一メートル程の大きさのハートのAは
千切れそうな身体を震わせて言う
「街中探したんだから!どこにいたんですか!」
「え、そ、その…ゴメンね?」
「風に飛ばされかけたり、木に引っかかって
破れかけたりして大変だったんだから〜!」
今にも泣き出さんばかりの声で喚くトランプを
二人は、立ち上がって宥めにかかる
「申し訳ありませんでした…それで
どのようにして私達の元まで?」
彼の努めて柔らかな問いかけに
ハートのAは少し落ち着きを取り戻し
声のトーンを少し落とす
「バラが…色とりどりのバラが
ここまで導いてくれたの」
「バラが…?」
言われて二人は辺りを見回し、気がつく
お茶会の周囲の木々に咲く青いバラの中
いつの間にか 白や黄色がオレンジが
星座のようにぽつぽつと混じっている事に
「さっきまで青いのしか無かったのに…?」
「ここのバラは強い感情に反応して
色を変えるんだ ジョーシキだろ?」
「さっき…ウサギが、落ち込んでた…から」
帽子屋とネムリネズミの言葉を総合するなら
木々に咲くバラは、周囲にいるモノの中で
一際強い感情の色に染まるらしい
「そんなことより二人とも!
これを受け取ってください!!」
ぐい、とやや強引にの胸元へ
ペラペラとした右手が突き出される
そこに握られているのは
バラの刻印で留められた、二通の白い封筒
「これは…陛下からの招待状…!?」
両者がそれぞれ封筒を手にして
開くと 中にあったのは一枚のトランプ
見覚えのあるそれにアリスの目は丸くなる
第十話 栄える舞踏会
緋色の裏面に細い金のつるが絡み合う
優美なデザインのハートのクイーン
「これ、あの時病院で見た…!」
呟きを合図に、図柄の上へ
赤い文字がすっと浮き上がる
"アリス あなたに会えるのを、待っているわ
変態ウサギと記憶の番人に気をつけていらして"
「…あ、字が消えた でもどうして
女王様は私達がここにいることを?」
「おそらく、ビルに聞いたのでしょうね」
小さく溜息をつく彼が手にしていたのは
同じ裏面の、スペードの2
「のトランプには何て書いてあったの?」
「…アリスに粗相があったら首を刎ねる、と」
浮かぶ笑みの苦みに アリスは
何もいえぬまま笑みで返すしかなかった
「封筒を無くしたら入れませんから
気をつけて下さい!それではまたお城で!」
ペコリと身体を折り曲げると、トランプは
来た道を駆け足で走り去っていく
頃合と思い、ウカレウサギは口を開いた
「招待状も手に入ったし…女王の城へ
行くのも悪くないんじゃないかな?」
「ええ、そうですね」
茶会を楽しむ二人と別れ、三人は
バラの咲く木々の道を歩く
茶色い毛足のウサギが耳を微かに揺らし
おっとりとした足取りで進めば
そこに無かったハズの道が彼の後ろに現れ
ついて行く二人の背後は、逆に
バラの茂みに埋もれて塞がれてゆく
「逸れたら二度と戻れないから…注意して」
「う、うん わかった」
「周囲のバラの色が…変わってきましたね」
「そろそろ、城が近いんだよ」
白とピンクと黄色などが混じりあう
どこか落ち着かないバラの小道の先は
麗しく整えられた庭園の真ん中にそびえる
宮殿のような、女王の城に続いていた
「お城が…キレイになってる!?」
「舞踏会だからね、キレイにもするさ」
「けどこのお城って前に来た時はもっと―」
言いかけて、彼女は口をつぐんだ
「あ、あれ?私…いつからこのお城に
来てなかったんだっけ?」
荒れたまま放置されていた城の姿を思い出せても
最後に訪れた記憶だけが手繰れぬままで
戸惑うアリスの肩を、そっとが叩いた
「アリス 招待状のご用意を」
「えっ!あ…う、うん」
慌てて顔を上げれば大きな両開きの扉が
すぐ側にあり いそいそと封筒が用意される
門番のトランプが、扉の前で三人を止める
「ぷっぷくぷー!招待状はお持ちですか?」
「これだろう…ほら」
投げやり気味に見せたウカレウサギに続き
後ろの二人も白い封筒を差し出すと
トランプはすぐに両側へと避け、扉を開く
「失礼致しました それではどうぞ」
外観同様、城の中もすっかり変わっていた
天井のシャンデリアが明るく灯り、豪奢な
調度品や室内の様子を一層生えさせている
優雅な曲がどこからともなく流れ
様々な料理や花などの快いニオイと共に
華やかな空気を満たしている
何よりも、普段は床に転がっていた
首無しの死体達がキチンと首を生やし
