「…良い夢を アリス」







テーブルに突っ伏し、眠りについたアリスに
ビルがそっとささやいたのを聞き





静かにドアを開け 小声でたずねる







「ビル アリスは眠りましたか?」









ビルはゆっくりこちらを振り向き、







「睡眠薬がよく効いているから
しばらくは目を覚ましませんよ 







中に入るように手招きをした









音を立てぬよう入室し そっと戸を閉める







アリスの眠るテーブルの上には、ほかほかと
湯気のたつシチューとカゴ一杯のパン





ビルはそれらを 軽々と両手に抱えた







「私はこれらを片付けますから、その間に」


「本当に感謝します ビル」







私は頭を下げるが ビルは
微動だにせず立ち尽くしたままだ







「どうかしましたか?」


「…本当に、ここで眠らせてしまって
よかったんですか?」







緑色のぬらりとした髪に隠されて
彼の視線と表情はよく分からない





けれど、貼りついた笑みは浮かべていない


それだけは確かだった







「こうでもしないと…シロウサギに
邪魔をされてしまいますから」









私はアリスの側にそっと近寄り





右肩に軽くてを添えて、記憶の操作を始めた







今だ進行しつづけている アリスの
右わき腹にある刺し傷、それの記憶を











「許されない絶対の掟」











傷の痛みのせいか アリスの記憶が現実に
戻りつつあった







それは真実を知りつつある兆候でもある









けれどまだ 戻るべき段階じゃない…







もし今戻ってしまったら、アリスは
壊れてしまう











「アリスがシロウサギを追って廃ビルに来ます
私は行かなくては」


「ビル、頼みがあります」







あちらへ行こうとするビルに僕は頼んだ







「少しだけでいい アリスを休ませてほしい」









真実を求め、歩みを止めないアリスを
少しでも休ませたい





傷の痛みを 記憶を吸い取って





僅かでいいから現実を忘れさせたい







どれだけ私が歪もうと
アリスが 真実にたどり着くまでは
















それは、ある夜更けが始まりだった











「来てくれましたか 


「珍しいですねビル、あなたが私を
ここに呼び出すなんて」







私はビルに呼ばれ 真実の法廷にいた







「時間がないので 単刀直入に申し上げます」





ビルはいつもの微笑ではなく、真剣な面持ちで
次の一言を口にした







「ついに シロウサギが歪んでしまいました」









いずれくると思っていた事とはいえ





改めて聞くと、やはり辛いものがある







「アリスがオカアサンに襲われ、自分を消そうと
わき腹にカッターを刺し…シロウサギが歪みを
吸い取った時点で 限界が来たようです」







並べられる事実は 耳を疑いたく
なるようなモノばかりで







「何て事だ…!」





うろたえる私に構うことなく、ビルは淡々と告げる







「あなたに アリスが真実を見つけ出すまで
この箱の中に記憶を封じていてもらいたいのです」









言って示したのは 法廷の真ん中にそびえる
大きく透明な箱







この箱の中には、アリスの創りし
この国に関する記憶がすべて詰まっている







国の住人を愛していたこと





私との、ほんの少しの記憶







そして シロウサギへの深い想い









愛する母のために全てを忘れ去ろうと
した時はとても辛かったけれど





アリスに幸せが訪れるなら、と我慢した









それなのに どうして現実は…
愛するもの達は、アリスを傷つけてゆく











「できますね ?」





ビルの一声で我に帰る







今は、歪んでいる場合ではない







アリスが 真実を望むのなら









我らのアリスが望むなら…私は
どんなことでもいたします」











そして眠るアリスから記憶を吸い取り







真実の案内は、チェシャ猫に託された













アリスが望む真実に辿り着くため、もしくは
真実からアリスを守るため





国の住人は皆、彼女の為に動き 姿を見せる









けれど我は会うことも許されない存在





記憶を司り 守るものだから







あなたに会えば、シロウサギに気付かれて





最悪 全てが壊れてしまう









だから―会うことも、記憶に残すことも
ないままで あなたを助けます















頭の中で 音が聞こえた





最早聞きなれた、ヒビの入る音







「…ぐっ







思わず顔を歪めてひざをつく









いつの間にか戻ってきたビルが、私の肩に
手を置いてささやいた







「もうその位で大丈夫でしょう
それ以上は後の記憶操作にも影響が出ます」







私は呼吸を整え、首を縦に振ると
添えていた手を引いた











アリスの記憶を変えるたび、





アリスの記憶が 戻ってゆくたび、





私の中で断続的に、ひび割れる音が鳴り響き


それと同時に苦痛がやってくる







熱した焼きごてを心臓に
押し当てられているかのような





或いは、心が何者かによって
バラバラに引き裂かれてしまうような





例えようの無い 痛み









シロウサギも受け取っていたそれは





アリスの受けていた痛みでもあり
また、アリスの歪みでもあった







悲しく苦しいその痛みを受けて





私は 我は アリスを苦しめる記憶を全て
消し尽くしたくなる衝動に駆られる









悲しい記憶、いっそこのまま―











肩に食い込む指の痛みで 意識が
こちらに帰ってくる







「あなたはまだ、
歪んではいけませんよ 








厳しく 責めるようにビルが言う







「アリスが真実にたどり着くまでは
…アリスがその先を選ぶまでは」


「わかっていますよ…ビル」









そう、彼が真実の番人であるように
私は 記憶の番人





アリスが真実を望むならば





アリスが、真実を 生きることを
求めているのならば







彼女がそこに行き着くまで





歪む事は許されない







それは、私だけではなく
ビルも そしてあの忌々しき猫も同じ















「もうすぐアリスが目を覚まします
…我々も 一旦ここを立ち去りましょう」







ビルが静かにそう呟く







「そうしましょう、我らのアリスが
無事に真実へたどり着くまで…」





「「全てを知るまで しばしお別れです
さようなら、アリス」」










私とビルは そう呟くと姿を消した







眠るアリスを、廃ビルに残して…








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:夢って言うよりかは短編ですね 捏造の


ビル:なぜこの話を?


狐狗狸:うわ、いたのビル


ビル:さきほどから


狐狗狸:ああそう…いや、本編でのやりとりが
ファンの間で色々言われてるじゃん


ビル:何かいけませんでしたか?


狐狗狸:…さすがに睡眠薬とか拉致はあれかと
なんで、ある意味この話はビル擁護ネタですね


ビル:それはどうも ありがとうございます


狐狗狸:でもさ、この話書いといてなんですが
傷を負ったアリスを廃ビルに放置ってどうよ?


ビル:私やは、猫やシロウサギと違い
自分の意思でこちらに長くいられないのです


狐狗狸:なるほどね




夢を読みたかった方、こんな話でスイマセンした


様 読んでいただいて
ありがとうございました!