…どうやら、ここは鏡の中の世界らしい
何故こんな世界がアリスのお宅の
洗面台の鏡に繋がっているのかは疑問だが
現時点で、私に分かる事は
アリスが何者かによってこの世界に
さらわれてしまった事
アリス誘拐と同時に住人達のほとんどが
突然姿を消してしまった事
そして、チェシャ猫が何も説明せず
私を突き飛ばしたこと
「恨みますよ チェシャ猫…」
呟くと、私は改めて室内を見回した
出てきた一枚は銀色に光るだけの鏡
壁面などの周囲の鏡は他の鏡を跳ね返して
不思議な光景を生み出している
室内に調度品の類は存在せず
天井の方に 照明らしき小型のシャンデリアが
ぶら下がっており、かなり明るいのだが
鏡張りの室内が部屋の様子を
それぞれ反射する為
どの辺りにシャンデリアがあるか分からない
どころか…自分が本当に床に
立っているかすらも疑わしく―
「え…!?」
足元へ目を向けると 鏡の床であろうと
足元に映し出される筈の私の影が
忽然と消え失せていた
第二話 語る影
「我が影が…消えている…!?」
どうして、我の影だけが無い
この鏡を通り抜ける前にはあったはず
なのに何故 影が
…影?
暗さを増してにじり寄っていた闇
最後に聞こえたチェシャ猫の言葉
「影が…何か関係しているのか…?」
…これだけでは情報が少な過ぎて
何かを考える事も出来ない
それに、アリスを助けるためには
まずこの部屋から先へ進まねば
がらんどうの部屋の中を進み
取っ手らしきものを見つけて扉を開けると
そこも同じような鏡張りの部屋
しかし…広々としたそこには
僅かながら 家具が置いてある
タンスと 一組のテーブルと椅子
扉から然程離れていない壁の隅には
こちらに背を向けた柱時計がある
裏側になった状態に関わらず それが
柱時計だと分かったのは
同じデザインのものを
女王の城で見かけた事があったため
こちらにもシャンデリアはかかっており
明るさは先程と同じ位のものであったが
何故か柱時計の影は大きかった
テーブルの上に視線を戻すと
何かが乗っているのが伺い知れる
歩み寄り 上に乗ったものを間近で見れば
「手袋…?」
それは、上等の生地で作られた手袋だった
眉をひそめたのは、無論
手袋の存在自体が不可解であったから
けれど…それ以上に私は
この手袋に 見覚えがあった
「これは…この手袋は、まさか」
「よく来たね 」
振り返るけれど、声のした方には
柱時計がぽつんと佇んでいるだけ
…いや
入った時は気付かなかったが
そちらによく目を凝らしてみれば
裏返しの柱時計の大きな影に紛れて
長い耳を持つ影が 佇んでいた
この影にも、見覚えがある
上に伸びた二本の長い耳の影
テーブルに乗った手袋の主、そして…
「シロウサギ…!?」
もういない筈の、消えてしまった住人
「そうさ 僕はシロウサギ…いや彼の影だ」
「ど…どういう事なのですか?」
聞こえてくる声は確かにシロウサギのもの
目の前にいるのは、シロウサギ本人の姿をした影
しかし…肝心の本人が そこにはいない
「影は自らの分身であり下僕 普段なら
この関係が覆ることはない
けど…この鏡の世界では、関係が逆転し
自由に歩き回る事が出来る」
「つまり、あなたはシロウサギの影だけれども
シロウサギ自身でもある…という事ですか?」
返す言葉に 影がコクリと頷く
「そう この世界では、僕はシロウサギなんだ」
筋道は通っているものの 余りにも
突飛な話で、俄かには信じられない
―、気をおつけ カゲはホントを教えない―
チェシャ猫が指揮したのが、このことならば…
目の前の、シロウサギの影を名乗る者の言葉は
ウソであるかもしれない
彼のフリをした何らかの罠という事もあり得る
「僕の言葉が信じられないのも分かるよ」
私の心を読んだかのように、彼は言葉を紡ぐ
「僕には最早 帰る本体が無いから
ここから動けない、出来ることは会話だけ」
言われてみれば 先程から彼は全く
その場から動いてはいない
帰る本体がない事も、本当だ けれど…
「
だから 君に危害を加える気もないし
偽ることもしない」
「…失礼ながら、口だけならば
