やや薄暗い 静かで広い空間で





「退屈ね…」





鈴を転がしたような声と紙を裂くような
小さな音が、空気を断続的に振動させる





「本当に…退屈ったら無いわ」





どこか居た堪れないような雰囲気は


血生臭い周囲の首無し死体ではなくて


階段に座り込む 麗しき城の主が生み出す





…それを避けてか、この時期には
ビルは部屋の一室か法廷に閉じこもる





出来る事ならば私もそうしたい所ではあるが


"ある命令"の為 それは叶わない







「あの、陛下」


「何かしら?





先程から思ってはいたけれども…


今こそ、意を決して言うべきであろう







「お気持ちはお察しいたしますが、暇潰しに
彼等を千切るのは止めてあげて下さい」





ピタリと陛下の手が止まる





その細く可憐な両の手には鎌の変わりに


まさにこの瞬間、胴が四つに裂かれんとする
トランプ兵の一人が握られていた











「猛暑の避難地」











「お許しを〜お許しを陛下〜」





二つ重ねにされか細い悲鳴を上げる
スペードの4をポイと手放してから







「天気は良いのだけれど アリスの世界が
夏だから外は蒸し暑いのよ」





お陰で城からは出られないわ、と陛下は
やや不満げに呟く





「このままここにいたら根が生えてしまいそう
いえ、ビルの根暗が移るわね」


「陛下、それはいくらなんでも…些か
お言葉が過ぎるのでは」





途端鋭い眼で睨まれ 私は肩を竦ませる





お黙り わたくしは外に出られず
十分に運動が出来なくて苛立ってるのよ」


「…失礼致しました」





…陛下の"運動"は大抵"首刈り"に直結するので


むしろ、しないでいて下さる方が私にとっても
他の者にとっても平和だと言えよう







こちらに興味を無くした陛下は、再び
手近を通った兵を捕まえて





「あーあ、アリスが訪ねて来ないかしら…」





アンニュイなため息と共に縦裂きにせんと
指に力を込めた、その時だった







ギギギ…と重めの音が響いたのは







軋みながらゆっくりと開いた扉から
夏特有のむせ返るような熱気が微かに入り込み







「こ、こんにちは〜…」





おずおずと、アリスが顔を出した









「まぁ!いらっしゃいアリス!!」





瞬間 つい先程まで階段から動こうとされなかった
陛下が立ち上がり、滑るように扉まで駆けると





「わわっ!?」





アリスの手を瞬時に掴み 城の中へと引き入れた







あまりにも早いその動きに私とアリスは
口を開けたまま佇むくらいしか出来ない







「こんな暑い中わたくしの所へ来てくれるなんて
本当に嬉しいわ!記念に今すぐ首を」







構わず微笑み、鎌を両手へと構えた時点で





「お止め下さい陛下っ」





ようやく私は駆け出し アリスと陛下の
間へと割って入った





「邪魔するならあなたから先に首を刎ねても
構わなくてよ


ももも申し訳ありません!ですがアリスが
訪ねてこられた手前どうか穏便に…!!」


「そ、そうよ女王様 鎌をしまって
みんなで話をしましょう!?」





アリスのこのお言葉が効いたのか





「アリスがそう言うのなら…いいわ」





即座に手の中に握られていた大鎌が消える







息をついてから、その場を離れて距離を取り直し
改めてアリスへと挨拶をする





「ごきげんようアリス…おや?
本日は猫と来られたのでは無いのですね」


「うん…暑いから勝手にどっか行っちゃって」


まぁ!猫ったらなんて薄情なのかしら!!

