思ったよりも それは早く


そして呆気なく訪れた







「音が、聞こえる」





呟いた声に答える者はいない





静かになったレストランの室内には
濃厚な血の臭いが満ちていた








ぐったりとした公爵の喉の皮膚は深く抉れ


遠目でも致命傷である事が分かる





夫人は小さくなられたお体の
ちょうど左半分がゴッソリと無くなっていた


まるで何か大きなモノに食われたかのように





忙しく働いていたカエル達も既に
床にうつ伏せになったまま


久方振りの…永久に覚めぬ眠りについている





「この分では 地下は
見るまでもないですか…」





果てなく長い紛争もこれで終わりだ


もう 争う相手と共に自分達も
潰されてしまったのだろうから







―また、音が聞こえた


ブツンと何かを切るような音





「さて 急がなくては」





言って私はきびすを返した


もうすぐ自分の下へとやって来る
ただ一人の住人を迎える為に





「…待っていてください アリス」











「末期の妄執」











アリスが国の扉を開いたあの夜から


我等住人は、それぞれの役割を担い
アリスの為に行動してきた







歪んだシロウサギの欠片を追いながら





一番側にいたチェシャ猫がアリスの歪みを
取り込んで、導いていた





…そこから少しずつ


歯車は 狂い始めて








深すぎたアリスの歪みに耐え切れず





ホテルで別れたのを皮切りに





チェシャ猫は独自の行動を起こし始めた









私は知っている





城の外でアリスと別れた猫が、ただ一人
赤い海を越えて姿を消した事を







時を置いて戻ってきた猫が


口の端と爪の血を 己の舌で
拭っていた事を








「…そこでコソコソして楽しいかい?





