アリスのお過ごしになる現実の世界


生国であらせられる"日本"独自の
文化や習慣などについての知識はあれど


以前は実物に触れる縁がなかった…





しかしアリスに思い出していただけ


勿体無くもこちらへ
お呼びいただけるようになってからは


和の光景、とりわけ"和室"という空間へ
通される機会が出来た





"襖"という紙と木で出来た扉で仕切られ


枯れ草を編んだ床材の"畳"を敷き詰め


綿を詰めたクッションに酷似した
"座布団"へ正座で座り


背の低いテーブル―"卓袱台"の上に置かれた
カップ…もとい"湯のみ"のお茶をすする


中身は紅茶ではなく 緑色の"緑茶"だ





知識として知ってはいても


実際に目にした当初は色々と戸惑った





けれど幾度か訪れるうち


独特の雰囲気が次第に
落ち着くようになっていった





…とは言うものの







「夏が過ぎたとは言え…
まだまだ暑いですね」


「まあ、もう少し過ぎたら嫌でも
涼しくなっては来るだろうけどな」





現在 叔父様と二人きりで
向かい合ってお茶を頂くこの状況に


互いに違和感を抱かないと言うのは
我ながら些か疑問を感じてしまう











「双子の三者面談」











うぉ、誰かと思ったら君か」


「あ…お邪魔しております」







アリスの部屋へ行こうと歩いていると
用を足された叔父様と顔を会わせ


少々気まずさを感じつつも挨拶をする





「おおこんにちは、で今日は何しに?」


「この間 アリスが国にお越しくださった時
お忘れになられたハンカチを届けに参りました」





言いつつシワにならぬようしまっていた
可愛らしいハンカチを叔父様へ丁寧に差し出す







アリスの不在は元から存じていたので


ご迷惑をかけぬよう、そっと
手紙と共に置いていくつもりでいたから





その手間が省けたと解釈する







「おぉそいつはワザワザありがとな」





意図を汲んでくださったのか、叔父様は
ためらわずハンカチを受け取られた







「…アリスによろしくお伝え下さい
それでは私はこれにて失礼いたしま」


「まーちょっと待て」







立ち去ろうとして、呼び止められ
恐る恐るその場で振り返る







「今日は特に亜莉子から用事で呼ばれたとか
そういうのは無いんだろ?」


「はい、私がこちらに来ただけでございます」







答えると叔父様は戸惑ったように眉根を
寄せながら頭を掻き始める





「今日は会社休みでな ちょーど話し相手も
いなくてヒマだったんだよ」





所々言葉を濁しながら


それでもハッキリと私へ仰られた





「悪いが、茶でも飲みながら
相談に付き合ってくれるか?」








断る理由も特に無かったので





「私でよろしいのでしたら喜んで」





微笑みながら、頷いた











「でまぁ相談ってのは他でもない」





真剣な顔つきで切り出す叔父様の言葉に
姿勢を正して頷く





「もう少し亜莉子と打ち解ける為に
何が必要か、一緒に考えて欲しい」


「アリスと打ち解ける為に…ですか」





ああ、と短く返す叔父様へ続けて訊ねる





「あの失礼ですが…アリスと
不仲になる事でもあったのですか?」







不思議の国が再び開かれる
きっかけとなった、あの事件は


再びこの方とアリスを巡り合せた







始めは怯えと不信を抱いていたものの


不器用ながらも優しく見守る叔父様と
温かなおばあ様のお陰もあり





アリスはお二人に対して


今や全面的な信頼を
寄せているように思えるのだが…







「そういうワケじゃないんだが…微妙に
どっか遠慮してるフシがあるんだよ」


「遠慮ですか…それは気付きませんでした」


「まぁ今まで顔も知らなかった親戚に
預けられる事になって、そこは不安とか
あるんだろうなと思うんだよ」


「なるほど」


「でもあの年頃だとやっぱり色々
扱いに難しい所も出てくるワケだ」





そこでお茶をひとすすりした叔父様の
眉間のシワが一段濃くなる





「それに最近じゃ武村さんとも
よく会うようだし…いや、別にあの人も
悪い奴じゃないのは分かってるんだが」


「…理解できる気がいたします」





脳裏にどこか恐ろしさすら感じるような
得体の知れない力のあるあの方の笑みを浮かべ


私もお茶を一口含み…







「同じ顔が並んでいるのは珍しいね」







漏れた呟きに私達は同時にビクリと
肩を震わせ右側を見る





ちょうど中間くらいに位置する距離に


音もなくチェシャ猫の首が転がっていた





おぅ!ビックリしたー」


「まったくイキナリ現れるとは
相変わらず人騒が…せ…」





口に咥えられた黒い物体に気付いた瞬間







思わず後退りつつ答える





「チェシャ猫、なんですかソレは」


「イキのいい虫がいたから取ったのさ
アリスに見せて喜んでもらうつもりだよ」





そういう部分は猫ならではなのが不覚にも
