車輪と蹄の二重奏をBGM代わりに
公爵夫妻は寄り添いながらくつろいでいた





「あら?どうしたの二人とも畏まっちゃって」


「ワシらのことは構わずくつろぐといい」





にこやかに言われ、しかし二人は戸惑うばかり





「え…あ、うん…」


「その…何と申しますか……」





成り行きで乗せてもらったものの


座席の関係とやや小さな客車が
お互いの密着状況を生み出しており





その上、目の前で繰り広げられる
仲むつまじい夫婦の様子に


いやでも両者はお互いを意識せざるを得ず





思わず赤面して身を縮めていたのだった







「あの…チェシャ猫の行方を知ってるって
いいましたよね?」


「ああ、言ったよ」


「どこに行ったのか教えてください」





口調を強めるアリスへやんわりと夫人が返す





「慌てなくても大丈夫よ 私達も
今からそこへ向かっているから」


「…どういう意味でしょうか?」


舞踏会に招待されたので、ワシらは
陛下の城へと向かっておるのだ」





言って公爵が、仕立ての上等な上着から
上品な白の封筒を取り出して見せた





綴られた文字とバラの形の封蝋
二人が認めた所で 再び上着へしまわれる





「女王様が…招待状を?」


「ええ、私達だけでなく国の住人
ほとんどが招かれてるはずよ」


「ああああのっ、私はまだ
受け取っておりませんが…?」





不安を前面に押し出した彼へ


宥めるように言葉が紡がれる





「届けるのはトランプ兵だからのぅ
少し遅れるのは仕方ないことじゃ」


「そ、そうなんだ…」





風に飛ばされかねない彼らの身体と
統率の取りきれていない行動


そして住人特有の答えになりきらない
会話が彼女を納得させた





「いずれあなた達の元にも
招待状が来るでしょう、安心なさい」


「うん…チェシャ猫 お城で女王様と
ケンカしてなきゃいいけど…」





これから向かう地での新たな不安が
去来したアリスの胸の内とは裏腹に


車輪と蹄の響きが徐々に緩やかとなってゆく







「そろそろ着くようですね…え!?





サテン布のカーテンを捲り、窓から外を
伺ったは 思わず声を上げた











第七話 幻の店と騙し絵の森











「どうかしたの…えぇ!?





横から覗き込み、彼女もまた目を丸くした





「ここ…ブランリエーヴル!?







見覚えのある造りのフロントと金文字で
名を冠してたホテルの玄関は





あの時の記憶と寸分狂わぬ姿を保っている







何事も無く客車を降り始める二人の後を
追いながら おずおずと彼は訊ねる





「あの、陛下の城に向かっているのでは…」


「無論そうだが 私の妻がどうしても
腹ごしらえをしたいというのでな」





答えながら先に降りた公爵は、後に続く
婦人の手を取りつつエスコートする





「ごめんなさいね、どうしても
我慢できなくって…」


いいんだよハニー君のためなら
ワシは何だって許せるさ」







同じようにエスコートされながら


そのまま手を繋いで歩き出す二人の姿
眺め、アリスはくすりと笑った





「二人とも 本当に仲がいいのね」





も微笑を称えて頷く









きれいに整備されたフロアに西洋の雰囲気を
滲ませるような麗しい内装





進むうちに目にするそれらに







「やっぱりここ、現実じゃないんだ…」





彼女は懐かしさと共に今いる場所が
不思議の国と同質であることを感じていた







昨日まで過ごしていた現実では


このホテルは長い年月の内に経営受難により
閉鎖され、取り壊されていた





ホテルのあった場所は既に更地で
あの頃の面影を留めていない







「前から思ってたんだけど、不思議の国って
どこまでが現実の部分を模してるの?」





うぅんと眉間にシワを寄せ 彼は唸る





「あなたが幼き頃は然程でもなかったのですが
…やはり、あの一件が大きな引き金に
なっていると思われます」


「そっか じゃあこの街も…私の心
生み出したかもしれないのかもね」





静かな一言は、どこか寂しげにも聞こえ
思わず彼は俯く





「アリス…申し訳ございません」


「えっ、ど、どうしてが謝るの?」


「その…私が頼りないばかりに
色々とお辛い思いをさせてしまい…」







顔立ちが似ているせいもあってか


モゴモゴと言いよどむ姿は叔父を髣髴とさせ
アリスの気持ちを和ませた





気にしないで、私は今の状況を
辛いだなんて思ってないから」





金色の瞳が ぱっと明るさを増した











レストラン「イナバ」の扉が開き





「お待ちしておりました、お客様!」





給仕姿のカエル達が はつらつとした声で
ワラワラと四人を出迎える







丁寧な仕草で席へ案内された矢先 差し出された
重厚な装丁のメニューに戸惑うアリス





「あ、あの私達 お金持ってないんです…」


「いいんですよ、アリスとさんは
私達からおごらせて下さい」


「いえいえ、そういう訳にも」







進めに困る二人を他所に





「これとこれ、あとこっちの一列も
持ってきてちょうだい それと…」



「わ、ワシはその…とりあえずこれだけで」





公爵夫妻は各々の注文を済ませてしまっており


やがて程なく数々の料理が、一組の夫婦と
断りきれないままの二人の前へ並べられる





「さあさあ、遠慮せずに食べてください!







