囲いのように並んだ木々の間を風がそよぎ


柔らかな感触と芳しい香がアリスへと届く





小さめのテーブルにはティーセットや
お菓子などがいくつか品良く載り


辺りに咲く青いバラを摘み取り飾った
花瓶が、白いクロスの中央を凛と引き締める





そんなテーブルを取り囲む五つの席のうち


ぐたりと座っている三名の内、二人は
彼女も知った顔だった







「あ、帽子屋にネムリン!」





上がった声に一人がグッと身を起こし―





ああ!やっとアリス達が来た!!」


まるでぜんまい仕掛けのように
急にキビキビと席を離れて走り寄ってきた





「遅いぞ二人とも!オレ達ずーっと
アイツの相手するの疲れたんだからな!!」



「え、あのゴメンね 私達もここに
迷ってきたばっかりで…」


「本当に申し訳ございませんでした
色々とご迷惑をおかけしたようで…」


「ったくアリスももしょうがねーなー
もういいから、早く席につけよ!」





両方の手でそれぞれの手首を掴まれ引かれる





「申し訳ないのですがお茶会に参加は…」


「私達、お城に行きたいだけなんだけど」





が、住人特有の"人の話を聞かない"特技は
ここでも遺憾なく発揮されたようで





「アイツの相手だけじゃ、青いバラしか
咲かなくて辛気臭いんだよ!ほら早く!!







帽子屋は二人の腕を無理やり引っ張り





並んで開いた席に座らせると


早速自分の席に戻り、慣れた手つきで
ティーポットをいじくり始める











第九話 薔薇の下の集い











「とりあえずオレの紅茶を飲め
今日のオススメは、シッキムだ」







沸き立つお湯を注がれたポットから
紅茶特有の芳しいニオイが立ち上り始め


テーブルに突っ伏してるネムリネズミが
首を少しだけ持ち上げ アリスへ顔を向ける





「ケーキも…ど…ぞ…」


「あ、私達お腹はいっぱいだから
紅茶だけいただくね?」







蒸らす合間の待ち時間 手持ち無沙汰に
なっていた彼女の注目の的は


いまだに伏せったままの、茶色い頭





「…ねぇ あれ、誰かな?」


「ああ…あなたは始めて会うのでしたね
彼はウカレウサギですよ」


えっ!?ウカレウサギって、その…」


「あーそいつは相手にすんなよアリスー
やたら絡んでウザったいから 逆の意味で」





ため息交じりの帽子屋の声に反応し


跳ね上がった耳が下がり、代わりに
下げられていた頭が持ち上がる





「やぁ…お久しぶり アリス」


「ええ、あの…ごめんね会いにいけなくて」


「いいんだよ、どうせ僕は下世話なことしか
考えない底の浅いウサギなんだし…」





ふぅと重そうなため息の後





彼は下がった耳をそれぞれの手で握り
うなだれ気味に頭をゆすった







「なんて言うか…想像してたよりも
ずっと大人しいヒトみたい」


「おそらく、誕生日だからでしょうね」





そう言えばチェシャ猫も


"彼と話がしたいなら誕生日の日にお行き"
言っていたなぁ、とアリスは思い出していた





「彼は誕生日だけ 何故かそれまでの自分を
振り返って猛省してしまうようですが…」


「今度のは度を外れてヘコんでるよな」





言いつつ帽子屋はポットをかき混ぜ


ティーストレーナーを通して透き通るような
色合いの茶をカップへ注いでゆく







わぁ…いいニオイ…!」


あったり前だろ!何たってオレ達は
お茶会のエキスパートだからな、ネムリン!」


「うん…そだね」


「ほら入ったぞ 舌ヤケドしねーように
気をつけて飲めよお前ら!」


「あ、ありがとうございます」







順に手渡された白を基調としたカップの中の
薫り高く温かな液体をすすり込み





思わず、二人は寛いだ溜息を漏らした





「「おいしい…!」」


「ふふん、どーだ!





