「な…何をしたのだ !」
警戒するように公爵がその場に立ち止まる
「単に夫人の時を止めただけですよ…
あなた方がこの場の時を止めていたように」
言って、私は公爵夫人の手と
握られているスプーンへと触れる
名を冠するだけあって
時間くんはひとつだけ 自らが指定した
場所か、相手の時を操る事が出来る
だから 公爵夫人の時を少しだけ
止めてもらったのだ
「すぐにここの時を止めろ!
赤の王が起きてしまうではないか!」
叫ぶ公爵に構わず、今度はナイフへ触れる
しかし彼女は元に戻らない
「残念ですが…全く意味が分かりません」
言いながら、私は頭に被った鍋に手を
「赤の王がここを去ったら、私達は
女王から逃れられなくなるではないか!」
一際必死な声を上げ 彼は私へと近づくが
「動かないで下さい」
すかさず視線を送って 相手を牽制する
第七話 逆巻く時
「卑怯な手で申し訳ないですが…
公爵夫人を危機に晒されたくないなら
どうか大人しくしていて下さい」
ぐ…と悔しげに唸り 彼は足を止める
紳士的で無い事は重々承知だが
この場はそうも言っていられない
私やアリスの命運がかかっている
「辛いですか…申し訳ありません
あと少しだけ 時を止めていてください」
肩で振るえる時間くんへ語りかけつつ
私は改めて 頭の鍋へ触れる
「これでもない…おや?」
そこで私はようやく、公爵夫人の首元に
添えつけられた真珠の首飾りを見つけた
…おかしな武装のせいで 同じように
ガラクタに見えていたようだ
「そ、それもただのガラクタだ
だから触るだけ無駄だぞ」
「…なるほど、これが公爵夫人の依代でしたか」
首飾りへ触れると ようやく彼女は
本来の姿を取り戻した
同時に、時間くんが止めていた時を動かす
「あら?久しぶりね…まぁあなた
どうしたの、真っ黒じゃない!?」
「やかましい!元に戻りおって裏切りもの!」
「愛する妻に向かって いきなり
そんな態度は無いじゃないのよ」
穏やかながらも毅然とした口調で公爵夫人は言う
「愛しているからこそ裏切りが許せない事が
何故分からんのだ この馬鹿者め!」
「ずいぶんと強気ですわね、私に泣いて
縋って結婚を頼んだいくじのない姿は
どこへ行ったと言うのかしら?」
「…落ち着いてください公爵夫人
あれは公爵の影でしかありません」
「どういうことかしら?」
表情はまさに貴婦人だが 目には
冷徹と威厳、そして怒りを宿している
「平たく説明すると、目の前にいるのは
公爵の影であって 本人は身につけている
ガラクタのどれかに封じられているのです」
正直 自分で説明しておいてわかり辛い事
この上ないのだが
公爵の影が隙をうかがっている以上
悠長に成り立ちを語る事は出来ない
理解したのか、或いは内容に興味が無いのか
公爵夫人は素っ気なく返す
「そう…だったら早く戻していただける?」
「こちらもそのつもりですが、どれが
公爵の依代かわからないのですよ」
先程の反動で時間くんは少し弱っているし
同じ手を使うにしても なるべく早めに
決着をつけざるを得ない
せめて依代のアタリがつけられれば…
「あの人の依代は、きっと右手のフォークよ」
唐突な彼女の言葉に 私達は同時に口を開く
「で、デタラメを言うな!」
「何故お分かりに?」
公爵夫人は口の端を少し持ち上げて、
「あの人は元々右利きだし ウソをつくと
身体が少しだけ右に傾くのよ」
「それこそウソだ!」
……よく見れば確かに、ほんの僅かに傾いている
影であろうとも本来のクセは代わらぬらしい
いや…恐らく愛する者だからこそ
すぐに分かったのかもしれない
「くっそぉぉぉぉ!」
吼えて 公爵は私…ではなく公爵夫人へ向かって
駆けて行くけれども
二人を結ぶ対角線上へ割り込み
「影であろうと淑女、しかも愛しき人へ
手を上げるなど 公爵の名に劣る振る舞いですね」
顔へと突き出されたフォークをかわし
その腕を取って、反対側のフォークが
来る前に右拳を鳩尾へめり込ませる
「ぐ…!?」
ガクリとヒザを付いた公爵の右腕を曲げさせて
「加減は致しましたので、それほどひどくは
痛まないでしょう…観念してください」
握られたフォークに指で触れ 元の姿へ戻した
それから何故か時間くんは私の肩を降りると
赤いキングの駒の側で 再びこの場の時を止め
「……あの、大丈夫ですか?公爵」
元の姿を取り戻した公爵は、腹を抱えて
地面にうずくまっていたままだった
「ぅぅ…私の胃が弱い事を知っていて
腹を殴るなんて、ヒドイじゃないか…」
「ですからアレは不可抗力で…それを言うなら
