見慣れぬ街並みの端へと
消えるように移動する灰色の断片を追い





「待ってチェシャ猫!」





幾つかの角を曲がった所で







アリスは つ、と立ち止まった





「え…花屋、さん…?」


「恐らくは正しいと思われますが…」





数歩後で息を軽く整えつつ
やや自信なさげに返す







二人の目の前には、袋小路のような場所に
構えられた大きな花屋があった





といっても先程の彼の言葉通り


入り口らしき場所から建物の中まで
所狭しと並べ立てられている


色とりどりの花の群れだけが





そこを"花屋"と思う根拠である





建物自体の様式は周囲の建造物と
同じ年代と思しきシロモノで


花がもしもう少し少ないのであれば


子供が一度は考えるであろう
"お金持ちの人のお家"そのものだ





「この中に…チェシャ猫が?」





呟きつつも二の足を踏むアリスの肩に
そっと手を置いて は言う





「参りましょうアリス、何があっても
あなたは私がお守りいたします」


「…うん」











第二話 大きな花屋











鮮やかに咲き乱れる花に囲まれた
玄関ホールを通り抜けると


部屋を埋め尽くす花達が二人を出迎えた





何コレ…ひまわりとスイセンが一緒に
並んで咲いてる…!」


「ええ…普通の花屋で無いことは確かです」





室内の花々は 普通とは明らかに異なっていた







桜草コスモスが隣り合って咲き集い


斜向かいのヒメユリスノードロップ
互いの色を引き立て合っている





季節だけでなく店として置かれる花の
量や区別の境も無視されており


にも関わらず花々はどれも


今、咲いたかのような美しさを保っている





中でも一際目立つのは…大輪のバラ







「赤い…バラ…」





小さく呟き、彼女は一歩バラから後退さった





「どうか致しましたか?アリス」


「ううん、大丈」


「あのぉ〜」


「きゃあぁぁっ!?」





花の陰から唐突に現れた人影に驚き
アリスは慌てての影へ隠れる





「だ、大丈夫ですよアリス 人ですホラっ…」


なだめていた彼の言葉が、目の前の
人物を認めた瞬間 止まった





「いらっしゃいませぇ…あらぁ
お客様が来るなんて珍しいですねぇ」


「あ…あなたは…!」


「え 知り合い?」


「ええ…最もあちらは覚えては
いらっしゃりませんが、害はない方です」







苦笑交じりの笑みで答えられ
とりあえず恐る恐る歩み寄ったアリスは


ぼんやりと佇む黒いメイド服の人物に訊ねた





「あ、あの…どちら様ですか?」


「えぇとぉ メアリ・アンっていいまぁす」







どこか間延びした口調で告げられた名前は
ある意味 彼女の印象に残った記憶を呼び起こす







「メアリ・アンって…あなたが?


「あれ?どこかでお会いしましたっけぇ?」


「いえ、初対面ですけど 確かあなた
女王様のお城で働く事になってたんじゃ…」


「そうだったんですかぁ?」





まるで他人事のようにあっけらかんと
聞き返されて戸惑うアリスへ


がそっと助け舟を出した





「…アリス、彼女は物忘れが激しいようで
ご自分のお名前以外はすぐ忘れるようです」


「そ、そうなの?」


「はい 一度だけですがお会いした際
私の名前もすぐさまお忘れになられました」





"有り得ない"の単語が一瞬頭を過ぎるも





記憶の中のウミガメモドキが言った
信じられない大遅刻の日数を思い出し







「…なるほど」


と、彼女は納得した







メアリ・アンは一歩も動かぬ姿勢のまま
ニコニコと笑いながら口を開く





「それよりもお客様、花束はいかがですか?
一つあればお祝いの席に困りませんよぉ?」


「あの、花よりもここにチェシャ猫…
じゃない灰色のフードを被った人が」


「猫はいませんけどぉ 花ならたぁくさん
ございますよ?オススメはこっちの」


「いやあの私は花が欲しいわけじゃなくて」





チェシャ猫が来たかどうかの問いかけを
全く聞かず、彼女はひたすら花を進める





「でもぉ、バラなんかこの時期は
特に人気なんですよぉ?お一ついかが?」


「だから花はいらないんですって!!」







やや強めに言い切ってから
シンとしてしまった空気に気まずさを覚え







「ご、ごめんなさい…それじゃこれで」





ペコリと頭を下げ アリスはきびすを返し





「…行こう、多分ここにチェシャ猫は」





一歩歩きかけた直後 何かに足をとられて
つんのめるように床に倒れかけた







「アリス!」





彼が咄嗟に身体を支えたため、完全に
倒れこむ事無くやや宙に浮いた形になる







「あ、ありがとう 何かに
つまづいちゃったみた…い…」







言いつつ身を起こしながら足下を見て





彼女の表情が 凍りついた







すぐ側に並べられていたスイートピーが
生き物のように片足にまとわりついている






いや…スイートピーだけではなく


周囲に咲いていた花達がざわりとうねり


一斉にアリスへとまとわりついてきた







「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「アリス、わぷっ!?





当然 支えていたも巻き込まれる形で
花達の集中砲火を受ける







メアリ・アンは立ち尽くしたまま
ただぼんやりと事態を眺めている







や、止めて!別に私はお花の悪口を
言ったつもりじゃ…!!」







服や腕に絡んだ花を取り除こうともがくも


余計に花達は強くアリスへまとわりつき
立ち上がることさえ許さない





バラのつるがシュルシュルと
彼女の白い喉へ巻きつきかかり―








「お良しなさい花達!こんな事をしては
アリスは余計あなた達を嫌いますよ!!」






ピタリ、と花達の動きが止まった







己の言葉が通じたのを見て取ると


は勤めて穏やかな声音でこう続ける





「…大人しくアリスから離れるのならば
あなた達の誰かを連れて行きましょう」







しばしの沈黙が室内を満たし





やがて、するすると花達が二人の身体から
ゆっくりと離れていった







花が元の位置に戻ったのを見届けて





「お怪我はございませんか?」





身を起こし 彼はアリスへ手を差し伸べる





「ありがとう…そっちこそケガは無い?」


「ご心配には及びません」





少しボロボロの外見にはなったものの


立ち上がった両者の身体には
擦り傷一つ無いようだ







「失礼しましたぁ、花束はどうされます?」





先程までのやり取りなどなかったかのような
メアリ・アンの言葉にため息をつきつつ





「こちらの赤いバラを三本と、それから
かすみ草とスノードロップを一つずつ」


「はぁい かしこまりましたぁ」





彼は、作ってもらった小さな花束を受け取る







「ええと、おいくらですか?」


「花の値段忘れちゃいましたぁ
なので それタダでいいですよぉ?」


「そ、そんな適当な…」







戸惑いつつも、お金を持っていないことを
思い出したアリスは







「ごめんなさい、いただいていきますね」





考えた末 仕方なく好意に甘える事にした








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:街で始め誰に会わせようかなーと
しばらく悩みながら書いてました、今回


アリス:ええと…ここでメアリ・アンさんと
会っちゃってていいのかな?


狐狗狸:オリジ展開だからOKでは?
ついでにバラも登場させれたし私は満足です


アリス:でも、バラが首に巻きついた時は
ちょっと怖かった…


狐狗狸:花達は多分、連れてって欲しくて
絡んでただけなんで 基本的に傷つけるつもりは
なかったんだと思います




次回 花屋を出ると、街の並びが…!?


様 読んでいただいて
ありがとうございました!