一瞬、何が起きたのか分からずに
彼女は呆然と顔を上げる





「え……!?





視界に移る相手の姿は 自身が
パンを食べる前と変わらぬ大きさ





…但し、変化したのは彼の方







呼ばれて反射的に頭を動かしたのか
大きな金色の瞳が注がれる





「ああ、そんな所に掴まっていては
危ないですよアリス」





言葉と共に右手が静かに動き


シャツに取り付く彼女の足元に
白い手の平が敷かれる





「ありがとう…よいしょっと」





手を経由してエレベーターのように
肩までたどり着いたアリスは


腰を落ち着けてから、辺りを見下ろした





黒い靴の足元では茶色い人のようなものが
わあわあ騒ぎながら蠢いている





全く、あんぱん達は争い事となると
お互いしか見えなくて困りますね」


「うん…でもその状態だと
ドアがくぐれないよね?」


「ええ 参りましたね…」







困ったように眉をひそめる
彼女はそっとささやいた





「…私がお店からジャムパンを
連れてこようか?」


「いえ、あなたにそのようなお手間を
取らせるわけには参りません!」



「いいから たまには私に任せよ」


「しかしですね」





開きかけた口は かざされた腕に止められる





これでも私、大人なんだから
助けてもらってるお返しと思って…ね?」





その柔らかな口調と眼差しに負け


やがて、静かなため息が零れた





「かしこまりました…それでは
よろしくお願いいたします、アリス」











第六話 騒がしき街角











店を出るのは意外と簡単だった





乱入騒ぎからのあんぱん達は、それを
きっかけにケンカを始めていた





上空からドアへと下ろされる手と
それに乗ったアリスの行動
など


まるで目に入らぬほどの







「ドアを開けるのはちょっと怖いけど
事情を話せば大丈夫…よね?」





自らに言い聞かせる如く呟いてから





ふ、と彼女はあんぱん達の店を見やる







「…やっぱりおかしいわ、この街







十字路の真ん中から見える店は
右も左も、ほぼ周囲の建物と同じだ


造りも年代も 大きさも





けれどもの身体が大きくなった時


彼が天井を突き破ったり 壁にぶつかって
身体を屈めるような様子は無かった





店の広さはジャムパン達の所と
それほど変わらなかった筈なのに







「まるで身体の大きさに合わせて
天井だけが伸びたみた」


言葉半ばで、大きな音が店から響いた





それは発射された大砲の音によく似ていて





音と地面を揺らした振動に
アリスは 思わず尻餅をつく





「きゃっ、な…何今の!?







