「なんですかぁこれ、全然読めませんねぇ
そもそも文字なんですかぁ?」


「…これは 鏡文字では?」


「コレのどこがモチに見えるんでぃ


「鏡餅ではなく、鏡文字…つまり
鏡に映して読む 逆さに書かれた文章です」





言いながら部屋の壁面に一枚目を移すと


文字の羅列は、普通の文として
私達の目の前に現れた







ジャバウォック


ありしゃすは ぼんわただま
しをやね すてまでていく
ならやね、わまでたし
が あこわりすれてになる


ありしゃすのぼんありだまかを、
しるとばのは あずにかきし
あのこは わたしのたましいよ
ふしこわぎの れてくにを


けさせたりなんか させない
おとしゃなに ぼんならだまないで






「やっぱりワケわかんねぇなぁ」


親方の呟きに 私も黙って頷く





所々、キチンと文になっている箇所が
あるにも拘らず


全体を通すと 全く意味が分からない





何かの暗号なのだろうか…けれど
それならまともな文があるのは解せない





さん、もう一枚の方には何が
書かれてるんですかぁ?」


「それが…文章ではないのです」





もう一枚には、絵が描かれている











第四話 読めぬ問い











…年端のいかぬ子供が描いたそれは


小さな子供と並んだ人が 共に何か
手にしていて、楽しそうにしている





周りに大小サイズの違う丸がいくつかある





だが…何よりも不可思議なのは


隣に並んだ人の髪の色が
白と黒の斑に彩られていた事だ


…これは 私?