微笑ましい…が、取った獲物は凶悪だ


しかも性質が悪いことに生け捕りらしく
未だに足や触覚が不気味にうねっている





「むしろ悲鳴を上げてお逃げに
なられると思います」



「女の子だからなぁ亜莉子は」





私ほど顕著な反応を見せてはいなくても


流石に叔父様もソレに対しては
やや嫌悪しているように見える







両者の雰囲気を感じ取ったらしく
チェシャ猫のトーンが一段下がった





「…じゃあ食べるよ」


「食べなくてもよいので仕留めなさいっ
後は私が処理しておきます!!」


「そうかい?なら頼むよ


「息の根を止めてからお放しなさいっ!
うわちょこっちに寄らないでくださっぎゃあ!



「あーもーホラ、ちょっと待ってろ二人とも
殺虫剤持って来てやるから!」









無様に慌てふためいた私とは対照的に





落ち着いた様子で叔父様は殺虫剤を
手にし、猫が放した蠢くソレに噴霧し


ものの数分もかけずに息の根を止められた





「しっかし君も苦手なのかコレ」


「いやあの、死骸を片付けるのは平気ですが
生きているのを触るのはちょっと…」


「ちょっと足が速くて黒くて飛ぶだけなのに
臆病だよねは」


「あなたと一緒にしないで下さい!
私は至って普通です!!





チェシャ猫を叱りつつ転がった死骸を
何枚かのティッシュに包んで捨て


叔父様へお礼と謝罪の意を込め頭を下げる





「お手数おかけしました」


「いいって、死骸片付けてもらったし
猫君に悪気は無いんだし」







確かに捕獲したのは習性であろうから
その辺りを言及しても意味は無い





…が、咥えたまま近寄ったのは


明らかに悪意があるように思える







「それで何の話をしていたんだい?」





先程の騒ぎや私の睨みなど知らぬ顔で
猫の首は問いかける





「ああ、亜莉子ともう少し打ち解けるには
オレはどうするべきかって話だよ」


「…とりあえず顔を変えてみなよ」


「え?!」





急いで私は足りなさ過ぎる言葉を補足する





「少々申し上げにくくはありますが
…叔父様の表情は、やや威圧感が高いかと」







納得がいったらしく叔父様は右手で
あごの辺りを擦って呟いた





「無精ヒゲはマズイかな やっぱ」


「眉間のシワも良くないね」


「そんなストレートに言う人がいますか!」







困った顔が少し悲しげに見えたので
努めて柔らかく言い添える





「あの 外見から変えるというのも
一つの方法ではあると思います」


「イメチェンかぁ…なるほどな
しかしこのトシじゃキツイかもな」


「勿論 すぐでなくても構いません
出来ることから少しずつで」







そこにコロコロと叔父様の足元へ
転がりながらチェシャ猫が言う





「あとアリスは案外寂しがりだから
誰かと話をするのも好きだよ」


「亜莉子の事よく見てるなぁ猫君は」


「僕はアリスの側にいるからね」





チラリと私を見つつ言ったその一言に
若干感じた苛立ちを抑えつつ案を重ねる





「開いている時間がある時に、一緒に
映画鑑賞をするのはどうでしょう?」


「映画かー、亜莉子の好みもあるし
最近の奴はちょっと分かりづらいからなぁ」


「でしたら室内でトランプかチェス…は
ルールを知らないと難しいので、オセロを
楽しむというのも」


「そっか それもアリだな
そう言えば君はゲームとか得意なのか?」


「室内で遊べるモノでしたら一通りは」


「おお〜じゃあ今度将棋でも指すか?」


「よかったね、それなら
叔父さんにも勝てるよ」


「余計なこと言わないでください!」







それから幾つか提案を交えながらも
三人での雑談は





「ただいまー」





アリスの帰宅によってお開きとなった









……それから数日後







「あのね、ちょっと相談があるの」


「何でしょうかアリス」







お呼びになられたアリスが、口に手を当て
声を潜めてこう仰られた





「最近…叔父さんの様子が
ちょっと変なんだけど、心当たりない?」







可愛らしいご尊顔に浮かんだ戸惑いに


胸の内に浮いた落胆同情を隠して告げた





「いえ 申し訳ありませんが…」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:叔父さんとまったり茶飲み話する
ネタを書いてたのに、どうしてこうなったんだろ


康平:…何がいけなかったんだろ?(落ち込み)


狐狗狸:どどど努力は伝わりますよ!ファイトです
そして損な役回りでゴメンなさい!!


チェシャ猫:仕方ないね、の真似元だし


狐狗狸:ナチュラルに追い討ちかけない!


亜莉子:でも…もし部屋にハンカチと手紙が
あったら、分かっててもちょっと怖かったかも


狐狗狸:悪気が無いだけによりアレだね




改めて叔父さん&武村さんファンに土下座!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!