アリス 我らのアリス


我らはあなたの幸せのみを望む





例えこれから先 会えずとも





ずっと我らはあなたと共に







最後に うたかたの楽しい一時を











第一話 夢に目覚めて











彼女が目を覚ました時、始めに見えたのは
真っ白な髪の毛だった





次に見えたのは柔らかく見守っている
満月を思わせる金色の目





叔父の康平によく似た顔立ちの青年は


うっすらと目を開けた相手へ
低く、優しげに声をかける





「おはようございます アリス」







二、三度と瞬きをしてもいまだに
意識が覚醒しきっていない顔で


ボンヤリと亜莉子は彼の顔を見る







「え…?どうして私の部屋に…」







言いながらベッドから身を起こし―







「って、ええ!?





そこで意識は急激に覚めた





「何コレ!?いつの間にこの格好に…!!」







仕事を終え、夜遅くに帰ってきた彼女は
何かをする気もないほど疲れていて


自室に戻ってすぐさま


ベッドへとうつ伏せに倒れ込んだのだ





だから本人には部屋着にも寝巻きにも
着替えた覚えが全くない







しかし今 亜莉子が着ているのは





あの時のような赤いエプロンドレスの衣装







「ねっねぇ、タンスから何か
適当な服を出してもらえない?」





戸惑い気味の言葉に、彼の白い顔が
あっという間に赤くなった





「ええっ!なななな何故です!?」


「だってこの服じゃ恥ずかしくて…」


「そんな、とてもよく似合っておりますよ」





苦笑しつつ返された賞賛を
逆に亜莉子が顔を真っ赤にしながら否定する





「いや二十歳過ぎてこの格好は
流石に恥ずかしいから!!」








彼女の年齢は現在 二十三へ
さしかかろうかという辺りだった





と言っても見た目ではそうと分からない為
さほど今の格好に違和感はないのだが


本人的には、やはりこの手の服を着る事に


若干抵抗を感じてしまうのだろう







はほんの僅かに哀しげな顔をする





「そうですか…しかし、服を着替える事は
出来ないと思われますよ」


「そんな事ないって この中から
何か代わりの服を出して着替えちゃえば」


言いながら部屋のタンスの引き出しを開け





「アレ!?」





亜莉子は再度動転した







本来 衣類がある筈のそこには


ぎっしりと色とりどりの包み紙に包まれた
キャンディやチョコレート等の


甘い甘いお菓子達があるばかり





「服が入ってたはずなのに、何で
全部お菓子に変わってるの!?」


「服だけではございません…
窓から外をご覧になってください」







が厚手のカーテンを引くと





窓から、柔らかな白い光が零れた





「もう朝になってたのかしら…」







訝しがりながらも窓辺に近寄り
外の様子を一目見て







今度こそ 亜莉子は絶句した









明るく真っ青でキレイな空の下には


一欠けらも見覚えのない家や建造物が
すらりと立ち並ぶ見事なレンガ通り





白を基調としながらも原色と地味な色とが
主張しすぎる事無く交じり合うその風景は


ヨーロッパなどの街並みに、とても
よく似通っている





電柱の姿が一本たりとも見当たらず


代わりに外国映画でよく見かけるような
街灯が通路の脇に ひっそりと林立する







通りや家などのあちこちに
みごとな花壇と木々が生い茂り





どこかから鳥の声や羽音が聞こえて







「え…どこ、ここ?」





ようやく亜莉子は言葉を搾り出す







「ここ私の住んでる町じゃない…
ねぇ、ここはどこなの?何があったの?


「私にも分かりません、気が付いたら
既にこのようになっておりました」





彼の一言にため息をついてから


彼女は脳内で必死に現状について
思いつくまま、思考を巡らせ始める







外国へ行った覚えなんて全くない


いつもの国の雰囲気なら、外の通りだって
普通にアスファルトになってなきゃおかしい







ひょっとしてコレは夢なのかしら?