期待と善意に満ちた言葉と


温かな湯気と芳しい香を漂わせる
"ごちそう"の誘惑には結局勝てず







「「い…いただきます」」





二人は好意に甘えて 手を合わせた









パンを主とした洋食の数々は
たちまち三人の胃袋を満たした





…が、彼らの心は振舞われた美食より







相変わらずハグッここのングング料理は
んっく、絶品ねぇアナタ」





次から次へと盛り付けがなされた皿を


手品のように空にする
公爵夫人の胃袋に釘付けだった






スゴイ…あんなにお皿が積まれてる…」


「もう、言葉も無いですね この状況は」







奥にあるキッチンからは


「さぁ!どんどん料理を持ってきな!!」


と怒鳴りつけるような料理女の声が轟く





内部の音もその声に負けずに凄まじい







「…あの中、きっとすごい事に
なってるんだろうね」


地獄絵図でしょうね…あちらも」





カエル達は機械仕掛けのように
キッチンとテーブルを往復していた





「おぉお前…あまり、その食べ過ぎては
いかんぞ…うぅ、胃が…」


「分かっているわ、あともう少しで
終わらせるから…デザート追加で!





胃の辺りを押さえる公爵へ答えつつ
彼女はさらりと注文をカエルに言いつける







「…あの、どれくらいで終わりそうですか?」





耳打ちに かそけき呻きが答えを返す





「あの時ほど食わなくはなったが、まだ
しばらくはかかりそうだ…あれでは」


ちらりと愛しの妻を見やり


やや諦め気味の笑みを浮かべながら
彼は再び二人へと顔を向ける





「終わるまでの間、二人は地下のホールで
催されている騙し絵展でも見てきなさい」


「え、そんなものあったかしら…」


「さぁ…しかし本来いた筈のパン達が街に
いたのです、ここも変わっているかもしれません」





可能性と好奇心 そして状況打破の気持ちが
アリスを立ち上がらせた





「それもそうね…じゃあ私達、先に出るね
ありがとう 公爵達にカエル達


「それでは失礼致します」







ペコリと頭を下げた二人へ


店内にいた彼らは、口々に返事をし
笑顔で手を振っていた









エレベーターで降りた先にあったハズの
ショッピングモールは





ドアが開いた瞬間、広い森に変わっていた





「これっ…本物!?


「そんな、ここは屋内のハズ…!」





足を踏み出し、二人が草や木々へ手を触れれば


そこには明らかに自然物とは違う
人口の床や壁の感触が伝わってくる





「あ、絵なんだコレ…にしてもよく出来てる」


「ええ驚きました 完全に騙されてしまう程の
巧妙で精緻な絵ですね」





木の葉のざわめきさえ聞こえてきそうな
暗く深い森の絵は、部屋一面に描かれている







「奥がよく見えないけど…扉とかあるのかな?
それともこの場所一面だけかしら」





奥へと進み始めたアリスの後を、
三歩下がった辺りの位置で付き従う







「中々広いフロアですね…まだ端につきません」





カツカツと歩く度に鳴る靴音が徐々に
小さく、細くなっても尚


奥の方にある森の木々は変わらないまま







「おかしいわね、そろそろ向こうの壁に
突き当たってもいい頃なのに…」





悩みながら進む内、辺りの絵の明度が
段々と下がっているような錯覚に囚われるも





遠くに見える木々との距離は縮まらない







「やっぱりおかしい さっきの
エレベーターまで戻りましょ…アレ!?





振り返り、二人は呆然と立ち止まる





「エレベーターが…消えてる…!」







室内に描かれた森と戻る道を繋ぐ扉は
暗い色の木々に塗りつぶされていた







「そんな、確かにさっきまで向こうに…」





来た道を戻ろうと踏みしめた足音が
ガサリと鳴り、かえって彼女を驚かせた





「うそ…これ 本物の土と草の感触…!?







ハッ、とが目に付いた木へ手を伸ばし
その表面を軽く撫でれば


白い指と手の平にザラリとした固さが伝わる





「こちらも…本物の木です」





掠れた呟きが漏れた瞬間 二人を囲んだ
暗い彩りの木々達がさざめいた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:公爵達のターン終了のお知らせ〜
てゆか予想外に長くなってしまった


カエル給仕:出番より、僕らに休みを…!


狐狗狸:諦めなさい 公爵夫人はスイッチ
入ったらギャ○曽○並に食うから


料理女:むしろもっと食って欲しいわ!
てゆうか出番が毎度少ないわよ!!(包丁投げ)


狐狗狸:ぎゃあぁゴメン許しててか危ない!


公爵:あの食べっぷりだけは、どうもまだ
胃が慣れなくて…うぅぅ…


夫人:もう少し強くなりなさいなアナタ…
はい、いつもの胃薬(食いながら)


狐狗狸:ビンでけぇ!(驚)




暗い森をさ迷う二人が、ある人物に出会う


様 読んでいただいて
ありがとうございました!