「メアリ・アンさん、単刀直入にお伺いします」





ぼんやりとこちらを見つめ返す
彼女へ向き合いながら





赤い王冠を被った道化師―ジャバウォックに
ついて、何かご存知ですか?」






私は手がかりを求めて質問し


瞬きを繰り返すメアリ・アンから再び言葉が
漏れるまで、長い沈黙が通り過ぎる





彼女は首を可愛らしくかしげ





「…さぁ?何でここにいるのかも
この格好をしていた理由も さっぱり〜」


アタシ忘れっぽくてぇ、とのん気に言うと

弛緩しきった笑みをふにゃりと浮かべた





「あの ジャバウォックについてはともかく
後の二つはご自分の事ですよね?」


「そうなんですけどねぇー困りましたねぇ」


言う割には口調も態度も困ってるように見えない







……私の記憶が正しければ


彼女は確か 陛下の城で働くべく雇われた
家政婦ではなかっただろうか





嫌な予感が頭をかけ、私は急いで訊ねる





「メアリ・アンさん、私の名前
もう一度言ってもらえますか?」





問いかけに、彼女は眉根を寄せて
長く考え込んでいたものの





「ええと…すいませぇん、忘れちゃいました」





非常に可愛らしくそう答えたのだった











第六話 夫婦の決闘











どうやら森の魔力があろうと無かろうと
彼女は物忘れの激しいお方だったようで





有益な情報を何一つ得られず


しかたなくその場でメアリ・アンと別れて
私は先へと進み始める





幸いにもこの開けた野原の目の前に


二つの道標が同じ方向を示して佇んでいたので


とりあえずそれに沿って行けば
当面は問題無さそうだった





「にしてもこの"二人の愛の巣方面"って…
一体 誰と誰がいるのでしょう」





時折思い出したかのように吹く風が


髪を揺らすのを感じながらも





道標に従い、進んだ先で私を出迎えたのは
またしても異様な光景だった







先ほどまで周囲の木の葉を揺らしていた
風がパッタリと止んだその場所の





木々のふもとに転がる壊れかけた時計や


人間サイズの赤いキングの駒らしきもの


或いはクッションの破れた椅子などのガラクタ





「何よわからずや!」


「そちらこそ何だね意地っ張り!」


そして、ガラクタの側で罵り合う二つの影





大きさと口調から察するに…恐らくは
公爵夫妻の影だろうか





姿形でしか判別出来ないのは相変わらずだが


それに加えてこの二人は、

ガラクタで妙な武装をしている


まるで……そう、台所の物を適当に拝借して
戦遊びでもする子供のような出で立ちだ





「あの…公爵夫妻 その格好は一体
そもそも何を争っているのです?」





声をかけると、二人は同時にこちらを向いて





!ここであったが百年目…と
言いたい所だがしばし待っておれ!」


「そうよ、逃げたりしたら承知しないわよ」





そう言い捨ててから 再び口論を再開させる







今までのパターンを考えて


この二人がジャバウォックの命令
ここにいるのは間違い無さそうだ…





いきなり襲われる事がないのはありがたいが





「やはりこの状況をどうにかしない事には
まともな話し合いは、出来ないようですね」





……まったく次から次へ面倒な


我に自信は無いのだが、已むを得まい







言い合う二人へ一歩近寄り まずは
落ち着かせるよう促してみる





「影といえどもケンカは良くないですよ
少し冷静になって話し合いましょう」


黙らんかね!こちらは私の妻への
関わる問題なのだよ!!」





普段の態度とは間逆の受け答えをする公爵へ





勘違いなさらないで、その程度の
私だって持っているんだから!」





これまた強気に跳ね返す婦人







…影として行動し、ケンカをしている割には


平素の状態と遜色が無いように見えるのが
不思議な所ではある





「とにかく ケンカの原因は何」


「一々煩いわ!」


「うわあっ!?」


言葉を遮り突き出されたフォークを、
とっさに仰け反ってかわし 距離を取る





公爵は手にしたフォーク以外にも


何本かのフォークを取り出し、にじり寄る





「あぁもう面倒だ こうなったら私が
この場でを仕留めてくれよう、決闘だ!


「ええっちょっと待ってくださいよ」


「抜け駆けしようったってそうは行かないわ
の息の根を止めるのは私よ!!