呟きに答えるものは何一つ無く


街は平然とした佇まいを保っている





「…あんぱん達が大砲を
使ったとかじゃ、ないよね?」





一人残った彼の安否が気がかりで


立ち上がった彼女の足は速まってゆく









たどり着いた可愛らしいドアを
ノックすれば、すぐに白い顔が飛び出した





アリス!また来てくれたんだね
さぁ、僕を食べて!!」


「あっあのね、食べるのは私じゃ
ないんだけど…それでもいい?」


「そうなの?でもいいよ!
食べてくれるなら誰だって大歓迎!!」





その一言にほっとしながらも





「そう、じゃあ着いて来て」







彼の手を引こうとしたアリスへ
ドアの後ろからの視線が刺さる





「えー僕は?」


「僕達だって食べてもらいたいよ〜」


「ご、ゴメンね一人だけで十分なの」







しかしジャムパン達は首を縦に振らず


仕方なく一人を選んで行けども
後ろからぞろぞろと列を成して連れ立ち







アリスを先頭に白い群れは





左から右の店へと流れ込んだ









まず見えたのは、丸型に大きくへこんだ床





クレーターさながらのその周囲には


店を出るまで乱闘騒ぎを起こしていた
あんぱん達が正座している







それだけで先程の音の正体と
今の状況は、一辺に理解できたので







ほっと胸を撫で下ろしつつ


アリスは膝を抱えた相手を見上げた





「ゴメンね、一人だけ連れてくる
つもりだったんだけど…」


「言わずとも分かりますのでご安心を
連れてきていただきありがとうございます





丁寧に礼を返し、彼女の側にいた
ジャムパンが白い指につままれる





「それでは失礼して…いただきます」





彼は左手で口元を隠しながら
つまんだパンを咀嚼した







ほどなく身体が元の大きさまで縮んで





後には荒れ果てた店内とどこか
いたたまれない空気が残った







「…いかが致します?アリス」





歩み寄った彼が静かに耳打ちし





こげ茶の澄んだ目が、くるりと
店内に並んだパン達を見回した







あんぱんは肩をビクビクと震わせて
青ざめたり、相手を睨んだりしている


放っておけば再びケンカを始めかねない





ジャムパンは自分達が選ばれるのを
今か今か、と待ち望んでいる







「残念だけど…私には決められないわ」







二、三度瞬きをして 言葉の意味を
飲み込んだ彼らが口々に騒ぎ出す





「ええぇっ!?そんな!」


「それでは我らの面目が立ちませぬ!」


「そうだよ、それじゃ決着がつかないよ!」





けれどアリスは 落ち着いた様子で言う







「つぶあんもこしあんもジャムパンも
それぞれ違うから、おいしいのよ


毎日おんなじ味のものばっかりだったら
いつか飽きちゃうかもしれないでしょ?」





むろん素直に納得する者達ばかり
だったわけではない…けれど





「だから誰が一番だなんて思わない
みんな違うから、おいしいんだもの」








柔らかなその微笑みを前にして


異見を唱えられる者は いなかった








「…どうやら結論は出たようですね
文句はありませんね?あなた方」







しばらくお互いで睨みあってはいたが


とアリスへ視線を移し





深々と、あんぱん達はため息を吐いた







アリスの言葉は神の言葉…
アリスがおっしゃるならば仕方が無い」


「ここは一時休戦と行くか、こしあんの」


「やだっ!」







生まれかけた和やかな雰囲気を壊したのは
白い白いジャムパンの群れ





「僕らが一番になるんだっ!」


「一番になって、ずっとアリスの側に
ずーっとずーっと食べてもらうの!!





叫びながら彼らが一斉に二人へと向かい





無数の白い手がその身体へと伸びる







…が、両者を遮るように立ちはだかるのは


スクラムを組んだあんぱん達





「お逃げくだされ、お二方!!」


「ここは私どもが抑えます さあ!


「「ありがとう!」」





短く礼を告げ、振り返らずに二人は
店の外へと飛び出した







十字路の左側の店から白い人影が
ワラワラと飛び出してくるのを目にし





彼らは反射的に身を翻し


右の路地を突き進んでゆく







「おいしいって言ってくれたよね?
僕らをおいしいって言ってくれたよね!」


「食べて!僕を食べて!!」







小さな声が徐々にボリュームを上げて
走る二人へと迫ってくる







「この先…行き止まりだわ!」


「アリス、私の後ろに!





彼女を庇ったの目の前に
ジャムパンの群れが飛び掛っていく





まさに直前で 一台の馬車が割り込んだ







絢爛豪華な装飾の施された客車の
窓のカーテンがさっと引かれ





「おや二人とも、こんな所で
出会えるなんて奇遇じゃな」





白髪の中年が、顔を覗かせた





「こ…公爵!?


「あら、私もいるわよアリス」





公爵の横から 夫人もまた
嬉しげな笑みを浮かべて現れる





「ご無沙汰しておりました…
お二方はどちらへ?」


「まあ少し用があってのぅ」


「それより二人はどうしてジャムパンに
追いかけられていたの?」


「実は…」







チェシャ猫を探す途中でパン達の合戦に
巻き込まれたことを簡単に説明すると


公爵はやけにあっさりとこう言った





「猫の行き先なら知っておるぞ?」





アリスとは目を丸くする





「「ほ…本当ですか?!」」


「ともかく、話は馬車で移動しながら
するとしようか二人とも」


「さあ お乗りなさい」





二人は顔を見合わせて頷くと
開かれた扉から、客室の中へと乗り込む





そして一発のムチが高らかに鳴り


白い少年達が群がるのもものともせず
馬車は力強く路を走り出した








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:パンまつr…じゃなくて合戦終了!
こっからは公爵達のターンです


アリス:今 パン祭りって言いそうだった!?


狐狗狸:気のせいDEATH


あんぱん(こし):元はといえばお前達が
乱入なぞするから怒られたんだ!


あんぱん(つぶ):何を!お主らが騒がしいから
こちらまで殿に潰されかけたのだぞ!!


狐狗狸:あーあーあー、せっかく一時休戦
してたんだからもちょっと保たせなって…


ジャムパン:僕らを食b…ってあー逃げた!!




馬車に揺られ、着いた先は懐かしの…


様 読んでいただいて
ありがとうございました!