途端に生命が吹き込まれたかのように
存在感を増した森の中
アリスはしばしその場で固まっていた…
「今更迷ってても仕方ないよね…うん
これが不思議の国の常識だもん」
が、そこは場に順応して来たのか
すぐ気持ちを建て直し 先へと足を踏み出す
やや逡巡は見せたものの、彼もまた
一言も口を挟まずに着いて行く
誘われるように歩を進める二人の目と耳が
「…どうすりゃいいんだろ、オレ」
うっすらとした人影と呟きを捉えた
「あ…廃棄くん!」
「アリスに!お前ら何でここにっ」
駆け寄ってきた相手に振り返り
必要以上に狼狽したのはカビだらけの少年
「いやその…公爵夫妻に連れられたホテルに
描かれた騙し絵から迷い込んでしまって…」
申し訳なさそうに告げる彼へ 廃棄君は
顔をしかめ、腕を組みつつ息を吐く
「あー…ったく、あんぱんどもが勝手に
店なんか出しやがるから…」
「ってことはこの森って
別の場所から来る所だったの?」
「元々はな…けど奴らがいたトコが
空いたから、しわ寄せで繋がったんだろ」
端的ながらも的確なセリフに
アリスは、とりあえず納得する
「にしても早く来るなら教えとけよな?
こっちはまだ心の準備ってモンが」
「ああスミマセン廃棄君!驚かせてしまって」
少し慌てたように言うへ首を傾げながらも
彼女は改めて問いを口にする
「ねぇ…廃棄くんはここから出る道知ってる?」
「あー悪ぃ、オレぁちっと悩みがあって
ここにいただけだから…」
「そっか…」
「けどこの森にゃ他の奴もいるみてぇだし
一人ぐらい出口を知ってるかもな、付いて来な」
自信ありげな口調と道案内を勤める勇ましさに
感心と感謝を込め 二人も後へ付いて行く
「ありがとう…所で悩みって何?」
瞬間、やや斜め手前から覗く廃棄君が
僅かにアリスから顔を逸らした
「そのー…まぁ、第二の人生の送り方だな」
「な、何だか渋い悩みを持つのね…」
「何だよ オレにとっちゃ死活問題だぞ?」
そっと、隣に歩み寄った彼が小声で補足する
「…廃棄君はあの件で甦ってから、どうやら
自分のあり方に疑問を持ってるようです」
「そ、そうなんだ…」
どこか複雑な思いを感じつつ、三人が
草を踏みしめ進んでいた森の中に
前触れなく 広間のような空間が現れる
第八話 昏い森の一座
「どうしたらいいかしらね…」
「ワシらだけで出来ることは限られるしのぉ」
そこには大きな切り株をテーブル代わりに
腰を据えて語らうグリフォンと半透明の女性が
「何だよみんなここに集まってたのか…おーい」
「あら、廃棄君と…まぁ!アリスじゃない!!」
呼びかけた廃棄君の後ろにいた彼女に気付き
女性が華やかな声を上げた
「あ、あの…ひょっとして、水さん?」
「ええそうよ、お久しいですわ」
揺らぐ体から 品のよい声が音色となりささやき合う
「もこちらに来ていたのか…」
「ええ、どういう訳かここに来てしまいまして」
くつろぐ獅子の身体から伸びた蛇へ
頭を掻きつつ、彼は丁寧に応対する
「ねぇグリフォン 私達ホテルに戻りたいんだけ」
「ああ、踏まないでおくれアリス!」
「えっ!?」
思わず近寄りかけた足を止め、半歩後退さると
か細い声だけが辺りを見回す彼女へ告げた
「下じゃよ…足元におるんだ」
こげ茶の視線を下げれば…暗緑色を帯びた
下草に埋もれるように
寝袋に入った小人が横たわっている
「ご…ごめんね芋虫さん、そんな所にいたの」
簡単にここまでの経緯を伝えた二人に対し
返って来たのは、済まなそうな一言
「ホテルへ戻る道はないんじゃ…すまんの」
「そっか…困ったわね」
互いに軽くため息をつき、ふと彼が訊ねる
「つかぬ事を伺いますが…あなた方は
何をお話していらしたのですか?」
