全くもって理不尽だ
何の謂れがあって私が死ななければならない
「悪いですが、私はアリスをお救いするまで
死ぬわけには参りませんので」
具現化したハンマーの柄を握り締め
「どのような怪我を負っても恨まないで下さい」
襲いかかって来る二人の影に 宣言する
「「死ねぇぇぇえ!!」」
突き出された巨大針とハサミの先を
ハンマーの頭で守り
少し前へ出て 近くにいたハリーへ横薙ぎに―
「!彼等に攻撃してはいけない!!」
突如上げたシロウサギの声に動転し
咄嗟にハンマーを消して 後ろへ下がる
「どういうことですか!?」
いまだに攻撃の意思を示す二人から距離を測りつつ
私は、シロウサギへ問いかける
「彼等は本人の分身、もし影が傷を負って
消えてしまえば その持ち主も…!」
「なんですって!!」
つまり影を傷つければ、その影の主
現状で言えばハリーや親方も同じように
傷つくと言う事だ
いや 傷つくだけならまだしも
万が一、影が消えてしまったなら…
それは持ち主の消滅を意味する…!?
第三話 繋ぐ品
「そんな無茶な それならどうやって
この二人を無力化すればいいのですか!?」
時間差で繰り出される攻撃をどうにか捌いてはいるが
防ぐだけでは何も事態は変わらないし
ましてやこちらが向こうへ手出しできないのなら
最悪、消されるのは私となる
「彼等の本体は何かに形を変えて封じ込められてる
だから、そこから解放すれば」
「おしゃべりはそこまでですよシロウサギ!」
親方の影がハサミをシロウサギへ投げつけ
思わず上から叩き潰すようにハンマーを降ろせば
先が掠ったのかハサミは遠くへ跳ね飛ばされる
「ぐうっ!?」
ピシリとハサミに僅かなヒビが入り
それと同時に、親方の影の左足にも
うっすらとした白いヒビが現れる
「バカ野郎!よりによってアレを投げる奴があるか!
オレだったらこの針だけは絶対ぇ投げないぜ!」
ハリーが親方を必死で叱咤するという
通常と全く逆の事柄により
二つの事が 今明らかになった
依代を攻撃しても本人と影の崩壊に繋がる事
そして、二人の依代は恐らく
「裁ちバサミと、あの待ち針が封じられた依代で
合っていますね?シロウサギ」
「…きっと間違いは無いよ
助けてくれてありがとう」
「解放の為に 私は何をするべきなのです?」
「逆転した立場を繋ぎ直して元に戻せばいい」
シロウサギの影が、テーブルへと指差す
「テーブルの上の僕の手袋を手にはめて
影と依代に触れるんだ」
私はそちらに視線を向け
「…了解しました」
床を蹴って一直線にテーブルへ向かった
「ちっ!テメェはエモノを取って来い!
その間の奴を串刺しにしてやる!!」
「畏まりました!」
親方の影は足を引きずり気味に
飛んでいった裁ちバサミへと向かい
ハリーの影が毛を逆立てて、針を無数に飛ばす
「ぎゃああぁあぁぁぁ!!」
飛んできた針で親方が悲鳴を上げる中
ハンマーを使い こちらに降りかかる針を
吹き飛ばしてテーブルへとたどり着き
ハリーよりも先に手袋をかすめ取る
「ちぃっ!」
針ごとの突進をかわし 距離を開けながら
何とか手袋を両手につけると
「とっとと刺されちまぇぇぇっっ!」
再び突き出す針を、掠りながらも
どうにか見切って身を捻り
側面を握りつつ空いた手で
針を握り締める手にも触れた
―その瞬間
「あぁぁぁぁ…!」
針から見る見るうちにハリーの腕が、足が
身体が顔が抜け出てくる
それと共に影の方はそちらへ吸い取られ
先程と変わらぬ大きさの ハリー本人となった
「あれぇ?さんじゃないですかぁ?
何してるんですかぁこんなとこで」
「説明している暇はありません
とにかく伏せた方がよろしいかと!」
「え…うわぁ!」
慌てて伏せたハリーの頭上を
風切り音を鳴らして裁ちバサミが通り過ぎる
「どうやらこちらは戻られたようですね
…致し方ない、消すしかないようです」
ハサミを取り戻してきた親方が言う
「親方、どうしちゃったんですかぁ!?
