…しまった、一番厄介なお方を忘れていた
「影になっても首狂いは変わらないね」
転がった生首がのん気に呟く
「そんな悠長なことを言っている場合ですか!」
影でありながらも猫の血で赤く濡れた鎌を
持ち上げ 陛下がこちらへと寄る
「残念、と間違えて猫を刎ねてしまったわ
けどあなたも可愛らしいわね」
抱えようと伸ばされた陛下の手から
転げながら逃げる チェシャ猫の首
…やはりあなたも違和感をお覚えですか 陛下に
「もう恥ずかしがりやなんだから…後で相手して
あげるからお待ちになっててね」
楽しそうに首へと告げてから、その手に再び
大振りの鎌を出現させて
「さぁ、あなたの首をいただくわ!」
床を蹴り 陛下が接近してくる
「うわぁっ!」
怒涛の勢いで攻める鎌の攻撃を
具現化したハンマーでどうにか防ぐ
第十五話 影の主は
動きを止め、その隙に影と依代を繋ぎ
女王陛下を元に戻さねばならないのだが
相変わらず猛攻を防ぐだけで精一杯だ
先程まで加勢に回っていた住人達も、じっと
こちらの攻防を見守るのみ
…それも当然と言えば当然か
元々、戦う事に関して
陛下に対抗できる者など数えるほど
その中で勝つ事の出来る住人はチェシャ猫くらい
しかし 猫は今しがた首を刈られ
攻撃の手段を失っている
現在私が戦っている状況も災いし
誰も…誰一人、迂闊に手出しは出来ないのだろう
「このままでは埒が明きま…ふわっ?!」
押されて退がった足が何かを踏み
そのまま尻餅をつく形で倒れこむ
こ、これは…先程掲げられていたグラス!?
「全く危ないわね…だぁれ?の足元に
グレープジュースのグラスを転がしたのは」
「このグラスの中身 グレープジュースなのですか!?」
赤いからてっきりワインかと思っていました…
いや、そんな余計な事を考えている場合ではない
慌てて立ち上がり、距離を取るが…遅かった
「痛みは無いから安心して 」
横滑りに薙がれた鎌の刃が、もう我が首の
すぐそこに迫っている
防御も回避も 今からでは間に合わない
首を切られる、と覚悟した刹那
「きゃあっ!?」
唐突に悲鳴と共に陛下がたたらを踏む
それのお陰で、鎌の軌道がややズレた
―これなら防げる!!
「てぇやぁぁぁぁぁぁ!」
瞬時に出現させたハンマーで鎌を真上へと弾き
やや体勢を崩した隙を逃さず、ハンマーを消し
咄嗟に両手で鎌の柄を掴み捻じ伏せた
「…っ危うい所でしたが ようやく捕まえました」
「まぁダメよ お放しになって!」
ぐいと強く鎌を引く力にどうにか抵抗し
反動で、私はより一歩内側に踏み込み
「残念ですが聞けません…お許しを、陛下」
左手に鎌の柄を握り変え、開いた右の手の平を
そっと 惑う陛下の頬へと添えた
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
依代と影が入れ替わり、ようやく陛下が
元の姿へとお戻りになられた
それにしても一体何故陛下は…あ!