問いかけにグリフォンは、鎌首をゆっくりと
周囲に広がる木々へ這わせた
「この森は静かで穏やかだけれど
何も無いから、少しだけ寂しくてのぅ」
それに続くのは 水とその手に移された芋虫
「だから私達で何か出来ないかと
ここで話し合っていたのよ」
「しかし…中々いい案が出なくてなぁ」
「みんなも苦労してるのね…」
くい、と小さな手が袖を軽く引く
「なぁアリス…どうしてもここから出たいか?」
見上げる廃棄君の視線が引き止めているように
思えてしまったからなのか
チェシャ猫のいる場所を知る安心感からかは
分からなかったけれど
「ううん…せっかくだから 私も
みんなの悩みに少し付き合っていくわ」
そう決めて、彼女ははにかんだ視線を彼へ送る
「それでもいい…かな?」
「構いませんよ、あなたが望むのであれば」
否定しないと知っていても 許可を得て
アリスは顔をほっと綻ばせる
「えっと、グリフォンと水さんと芋虫さんは
自分達で何かやろうと考えてるのよね?」
「「「そう(ですわ・じゃのう)」」」
「で、廃棄くんが第二の人生に悩んでる…と」
「おう」
確認するように訊ねた後 腕を組み
四人を見つめて彼女は少し唸る
「手品や室内遊戯を行うというのは?」
「今は人の形を保ってるといえど、水である
私達に出来ることには限りがあるわ」
「ワシだと共に身体を動かす類の行動は
下手をすれば潰されかねないし…」
「せっかくなら全員で出来ることの方が
楽しいとは思うんじゃがな」
「種族が違うのにんな事出来んのか?
つーか、オレは生き方もかかってんだけど」
ささやかに投げかけられた案がやんわりと
否定されているのを聞いている内
アリスの脳裏に ある光景が甦った
―"武村さん、今日は本当に
ありがとうございました!"
"楽しんでもらえたなら 僕も嬉しいよ"
"はい!話では聞いたことがあったんですけど
あんなに楽しいものだなんて知りませんでした!"
それは一つの空間の中で行われた幻想的な世界
華やかな彩りとざわめきの中、国や性別や
年齢などの違いなどを意に介さず
独特の衣装に身を包んだ人々や動物達が
軽やかに舞い、歌い、観客へ笑顔と驚きを振りまく―
「……あ!」
「なっ何か、よい案が浮かばれたのですか?」
「うーん…いいかどうかは分からないんだけど
みんなを見てて、ふと思ったの」
次の言葉を待っていた彼らを見回して
「この四人でサーカスなんてどうかな、って」
自信なさげに微笑みながらも言葉を紡ぐアリス
「オレ達が…サーカスを?」
「うん 廃棄くんがピエロで芋虫さんが団長
グリフォンが曲芸して水さんが歌うとか…ダメ?」
驚き しばらく四人は顔を見合わせていたが
「ふむ、その発想は無かったのぉ…」
「それなら私達にも出来るかもしれませんわ」
「団長か 悪くない響きだなぁ」
口々にそう呟きあい、誰からともなく
段々と乗り気になっていく
「待てよ、サーカスをやるってんなら
まず必要なのは観客だろ?」
廃棄君の一言に"それもそうか"と頷き
「…のうアリス、せっかくじゃから
一番最初のお客になってもらえんかの?」
「うん 分かったわ」
彼女は二つ返事で頼みを引き受ける
「そうと決まれば早速準備をしなくては!」
「さぁ忙しくなりますわ」
言って透明な手とカビだらけの手と蛇の身体が
一斉に白いシャツへ絡んだ
「…あ、あの 何故私の手を掴むのです?」
「歌姫を務めるなら、まずはキチンとした
指導者がいないとお話になりませんでしょう?」
「それにサーカスを行うのに必要な事を
教えてもらわねばならぬしのぉ…」
「段取りもきちんと聞かねば、団長として
行動できずに潰されかねんしの」