なんだか黒いですよぅ!!」
「ハリー 下がっていなさい!」
「はっはいさん〜!!」
おっかなびっくりシロウサギの影の辺りまで
下がるハリーを 親方の影が目で追う
「まあいいでしょう、さんの後で
あの二人も刻めばいいのですから!」
間合いを詰めて 振りかぶられたハサミを
ハンマーで受け止めれば
今度はあちらが身を引いて、間を置かずに
ハサミを突きの形で押し出してくる
が、その場でじっとしている程
我も馬鹿ではない
突きが行われた瞬間
少し横手の地点へと移動して
ハサミを下から叩き上げて 跳ね返した
無論、十分に手加減を加えて である
…チェシャ猫ほどではないにしろ
これでも女王と戦っているので
機動力には自信がある、嬉しくは無いが
先程よりは少し近い距離の床に
裁ちバサミは転がって
「ああっハサミが!!」
急いで駆け寄り、手を伸ばしかけた
親方の腕をしっかり掴み
「お諦めなさい、影よ」
私は もう片方の手でハサミの柄へタッチした
「そ…そんなぁぁぁぁぁ…!」
ハリー同様、ハサミから出てきた親方と
影の親方が入れ替わり
やがて 絆創膏親方本人だけが残った
ただ、ハリーと違い左足に軽い怪我を負っている
ついでに言えばハリーの針攻撃で
体中もボロボロなのだが…
どちらにせよ不可抗力なので仕方が無い
「痛て…おぉ、じゃねぇか!
こいつぁ一体どういうことでぃ!」
「そうですよぉ!何ですかここはぁ!?」
普段の口調に戻った二人が一気に捲くし立てる
「時間が無いので 簡潔に説明します」
そして、私は自らの身に起きた事と
シロウサギの影の事を説明した
「…ふぅん、なるほどねぇ それでオレの身体は
こんな傷だらけってワケか」
「申し訳ありません」
「いいんですよぅ、さんは僕等を
こうやって助けてくれたじゃーあイタ!」
「オメェが言うなハリー!
まあでもあんがとな !!」
ハリーへ待ち針を刺しながら 親方はお礼を言った
「いえいえ、それより…アリスの誘拐に関して
何か情報はございませんか?」
訪ねてはみたけれども、両者は首を横へ振る
「僕らもアリスの声を聞いて、店から
駆けつけようと飛び出したんですけどねぇ」
「辿り着く前に、辺りの闇に
飲み込まれちまってよぉ で気付いたら」
「ここにいたと言う事ですか…」
住人が消えた謎は、これで解けた
皆 あの闇…恐らくは自らの影に
囚われてこちらへ引きずり込まれたのだ
「…何故、私は無事だったのでしょう」
問うと シロウサギの影は静かにこう答えた
「君の今の姿は、元々の姿ではないから
元の君の影が捕らえきれなかったんだ」
ああ、そう言う事なのかと
私はようやく納得をする
言わばこの姿はアリスの記憶のあの人を
真似て形作った偽りの姿
そして 一度死んで再び甦った際
元の姿に戻る術を失くしてしまっている
それ故に、正に影は私を捕らえ損ねた
「ああ、そう言えば 赤いヘンな王冠を
被った人がアリスをさらったとか聞きましたよぉ」
思考を遮るような言葉の関連性の無さについては
今更始まった事ではないが
予期せぬハリーの情報に、私は目を見開いた
「そっそれは誰からですか!?」
「さぁ?誰でしたっけ?えーと…」
「もう少しハッキリと思い出してください!」
「わわっ、そんな詰め寄んないでくださいよぉ
怖いじゃないですかぁさん〜」
ああっもうもどかしい!
焦っている最中、親方も何かを
思い出したようで
「そういやオレも、駆けつける途中
落ちてたコレを拾ったぜ?」
言いつつエプロンから何かを取り出した
それは二枚の紙で 受け取ると
一枚目に書かれていたのは…
ワケの分からぬ文字のようなモノの羅列だった
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:少し展開に急ピッチを加えて
お送りしましたが、何とか次で鏡の家を出れそ
親方:ハンマーで潰されはしなかったが
オレっち怪我したぞオィ!
狐狗狸:不可抗力ですし、半分はハリーの影の
せいだから諦めてください
ハリー:そうですよぅ 僕もさんが
言ってくれなきゃ親方の影に刺され
親方:その前に針を飛ばすクセを
何とかしやがれ!
狐狗狸:…うーん 分かっちゃいたけど
この二人じゃ話が進まないなぁ
シロウサギ:僕の手袋の記述って
ひょっとして…
狐狗狸:そう、不思議の〜から由来してます
あっちで手袋とセンスを取りに屋敷に戻る話が
ありましたから そこから持ってきました
次回、謎の暗号と共に鏡の家を出るも…
様 読んでいただいて
ありがとうございました!