アリス 我らのアリス


我らはいずれ消え行く運命


されどあなたが望むなら


あなたに付き従いいたしましょう





アリスの進む先に 幸多からん事を








気が付くと あたりは鏡張りの部屋だった





沢山の鏡に、他の鏡が移りこみ


一枚一枚が吸い込まれそうな模様を描く





その中の一枚だけは 銀色に光るだけ
他の鏡を映し出さない


けれど他の鏡同様、一人の男を映している





白い髪、白を基調にした服
胸に付いた蝶ネクタイと黒いズボン


こちらを見返す金色の目は


間違いなく、私のものだ





「…一体ここは何処なのでしょう」





少しめまいを覚えるも、頭を振って
今までの情報を思い返す


ここに来るまでの記憶は…











第一話 誘う鏡











私は、不思議の国でビルとチェスをしていた





「チェック」


「うう、そこにルークを進めますか…」





ささやかな明かりが灯る 城の一室で


私達は赤と白のチェス盤を囲んでいる


アリスの世界が冬になりつつある影響か
こちらも、風が寒くなってきており


木枯らしが 窓を少し叩いている





きっかけなどささいなもので


冬の日に特にする事もなく、室内で
出来そうな遊びをしようと持ちかけられ


薄暗いこの場所で チェスに興じる事となった





初めは私がナイトやビジョップで果敢に
陣形を突き崩していたのだが





キングとクイーンを巧みに操るビルは


あっという間に形勢を逆転させてしまった







「さあ もう降参ですか、





薄笑いを浮かべたその表情は、普段と
全く変わりないが


ちらりと覗くその瞳は ずいぶん楽しそうだ





あまり勝敗にはこだわらない性質ではあるが
流石にこのまま負けるのは悔しくて





「いや、ナイトをこう…」





何とか一糸報いようと、駒を手に取ったその時







―…けて





消えそうにか細い声が 聞こえた





立ち上がり 慌てて辺りを見回すが
そこにいるのは私とビルのみ





「…どうかしましたか?」


「今、何か聞こえませんでした?」


「いいえ 私には何も」





気のせい…なのだろうか?


釈然としないものを感じながら

再び席に着こうと腰を下ろしかけ





―助けて!―





今度こそ、ハッキリとその声が聞こえた





「ビル、今のはアリスの…!」


「ええ 私にも聞こえました」


立ち上がり、ビルも首を縦に振る





「アリスの身に何か起こったのでは!?
早く あちらへ馳せ参じなければ…」





すぐさま城を飛び出そうとドアまで駆ける
私を追うように、足音が近づく





待ちなさい、どうやらアリスは」





彼の言葉が 途切れた







「…ビル?」





振り返ると そこにいたはずのビルは
忽然と姿を消していた


後には、チェス盤と明かりを乗せた
テーブルと二脚の椅子と 闇があるばかり





おかしい


アリスの危機というこの状況で
彼がいきなり姿を消すなど有り得ない


それに、部屋の暗さが先程より増している







気付いたことが合図だったかのように





部屋の闇が 私へと迫ってきた





「…なっ!?」





部屋を駆け出し、廊下を抜けて
階段を下り降りる


しかし闇は私を追うのを諦めない





「女王陛下!ウミガメモドキ!!
トランプ兵達!!どこにいるのですか!!」






廊下をかけ、ドアを開けて
大声で呼びかけるも答えは返らない


代わりに、闇のにじり寄る速度が増す





何故だ…何故誰もいない


アリスに 何かただならぬ事
起こっているとでもいうのか?





