「よんこそ、お待つしてますたよ」





姿形から それがカエルの影だと容易に知れる





「それはそれは…お手数をおかけしました」


「いんえぇ 主直々の命令ですので」





カエルは恭しく私へと一礼する


主…ジャバウォックの事か





「皆様ももう席につがれておりますんで
お急ぎくだせや王様!」


「あの、私は王などという大層な者では」





否定するこちらの言葉を全く聞かず





「ほら何ボーっとすてらっしゃるんだ
さぁ入った入った!!」






影は私の腕を掴むと強引に戸の内側へ
招いて、引き入れた







半ば引きずられるように案内されたのは


女王の城のように広大なホール状の一室





豪奢な造りの壁と天井に燦然と輝くシャンデリア


毛足の長い、恐らく最高級の絨毯が敷かれた
この部屋の中央に長大なテーブルが置かれ





並んだ列席の上座に赤い王冠の道化師が陣取り


脇の二席の片側に、影の女王陛下が座して
こちらを見つめておられ





陛下の向かいを除いた全ての椅子には


シロウサギと私の影以外の住人達の影と
自らの姿を取り戻した住人が着席していた





「さぁさ席におつぎ下さい王様!さぁ!





カエルに手を引かれ、私は空席に座らされる











第十四話 道化染みた宴











「…これがあなたの仰っていた宴ですか?」


「そうだよ、だから皆も席についてるんじゃない」





仮面のせいで表情は分からないけれど


きっと、楽しげに笑っているのだろう





「宴は皆で楽しむもの…そうだよね?


「少なくとも、一人よりはその方が
自然なあり方だと思われます」







各々依代を携える影も 住人達も
一斉にこちらへ視線を送っているけれど


誰もが…一言たりとも言葉を漏らさない





「私の抹殺を影達に命じたり、かと思えば
住人達にあなたやアリスへの情報を残し…


ジャバウォック あなたは一体
何を望んでいるのですか?