賞賛の声に 誇らしげに胸を張る帽子屋







「あの…改めてお伺いしますが、私達
城へ行きたいので道をお教えいただけますか?」


「城ならこいつが近道を知ってるぞ」





フォークでぶっきらぼうにウカレウサギを刺し


トルテをぱくつきながら帽子屋は続ける





「ただし今はこっから動きたくも
ねーんだとさ 迷惑なハナシだよな」


「えっと…帽子屋達もお城に招待されてるよね
だったら今から一緒に行かない?」


「オレらは後から行くつもりだから
急ぎならソイツに掛け合ってみれば?」


「どっちにしろ…招待状が無いと門を
くぐらせてももらえないだろうけどね…」





低く呟いてウカレウサギは、どこからか
取り出したウィスキーのビンを一口あおった







取り立てて急ぐ理由は無かれど





お茶会を取り巻く ゆったりとしながらも
倦怠を孕んだ空気が妙に焦りを掻き立てる







「…ここは、彼が舞踏会へ迎えるように
元気付けなくてはいけないようですね」


「やっぱり それしかないみたいね」





紅茶をひとすすりしてチラリ相手を見やれば


相変わらず虚ろな目をして「僕の所には
普段誰も来ないし…」などと呟いている







手強そうではあるとは思ったものの


他に手段は思いつかず、アリスは
覚悟を決めてウカレウサギへ語りかけた





「ねぇ、あなたと私が会っていた時の
話を聞かせてもらえるかな?」


「ああ…もう昔のことだからねぇ、いいよ
それくらい僕如きでもお安いご用さ」





胡乱に答え、彼は懐かしむように口を動かす





「幼いアリスが大人について聞いてくれたから
まず身体の事から教えようとしたらさ…


みんなで寄って集って僕をアリスから
遠ざけたんだよねぇ








言葉の意味を理解するのにかっきり一分かかり







それからアリスはぎこちなく首を隣へ向ける





「ええと…そんな事したの?」


「あのっその…はい、申し訳ございません」


「いいよいいよ 時期的に早過ぎるとか
あの時も言ってたけど、本音は僕の話が
アリスに教育上宜しくないからだろう?」





乾いた笑いを浮かべ ウカレウサギは
含んだウィスキーのニオイを撒き散らす





「彼らの判断は賢明だと思うよ、あのまま
しゃべってたら僕はアリスにとんでもなく
卑猥な言葉を教えていたに違いないし」


「それって…やっぱりHな事とか?」







当人が問いに答えるより先に、彼が
耳元で小さくささやく





「アリス、それ以上はあなたにとって
お聞き苦しい言葉がでるかも…」


大丈夫よ これでも私は大人なんだから」







柔らかな彼女の笑みにはどこか頼もしさが滲み





それが月日の積み重ねへ実感させた







「僕だって普通に女の子とお話したいんだ
でも月が過ぎるにつれて、どんどん女の子の
身体とかニオイとか行為を頭の中で…ああっ


「それは男のヒトなら誰でもある気持ちだから
気付いたなら、次から気をつければいいのよ」


「分かってはいるんだけど、誕生日が過ぎると
どうしても浮かれる自分が抑えられなくて…!」









しばし二人で会話を交わす様を見つめながら
帽子屋が揶揄するように呟く





「ったく年食ってもアリスは変わんねーなー
ワザワザ面倒を背負い込むなんてよ」


「そこが…アリ、スの…いいとこ…ろ」







鬱々と語るウカレウサギへ視線を傾けつつ





彼は紅茶を含んでぽつりと言う







「正直、彼がいた時どうしようかと思いましたが
…かえって良かったのかもしれません」


「あーアイツのエロ話に過敏に反応してたもんな
お前と女王とビルが特に…痛ぁっ!


「お菓子…ど…こ…」


「だからネムリンそれオレの手!」









そうこうする内 ウカレウサギが頭を抱え
唐突にさめざめと泣き出した





「ああ…本当、僕みたいな奴が何で
こんな所にいるんだろう 消えてしまいたい」



「そんな事言っちゃダメよ!あなただって
悪気があったわけじゃないんだから、ねっ?」


「え、ええ 時と表現さえ考えていただければ
別に問題は無かったと思いますし…」





急に話を振られ、驚いた彼の心境を透かした如く


相手はテーブル中央の花瓶を示し 自嘲する





「いいんだよ…僕の存在なんて、この花瓶の
バラみたいにどうでもいい存在なんから」


「そうかな?こんなに青くてキレイなバラなのに」


「青いバラなんか周りに幾らでも咲いてるのに
今更こんな一本、誰かが気に留めるのかな?」


「それは違うわ このバラだって
工夫をすればヒトの目や心に残れるハズよ」


「じゃあ…それを証明して見せてよ」







思わぬ切り替えしに悩むアリスへ
帽子屋が腕を振り回して叫んだ





「見るだけのものより味わうものを優先しろ!」


「見るだけ…そうだ!、あの花束は?」


「はい、ここに」







すかさず出された小さな花束の内
白く散らされたかすみ草を抜き出して





アリスは迷わずソレを花瓶へと刺し


飾り立てられた花をウカレウサギへと見せた





ほらね、こうすればもう他のバラよりも
目立つ姿になったでしょ?」


「…そうだけど それは他の花のお陰だし
鮮やかに見えるのは最初の一瞬じゃないか」





そこで彼女の言葉が詰まりかけるも


引き継ぐように が言葉を紡ぎだす





「例え一瞬であろうと、記憶に残るなら…
意味のある存在になれはしませんか?」


「そうよ、だからあなたの存在も
この出会いも全部ちゃんと意味があるのよ
だから あまり自分を責めないで!







そこから二人で代わる代わる、彼のグチを
聞いて宥めて 気持ちを盛り立てていき





カップに残った紅茶がすっかり冷め


帽子屋が不機嫌に三杯目を傾ける頃







ようやく…ウカレウサギに変化が現れた







「君達に話を聞いてもらって…元気が出たよ
僕に出来ることがあるなら、何でも言って?」


ありがとう!じゃあ、早速
お城へ連れてって欲しいんだけど…」





浮き足立つアリスへ 帽子屋が水を差す





けどお前ら招待状あんのか?
もし無かったら門前払いくらうんだぞ?」


「そ、そうだった…どうしよう」


「困りましたね…」



      「あーアリスにさん!やっと会えた〜!」





背後からの呼びかけに彼らが振り返れば


そこに、ハートのトランプが佇んでいた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:もう長いのは宿命と思い諦めてください
…次回はしゃっきりまとめれるといいなぁ(涙)


帽子屋:てゆーかオレをもっと会話させろよ!
何でアイツばっかりしゃべらせてんだよ!!


狐狗狸:だって彼を元気付けるためのお茶会だし


ネムリン:でも…お茶を褒めてもらえて
喜ん…でた…じゃな…ぐぅ


帽子屋:べべべ別にアレは当然のことだし!
喜んでもらいたくて気をつかったんじゃないし!


狐狗狸:え、ここでツンデレでるの?




城で催されるのは、有り得ぬはずの舞踏会


様 読んでいただいて
ありがとうございました!