淡々と三人が答え 最後に廃棄君が
イタズラっぽい笑みでこう言った
「つーわけで、裏方頼むわ」
期待に満ちた視線と愛しき主の提案から
逃れる術はないと理解し
「まあ…そんな気はしておりましたけれど」
苦笑と諦めの混じった吐息が零れた
バタバタと五人があちこちを走り回り
どこからか調達した材料で、小ぶりの舞台と
観客用の椅子が広場に出来上がる
彼の指導により団員達は様々な練習を重ね
「それでは…サーカスを開演いたします!」
芋虫の言葉を合図に 新生サーカスが動き出す
つたないながらも見事なジャグリングや
歌姫のきれいな歌声、グリフォンの宙返りや
逆立ちといった催しが目まぐるしく行われ
「…はいっ!」
最後のダーツで団長の上に乗せられた
木の実が射止められて出し物は幕となり
アリスは、惜しみない拍手を彼らに送った
「すごいすごい!とっても素敵だったよ!!」
「ありがとうなぁ」
「そう仰っていただけると嬉しいですわ…
勿論指導してくださった方の腕もいいのですけど」
水の微笑みをもらい、隅に控えていたが
あわあわと顔を赤くして答える
「いっいえ私はただ知識をお伝えしたまでで」
「謙遜すんなっつの、急な流れとはいえ
あんたにゃ感謝してんだからオレ達は」
元気よく背を叩かれ咽る彼を
幾つかの目が微笑ましげに見つめる
「けど本当に楽しかったわ、今度また会えたら
お礼とお祝いを兼ねて花束でも渡しに行くね」
「いや…出来れば今もらいたいんじゃ
そのバラ一つで十分だから」
「え?でもバラなんて…」
言いかけて手元を見たアリスは
いつの間にか花束を手にしていた事に気付く
「あれ?さっきまで花束を持ってた覚えなんて
無かったはずなのに どこから…」
しげしげと見つめるうち もう一つの事に気付く
「ねぇこの花束…もう一つ花があったよね?」
「ええ…スノードロップが一輪」
が花束には…赤いバラ二本とかすみ草一つきり
「あら、スノードロップなら ホテルの
レストランの花瓶に飾られていたはずよ?」
涼やかに水の一声がささやき、他の声達も
ええそう、そうねと相槌を打つ
「そうだったのですか、いつの間に…?」
首を傾げるけれども やはり答えは出ない
「まあいいか…じゃあこのバラは
新しいサーカス団への記念に」
「ありがとう、お礼にいい事を教えよう」
言った団長の言葉を引き継ぎ
頷いた他の団員が 口を開いて
「この先でお茶会をしている彼らなら
城への道を知っていると思うわ」
「お茶会へは、この道を進んで行くとよい」
グリフォンの頭が 暗い木々の先に
うっすらと見える道を指し示した
「気をつけてな二人とも…それと、ありがとな」
賑やかなサーカス団に見送られ
道を進む二人を出迎えるように現れたのは
「すごい…バラの木…!?」
咲き誇る青いバラの木とその下に広がる
小ぢんまりとしたお茶会のテーブル
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:関係上、前回よりも長い&詰め込んで
書いてしまった…何という不覚
廃棄君:最近 書く話がやたら長くなりすぎって
自己嫌悪に陥ってるモンな
芋虫:まあでも…潰されなかったしいいかなって
個人的には思ってるのだヴぁ(ぷち)
グリフォン:ん?何か踏んだような…
狐狗狸:うわあぁここでまさかの大惨事!?
てーか…本当 たらたら文章続けててスイマセン
水:それが悪いとは言わないわ、長い文章で
楽しんでくださる人もいるかもしれないじゃない
廃棄君:まー作者の要領が悪いだけって話もあるが
狐狗狸:返す言葉が無いや(泣)
お茶会の主賓は 暗く沈んだあの人
様 読んでいただいて
ありがとうございました!