でもそれにしては所々がリアルすぎる…







試しに頬をつねり、その痛みを確認してから







「チェシャ猫は?」





亜莉子は一番親しい住人の名を呼んだ





「…この近くにはいないようですが
外に出れば、会えるのではないかと」


「そう…こんな時にどこへ行ったのかしら」


「猫は気まぐれですからね、でも
必ずあなたの前に現れますよ」


「…それもそうね」





納得した亜莉子は、言葉に含まれた
僅かな違和感に気付かなかった







「とにかく外に出なきゃ始まらないわ
知ってる人に会わなきゃいいけど」





言いながら部屋を出ようとする
彼女よりも早く


が扉を開き


空いた手で出口を指し示し、こう言った





「ご迷惑でなければお供致します」


「あ、ありがとう









家の中を一通りざっと見たものの





人の姿や猫の首は見当たらず
しんと静まり返ってはいれど


それ以外は自室同様見慣れた場所ばかりで





台所のシュガーポットの底に
こびり付いた砂糖も





TVの側にある叔父や彼の祖母と
一緒に写した思い出の写真スタンドも





玄関の側に置いてある


武村からもらった大きな可愛い
テディベアのふわふわさも







何一つ、変わってはいない





「いかが致しましたか?アリス」


「え、ううん…何でもない」





ニコリと微笑めば、彼もまた共に
微笑んでドアを開ける





「さぁ 足元にお気をつけ下さい」


「ありがとう…」







促され 一歩外へと出た亜莉子は
街の景色を改めて目にする





「本当に街だけ変わってるみたい」





クルリとその場で周囲を見回すと


出て来た家さえも街の風景に相応しい
外観へと変わっているようだ







まるで異国の真ん中に突然
放り出されたような錯覚を覚えるも





側にいると、先程出て来た
家のドアから見えるテディが


彼女に安心感を与えてくれる







「人、やっぱりいないみたいね…」


「ええ 通りには誰も歩いてないみたいです」





とりあえず亜莉子は目に付いた家のドアを
トントンと軽くノックする





「こんにちはー、誰かいませんか?」







しばらく待ってみるも 中からの返事はない





「お留守なのかしら…」


「そのようですね
アリス、いかが致しますか?」







彼女は少しだけ沈黙を落として悩む







「うーん…もう少しだけこの辺りに
誰かいないか訊ねてみてから」





言葉半ばで澄んだ音が耳に届いた


小さな鈴を転がしたような音
弾かれたように両者が通りの向こうを見やれば





スッと角を灰色の何かが消える





「…チェシャ猫!?待って!!


「アリス、追いましょう」


「うん!……え!?







頷いてから、亜莉子は足を止める







「どうかいたしましたか?」


「だ、だってとチェシャ猫って
仲が悪かったんじゃ…」







昔の因縁により、二人はずっと仲が悪く


少なくとも積極的に彼女と猫とを
引き合わせる事をためらうハズだ





そう 普段の両者ならば







「仰る通りです…ですが今は事情が違います」





静かに語る表情は真剣であり





「悔しいですが、やはりあなたを始めに
導くのは猫の役目なのです」





かしこまる態度は、記憶の番人としての彼





「私はあなたを守る為に従いましょう
…さあ、ご命令を







灰色の消えた通りと立ち尽くす彼とを
瞬時に見比べて


亜莉子は、こう言い切った





、一緒にチェシャ猫を追いかけよう」


「アリス あなたが望むなら」







頷いて走り出した二人の姿を





建物の影からこっそりと見ていた者が
ポツリと小さく呟く





「……全く、世話が焼けるね 





チリ、と小さな鈴の音を響かせながら
彼の姿はそこから消えた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:これにて最終章となる街長編が
こうして今月から始動いたしました〜


亜莉子:私は大人として出てる設定なの?


狐狗狸:はい、一人暮らしか叔父さん達のトコで
暮らしてるかは不明ですが あなたは
社会人のつもりで書いてます


亜莉子:そうなんだ〜…どんな仕事についたんだろ


狐狗狸:少なくとも、普通のトコでしょうね


チェシャ猫:アリスを導くのは僕なのにね


狐狗狸:普段はね、でも今回ばっかりは
やむを得ない理由があるから我慢してちょ




次回、見慣れぬ街で猫を追う二人は…


様 読んでいただいて
ありがとうございました!