見れば公爵夫人もナイフとスプーン
手に持って駆けてくるではないか





「あの もしかしてあなた方のケンカの原因は
私を撃退する順番争いですか!?」






答えは返らず、突き出される攻撃を
出現させたハンマーで受け流す





二人はこちらの横手へ回り込みながら


我先にとフォークやスプーンやナイフ
更には被った鍋ごとの頭突きを繰り出してくる





「私がスプーンで叩き割るって
言っているでしょ、引っ込んでてくださいな!」


「何を!私とてフォークでを突き割る
くらいできるのだ!」


胃弱のクセによく言いますよ、もし
ハンマーで反撃されたら一大事でしょうに」


「お前とて、万が一抵抗されて怪我など
してしまったらどうするんだ!」





この心配は本気なのか、それとも相手を
牽制するために思いやっているフリなのか


もしくは私の同情や油断を誘うべくして
行っている演技なのか


…なんであれ、傍迷惑なのには変わりない





「…あの、私をどうにかするという方向から
離れる事は出来ないのですか?」


「「は黙ってなさい!」」


ハモリといい繰り出した突きといい息ピッタリ


もう本当なんなのですかこれ







…正直な所、二人の持つお遊戯のような
武器や防具はこの場の私においてとても有効だ





女王の鎌や親方達のハサミなどのように


そこそこの大きさがあれば

柄で受け止めるなり軽く弾くなりして
動きを制限する事が出来るのだが


なまじ身体に近いモノや手の平の大きさだと
加減が非常に難しい





下手をすれば影に大怪我を負わせてしまう





なのでひたすら回避と防御をしつつ
僅かな隙を縫って身体に触れようとするのだが







「あなた、右から来るわよ!


おっと…私の身体に触れようなどとは
ずいぶんと余裕ではないか!」


「ちょっとお二方っ ケンカしていたのでは
無かったのですか!?」





攻撃はバラバラなのに、こちらの手が
伸びるタイミングを協力して教えるため


接触を防ぐ動きに関しては連携が取れている





おまけにお互いが身に着けた妙な武装や
周囲に散らかるガラクタのせいか


どの品が本人の依代か判別がつかない





「ああもう本当にやりにくい…っうわ!





ふいに何かに足元を取られ


バランスを崩し、その場に尻餅をついた





「「もらったぁぁ!」」





公爵のフォークと夫人のナイフがそれぞれ
私の目に向けて垂直に振り下ろされる





「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」





鋭い凶器が肉に刺さる音が小さく響き


二つの傷口から、血がポタポタと滴る








とっさに右腕で顔をかばったので
眼球を損傷することは免れた


しかし、腕に刻まれた傷は案外深い





「ちっ……浅かったか!


もっと深く刺すべきだったわ」





それぞれ呟きをもらして凶器を引き


どちらかの手を掴もうと振り動かした
私の左手を避ける







二人の動きに気を配りつ足元を見ると


絡み付いている時間くんの影が私の足から
逃げようとしている所だった





「なるほど、あなたの仕業でしたか
隠れて機を伺うとは……やってくれますね」





時間くんの身体を掴んで足から引き剥がし

そのまま左手に持ち替えて身を起こす





「流石の私も、少し腹が立ちました


だからどうしたというの?あなたが私に
割られるのは変わらないのよ!」


を割るのは私だと言ってるだろう!」







上体をひねり、右手に出現させた
ハンマーの頭をその場に思い切り叩きつけ





「公爵夫妻 多少の怪我は…
覚悟していただきますよ!」



再び向かって来ようとした二人を威嚇する





「「ぐ…」」





怯んだその隙に辺りを今一度見回して





「君の依代は…これですね!」





ハンマーを消して、赤いキングの駒の
すぐ側にある壊れかけた時計へ触れた


元へと戻った時間くんへ間髪入れず





「時間くん 説明している暇はないのですが
ご協力願えますね?





小声で作戦を手短に指示し


同意して頂けたのを確認後、左肩へ
しっかりと捕まってもらい





私は 迫り来る二人の内


公爵夫人に自ら詰め寄って、叫ぶ





「今です!」







強い風が吹いたと同時に


彼女の突き出したナイフが本人の身体ごと
眼前で静止した









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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:メアリ・アンさんのターンが終了し
公爵夫妻&時計くんのターンです


公爵:な、何故私がを巡って
妻と争わねばならんのだ…


狐狗狸:前の長編で恨みがあるからか、結構
ノリノリで襲ってるように見えましたが?


公爵:とんでもない!そ、そりゃあの時の事は
今でも思い出すと胃が痛むが…うぅ…


夫人:あなた、しっかりして


狐狗狸:……こっちでそんだけラブラブなら
影になっても仲がいいわけだねぇ


夫人:当たり前よ、これでも新婚なんだから
あぁ小腹が空いてきたわねぇ


公爵:、さっき食べたばかりじゃ…


狐狗狸:…もうちょい食事に気をつけないと
また前みたく巨大化しちゃうよ?




次回 時間くんの力で、二人を元に戻すが…


様 読んでいただいて
ありがとうございました!