どのような事も言えるでしょう」
「嘘だと思うなら…僕に触れてごらん、」
その声音が どうしても嘘には思えずに
私は恐る恐る柱時計へ近づき
シロウサギの影の手に そっと触れる
実体の無い影である筈のその手は温かく
そっと握り返すその仕草は
記憶にあるシロウサギのそれと
寸分の狂いも見られなかった
「本当に…あなたはシロウサギの影なのですね
疑ってしまい 申し訳ありませんでした」
「いいんだよ は何にも悪くないからねぇ」
優しい彼の声に、泣きたくなってしまった
影が実体を得られるこの世界では
シロウサギは 確かに目の前に存在している
「…申し訳ない、あなたが命を賭して守った
アリスがさらわれてしまった」
「うん、君のせいじゃないさ
もちろん 誰のせいでもない」
「あなたは…アリスをさらった者について
何かご存知なのですか?」
シロウサギは、首をゆっくり横に振る
「ゴメンね それは言えないんだ」
チェシャ猫と ほぼ同質の返答
…何故、言えないのだろうか
「代わりに、どうして住人が
姿を消したのかを教えてあげる」
続いたシロウサギの言葉に、私は住人達の
行方について失念していた事に気付く
「あなたは住人達の消失の理由も
ご存知なのですか!?」
「、君は何も知らずにこちらに来たんだね」
「…ええ チェシャ猫は何も
教えてはくれませんでした」
「無理もないさ、彼は導くものだから」
質問に答える事は…出来ないという事だろうか?
答える事は出来ずともアリスを追う事は
出来たであろうに、何故あの場所にいたのか
私をここへ導く為に待っていた?
…いや、あの猫に限ってそれは無い
無いはずの目を真っ直ぐこちらへ向け
シロウサギはこう言った
「消えた住人…そしてアリスを助けられるのは
もう君しかいない
だから、今から言う事をよく聞いて」
「私は…何をすればいいのです?」
シロウサギは スッとテーブルを指差し
「テーブルの上にある手袋をはめて
捕まった住人の―」
「そうはさせないぜぃ!」
甲高い声と同時にガタリとタンスの引き出しが
震え、そこから何かが飛び出した
その姿は 仕立て屋の絆創膏親方と
弟子のハリネズミ・ハリーに間違いない
しかし大きさは私と変わらぬサイズであり
彼等もこのシロウサギの影同様
影だけで存在し 私の前に立っている
「やいやいやい!っ
何でテメェは影に囚われてねぇんだ」
声はまさしくハリーのものだが、口調が
知っている彼のものではない
「お陰で私達がアナタの相手をしなくては
ならなくなってしまったではないですか」
続けて言う絆創膏親方らしき影も声は同じだが
彼らしからぬ丁寧語を使っている
「何を仰っているかは存じませんが…
アリスの居場所を知っているなら、教えてください」
「テメェが死ねば アリスを帰してやるよ!」
言って、ハリーは自らの身体から黄色の待ち針を取り出し
親方もまた 同じようにしてエプロンがある辺りから
大き目の裁ちバサミを抜き出して
「さんには、大人しく死んでもらいましょう」
訳の分からぬ状態のまま
二人の影が 手にした凶器を掲げてにじり寄る
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:二回目にしてまさかのシロウサギ出現
はい、やりたかっただけですサーセン
シロウサギ:言い切ったね
狐狗狸:うん、原作にない展開とはいえこれは
この長編で必要な流れだし シロウサギが
好きなんで書けた所で文句なし!
絆創膏:つーかオレ達が逆に
の敵になってねぇか!?
ハリー:下手したら ハンマーで
潰されちゃいますよぅ!
狐狗狸:大丈夫、次の展開ではそうならないよう
きちんと理由を説明するから
ハリー:本当ですかぁ?わーい!!
絆創膏:痛ぇ!
狐狗狸:あーあー、興奮して針
刺しちゃってるし 親方に
…それにしてもどうして二人のサイズは
デカかったんだろう
シロウサギ:影はある程度の伸び縮みや
変形が出来るからねぇ、だから…
狐狗狸:ああ、要するにサイズUPですか
次回 住人消失の解明と、アリスを探すヒントが…
様 読んでいただいて
ありがとうございました!