を追いかけるためにバラ園に入って
どのぐらい経ったかは覚えてない





だけど…これ、絶対三十分くらい経ってるよね!?





「前にもっこんなこと…絶対 あったっ…!


「あったね」


「なんでここ、こんなに広いの!?」


「バラ迷宮は無限迷宮だからね」


のん気なチェシャ猫のこの言葉、前にも
聞いた覚えがあった





改めて思うけどおかしい 本当におかしい


公園の一角にこんな広い迷路が収まるわけない!





しかもおかしいのはそれだけじゃない





少しの差でしかないのに 先に入った
の足音がまるでしてない


走ったりしているなら 絶対に
足音がするはずなのに


しかもご丁寧にぽつりぽつりと


グシャグシャになったバラの生垣も目にするし





「これ、がやったんだよねきっと」


「そうだね」





歪みのせいなのかもしれないけど、


それにしたって何かしら音が聞こえても
いいはずでしょ!?





も簡単には出られないから
落ち着いて進むといいよ」


「うう…またバラの迷路をえんえんと
迷い続けなきゃいけないのかしら」


はぁ、とため息をつきながら道を進む







それからまたしばらく経ち





ヒドい有様の生垣はいくつも見かけたけど
の姿は見かけないままだ





「もうヤダ…いつまで続くのこの迷路」


「仕方ないさ 無限迷宮だからね」


「もう進むのヤダ…疲れたっ休む!」


少し疲れてその場に座り込もうとしたとき





角の向こうで足音がした





「ま…待って!


膝を上げて追いかけるけど、姿は見えない


走っても走っても追いつけない





「ねぇ待って!」





呼びかけても、足音は立ち止まらない








第九話 刹那の再会











角を曲がると そこは突き当たりで
茂みがガサガサと揺れていた


たしかここから…


ううん、今は考えるより先に
追いかけなくっちゃ!





私はバッグを抱えて 茂みに身体をねじ込んだ









「ここは…前の私の、家…!」





茂みから這い出て辺りを見回すと





やっぱりそこは 私の…
前に住んでいた家の裏庭だった


もちろん、裏庭と公園のバラ園は
繋がってなんかいない


試しに出てきた茂みに顔を突っ込むと


ちゃんと隣家の庭が見えたもの





「でも 本当どうなって…」





言いかけて、私は慌てて手元を見た







今度は ちゃんとバッグを持っていた


チェシャ猫もバッグの中でカケラと一緒に
にんまり笑って収まってる





「よかった…またいなくなってたら
どうしようかと思った」


「大丈夫だよ 今度はいなくならないさ」





ほっと胸を撫で下ろしてから





が近くにいないことを確認して
私はその場から移動する





「流石に家の中には、いないよね?」


「いないね」


「ここからどこかに行ったのかしら?
それとも、まだバラ園で迷ってるのかな?」





家の入り口までやってきて


どこへ移動しようかチェシャ猫に聞こうと
バッグに顔を向け







―アリス―





誰かの声が聞こえた







「今の声 聞こえた、チェシャ猫!」


「…どうかしたかい?」





チェシャ猫には…聞こえてないの?







―来て、アリス―





また声が聞こえる


まるで私の頭の中でだけ響いてるみたいに







聞き覚えのある 懐かしい声





私は導かれるように、恐る恐る家のドアに
手をかけて ノブをひねった





カギの手ごたえは無く ドアはあっさり開く





「お…おじゃまします」


いけないこととは思いつつも、そっと
家の中へと入っていく







あの事件のせいかこの家は空き家の状態だ





…家の中は今でも変わってない







―ここだよ アリス―





また、声が聞こえてくる


さっきよりもハッキリと





「誰か…そこにいるんですか…!?」





視線は辺りをさまよい、やがて留まる


閉じられたガラス戸を通して
白く輝く何かがいる 居間に





あれは…


でも、チェシャ猫は"はいない"って…





恐る恐る近寄って 引き戸に手をかけ
震える指で戸を開けると







そこには懐かしい人が立っていた









うっすらと透けてはいるけれど


Yシャツにスラックスを着た姿


白い身体に白い耳、まん丸の赤い目





『アリス…』


「シロウサギ…なの…!?」





声が自分のものじゃないように震える


視界がぼやけて、目の前をにじませた





そんな まさか あり得ない
だってシロウサギはあの時





シロウサギは、こくりと首を縦に振る





『今ここにいる僕は、歪んでしまう前に
に吸ってもらった 記憶のカケラ


「記憶の…カケラ…?」


『そう、君の記憶の中だけに生きる…儚い存在』





ああ、微かに覚えている





前にシロウサギを追いかけていた時も

彼のカケラが…そこに……いたっけ…





がね、もし自分が歪んだなら
アリスを助けてほしいって』







が、私を?





『記憶操作を通じて歪みを吸っていたから
遅かれ早かれ 歪むだろうって…だから
僕も 君を助けに来たんだ』





あなたが…私を?