それにしても、アリスがわたくしの所へ来ると
知ってたら迎えを寄越していたのに…」





いてもいなくても猫は陛下の機嫌を損ねるようだ


…私が言えた義理ではないですけれど







「あのね、お城に行きたいなって思ってたら
グリフォンがやって来てくれたの」


「そうなのですか?」





こくんと可愛らしく首を振るアリス







国にいる、いないを関わらずに
住人には一様にアリスの声を聞く事が出来るが





しかしアリスの感情の強弱によって


届く大きさや範囲なども変わってくる







一つとして聞き漏らさないのは、シロウサギか
チェシャ猫 もしくはビルくらいだと
思っていたのだが…





グリフォンはその小さな声を聞きいれて


アリスを迎えに行っていたのだろう







「流石ですね…私もあやかりたいです」







陛下はまだ釈然としていないようだったけれど





「会いに来たいと願うほど、アリスは
わたくしを思ってくれていたのね!!」






自己完結され満面とした笑みを浮かべると


そのままアリスへと抱きついた





「え、ああああのうんっ私も女王様に」


「…アリス 嘘はいけませんよ?」







頬を赤くして答えたアリスの言葉も


幸せそうに抱擁をされていた陛下も


そして、お二人をただ見つめていた私もまた





不意に響いた低い声音に硬直した









発したのは…階段の二階部分から
ひょこりと姿を現しているビル





「「ビルっいつからそこに!?」」


「少し前から」







アリスの身体に両腕を回したままで
陛下はきっと段上を睨みつける





「真実の番人ともあろうものが、影で会話を
盗み聞きなんて趣味が悪いのではなくて?」


「…私も篭り切りではいられませんので
部屋の外へ出ていた所、通りかかったまでです」


「偶然を装うつもりにしては些か不自然ね」


「陛下のように、頻繁に鎌を振り回す運動を
必要としないものですから」





交わされる皮肉に やや気圧される私とアリス





「ねぇ どうせならビルも一緒にお話しない?」


「そうですよ、我等もしばらく
お会いしておりませんでしたしぜひっ」







けれどビルは片手を上げて断りを入れる





「アリスに、あなた達のお心遣いは
痛み入りますが 生憎用がありますので」





言ってから彼の顔が 陛下から逸れてアリスへと





「ここへと訪れたその理由…偽りなきよう





…ぬらりと光る緑色の髪の奥の瞳が
うっすら笑みを湛えていたような気がした







「それでは陛下に根暗が移らぬ内に 私はこれで」





一礼し、ビルは再び二階へと消える









「アリス…アリスはどうしてここへ来たの?」





不安と希望を込めて 陛下が優しく問いただす







「実はね…ウチのクーラー壊れちゃって…」





やや俯き気味にアリスは理由を語り始めた







現実の世界で記録的な猛暑が続く中


突如クーラーが故障し、扇風機だけでは
耐え切れずにアリスは涼を求めて外へと出た





当ても無く辺りを歩いていた時に





「前にチェシャ猫が、女王様の城なら暑さも
寒さも感じないって言ってたのを思い出して…」





一時的な避暑地として、城へ行く事を
ぼんやりと願ったらしい







「あのっ気を悪くしたならごめんね!





慌てて謝るアリスに…陛下は柔らかく微笑んだ





「いいのアリス あなたは何一つ悪くないのよ
むしろ役に立てて嬉しいわ」



「本当に…?」


「ええ、本当よ」





そこでようやくアリスは安堵の表情を見せた





「よかったぁ〜…ありがとう女王様」







和やかなその光景を見つめていた途端


険しい眼差しが唐突に向けられ 身を竦ませる





「…気が利かないわね、今からアリスと
わたくしに冷たいものを作りなさい!」


はっはい!ただいま!!」





姿勢を正して礼をし、急いで厨房へと駆けた









…先程の話の通り 何故かは分からないが


この女王陛下の城は、外の気温を遮断し


その上で過ごし易い適温に保たれている





ゆえに、温度差に極端に弱い私やビルは
時期によって外へ出る回数が減り


ロビーに転がる首無し死体達もまた
腐乱したり死蝋化することもない





それでもこの時期の外の熱気に辟易してか


陛下は、冷菓をご所望される







知識や腕前はやはりウミガメモドキが
完全に上なのだが





「おぉ〜い、ちょうどいいトコに来た
悪いけど起こしてくれぇ〜!!」


「またですか…」





調理の途中で材料を踏んでひっくり返る事が多く


腕が届きにくい作業も多々あるので
彼の手伝いを命じられている











「お待たせいたしました…こちらバニラベースの
アイスクリームとなります」





冷菓を持った器とは別に、小さな容器も一つずつ


食堂の席に着いた陛下とアリスの御前に
丁重に置きつつ説明を続ける





「お好みでクランベリーのソースをかけると
違った風味が楽しめます」







一旦厨房へと引っ込み 次に紅茶のセットを
用意して食堂へと戻る





「食べる物が冷たいので、お飲み物は
温かい紅茶をご用意させていただきました」





カップに紅茶を注ぐ手付きも板についてきた


…帽子屋に言わせれば、まだまだ甘い
指摘されるかもしれないが







アイスを一口食べたアリスが…顔を綻ばせる





「お…おいしいっ!
このアイスってが作ったの?」





嬉しさに顔を熱くさせながら、なるべく
気持ちを落ち着かせつつ答える





「はい、ウミガメモドキに協力していただいて」


って料理が得意なのね」


「いえ…卵を使ったものだけでございます」


「そう シチューなどの腕前はイマイチなのよ
でもまぁ…このアイスは中々ね」





何にせよ喜んでいただけたようで一安心だ







…後ほど、グリフォンの所へ手製のプリンでも
持って行きましょうか








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:女王とアリスで夏らしい話でも〜と
思って、こんなん書いてみました


アリス:てゆうか女王のお城って本当に
涼しいのね ビックリしちゃった!


狐狗狸:原理はともかく、個人的にはきっと
あの中での温度変化はないと思ってます


アリス:そうだよね…夏だと女王様の格好は
暑そうだもんね


狐狗狸:てーか首なし死体達がエラい事
なりそうだからね(汗)


女王:アリスが来てくれるのであれば毎日
アイスケーキをに用意させるわv


アリス:お、おいしそうだけどカロリーが…




こんな避暑地の過ごし方もあり…ですかね?


様 読んでいただいて
ありがとうございました!