背後へ目をやって、ようやくあの時の
悲鳴の原因を理解した
「首だけでも加勢は出来るんだよ、」
「…そのようですね」
分かってしまえば何の事は無い
チェシャ猫が、浮き上がった自らの首で
背中から陛下の影に体当たりしたのだ
「何はともあれ、助けていただいた事は
感謝しようと思います」
「…感謝って言うなら
ちゃんとした言葉があるだろう?」
「……ありがとうございました」
「始めからそう言えばいいのに」
それもそうですが、色々と因縁がありますし
何よりあなたに自慢げな顔をされるのは
その…シャクですからね
「僕に借りを作るのはそんなに嫌かい?」
「なっ…読心術でも使ったのですか!?」
「猫は読心術なんて使わないよ、君は
顔に出やすいからね」
そ、そうなのだろうか…?気をつけねば
「あら 忌々しい猫と一体何を
語っているのかしら?」
「ああ陛下、お戻りになられて何よりです」
「ええお陰様で…本来ならアリスをいまだに
助けていないあなたなど即刻首を刎ねたい所よ」
不機嫌そうに睨みつつ、鎌を持ち上げる陛下
普段通りだと安心する反面 やはり首を
刈られるのは恐ろしいと感じた
「そそそそれは勘弁していただけますかっ」
わたわたと手を振りつつ言うと、しばし
じっとこちらを見つめて
陛下が鎌の刃を下ろした
「…気に食わないけど、この国の呪縛から
アリスを助けられるのはだけだものね」
「え…国の事をご存知なのですか?」
「私がお教えしました」
そう答えたのは陛下の隣に佇むビル
…どうやら猫と問答をしている合間に
陛下へ大まかな説明を行ってくれたようだ
「助かりますビル 所で一つ
唐突な質問をお許しくださいますか陛下?」
「よくってよ、何を聞きたいのかしら?」
畏まり 私は陛下へと詰問する
「赤い道化師ジャバウォックの正体を
ご存知であれば…お教え下さい」
「まあ!まだ気が付いてなかったの?」
「は、はい…面目ございません」
頭を垂れた私へ愉悦交じりに笑いかけ
「いいわ、良くお聞きなさい
あの赤い道化師の正体は―」
語り始めた陛下の言葉が 不自然に途切れた
いや、異変はそれだけではない
気が付けば側や遠くに見えていた住人達の姿が
忽然と消え失せる
今立っているこの部屋はちょうど
始めにいた鏡張りの部屋とほぼ酷似している
違うのは 銀色に光るだけの鏡一枚以外は
全てただの壁鏡である事と
住人達の代わりに、目の前にいたのは
「ジャバウォック…!」
アリスの依代の人形を抱いた、赤い道化師
「どうして楽しい宴を邪魔したの?
皆を元に戻したりしなきゃ、ずっとずっと
鏡の中で楽しく遊んでいられたのに!」
その声には今までと違い 怒りがありありと
滲んでいるのが分かる
「申し訳ありませんがあなたの目的が
何であれ…アリスを救うのが私の使命です」
突き放すように言うと、道化師が身を振るわせ
「遊んでくれないなんていらない…
ここで、割れて死ねばいい!!」
右手を振り上げ突き進んでくる
その手には、いつの間にか刃先を出した
カッターナイフが握られていた
「っつ!」
防ごうとするも 間に合わず腕が切り裂かれた
傷は浅いが、血は勢いよく吹き出し
白いシャツを染め上げていく
けれど大きな身振りで攻撃した為
道化師の身体は隙だらけだった
「その人形を…返してください!」
アリスを模った人形へと手を伸ばす
道化師は…全くと言っていいほど避けたり
防ぐ素振りを見せない
ようやく手が届くと思ったも束の間
人形も道化師の腕も、するりと私の腕から
すり抜けてしまった
「え…なっ!?」
驚愕する私の背へカッターが走る
「う…ぐっ!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!」
振り回される刃をハンマーで防ぎつつも
道化師を止めようと幾度と無く手を伸ばす
けれどもこちらからは触れられず
その度に身体は割かれた傷を抱え込む
辺りに血が舞い、痛みに耐え切れず
片膝を付く私へジャバウォックが
とどめとばかりに心臓目掛けカッターを
直前で 何かが覆いかぶさった
これは…チェシャ猫の身体…!?
「くっ…!どうして邪魔するの 猫!」
刺さる筈だった刃を、猫の身体が
その身をもって受け止めた
触れた身体から、勝手に記憶が流れ込む
「これは…この記憶は」
そうか…そういう事だったのですか
見えた記憶により全てを理解すると同時に
猫の身体が 儚い音を立てて砕け散る
「今度こそ、終わりだよ!」
道化師が再びカッターを突き立てるよりも早く
「ジャバウォック、あなたの手品のタネは
…あの鏡ですね?」
私は輝く銀色の鏡へ手にしたハンマーを
思い切り投げつける
鋭い金属音と共に鏡が割れ
道化の仮面と衣装とが一斉に砕け
剥がれて落ち…そこに本当の姿が現れる
「やはりあなたが」
立ち上がり 私はゆっくりとこう言った
「やはりあなたが―アリスの影でしたか」
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:女王も戻りついにジャバウォックの
正体も明かされ、物語はクライマックスへ
女王:あああああもう腹が立つわ!(鎌乱舞)
狐狗狸:ぎょえ!いつもより殺気だって
如何なされましたか!?
女王:だけで飽きたらずよりによって
猫まで気に入ってる風に言わせるなんて…!
狐狗狸:だから影なんで仕方ないんですって
女王:しかも説明の途中で消えるなんて…
覚えてらっしゃい、!
狐狗狸:それはジャバウォックのせい…
って聞いてないよねーやっぱり
次回 彼女の行動の真意が、明かされる
様 読んでいただいて
ありがとうございました!