赤い道化師…ジャバウォックが首を刈られても


アリスが元に戻るとは限らない


いや…むしろ、アリスや住人達が
二度と元に戻れなくなるやもしれない






ジャバウォックがこの世界を作り出し
皆を巻き込んだ張本人なのだから


その可能性の方が高いだろう





現時点で考えられうる限りの最悪の事態を
どうにか防ぐ為にも


女王陛下を元に戻し、説得する必要がある


…やはり気は進まないのだが







「あら?どうかしたのかしら


「いえ、お気遣い無く陛下 こちらの
お召し物はあなたのでございますか?」


「ええ そうなの…返していただける?」





普段では考えられぬような受け答えに
僅かに眉を潜めたが、すぐさま笑顔を浮かべ





「失礼致しました どうぞお受け取りを」





ショールを丁重に差し出すと、陛下は
手の中の鎌を消してから


優雅な仕草でそれを受け取り 身にまとう











第八話 虚像の仕来り











「ありがとう、後であなたに何か
素敵な褒美を与えなくてはね」


「いえそんな滅相も無い!それより陛下
二三質問をする事をお許しいただけますか?」


 どうしてそんなに気を使うの?」





小首を傾げ、陛下の影は続ける





「わたくしはあなたの言葉になら
いくらでも耳を傾けるわ、もちろん何でも
答えてあげてもよくってよ」





影ゆえに表情が全く見えないけれど


声や仕草で十分、陛下が私に好意的だと
いう事が分かる







……普段の殺伐とした態度も困りものではあるが


真逆の態度も、強烈な違和感を伴うものだと
私は改めて実感していた





だがしかし 今の陛下ならばまともな対話が
期待できるかもしれない!





「それでは恐れながらお尋ねします
あなたは赤の道化師、ジャバウォックの」


「その腕のケガはどうしたの!」





陛下が駆け寄り、私の右腕を取る





「あぁ…大したことはありませんよ
それよりも赤の」


ダメじゃない 怪我をしたなら
先に包帯を巻くのが仕来りなのよ?」





彼女の返答を理解するよりも早く


肩にかけたばかりのショールを取り
惜しげもなく手で裂くと





「まぁでも、あなただから許してあげるわ」


陛下はお手ずからその布端を傷口へ巻いた





「あぁそんな お召し物を私などの為に…」


のためならこんなもののひとつや
ふたつ、惜しくなど無いわ」


「たっ大変恐縮です ありがとうございます
…あの、質問に戻らせていただいても」





訊ねなおすけれど、返ってきた答えは
求めていたものとはやはり違っていた





「ここはよい所よ、命無きものが
自由に動けるわたくし達だけの為の世界なの」


「あの陛下、こちらの事ではなく
答えていただきたいのはジャバウォックの」


「だからここにいれば わたくし達
ずっと愛し合って末永く過ごせるのよ?」


「お願いですから私の言葉に耳を傾けてください!」







何度軌道を修正しても、陛下は返答はおろか
質問の発言すら許してはくれない





うぅ…やはり期待したのが間違いでしたか





「陛下…どうしてもお答えいただけないので
あれば、せめて大人しく元に戻させて
いただきますが 宜しいですか?」





質問を諦め、元に戻す説得を始めるが





 わたくしはあなたの事
アリスより愛しく思っているの、だから…」





もじもじと身をくねらせ 全く見当違いの
言葉と共に陛下は顔を俯かせる


……なんだか、嫌な予感が







降って沸いた不安が現実となったように





「首になってずっとわたくしの側にいて」





言いながら 陛下が私の首に鎌の刃先
すぐさまあてがって来た


咄嗟に屈みながら合間にハンマーの柄を出現し


どうにか首になることを免れ、私は距離を
取るのだが 次の攻撃は間を置かずやってくる





影になってもそのパターンですか!?







聞くまでも無く陛下の依代はで間違いない筈


鎌の柄と手に触れさえすれば
元に戻す事は可能…なのだが







!心配しなくても、痛みなんて
一瞬たりとも感じさせないわ!」



「そういう問題ではないです陛下ぁぁっ!!」





普段よりも戦闘力が割り増しされていて


とてもじゃないが触れる事すら叶わない
いや、むしろ我の命が危ない…!





