「アリスはまだ、お帰りになりませんね」


「そうだね」







呟きに、部屋に転がるチェシャ猫の生首が返す





その姿をなるべく視界に入れないように
しながら 私はアリスの帰りを待つ









前に呼び出された時の 閉口する程の暑さは


連日の雷雨で嘘のように
過ごしやすい気温へと変わっている





…台風が近いせい、とアリスはおっしゃっていた







「傘は持っていかれてましたが、アリスが
お一人で出かけられて大丈夫でしょうか…」







外は灰色の雲で覆われた空





まるで…アリスが不安な時の空のよう







今にも雨が降るのではないだろうか
考えると余計に彼女の心配をしてしまう







「不安なら、が行けばよかったのに」







まるで私の心を見透かしたような言葉





いつもと変わらぬような猫の声に、
少し苛立ちを感じた







相手に恨みがあるから 余計にそう
聞こえることは知っていても











「彼と彼らの遭遇」











「私が行っても店員の方に姿が見えませんよ
出来るとすれば付き添う事くらいです」


「でも断られてたよね、アリスに」


「あれはアリスのお気遣いです
それを無視するのは逆に失礼に当たります」







この部屋に用あって呼び出され、





すぐさま何か足りないものを買いに
出かけられるアリスに もちろんお邪魔に
ならぬよう付き添い致します、と申し出たけれど







「いいよ、そんなに遠くないし それに
を呼んでおいてそこまでさせるの悪いし」







苦笑を交えた微笑みに、それ以上
何も言えず大人しく待つこととなった









「ならアリスを信じて待てばいいよ」


「いえ別にアリスを信頼してないわけではないのです
しかしですね、もしも台風がやって来たら
ご帰宅されるアリスが大変ではと」


「心配性だねは」







いつの間にか、猫の首がこちらを向いていた


灰色のローブ越しに視線を感じながら
ため息混じりにこう返す







「アナタが淡白すぎるのです、普通
少しくらいは主を心配するものでしょう?」





チェシャ猫はニンマリ笑いを少し深くする





「そうかい?」


「…なんですか、その笑いは」


「猫は笑うものさ」







陛下といい私といい…この猫はわざと
相手を怒らせようとしているのではないか





特に最近そう思えて仕方が無い







「気にしすぎると割れるよ 


だから何で私の思考が分かるのですか!
それより割れるとか言わないでください!」





掴みかかろうとした寸前、生首は
宙に浮いて私の手をかわす







「君に捕まるような僕じゃないさ」







…そうですか、そっちがその気なら





「叩き落して差し上げますよ!」







猫を睨んで 手の中にハンマーを出現させ









扉の向こうで、足音が響いた







私達は扉と、それから互いの顔を見て頷く


ハンマーを瞬時に消失させ、
同時にボトリとチェシャ猫が床に落ちる





…こういう時だけは妙に意思が合うのが
不思議で仕方が無いですが


それもこれも、アリスのため







そうこうする内 足音は部屋へ近づき







扉が開いて 現れたのは









「何だこの生首!つうか…オレ!?」







アリスではなく 彼女の叔父様だった









猫と私を交互に見て、硬直されている







秒針の音が空白を埋め







そして叔父様は 静かに扉を閉めた









「入らないのかな?」


「…叔父様も色々あるのですよ」







我に帰り、ようやくそれだけ口にする









再び叔父様は扉を開け、手の平で眉間を押さえた







「…見間違いじゃない やっぱり」







驚かれるのも無理は無い





こちらもまさか、アリス以外に我らが
見える存在などいないと思っていたからだ







しかし、こうして対面している以上
何も言わずにいるのは失礼に当たる


私は 頭を下げてご挨拶をすることにした





「あ、これは失礼しました叔父様
お邪魔させていただいております」


「はあご丁寧にどうも…じゃなくて!
アンタ誰なんだよ!!







こちらに合わせ挨拶を返してから
再び問いただす叔父様







「あーその、ええと…私と猫が
お見えになられるようですね」


「ああ見えるよ、つーか猫ってまさか
その生首か?」


「僕はチェシャ猫さ 猫はおいしいんだよ」


「猫、あなたがしゃべると余計
叔父様が戸惑われますから黙りなさい」







首を傾げ始める叔父様の様子に
私はすっと猫を拾い上げ、口を軽く押さえる





「ふが」





もがもが何かを言いながらも暴れまわる
猫を何とか押さえつつ







「いきなり信じてもらえないのも理解できますが
とにかく話を聞いていただけますか?」


「……わかった」







叔父様は頷き、扉を閉めると
私達と向かい合うように座って 言った







「まず、アンタとその生首猫について聞こうか
何で亜莉子の部屋にいる?