フードの下であろうとも、視線が
こちらへ向いているのは明らかだった







「その言葉 そっくりあなたにお返しします」





言いながら、その場を動かずに


私は手の中でハンマーを具現化する





「武器を構えるなんて穏やかじゃないね」





口調は変わらないが、その顔からは
ニンマリとした笑みが消えている





「まだ、消えるわけには参りませんから」





一瞬でも目を逸らしたら終わりだ、と直感した







それから互いに睨み合って


どれ程の時が立っただろう







暫くの沈黙を置いて、ドン!
大きな音が轟いた


城の扉を誰かが叩いたのだろう


おそらくは…アリスが





「…まあいいよ また後でね、





何が起こるかを察して 私は身を隠す





同時にほどなく城の扉が勢いよく開き







「おかえり、アリス」


「チェシャ猫…どうかした?」


「どうもしないよ 時間くんはいたかい?」





とても動転していらっしゃる様子で
現れたアリスを


チェシャ猫は普段の調子で迎えていた











二人があちらへ戻ってから何があったのか
そこまでは分からない





けれど、理解できる事柄は二つ







アリスが真実に辿り着くのを
諦めてしまった事





それによって崩壊した天理とともに
自由を得たチェシャ猫が


己の心が赴くままに


他の住人を消して回っている事…








音を立てて切れているのは


アリスと我等を繋ぐ天理





国も少しずつ崩壊を始めて


当然住人達も影響を受け、存在意義を
見失って歪んでゆく





私にも例外なく
歪みが滲み出していくのが分かる









この世界が完全に崩壊する前に







嘆きながら鎌を振り回す女王から逃れ


内に溜まった歪みへ飲み込まれてしまう前に
真実の法廷に辿り着いた私は







箱に封じられたアリスの真実を、記憶を





全て闇の彼方に消し去った







「……これで、アリスが壊れる事はない」





求めていた真実を諦めたのならば


せめて思い出す前に消し去ってしまおう








皮肉にも 世界が崩壊することにより
私の望みは叶えられた…







「ありがとう 君がそうしてくれるのを
待ってたんだよ」





振り返り様にハンマーを具現化して振り下ろせば


硬い音が鳴り、チェシャ猫が
少し離れた位置に着地した







灰色のローブは斑に赤く染まっている


もちろん 本人の血ではないのだろう





「呆れますね…あれからどれだけ
住人を手にかけたのですか?」


「女王とシロウサギには手こずらされたけど
もう、後はだけだよ」


「そうですか」







最もアリスを想っていたシロウサギ


それ故に歪み、悲しい道化となってしまった
彼はもう存在しない





…けれど 私の心は動かなかった





「おや、ずいぶんアッサリしているね
ここから逃げようと思わないのかい?」







問いかけにゆっくりと首を振り





「例えあなたから逃れられたとしても」





少しずつ崩れ行く法廷を見回して、私は続ける





この世界の崩壊は、もう止められない
…それが真実なのですから」


「真実の番人でもないのに真実を語るの?」





笑う猫の顔に皮肉が混じる





「白々しい…真実と記憶が密接な関係に
あることは当に分かっているでしょう」







真実は記憶によって形作られる





よってその記憶が存在しないか
記憶に誤りがあれば


いとも簡単に真実は捻じ曲げられてしまう





けれども記憶が必ずしも真実とは限らず


なればこそ、それぞれの番人は
役割を違えて行動してきた







天理が崩れるまでは 私には
アリスの行動を知ることなど不可能だった





しかし真実の番人が消えた今なら


アリスのいる場所が手に取るように分かる







チェシャ猫の事を完全に信じ


ボンヤリと椅子に座りながら
その帰りを待っている





ああ…何と可愛らしいお姿だろう


一度だけ会った時と何一つ変わらず
愛おしいその姿…







「よそ見をしているヒマがあるのかい?」





差し挟まれた声音に 咄嗟に身体を
横へと逸らしながら


流れを利用しハンマーを叩き込む





僅かな手ごたえの後、猫の身体が
少し後ろへと吹き飛んで


直後に右腕から血が噴き出した





「ヒトガタになれるようになって
案外頑丈になったね、


「いつまでもあなたに大人しく
割られる私と思わないことです」







今や私と猫に立場の違いなど無い





アリスに焦がれ、アリスを求めて







アリスを欲して狂っている








「あなたに、アリスは渡しません」





天理の切れる音が早まっていく中で







「今度こそ…骨の一欠けらすらも残さずに
叩き潰して差し上げますよ!」






距離を縮め、猫へとハンマーを振り下ろす


それを済んでの所で避けながら





「それはこっちのセリフだよ





横手に移ったチェシャ猫が突き出した爪を
紙一重でかわす





「もう二度と戻れないように
粉々に割り砕いてあげるさ」



「やれるものならやってみなさい!!」







この世界が完全に崩壊する前に


己の狂気と歪みへ身を任せ





私とチェシャ猫は 互いに相手の
息の根を止めんと戦う







アリス、アリスアリスアリス ああアリス!


待っていてください、この忌々しき猫を
潰してひき肉にした暁には


改めてあなたに会いに参りましょう





幸せな記憶と 手作りのハンバーグを持って


永遠にお側に仕える為に





もう猫の自由になどさせはしない







アリス 我等のアリス







私だけの…愛しいアリス…!









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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ENDで書きたいネタの二つ目消化〜


チェシャ猫:また流血かい?懲りないね


狐狗狸:うん…ノリノリで書いたしね
うっかり描写が行き過ぎないようセーブしたけど


女王:猫とばかりしゃべっているのに
どうして私はセリフがないのよ!!
(鎌乱舞)


狐狗狸:だってあのENDのメインは
チェシャ猫だしっ!!(逃げ)


アリス:ええと…私のいる場所については
結局何も書かれてないけど…?


狐狗狸:チェシャ猫のいう"いいところ"なんで




あと一回ほどノーマルEND書くと思います
…真実ENDは敢えて書きません(爆)


様 読んでいただいて
ありがとうございました!