鎌の猛攻を必死で防ぎながら 私は
その場から遁走を計るも


小川を超えても、いまだに足音は止まない





「お待ちになって!どうしてわたくしを
置いていくの!?ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



「おっお許しを陛下!」


「ねぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェ」





陛下の声が途中でおかしな具合に変わり


思わずその場で足を止めて振り返ると







目の前には、グリフォンの影がいた





「ぐ、グリフォン?いつの間に…!?」


「何をお求めかね 





その言葉に、辺りを見回してみると


いつの間にか外の風景ではなく
洞窟を模した雑貨店と化している





電車の時といい…本当にこの場所は
様々なものがデタラメだ





「お求めのものを手に取ったら、ワシの所へ
持ってきなさい 売ってやろうぞ」





まるで店の店主さながらに 前足を切り株へ
乗せ、蛇の頭がこちらへ言葉を投げかける





「……分かりました」





私は頷き、品を探すフリをする





ウソをつくか言葉をはぐらかされるか

影との対話は無意味とようやく悟った


なら、早く本体へ戻した方がいいに違いない







これまで会ってきた影達の依代には
共通点…というか法則が存在している





まず、依代は必ず影の側にあり
大抵は身に着けた物か本人の武器


依代自体も 本人を象徴する品であり


そして何と言っても、すべての依代は
人の手が加わった無機物だった





いみじくも陛下の仰っていた通り


"命無きもの"こそがこの場を借りて
存在を主張するかのように









「この列の植物は、どれも知っている物と
微妙に違う…珍種でしょうか?」





岩をくり抜いた棚に色々な品が陳列されているが


雑多なその全ては、元々の世界には無いような
不可思議な有機物ばかりで


その上 私の視線を避けるように横に避ける





「何なのですか本当この世界は…!」





依代探しをしていたにも関わらず 少し苛立ちが
つのったので、岩棚の真ん中を見つつ


ワザと上の方にある 生きた魚の収まる岩へと





「よし、取れ……うわぁぁっ!?





手を伸ばしたその途端、背後から何者かに
突き飛ばされ私の身体は


唐突に出現した湖の中に沈んだ





「っぶあ!ぶはっ、はぁっ…!」





息つく間もない展開に思考は追いつかない





とにかく這い上がろうと近くの岸を目指す私へ





「そのまま沈んでしまうがいい !」





突き飛ばした張本人であろうグリフォンの
クチバシや蛇の牙が容赦なく襲いかかる





「っやめてくださ、ごぼっ…!」





息が苦しい…頭や腕に痣や噛み跡が刻まれる…


周囲の水に 私の血が薄く混じる…





グルグルと回る思考の中で

ふと、幼きアリスの記憶がよみがえる





ああ…アリスもずっと、こんな苦しみを







痛みと息苦しさが増す中 現実の景色はぼやけ


右腕に巻かれた布とシロウサギの白い手袋の
小さな赤い滲みだけがハッキリと







―こんな所で弱気になってどうする!





白に浮かぶ赤 大切な相手を連想させる色彩に
沈みかけた意識と思考が戻ってくる





アリスは今もなお苦しい目にあっておられる


なのに、助け出せる我がこんな所で
諦めてしまっていいはずがないではないか!





「どうした?早く沈んでしまった方が
楽になれるぞ、?」





翼をはためかせて笑うグリフォンの影を睨み


私は…大きく息を吸い込んで潜水した





それから水の中に潜っては浮かび上がる
動作を繰り返して 身を守りながら


どうにか岸へ上がると、ハンマーを出現させ


突き出されるクチバシを受け止める





「申し訳…ないのですがっ、私はアリスを
助けるまで…歩みを止めたりしません!


「生意気な、その望み諦めさせてくれる!」





流れで上空からの影の攻撃を防ぎ続けるも


満身創痍の現状で呼吸も乱れたまま


上がった唯一の岸は狭く、濡れた石畳と
僅かな苔が足場を悪くしていて


二つの頭だけでなく 前足による打撃も
加わって、元々防戦一方の私は押されていく





横殴りの前足によってハンマーが弾き飛ばされ


私自身も衝撃の反動で尻餅をつく





「ハンマーを出すヒマすら与えん、お前は
ここで割られて滅びよ!」





とどめを刺さんとグリフォンが飛びかかる





反射的に背後へ後退りを…した拍子に、
思いがけず背に何かが当たった


振り返り見れば それは店でグリフォンが
足に敷いていた切り株……ん!?





あの時には分からなかったが


この距離なら、その材質に不自然な光沢と
違和感があるのは一目瞭然だった





この切り株は、自然物ではない


―イミテーションか!







グリフォンのクチバシが私の頭を割る直前





間一髪で切り株と影の双方へ手を着いた





「ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!」





その巨体が捩れ、切り株に吸い込まれ







再び店の中に戻ると 実体を取り戻した
グリフォンがこちらを見つめていた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:またもや駆け足処理となった女王の
やり取りとグリフォンの下りで


女王:取り消しなさい!こんなものわたくしでは
断じて無くってよ!
(鎌振り上げ)


狐狗狸:Σギャー!だって仕方ないでしょ
影はセリフとかあべこべになる設定なんだかr


女王:などよりアリスを愛してるに
決まっているでしょう!!(再び)


狐狗狸:っだから…あぁもうグリフォン助けて!


グリフォン:…諦めなさい


狐狗狸:そんなぁぁぁぁぁ…!




本当は原作よろしく逆の方法で怪我をする
(包帯を巻く→悲鳴を上げる→怪我)法則も
書きたかったのですが、泣く泣く割愛


次回 彼はかつての自分の影と会う…!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!