いきなり難しい質問ですね どう申せば
少しでも理解していただけるでしょう…?









「平たく言ってしまえば我らはアリス…いえ
亜莉子様が創られた不思議の国の住人です」







予想した通り、叔父様の目が丸くなる







「……はい?」







私は 更に言葉を選んで







「我らは亜莉子様をアリスとお呼びして慕い
必要があらば お側に馳せ参じる存在です」


「ち、ちょっと待ってくれ」







慌てて叔父様が待ったをかけ、口を閉じる











「…つまり、アンタらは亜莉子の想像から
生まれたモノってことで間違いないのか?」


「おおむねそう思っていただいて問題ありません」


「じゃあ、なんでオレにアンタらがそのー」


見えたか、でしょうか?」







首を縦に振る彼に答えようとして、





ガリ、と小さな音と共に手に痛みが走る







痛っ…!」


「お、おい大丈夫か?」


「お気になさらず 大したことはありません」





手を見ると大きめな歯形がついていた







口が自由になったチェシャ猫が言う





「オジサンはアリスに近しいからね」


「要約すると、アリス…亜莉子様に近しい人間
あるため我らの姿が見えたのではないか、と」







猫の説明をある程度補足してから、
今度は猫を見下ろして







「それにしても何か言いたいのであれば
噛み付かなくともいいじゃありませんか」


「口がふさがれていたから仕方ないだろう?」







だからって こんなにクッキリ歯形
残るほど噛み付かなくとも…!







いや、今は猫に構っている場合ではない









いまだに疑いの目でこちらを見る叔父様に







「とにかく 我らはアリスやあなた方に
危害を加える気は毛頭ございません

それだけはどうか信じてください」








私は真っ直ぐに視線を合わせ、答える











頭をかいて 深く息を吐きながら







「…見えちまったもんは仕方ないし
亜莉子も昔からこの話をしてたからな

とりあえず、アンタ達の事は信じよう


「ありがとうございます」







深々と頭を下げて礼をすると、彼の表情が
心なしかやわらかくなったようだった







「で、なんで亜莉子の部屋にいるんだ?
それと聞いてなかったがアンタの名前は?」


「僕はチェシャ猫」


「そっちはさっき聞いた」


「私はと申します、アリスから
何かの用を頼まれ ここで待っていました」


「頼まれたって―」









扉が開き、そこから姿を現したアリスは
先程の叔父様よろしく硬直されていた









「おお…亜莉子、お帰り」


「おかえり、アリス」


「あ、ただいま…じゃなくて!
なんで叔父さんと達が話してるの!?







私は、現状をありのままに説明する







「あの、どうやら叔父様に私達が
見えたようでしたのでこうしてお話を…」


「あ、そ、そうなんだ」


「亜莉子、君に頼んだ用って何なんだ?」







たずねられ アリスは新たに戸惑い、うつむく







「そ、それは…」


「料理の味見だよね」





サラリと言ったチェシャ猫の一言に固まるアリス




「トックンしてたからね、おいしい料理を
つくるんだっ…ふがふぐ」


「チェシャ猫っ!
それは秘密だって言ったでしょ!!」





慌てて猫を抱え挙げて口を塞ぐも、
アリスの顔は赤くなるばかり





「なんだ、そんな事なら言えばよかったろ」


「っだって…こっそり作って
ビックリさせたかったんだもん…!」


「ビックリとは、一体どなたに」







彼女に問いかけを重ねた直後







「叔父さんもチェシャ猫も
も部屋から出てってー!」








私達は部屋を追い出されたのだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:叔父さんに会うだけの話だったハズが
アリスまじりに、つか前半ムダに長い!


チェシャ猫:僕らのケンカは代わり映え
しないから書かなきゃいいのに


狐狗狸:だって仲の悪い二人が一緒の部屋に
いて、ケンカにならないのはおかしいし


アリス:なんで叔父さんとがソックリか
そのへん書かなくてよかったの?


狐狗狸:まぁ"他人の空似"で片付けたって事で


チェシャ猫:またかい、テキトウだね


康平:それより何で料理の味見ごときで
全員部屋を追い出されたんだ?


狐狗狸:そりゃー秘密の特訓ですから


康平:…やっぱり、作るのは好きな子にか?


狐狗狸:そんなトコです お相手は―


アリス:言っちゃダメーーーー!!




相手はご想像にお任せします、好きなカプ
当てはめてもゼンゼンOKですので(コラ)


様 読んでいただいて
ありがとうございました!