「なんか、どっかで見覚えのある落書きだなぁ」


「本当だぁ〜でもこの子供と並んだ人
楽しそうに見えますねぇ」





ハリーと親方が絵を覗き込み、首を傾げる





「この絵は…これは、一体」


 今はアリスを追いかけるのが先だよ」





シロウサギの一声が、私の思考を正した





「シロウサギ…そう、ですね
私は先に進みます あなた達はどうしますか?」





訪ねると、親方とハリーは手を横に振る





「オレっちはしばらくここにいることにすらぁ
の足手まといになりたくねぇし」


「そうそう、それに不思議の国に帰ったら
また捕まっちゃうかもしれませんもんねぇ」


「そうですか…ではお気をつけて
シロウサギ、手袋 お借りしますね





礼の後に シロウサギも頭を下げる





「君を狙う影はまだ大勢いるから
気をつけてね、


「…ありがとうございます」





私は鏡の張られた部屋を後にした









次の取っ手を掴んで 扉を開ければ
そこはもう外へ繋がっていた


出てきた場所は家のようになっていて


そこから真っ直ぐに丘らしきものが見える





「…とにかく、あの場所へ行きますか」





まずは丘を目指して道を進みはじめる







然程遠くも無く 直ぐに着く…ハズが


何度か道を曲がるうち、出てきた場所へ
戻ってきていた





「あ、あれ?おかしいですね…」





逆方向へ進んだり反対側からアプローチを
試みては見たけれど


どのように進んでも、元の家へ戻ってしまう





「い、一体 どうなって…」





流石に少し息が切れ、その場に足を止める







これだけ歩いても 元の場所に戻るのはおかしい


もしかしたら影の事と同じように、進むにも
やり方が存在するのかもしれない





……先程出てきたばかりで少し聞きにくいが
シロウサギにその辺りを訪ねておくべきか


私は家の扉のノブへ手を―







背後から聞こえた物音に、反射的に降りかえる


家の側にある花壇が目に付き
そこの植え込みに誰かが隠れたのが見えた





素早く駆けつけて植え込みの裏を覗けば


隠れていたのはおタマを握り締めた
ウミガメモドキ…の影だった





「こんな所で、何をしているのですか?」


「よっよぉ!いー天気っすねぇ
い、いや材料を調達しようかな〜なんて」


…見え透いた嘘を





ざっと見た所 花壇には
調理用のハーブなど植わってない


それに 材料調達にワザワザおタマを
持っていくのは不自然すぎる





大方、不意打ち狙いで背後にいたに違いない





敢えてそこを指摘せず 私は
手にしていた一枚目の文章を影に見せる





「唐突な質問で申し訳ないのですが
この詩を書いたのは、あなたですか?」


「何をいきなり言い出すかと思えば…
さぁてねぇ〜」


「では、アリスをさらった人物ですか?」


、さぁてねぇ〜」





…どうやら この影は嘘が下手なようだ


表情が無いにも関わらず、挙動が不審で
声も上ずっている


実際のウミガメモドキであったなら
汗を流していたに違いない





おタマを弄ぶ影に悟られぬよう近づきながら
私は問いを重ねる





「私を襲うよう命令したのは…
赤い王冠を被った人物ですか?」


「いんや違う、そんな事はないぞぉ!
何を言ってるんだい!」






言い募る声も動作も、今までで一番大げさだ


なんて分かりやすい







紙を丁寧に折り畳んでポケットへしまい





「…では、最後にこれだけお聞きします」





微笑んで 私はウミガメモドキへこう言った





「あなたの依代は そのおタマですね?」





影がおタマを後ろへ隠そうとするよりも早く


距離を一歩詰めて、おタマの柄と
影の身体を同時に触れて 姿を戻す







「…おや?、何でこんな所に?」


「残念ながら 説明しているヒマは無いのです
アリスがさらわれてしまって」


アリスが!?なんてこった…せっかく
新しいアリスのレシピを思いついたのに」


「普段から何を考えているのですか!?」


料理の事に決まっているじゃないか
ワシはシェフだからな!」





シェフが主を調理するなんて
相変わらず 本末転倒もいい所だ





頭を少し抑えてため息をついてから


気を取り直し、改めて訪ねる





「それより どうやらアリスをさらったらしき
赤い王冠の人物に見覚えは?」





ウミガメモドキは目をしばたかせて





「赤い王冠って…あれじゃないのかね?


私の背後を 指差した





そちらを向けば、丘を目指して歩いている
赤い王冠を被った人物の後姿





ああっ本当だ!ちょっとそこのお方!
少し止まってお話を…!」





声をかけるけれど、全く気付く様子は無い





「とっ、とにかく私はあの方を追いかけます
あなたは家の中で待っていてください!」





ウミガメモドキに急いでそう伝えて
私は慌てて丘の方へと追いかける





「反対へ歩いた方がいいよ〜〜」





ウミガメモドキが後ろの方で
よく分からないアドバイスをしていて


意味を問いかけるよりも先に、目の前を歩く
王冠の人物を追う方へ専念するが





人物の歩みがゆっくりにも関わらず


どんどん距離が開き 気が付けば私は
またもや元の家の前に戻っていた





「な…なぜ…!?





ウミガメモドキの姿が無い所を見ると
時間は正しく経過しているようだが…







丘を見れば、まだそこに赤い王冠が見える





あんなに近くにいるはずなのに
どうして追いつけない


まるで反対方向に歩かされてるようだ





「…反対に?」





鏡に映した文字、あべこべな影

そしてウミガメモドキのあの言葉


進みたい方とは逆に歩かされるなら…!





思い切って 後ろ向き
丘とは逆の方向へ進んでみた







少しこっけいな姿ながら


どうやら今度は上手く行き、丘を進む
赤い王冠の人物へと歩み寄る事が出来た





「あなたは誰かな?」





立ち止まり、赤い王冠のその人は
私へと顔を向ける





初めて間近で見たその姿は まるで
西洋の国の道化師のようないでたちだった





ゆったりとした赤を基調とした衣装に身を包み


奇妙なマスクを頭から被り、その上に
赤く大きな王冠を乗せている





「白々しいですね、あなたはアリスをさらい
私を襲わせるよう影に命じたでしょう」


「そうかもね」





嘘をつくのかと思いきや案外あっさりと
認めたので、少々拍子抜けした





「何故そんな事を…いや、それよりも
アリスを返してください」







道化師は しばしこちらを見つめて黙っていたが


ややあって、人差し指を突き立てこう言った





「それなら、一つ私の遊びに
付き合ってくれないかな?」



「生憎ですが 遊びに付き合う気は」


「私に勝ったらアリスの居場所を
教えてあげる…着いて来なさい」





私の言葉を遮って言い切ると、道化師は
丘をするすると進んでいく


仕方なく 私もその後をついてゆく







丘を上がってみて、見えた風景は
つい最近 見たばかりの物のようだった





小川と色分けされたような平地で


ちょうど二色に区切られた大地が広がる





「これは 大きなチェス盤…?」





チェス盤の大地に、駒のように何かが動いている





…見覚えがあるはずだ


駒の位置が確かなら これはここに来る直前まで
ビルと競っていた一局







「あの場所まで先に行けたら、の勝ち」





道化師が指差した場所は八升目

チェスで言うなら キャスリングする位置





「何故、この局面をご存知なんですか
そもそも私は まだあなたの名前も聞いていない」


「私の名前は…詩に書かれていないからな
それでは、健闘を祈る 





それだけ言うと、見たことの無い速さで
道化師は丘をするりと駆け下りて


あっという間に見えなくなった








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:鏡の家でモタモタしてた分、今回は
ちとすっとばし気味でお送りしました


ウミガメモドキ:せっかくのワシの出番なのに
との会話が少ないじゃないか〜!


狐狗狸:だって肝は道化師?との会話だから
君はその前座ですよ(笑)


ウミガメモドキ:ヒドイ…(泣)


ハリー:僕等の出番が多いのはいいんですけど
あの赤い王冠の人、何ていう名前ですかぁ?


狐狗狸:それは次回にちゃんと出るから
それまでのお楽しみって事で


親方:しっかしオメェさん、チェスの事
ズブの素人だろ?適当に書いてていいのかぁ?


狐狗狸:いいの 原作に沿って話進めてるし
みんなチェスの事についてはそんな感心持たんて




次回 道化師の名前と初めに向かう先は…?


様 読んでいただいて
ありがとうございました!