『よくここまでがんばったねぇ』





ニッコリと眼を細めてシロウサギが
笑いかけてくれた瞬間







私はその場に泣き崩れた









今でもまだ、あの時の事を覚えてる





お母さんが 誰かを刺して私を殺そうとした





私は 悪い子で…お母さんを苦しめてた





全てがとても悲しくて、


だから殺される前に


自分から死のうと カッターで……









私の歪みを吸ったせいで
シロウサギは歪んでしまった





そして…も また







あの時から 私はみんなに
迷惑ばかりかけてる





「ごめんなさい、私のせいで…」


『泣かないで アリスは悪くないんだよ』





優しいその声に 涙がとめどなく流れる





どれだけ謝っても許されない


でも、あなたは優しくなぐさめてくれてた





チェシャ猫も…も、他の皆も
私のことを受け入れてくれてた


そして 皆が私を
助けてくれようとしている







私は皆の事…忘れたくない





『さあ、アリス 手を出して』


「手を…?」





こくりとシロウサギが首を縦に振る





『僕が覚えているの記憶を…
君に渡してあげる』








ためらいは 無かった


シロウサギの差し出した手に、
自分の手の平を重ねる





すり抜けてしまうはずのそれは


暖かい確かな感触を伝えながら
空中に固定されていた





目の前が白くなり、頭の中に声が流れる







―でも、どうしてアリスと会わないんだい?
すごく会いたそうにしていたよ?―


―それは嬉しいのですが…この姿では…―


―なんだ そんなこと気にしてたんだね―





―なら従兄弟として、会いに行けば
平気だと思うよ―





微笑んでいるシロウサギの顔





―大丈夫、姿の変え方は僕が教えてあげよう―





ぐにゃりと何かから形を変えて
人の姿になった





―おにいちゃん…だぁれ?


―私は…あなたの、従兄弟です―





泣いていた小さな私に笑いかける





―あなたは どんな歌が好きですか?―


―歌ってくれるの?―


―はい、あなたの好きな歌を…―









それから声は途切れて、代わりに
たくさんの光景が映し出された







と一緒に歌う私


手を繋いで、二人で見に行った白木蓮


雪乃と三人並んで座りながら
おしゃべりをしたこと





時が進むにつれ、が徐々に
私から離れて見守っていたこと





そして、ある時を境に


彼の姿は見えなくなった







―そこで 視界が元に戻る





「どうして…こんな大切な記憶を
あの後、思い出せなかったの?」


『仕方ないよ、はその記憶を
奥底に封印していたから』





封印していた?が?





思い出す前ならいざ知らず


全ての真実を思い出して、受け止めた時に
一緒に思い出せなかったのは


が私からその記憶を見せまいと
隠していたからなの?





一体 何のために?







私の頭の中に渦巻く疑念を払うように





を責めないであげてね、彼もまた
アリスを助けたかっただけなんだ』


シロウサギは優しくささやいた





その姿が…さっきよりも透けてゆく





「シロ…ウサギ…!」





思わずシャツにしがみつこうとして


その手が手ごたえ無く通り抜ける





さっきはきちんと触れられていたのに





「どうして…どうして!?


『……僕は本物じゃない、記憶のカケラ
だから もう消えなくちゃ』





私はエプロンドレスのすそを両手で
握り締めて、大きくかぶりを振る







本物じゃないのはわかっていても


私のワガママでしかなくても


もう少しだけでいい…ここに、いてほしい









ふと、暖かさを感じて顔を上げる





シロウサギが私の頭を軽く撫で、手を離す





『泣かないで アリス』





彼のその顔を見て


忘れていた記憶がフラッシュバックする







……本物のシロウサギを刺した時





あなたが心配しないように、私は
強くなるって 決めたんだ


あなたがいなくなっても安心できるように


ちゃんと生きていくって―







涙をぬぐって、私は微笑みを浮かべる





「ごめんね…でも、もう 大丈夫だから」





シロウサギは安心したように微笑みを返すと





『さようなら 会えてよかった』





別れの言葉を残して
かすれるように、消えてしまった







「ありがとう…シロウサギ…」







眼を閉じた拍子にこらえきれず


涙がふたすじ こぼれて落ちた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:歪アリ長編もそろそろ佳境に入って
いいタイミングでシロウサギも出てきました


シロウサギ:そうかい よかったねぇ(優)


狐狗狸:あと、話書いててやっぱり亜莉子ちゃん
同様に泣きそうになったね


シロウサギ:泣くことはないんだよ?


狐狗狸:うん…でもやっぱりシロウサギ絡みの
話はどうしても涙腺緩む 切ない系ほど


武村:……僕の方が泣きたいくらいだよ


狐狗狸:うわぁ、いつからいたの武村さん


武村:ひどいじゃないか、出番が無いと思ったら
ついに亜莉子ちゃんにまで忘れ去られて


狐狗狸:仕方ないじゃん そーいう話だもの


武村:(泣)…それより、君が歌を
歌うのはおかしくない?たしかシロウサギ君の
専売特許だよね?


シロウサギ:ネタバレになるから詳しくは
言えないけど 歌は最初に教えても


狐狗狸:えー何故アリスがシロウサギのカケラに
触れれたかは、彼女が望んだからってことで
片付けようと思ってます!


武村:遮った上にご都合主義だね




歌と彼の正体は少し密接なのでカットっす
次回以降でその辺明かされるかも?(謝)


次回 残ったのはチェシャ猫のみ


様 読んでいただいて
ありがとうございました!