキャラがおかしいことになっててスイマセン


様 読んでいただいて
ありがとうございました!