トランプ兵と同じように、家政婦や
執事として城内を忙しく駆け回ったり
客として会話や踊りに勤しんでいる
「すごい…本当に舞踏会が開かれてるなんて
どうなってるの?」
「さぁ…これも街の異変と関係があるのかも」
「いやいやいや!幾らなんでもおかしいって
死体だった人達が生き返ってるし!!」
「お、落ち着いてくださいアリス
そんなに大声を出すと皆さんが…」
諌められ 彼女は顔を赤くして口を押さえる
「はぁ…やっぱり誕生日だと、賑やかな
雰囲気は苦手だなぁ…」
「そうですか…ワザワザご足労いただき
本当に申し訳ありませんでした」
「いやいいよ、どうせここには
全員が来るハズだったし」
丁寧に謝るへ軽く手を振りながら
ちらり、とウカレウサギはアリスを見やる
「ゴメン…僕、隅の方にいるから…
何かあったら言って?」
「わかった、ありがとうウカレウサギ」
嬉しそうに薄く頬を染めて微笑み
ウカレウサギは楽しげな人々の波へと
静かに歩いて、埋もれていった
「さて…どこにチェシャ猫がいるかしら?」
「そうですね 猫のことですし
人の寄り付かぬ高い場所でうずくまっているやも」
二人が同時に階段へ目をやれば
そこからドレスを翻し、こちらに向かって
勢いよく駆け下りてくる一人の少女の姿が
「アリス!ああアリス、会いたかったわ!」
軽やかに最後の数段を駆け下りた彼女は
透き通る声を嬉しさで満たして
体当たりするようにアリスへと抱きついた
「えっ、ちょちょちょっと女王様!?」
「舞踏会が始まってからずっとずっと
お待ちしていたのよ?本当にお久しぶりね」
抱きついたままの女王をやんわり手で離し
一言声をかけようとしたのも束の間
「アリス…?」
「アリスがここに!おお本当だ!!」
彼女の来訪に気付いた周囲のモノ達が
ぐるり、と視線を向けて集まってくる
「静粛に!皆さん静粛にお願いしま…わぁ!」
群がる人々を抑えようとしたは逆に
その人ごみの質量に押さえられ、飲み込まれる
「アリス!お帰りアリス!!」
「よくぞ城においで下さいました!」
客と使用人とがわっと押しかける光景に
動転していたアリスの心は恐慌へ傾き
震える口から悲鳴が喉元まで上がりかけ―
「皆のもの、お下がりなさい!!」
凛とした女王の一声が、全てを止めた
「わたくしの城で舞踏会を楽しんでいる以上
それを壊す無礼は許しませんことよ!」
しばしの静寂が空気を埋め
やがて誰とも無くその場を引き、辺りは
舞踏会の雰囲気と空気へ戻っていく
思わず肩の力を抜いたアリスへ女王は
花さえ綻ばせるような微笑を向けた
「ごめんなさいねアリス、驚かせてしまって」
「う、ううん大丈夫…ありがとう女王様」
「いいのよこれくらい、それにしても…」
言葉を止め 彼女は打って変わって
厳しい眼差しを起き上がるへと向ける
「案内も制御も満足に出来ないなんて
いつまで経っても本当に頼りない番人ね」
「も…申し訳ございません陛下」
「まぁ、今回はあなたのその無様な姿に
免じて多めに見てあげるわ」
人波に巻き込まれてボロボロの格好を
整える様をおかしそうに見やる少女へ
一縷の期待を込めてアリスは問う
「ね…ねぇ女王様 ここにチェシャ猫が
来てると思うんだけど、知らない?」
「猫のことなんて興味ないわ、おそらく
城のどこかで寝ぼけているのよ」
返ってきたのは予想通りの拗ねた返答と
白い手をとった 女王の天使にも似た笑み
「それよりアリス、猫のことは忘れて
わたくしと舞踏会を楽しみましょう?」
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:予想してたよりウカレウサギの出番が
長引いたので、城の話も二話に跨り
女王:わたくしの出番が遅すぎるのではなくて?
狐狗狸:い、いえあの決してワザとではなく
已むを得ない展開上の都合と言いますか
女王:そう…あの変態ウサギが前半の部分を
占めていたのも已むを得ないといいたいのね
狐狗狸:か、鎌はしまってください 次回は
アリスとの会話も多いんですし!ね!?
女王:…そうね、せっかくの再会をここで
フイにしたらもう(放送禁止用語音)
狐狗狸:あー、危うく長編のネタバレになりそ
(鎌が振り下ろされた音/しばらくお待ちクダサイ)
増える謎に悩むアリスを導くは、やはり…!
様 読んでいただいて
ありがとうございました!