それとも…我らの消滅の時が来たのだろうか





けれど、それなら何故アリスは
我らに助けを求めたのだ





グリフォン!いないのですか…!?」





主のいない森を抜け、井戸から
公園へとたどり着いても


帽子屋とネムリネズミの姿はない





「一体…どうなっているのですか…?」





分からぬまま不安に駆られ

アリスの家へつくと、明りの無いそこには





元の姿を取り戻したチェシャ猫がいた







「やぁ 


チェシャ猫…その身体はどうしたのです」


「やむを得ず生えたのさ」





相変わらずのニンマリ顔を称えるチェシャ猫





いや、今は猫の事などどうでもいい





「アリスは…どうされたのですか」


「さらわれたよ」





あっさりと言ったその言葉を、私は
しばらく理解できなかった





少し時間をかけて意味が脳に浸透すると


激しい怒りが、目の前の相手に沸き起こる





「あなたが側にいながら 何故アリスを
助けられなかったのですか!」



「仕方がないのさ…僕は、導くものだからね」


チェシャ猫の表情からは、何を思っているのか
全く分からず 私を苛立たせる





側にいるのなら、何故アリスを
命を賭して守らなかったのか






周囲の闇と同調するように


私は、悔しさと腹立たしさに
突き動かされるようにハンマーを





具現化しかけ 踏みとどまる







…いけない 冷静にならなければ


ここでするべき事は猫の糾弾でも
ましてや制裁でもない


まず、アリスの安否を確かめるべきだ







いまだに収まらぬ怒りを飲み込み
私は、チェシャ猫へ尋ねる





「誰が…誰がアリスを誘拐したのですか?





猫はニンマリと笑ったまま 答えない





「まさか、また住人の誰かが歪んで…!?」


「いいや」





続けた問いかけに、猫は首を横に振る





「住人は、歪んでいないよ」


「なら誰が!」


「住人は 歪んでいない」





…話にならない


仕方が無い 質問を切り替えよう





先程、誘拐されたばかりなら


その道筋を追えばすぐにアリスを
助け出せるかもしれない





チェシャ猫、アリスがどのようにさらわれたか
覚えている限りでいいので教えてください」





チェシャ猫は こくりと頷いて





「…おいで 





私をその場所へと導いた









家の中の暗さが、少しずつ増す中


程なく一階にある洗面所へ案内される





しかし、その場所は狭い上に


唯一の窓は羽目殺しになっている上に
塀に遮られ 人の出入りできる隙間は無い





「…ふざけているのですか?こんな場所の
どこからアリスを誘拐出来るというのです」





問いかけに チェシャ猫は無言で
スッと洗面台の鏡を指差す





「鏡がどうしたと…」





視線を向け…愕然とさせられた







洗面所の鏡は銀色に光っており
私とチェシャ猫を映してはいるが


映るはずの室内が そこには無かった





何故 室内が映らない!?
こ、この鏡は一体…!?」


洗面台に手を突き、鏡をもう少し
間近で見ようと寄る





突然 後ろに衝撃を受けた





「うわあぁぁぁっ!?」


私は前のめりに鏡に頭を打ちつけ―





頭を打ち付けるはずの鏡を、擦り抜ける







「…え!?」





それ所か 鏡の方へどんどん引きずられ


抗うヒマも無く


鏡は私の身体を飲み込んでいく





銀色のもやが視界を奪った一瞬





、気をおつけ カゲはホントを教えない」





チェシャ猫の声が やけにはっきりと響いた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:はい、初っ端が原作通りの日付に
微妙に間に合いました鏡の国長編です


ビル:また私と猫が初めに出るのですね


狐狗狸:うん 前回同様…っていうか歪アリ内で
二人ともキーマンだしねぇ


猫:原作では、アリスが鏡の向こうに行くんだよ?


ビル:確かに…それにがいるような
ミラーハウスでは無かったはず


狐狗狸:そこは展開上仕方ないでしょ
和風家屋まんまでドタバタとか決まらないし


猫:相変わらず テキトウだね


狐狗狸:流れと大体の設定が原作沿いなら
原作沿いって言えるんですぅー


ビル:何にせよ 原作はキチンと
読んでおいた方がいいと思いますよ


狐狗狸:ワザワザそれをバラすなぁぁっ!




とんでもない始まり方になりました歪アリ長編
次回 鏡張りの家の中に潜むモノが…!?


様 読んでいただいて
ありがとうございました!