赤き海と同じ色へ染まった空の下





「ア…リス…?」





古びた壁に身体を持たせかけていた私の前に


あの時のように、アリスが佇んでいた





始めは夢だと思った


次に己の正気が歪みに負ける寸前
脳が見せた 幻と思った







真実へと辿り着くまで 全ての記憶
箱の中へと厳重に封じられており


また、封じられていたと言える





特に私へ関わる記憶


何一つとして残さず封じて
今も肌身離さず持っているはず







だからここにアリスがいる筈が―





「今までずっと忘れていてゴメンね 





目の前のアリスは少し申し訳無さそうに
笑って、ゆっくりと口を開く











「嘆きの聞こえぬ葬式」











その高く愛らしい声も顔も仕草も


夢や幻とは思えない確かさがあり





何よりも…







「そのお名前…初めてお会いした時
あなたより賜った…!





コクリと小さく首が振られる





「あの時の私はとても幼くて…あなたは
この壁の上で、悲しんでた」







蔑まれていた自らの存在を嘆いた過去を


知っているのは私自身と
当事者だったアリス


そして真実の番人だけ






…今度こそ間違いない







「お帰りなさいませ我等のアリス」





倒れそうになる身体をどうにか正し
私はアリスへと畏まった





「何故思い出していただけたのです…いえ
それよりも、どうしてここへ?」







箱の一つが割れた歪みで間隔が
ずいぶん曖昧とはなったものの





真実の法廷で事件の記憶を取り戻し


隠し通した真実を知ってからは





あちらの世界の病院で
お休みになられていたはずと記憶している







やや間があって アリスはお答えになった







「一番最後になったけど…
、あなたに会いに来たの







どこかはにかんだ様なその一言に





例えようも無いような嬉しさ


理由の分からぬ哀しみとが、胸の内に去来する







「光栄でございます 生憎何もおもてなしを
することは出来ませんが…」


「ううんいいの、あとちょっとしかいられないし」


「そうですか…ではそれまでの短き間
不肖この私がお話し相手を勤めさせていただきます」





深々と頭を下げると、愛らしきお顔に
やや戸惑いの色が浮かんだ





「そんなに丁寧な対応されると、照れちゃうな」


「もっ申し訳ございません」


を責めたわけじゃないの ゴメンね」


「アリスが謝る事などそれこそ
何もございません!」







慌てて謝ればクスリとアリスは小さく笑った





「ここの住人の皆は、本当に優しいのね
…昔に会った時と何も変わってない







その言葉へ こちらも笑みを持って返す







「我等はアリスの為にある存在で
また、等しくアリスを愛しておりますから」



「……シロウサギも?」


「ええ 彼もあなたを愛してました」


「そう…ありがとう」





こげ茶色の瞳が刹那 陰りを見せた





「アリス…?」


「ねぇ、最後に一曲歌ってもらえる?」





問われて 私は少しだけためらった





「構いませんが 今の私に歌いきれるか…」


「大丈夫よ、の苦しみは消えたから
今だって苦しくないでしょう?」







言われてみれば 私の身体を苛んでいた
苦しみは何処かへ失せていた





アリスが訪れるまで


壁に寄らねば立っていられない程辛かったのに





「失礼致しました…どんな歌をご要望ですか?」







伺うと、特に希望は無いと仰られたので


私はシロウサギの歌っていた唄を口ずさむ









目を閉じてアリスは唄に聞き入り







終わった時に小さく拍手をしてくださった







「ワガママを聞いてくれてありがとう」


「いいのです、あなたが望むのであれば」





微笑んでいたアリスが 不意に空を仰ぐ





「ごめんね もう行かなきゃ」


「…名残惜しいですがお気をつけて」







やや俯いたアリスは奇妙なことを頼まれた





「ねぇ…目を閉じて」







言われるがままにまぶたを閉じれば





ほんの一瞬 柔らかく暖かな感触が
首と胸へ伝わって


ふわりと甘いニオイが鼻を掠めて






「あ、アリ―」







驚いて目を開けてみれば







そこにはもう誰もいなかった







「そんな、先程までここにいらしたのに…」







まるで夢のように儚く消えた
アリスと入れ違うように





「ここにいましたか」





背後に現れたのは…







「ビル」


…アリスは、私達へ最後の別れを
告げに現れたようです」


「最後の、別れ…」





その先を聞いてはいけない
警告する自分の声がいる







「真実へ辿り着き アリスは選ばれました」





けれどもビルは淡々と言葉を続け


私はそれを 止められなかった







「…己の存在を引き換えに
全ての歪みを、正す道を」








ああ…そうか


私はようやく、あの哀しさの意味を知った





本当は気付いていたのかもしれない





…けれど 認めたくなかったのだ







ビルはアリスがチェシャ猫を葬り


住人全ての前へ現れ、それぞれへ
挨拶をしたことを語った





「きっとアリスなりの
感謝と謝罪のつもりでしょう」


「…そうだと思います」







全てが終わる前に アリスは皆へ
きちんとお別れを言いたかったのだろう







そして一番最後に私を思い出された







「他の者達はもう準備が出来ています
私達も急ぎましょう 


「分かりました…アリスが望むのなら」





頷き、私とビルは足早に歩き出す







一度だけ見上げた空の色は
既に闇色へ塗りつぶされて





国の全てを覆い尽くしていた…











全ての住人が並んでいるはずなのに


この場所は、息遣いすら聞こえぬほどの
静寂に満たされている







間を空けた二列へ並んだ住人の服は
辺りへ留まる闇のように黒く





私の身を包んでいるのも


フリルがついた白服ではなく、黒だ







「女王陛下のおなりー!」







軽快なラッパの音とトランプ兵の声とが
場違いなまでに響き渡り





密やかな足音がこちらへと近づけば


列に並んだ住人達と私は
すっと、頭を低く下げた







喪主を務める女王が兵達を後ろへ従え


列の間の道を 静かに進む





彼女のドレスも漆黒に包まれ


その腕には―





黒く変わり果てた幼子を抱いていた







そう、歪みを直すことを選んだ
アリスの変わり果てたお姿







「笑いましょう それがあの子の望み」





鈴を転がすような音色で言う陛下は


優しいながらもどこか悲しげな笑みを
その顔に浮かべている







「さあ皆、笑いなさい」







もう一度言って女王陛下は再び
列の先へと進み始めれば


見送りながら 住人達は笑う





私も笑顔を浮かべてみせた









ああ…アリス


あの時、私はあなたに会えて
どれ程心踊ったでしょう







逢えないと分かっていながらも





本当は ずっとずっと焦がれていたから







最後に思い出していただけて


会いに来ていただけて 嬉しかった





……でも





それ以上に 生きていて欲しかった







私の存在を永遠に
思い出していただけなくとも





例え、何を犠牲にしたとしても








「アリス」







誰にも聞こえないよう呟きを漏らす私は


アリスへと向けた笑みをそのままに





胸の内でずっと、涙を流していた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:3つ目にてENDネタ終了のお知らせ〜


ビル:短いですね


狐狗狸:他の奴はねー絡みがムズそうなのと
似た感じのオチになりそうなのがあるから(苦笑)


女王:アリスに拍手をもらって抱きつかれて…
の首を今から借りに行くわ(鎌を装備)


狐狗狸:いや抱きしめられるのは住人なら
みんなやってもらったんじゃ(汗)


ビル:普通は本編に記載する事柄では?


狐狗狸:う…(超図星)




要は"皆の前にお別れに来たアリス"と
"葬列に参加する全員"が書きたかったんです


様 読んでいただいて
ありがとうございました!