沈黙を挟み、道化師は軽く息を吐いた





「あの時も言っただろう
私の遊びに 付き合ってくれと」





なおも追求しようとした所を手で制し





「話は後だ、まずは静粛に食事を楽しもう」





ジャバウォックは奥の方へ合図を送る


直後、カエルの影達が銀色のフタを乗せた
大皿と無数の小皿を抱えテーブルまでやってくる


彼らの末尾に 包丁を持った料理女の影もいる







幾つかの大皿と我等の前にも小皿が置かれ


持ち上げられたフタの下にあったのは…





「あのこれ…フライドチキン、ですよね?」





大皿にあったのはどれも 一羽分を
丸ごと調理したフライドチキンだった





「フライドチキンは嫌い?」


「いえあのっそう言うわけでは…」





ローストチキンならば文献で聞き覚えが
あるけれど、一羽丸ごとのフライドチキン
見るのも聞くのも初めてだ





「とにかく いただきます…」


おずおずと、皿に添えられたナイフをチキンへ
付きたてようとした瞬間







「卵のクセにあたしを食べようって言うの!?」





甲高い声と共にチキンから小さな足が生え
皿から起き上がった






「っえええええ!?」





思わず身じろぐ私を道化師が笑う





「おやおや、話も聞かず食べるつもり?
いけないよ ルール違反だ」


「ルールってあなた、よもやチキンが
口を聞くなど夢にも思わないでしょう!?」


「ここではまかり通るのさ…チキンを下げて
次のものを持て」





命令が下され、カエルと料理女が
すごい速さでフライドチキンを片付ける







次に運ばれたのは、バケツで
作ったような巨大なプリン





「これも…しゃべるのですか?」





答えたのはジャバウォックではなくプリン





当然よ、あんただって卵なのに動いたり
しゃべったりしてるじゃないか」





己が身体を揺らしながら、やや粘っこい口調で
語りかけてくる







…食べる気もせず動けなくなる私の前に


いや、私だけでなく全ての出席者の手元に
赤っぽい色の液体が入ったグラスが用意され





「さぁ影達よ、杯を手にし宴を始めよう!」





我先にグラスを掲げたジャバウォックに従い


全ての影が グラスを天井へ押し上げる





赤い液体をくゆらせながら、道化師が
立ち上がり 芝居がかったように両手を広げ





「皆の者!好きに楽しめ!!」





高らかに宣言されたその一言を契機に


影達が立ち上がり、好き勝手に暴れ始めた





『彼を食べてあげてぇぇぇ!』


『先程の戦いの続きをしようぞぉぉ!』


『望む所ですともぉぉぉぉ!』





早速あんぱん達とジャムパンの半数が
テーブルをまたいで動き回り





『ゲェコココココォォォ〜!!』


カエルが皆大慌てで、料理の有無も
パン達に踏まれる事もいとわず皿を保護し始め





「料理を粗末にしないで下さぶぎゃ





落下したプリンが文句を垂れる合間に踏み潰され





騒ぎに便乗し辺りを荒らす影と、それから
非難する住人により室内は戦場の様相を呈した







そして私はといえば…





〜!今こそあなたの首をちょうだい!」


「お止めください陛下っっ!!」


陛下の影による猛攻を防ぐだけで手一杯である





ジャバウォックはまたもや姿を消している


…追いかけるには、この場をどうにか
収めるしかないという事ですか





どうにか陛下の鎌を弾いて距離を取った所で





「もう一度僕に割られるといいよ


背後から、チェシャ猫の声





マズい…!防御が間に合わ





振り上げられた爪が下ろされるより早く





轟いた銃声に猫が飛びのく







 ここで住人を戻すのが
今架せられた、あなたの役目です」





硝煙の漂う拳銃を構えながらのビルの言葉に
続いて、嵐のような風が吹き荒れる





「ワシも出来る限り協力するぞ、!」





天井近くに舞い上がったグリフォンが
その翼を利用して風を起こし


影達の動きが眼に見えて鈍くなる





「…お心遣い痛み入ります!」





陛下やチェシャ猫が怯んでいる隙に
私は、他の影を戻しに駆け出す









助けてくれたのは二人だけではなかった





皿を手に飛び掛ろうとしたカエルの群れは





「僕を食べて食べて食べて!」


いちごジャムパンに囲まれて身動きを封じられ





殿覚悟…おわあぁぁぁっ!?





切りかかろうとしたあんぱんの一人は


横手から飛び出した廃棄君に恐れをなして身を引く





「あんまいい気分しねぇけど、オレに奴等が
恐れてる間に元に戻してやれ!」


「お手数おかけします 廃棄君」





パンを全て戻した所で、公爵がフォークを
私へ突き刺そうと襲いかかる





「どこまで我等の邪魔をするあちぃ!!





が、飛来した紅茶ポットを頭に被り
暑さから床で悶え苦しむ





「お、オレだってたまにゃ役に立つんだぞ!


「帽子屋…無茶…しな…で…」


「ええ 本当に助かりましたよ帽子屋」





部屋の隅にて震えながらもネムリネズミを
庇う帽子屋に、短く礼を告げる





「すいませぇん、あたし何してたのか
全然分からないんですけど知りませんかぁ?」


知るわけがないでしょう!お退きなさい!!」





メアリ・アンと問答している公爵夫人と





「待って〜おウサギとおカメ〜!!」


「料理にされるのはイヤだぁぁぁぁ!!」


「同感〜!どうせならベッドの上でご夫人を料理し
どっわぁぁぁぁ!?





調理のためウカレウサギとウミガメモドキを
狙う料理女を戻した時には


残る影は 後二人となった







「チェシャ猫…観念なさい!」


「いやだね」





ハンマーで動きを止めた隙に手を伸ばすも
ひらりひらりとかわされてしまう





振り下ろしたハンマーの柄に
チェシャ猫はバランスよく降り立ち





、大人しく刺されてしまいなよ」





私の顔面に向けて伸ばした爪を突き出し―





瞬時に勢いよく伸びた時間君が、その腕に
巻きついて自重で矛先をずらし


捻った首筋を掠っただけですんだ





「ぐっ…!?」





そのまま腕から首の方へと絡み付こうとする
時間君を解くべく奮闘する猫に







「無駄な抵抗はお止めなさいチェシャ猫」





距離を詰め、時間君を助けながら
鈴の付いたリボンと身体へ触れた





「ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」





影と依代の姿が歪み、捩れて元の姿を取り戻す





「あなたの勇気のおかげで助かりました
ありがとう、時間君





そっと時間君を床へと降ろすと、彼は少し
照れたように赤くなりつつ安全な場所へ避難する







「おや、どうしたんだい?」





緊張感のない声音は、戻った猫から発せられる





「どうしたもこうしたも あなたが説明も
せずに鏡の世界へ送ったんじゃ」


呆れ混じりに返事を返した瞬間





チェシャ猫の首が刎ね飛ばされ 宙を舞った








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:宴も始まり、全員が影から姿を取り戻し
いよいよ最終局面に近づいてまいりました


カエル:僕らの影って言葉が訛るんですね


狐狗狸:通常と違う感じにするにはそれがいいかと
…方言かなり適当です(地方の方ホントすいません)


ビル:料理がしゃべる下りはいるんですか?


狐狗狸:原作でもあったし、無機物系が自由を
得る所なんでいります ビルの武器が拳銃固定くらい


芋虫:…前の長編も今回もワシの出番がない(涙)


狐狗狸:いやだって出しても他のキャラにあっさり
潰される展開しか思い浮かばんから…ゴメン




全ての住人が戻り…ついに道化師と対峙する!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!