海か川かは分からない


私は何か水のようなものに浸かって
ぷかりぷかりと浮いている


身体は仰向けになっており、指一本動かせず
見上げることしかできない





眼前には透けるように晴れ渡った青い青い空





どこかに流れているのか


ただ浮いているのか







…その内、手に何かが触れる


目だけでそれを見れば
いたのはよく知っている相手だった





真実の番人 トカゲのビルが


同じように仰向けで浮かび





眠るようにして―死んでいた







そう、一目で死んでいるのだと直感した





けれども彼に対して悲しいとか
死んでいることへの疑問が浮かばない





次々と周りに知っている相手の死体が浮かぶ
まとわりつく 囲まれて…密集する





異様とも言える状態になって


ようやく浸かっている液体の正体を思い出す





ああ、ここは血の海か―











「青による終焉」











「空が…急に晴れた」







どんよりと重かった曇天の雲が
嘘のように消え去った空を仰いで





私は、小さく呟いた







火事の記憶を思い出しかけた
アリスの歪みをどうにか耐えて







女王の城から離れた浜辺で


手近な岩に腰掛け、アリスを連れた
チェシャ猫が来るのを待ちわびていた







無論 記憶の番人である我が


彼女の前に姿を現せないのは
重々承知している





それでも、ここへ来る事が
アリスにとって必要だったから





無事に導かれて到着された様子を


影ながら確認したかった







「ウデ♪ウデ♪ウデ♪ウデはどこだろ♪
ウデがなくっちゃ…」





まとわりつくような不安を払うように
歌を口ずさみ


赤い海の向こうへ幾度と無く視線を投げ…







何の前触れも無く雲が吹き千切れて
青い空が現れたので


思わず立ち上がり、先程のセリフを口にする







「どうしていきなり、こんな」







青い空はアリスが幸せである印





これが何も無い時であったのならば
さして驚かず…むしろ喜んでいた







でも、今は忘れ去られた国への扉が開き


チェシャ猫が封じられた記憶…真実へと
導かねばならない程の大事な時







それに…この空模様はどこかおかしい


まるで強調するような青が、目に痛い





思わず目を閉じるけれども痛みが消えない


所か段々と強くなっていくような…







涙が流れるのと似た感覚が
目尻から頬を伝って


同時に強い鉄サビの匂いが漂った





「…え?」





頬を拭った手には、血が一筋ついていた











首の側にはネムリネズミの身体が横たわり





膝から斜め向こうにうっすらと
帽子屋のシルクハットらしきものも見えた





女王陛下の金色の髪やグリフォンの尾も
僅かな波に揺られている


けれど…彼らは動かない









何があったのかは、分からなかった







"あおーくなーれ…あおーくなーれ…"





頭の中から聞こえるような
静かなささやきが木霊をはじめて


それに合わせるように血が
目から流れ出始めてゆく





"もいっしょに…あおーくなーれ…"





いや…目だけではない


鼻からも口からも、耳や爪の合間にも


全身から痛みと共に血が滲み出て





次の瞬間 容赦なく体外へと噴出した







「ごばっ…ごぼ、ごぶふぉっごほっ…!





視界がじわりと赤に侵食され


まるで自分の血液に溺れていくような
錯覚すら覚える








血を流しながら、苦しみもがき私は
微かな波音を頼りに


痛みから逃げるように





近くにあった赤い海へ身を投じた…









周りに浮かぶ住人達が、どうして
死体と化したかはわからない


しかし…それよりも気がかりな事があった







アリスは一体どうなったのだろう?





少なくとも この海のどこかに
浮かんでいない事だけは分かる







「…アリスは今、幸せなのですか?」





問いかけに答える者は誰もいない







我等が消えることよりも、アリスが
どうしているかが気がかりで





「すみませんビル…あなたの記憶
拝見させていただきます」





触れた手に意識を集中させると


その部分が熱を持ったように感じ
世界がくらりと暗転する











流れ込んでくる記憶の中で





アリスは…嬉しそうに微笑んでいた







「私は幸せよ だって青いもの」







この場所には見覚えがあった





ここは、かつてアリスとシロウサギと
私が会って…遊んでいた公園


キィキィと乗り手のいないブランコが
前後に揺れている







雲ひとつ無い青空の下で





「赤いものは温かくて命がある
…だから悲しくなるの」





歌うような口ぶりでアリスは続ける





「青くなれば悲しくなんてならない
永遠に、幸せなままでいられるの」







その瞬間 気付いてしまった





血の海に浮かんだ住人達の死体のワケに


あの時私に起こった出来事の真相に


唐突に晴れた、青空の意味に







「ね?幸せでしょ…アリス」







彼女が笑いかけた視線の先には





喉を裂かれてたくさんの血を失い


血の海に身を浸している
青くなった、小さなアリス





彼女の首を切った血塗れのナイフも


それを手にした大きなアリスも
同じように 青くて







血飛沫をまとったまま、まぶたを
そっと閉じた表情は





なによりも幸せそうに見えて














…そこでビルの記憶は途切れた







「それが、あなたの辿り着いた
答えなのですね…アリス」







辛く悲しい真実へ着く事を拒み


赤を捨てて青くなることを
アリスが願った、その瞬間に





国の住人達もまた身体から赤を吐き出し


青く染まって 自らの赤へと沈み





そうして…この血の海の死体へと
変わっていったのだろう







赤を吐き出しきる前に海へ逃れた私は
まだこうして生きている


けれど…もう長くは無い





住人達は全て死んでしまった





アリスがこの真実を選んだのならば


私もまた青く染まるべきなのだ







"あおーくなーれ…"





あの時と同じささやきが頭を巡り


治まっていた痛みが、再び身体を
蝕み始めている


目からはたらりと血が溢れ始めた





"あおはしあわせ えいえんのいろ
もいっしょに…あおーくなーれ…"





繰り返される声に同調して


再び視界が赤く赤く塗りつぶされる







死を迎えるのも、国が壊れるのも
恐ろしくは無かった





アリスが幸せであった事への安堵と


ほんの僅かほどの哀しさが
この胸を満たしている







やがて……身体の中から
一滴残らず血が流れ出て





浮かんだ住人達と同じように


私の身体も 青く染まった







「アリス…どうか、永遠に
あなたが幸せで…ありますように…」





喉の奥から掠れた声音を吐き出すと


私はまぶたを閉じて 微笑みを浮かべる







血の海の上で最後に目にした空は


我等がアリスが望んだ


青い青い透き通るような、幸せの…









――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:うっかり夢小説だと忘れてこの話を
書き進めてました…ゴメンなさい!


ビル:ほとんどの独白ですからね…


チェシャ猫:名前を呼ぶ場面が二回しかないなら
意味ないよね、のこの話


狐狗狸:あるよ!てゆうかノーマルENDでの
視点とか書きたかったの!!


チェシャ猫:本当はみんなが血の海に浮かんで
死んでる部分だけ書きたかったクセに


ビル:あなたの趣向には呆れますね


狐狗狸:………(涙)




次ノーマルENDネタ書く時は、もう少し
キャラとの絡み増やしておきます(平伏)


様 読んでいただいて
ありがとうございました!