生まれながら 私は色々な歌を歌えた
アリスに会えてからは 喜んでもらうため
色々な歌を覚え、歌った
キレイなシャボン玉を作るアリスの横で
微笑みながら口ずさんだ歌の歌詞を
頭に思い浮かべながら 文字を拾う
「あり すは わた…」
アリスは私を捨てていく
なら、私がアリスになる
アリスのありかを知るのはアカキシ
あの子は私の魂よ
不思議の国を消させたりなんかさせない
大人にならないで
「…アカキシとは 誰なのです?」
「は?アカキシって言ったら赤い騎士に
決まってんだろバーカ」
なるほど、漢字で書くと"赤騎士"か
第十話 奇妙な集団
文が解読できても 所々の意味は
相変わらず分からぬまま
…それでも、理解できた所はある
赤い道化師―ジャバウォックは
アリスに生み出されたモノであること
彼女に忘れられた事を恨み
アリスに成り代わろうとしている事
そしてアリスの場所を知るのは
赤騎士、つまり赤のナイトに位置する誰か
「でも…ジャバウォックは何故アリスに…?」
新たに増えた疑問に頭を悩ませていると
軽い衝撃が横から当たった
「おい、暗号を解いてやったんだから
礼ぐらい言ったらどうなんだよ?」
「あっスミマセン…」
礼をしてから 私は改めて壁の影に訊ねる
「あの、何故ジャバウォックはアリスの絵を
持っていたのですか?」
「……さぁね」
「赤い道化師とアリスはどのような繋がりに
位置しているのか、知っているのですか?」
「悪いが オレが出来るのは解読までだ
そっから先は自分で考え…うわぁぁぁ!」
言葉半ばで、私の影は壁の向こうへ落下する
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて壁に手をつけてそこを乗り越える
しかしそこに私の影も 影らしき残骸も
何一つ見当たらなかった
「私が無事という事は…
どうやら、割れてはいないようですね」
少しだけ胸を撫で下ろし、周囲をうかがう
壁の向こうも同じように木々の生い茂る
小道が前と後ろに延びており
ちょうど進行方向から地響きと土煙を上げ
何かが群れを成して私の前へと
「っわあああああああ!?」
それは、あんぱん達の影の群れだった
手に刀か拳銃のどちらかを持
腰に反転した字の印刷がある腰布をつけ
私の姿を見つけるや否や
二歩も動かないうちに駆け寄り、周囲を
完全に取り囲んでしまった
「なななななな何事ですか!?」
ハンマーを出して身構えながらも訊ねると
影の内一人が、私の目の前へ進み出て…
「戦っている二人組を見なかったか?」
「…はい?」
余りに場にそぐわない問いかけに聞き返すと
影は距離を詰めて両肩をガシっと掴む
「我等はずっと戦い続けてる二人組を
総力を挙げて探しているのだ!見なかったか?」
「みっ見てません!こちらに来たばかりですし!」
急な勢いに驚き、慌ててその腕を振り解き
私はハンマーを構えなおす
「それより…あなた方は、私へ危害を
加えるつもりは無いのでしょうか?」
ざわりっ、と黒いあんぱん達が揺れ
答えたのは 横手から進み出た影
「殿の捕獲及び抹殺も重要任務ながら
戦う二人組の行方を見守る責務には劣ります」
い、一応危害を加える命令は下っているのか
…しかし それを差し置いてまで優先される
二人の戦いとはどのようなモノだろう?
「差し支え無ければ、戦いの内容を
教えていただけますか?」
あんぱん達の視線を感じながら
おずおず手を上げると、彼らはめいめい
好き勝手に説明を始めた
「その二人は、我等あんぱんの真実を賭け
王の資格を勝ち取るため戦をしているのだ!」
「その二人のどちらか勝った方が
白の王として資格を得るのです!」
「そう!そしてつぶとこし、どちらが
真実のあんぱんか審議していただけるのだ!」
…要領を得ない不親切な説明を整理するなら
白の王の座を奪わんと戦う二人を
代理戦争として見立てる傍ら
戦いが終わり、白の王となったどちらかに
長年の争いの決着をつけさせるつもりらしい
「それは良かったですね…用がありますので
私は失礼させていただきたいのですが…」
どうにかあんぱん達の包囲網から
抜け出ようと、隙間を探していた最中
反対側の影の人垣が唐突に割れ
現れた道の遥か向こうから駆け足で
帽子屋の影を担いで、ネムリネズミと
思しき影が 私の前まで進み出る
担がれているのが帽子屋の影と断定したのは
トレードマークである帽子だけが
影ではなく実物だったからだ
「帽子屋にネムリネズミ 偵察に行ったきり
戻らぬから心配したではないですか!」
隣に相方の影を置き、枕を抱えなおし
眠りネズミは俊敏に挨拶をする
「ご心配おかけしました、あっ!