私だってあなたに腕を刺されております」
深く貫かれたワケではなく、時間も
経っていたため血はすっかり止まっていた
とはいえ…痛みはあるのだが
「そうですよ 影とはいえを襲い
あまつさえ私に暴言を吐いたんです
それくらいの報いは当然ですわ」
「そ、そんなぁ〜私が悪かったから
機嫌を直しておくれ、お前〜痛た…」
冷たい態度の夫人へ 半身を起こし
腹を抱えながらひたすら泣いて謝る公爵
「公爵夫人、ご本人も反省しているようですし
そろそろ許して差し上げては…」
「ふふ そうね…顔を上げなさい、あなた」
「おぉ〜お前っ…!」
微笑んで手を差し伸べる公爵夫人と
随喜の涙を浮かべて その手を頼りに
よろよろと立ち上がる公爵
愛し合うのは結構だが
このまま二人の世界へ入られても困るので
「それでは公爵夫妻、改めてお尋ねします
赤い王冠の道化師について 何かご存知ですか?」
早速、質問を開始した
二人の夫婦は互いに顔を見合わせて
「道化師は知らないが そこにいる
赤いキングの駒についてなら」
公爵が、あの赤い駒を指し示す
「申し訳ないですが 私はキングの駒ではなくて
道化師の情報が知りたいのです」
「いや、聞いておいた方が身のためだぞ」
ぐっと近づいた蒼白な顔にある種の凄みを
感じ、私は思わずツバを飲み込む
「あの赤の王がある升目の中では、白の女王は
決して攻めてこないんだ」
「…やはり意味が分かりませんが」
「白の女王は皆から恐れられてるのよ
赤の道化師でさえ刈り取る力を持っているから」
「その赤の道化師の事が聞きた…」
言いかけて、自ら言葉を止めた
「公爵夫人 今、なんと仰いました?」
「赤の道化師でさえ刈り取る力を持っている」
彼女はこともなげに 同じフレーズを繰り返す
"刈り取る"…その単語を聞いた瞬間
私の脳裏にあのお方の姿が浮かび上がった
「の説明が確かなら、白の女王は
十中八九 陛下の影に違いないだろうな」
身を竦ませる公爵の気持ちは 痛いほど分かる
それで時間くんはキングが動かぬよう
直ぐに時間を止めたのか
それにしても…由々しき事態だ
「赤の道化師に会う前に、白の女王を早い内に
元に戻しておくべきと言う事ですか…」
ああ、問題だらけで頭が痛い
「何か知らんが、大変だな 」
「ええ…それでお二人が知っている事は
全てでしょうか?」
「あと、私達が知っているのは 赤の王が
来る少し前に…ここに白の女王がいた事ね」
「…せめて行き先はご存知ありませんか?」
「入れ違いみたいだし分からないわ
その時間へ戻れたら会えたでしょうね」
言って、公爵夫人はチラリと時間くんへ
視線を投げかけた
…彼の力があれば 白の女王がいた時へ
戻ることは可能だろう
しかし、せっかく元へ戻した公爵夫妻が
また影へ囚われてしまう事になる
それ以前に世界の法則を歪めてしまう気も
「迷うヒマはないわ アリスを
助けられるのはアナタだけでしょう?」
「そ、そうとも…それにここはどうも
特殊な法則で動いているし…大丈夫じゃ
ないのかなぁ うん」
戸惑う私を、二人は力強く後押しする
足元に重みを感じて下を向くと、いつの間にか
寄りかかった時間くんも
私へ視線を向け 精一杯励ましてくれている
「そうですね…ありがとうございます」
足元の時間くんが時を巻き戻し、私を導く
数度瞬きをすると 周囲の様子は少し変わっていた
木々の木の葉を風が揺らし 根元には
多数ガラクタが転がっているものの
大きな赤いキングの駒と壊れかけた時計
そして三人の姿は無い
強い風が どこからかショールを運び
思わずそれを手にした瞬間
「、あなたがそれを取ってくれたのね!」
嬉しげに鎌を携え 駆け寄る陛下の姿を目にした
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:色々計算違いがあったものの、とにかく
次回は女王との会話になります
公爵:は影とはいえ、私達が怪我をさせた
事を恨んでいるのでは…
狐狗狸:無いとは思います 多分
公爵:Σ多分って!あ痛たたぁ…
夫人:興奮すると胃に悪いわよ、胃が痛いと
おいしいご飯が食べられないんだから
狐狗狸:そのフレーズ分かる人いるの!?
それより時間くんも色々苦労してるねぇ
公爵:悲観主義の上、女王陛下には目の仇に
されているから…うぅ…
女王:首の無いものなんて嫌いよ!
狐狗狸:うわぁ!噂をすれば何とやらぁぁ!
次回 やってきた女王の影が意外にも…!?
様 読んでいただいて
ありがとうございました!