こんな所で会えるなんて奇遇だねぇ」
「そ、そうですね」
彼は見たことの無いキビキビした動作で
帽子屋の身体を揺する
「ほら だよ帽子屋!」
「っるさい…触ん…な……」
反対に気だるげな声音で、帽子屋は
億劫そうに眠りネズミの手を払いのける
「殿への挨拶より
先に偵察の報告をせんか!」
影の一括に二人は姿勢を正す
…あんぱん達が塞ぐ、ほんの少し前まで
空いていた背後の道を逃した事を後悔した
「お二人は別の所で戦っております
ねっ、帽子屋?」
「そう…こちらには、寄り付こうともしない…」
「もー両者は一瞬触発!竜虎の争い!
犬猿の中!…ってなカンジでした ねっ帽子屋」
「…聞く耳…すら…もた…な…」
戦っているのは誰と誰の影なのだろう…
もしも猫と女王なら、わき目も振らず
すぐさまこの場から退散しよう
「そうか、それでどうすれば
お二人はこちらにお越しくださるのだ」
「そうです 我等は最も近くで戦いの終結を
見届けねばならないのです、ねっ殿!」
「ですからっ、私は用があるのです!」
けれど彼らは私の言葉など耳を貸さなかった
元々が勝手な者達だと、影まで人の話を
無視して進めるのだろうか…?
引っ付き続けるネムリネズミを嫌がる
帽子屋を無視し、あんぱん達は互いに語り始める
「困った、お二人をどうやってここまで
連れて来るべきか…困った…」
「どうすればいいかな〜帽子屋〜」
「頼むから…離れ…ネムリン…うざい」
自分を包囲したまま長考に入る影達に
いい加減ウンザリして来て
「あの…戦う二人をこちらまで誘導すれば
いいだけの話では…」
多少投げやり気味に呟いた言葉は
『それだぁぁぁぁぁ!!』
「ひぃぃ!?」
思いの他、真面目に彼らへと受け入れられた
「お二人の進む道なりに我等の頭を置く
という案はどうでしょう?」
「それもいいですが、我等がお二人を押す
という案はいかがか?」
「いや 売り声をかけるなんて案もありますが
最初の案で推し進めても構いませんよ?」
案を出し合う合間 何やら彼らの間に
ただならぬ空気が満ち始める
「何を仰る、そちらの案こそ良案だ」
「いやそちらの案の方が」
穏やかな口調が次第に激しくなり
瞳の無いその顔から、確実に火花が
散りあうのが見て取れた
「つぶあんさん方の案にすればよろしい!」
「何を言う!こしあん方の案の方が
素晴らしいではないか!」
上げた声はとうとう叫びとなり
それを引き金にあんぱん同士の
争いが始まってしまった
「争うにしても状況を弁えてくださいっっ!」
こうなると周囲の声は届かぬと知っていても
私は叫ばずにはいられなかった
銃弾飛び交い、刀が舞うひどい乱戦を
ハンマーで防ぎながら
「邪魔立てするなら、覚悟殿!」
何をトチ狂ったかこちらに襲いかかる
あんぱんを次々に殴り倒す
「あなた方は粉々に砕かなければ
多少の怪我は問題ありませんよね?」
妙な優先順位がある以上、影に私の命は
届かないので已む無く強硬手段で道を開き
「わっ、ちょっと何するんだ!」
「…降ろ…せ…」
「争いに巻き込まれたくないならば
大人しくしていてください」
枕を掴み右往左往していた眠りネズミと
グッタリとした帽子屋をそれぞれ脇に抱え
包囲網をどうにか抜け出した
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:暗号解読から一転し、あんぱん達に
囲まれ大変なことになりまくってます
帽子屋:何でオレらがあんぱんなんかに
こき使われなきゃなんないんだー!!
狐狗狸:そこはほら、鏡の国だから様々なモノが
あべこべになってるって事で☆
ネムリン:僕…らの依代…適当…
狐狗狸:君らのイメージはそれしかないじゃん
あんぱん(長):どうせなら殿にどちらの
あんぱんが正義か決めていただきたいぞ!
あんぱん(リーダー):そうとも!こしあんこそ
正義のあんぱんだと言ってください殿!
狐狗狸:無茶言わないの、だってそれは
答えらんないでしょうが…
次回 繰り広げられたお茶会に現れたのは…
様 読んでいただいて
ありがとうございました!