何も音がしないので、恐る恐る目を開ける





首に刃が届く直前


は鎌の柄を握る両腕をつかみ
その動きを止めていた





アリスに愛を注ぐ者が その意が無くとも
アリスが傷つく振る舞いをするのは
宜しくありませんね 陛下」





顔を歪めて 女王は自分を掴む腕を
振り払おうとするけれどもビクともしない





「こんな危ない鎌は
その腕ごと消し去ってしまいましょう」








がそのまま女王の腕を持ち上げた瞬間


彼女の両腕のひじから先と鎌が


ゆらり、と揺らめいて消えてしまった











第七話 増える欠片











「「くっ…!」」





二つの呻き声がすぐ側で聞こえた


一つは、腕を消された女王が悔しげに
床へへたり込んだ際のもの





もう一つは、顔を抑えるのもの





 大じょう、」


「あが…ああああああああぁぁ!





苦しそうな叫び声をあげると、
私の手を振り払って走りだす





そして ハンマーを具現化させると





辺りのものを叩いて回った







壁が抉れる 床にヒビが入る


首なし死体から嫌な音がして血が噴きだす






脈絡なく振るわれる暴力と破壊に耐え切れず


思わず耳を塞いで身を縮めた





「い…嫌ぁ 怖い、止めて!







私の悲鳴が聞こえたのか


狂ったような破壊は 止まった







足音が、こっちに近づくのが聞こえて
思わず体を硬くする





「…アリス、怯えさせてしまい
本当に 申し訳、ありません」





しゃがみ込んだが優しい声で
すまなさそうに謝る





金色の目が暗さを増し、


肌の色も少し 暗い色を帯びていた







「時間くんは例の牢獄ですか…」





は立ち上がると二階に顔を向ける





「ねぇ 待って!





立ち上がろうとするけれど、足が震えて
上手く起き上がれない


制止の声も聞かず、彼は二階へと上がり


姿が見えなくなった







おそらく、あの時計だらけの牢獄にいる
時間くんを連れ出しにいくのだろう





「うう…」





そういえば、女王様のこと
ほったらかしたままだった!


気づいて私は 恐る恐る彼女の元へと歩み寄る





「ゴメンなさい女王様!大丈夫!?」


「まあ優しいアリス、わたくしの心配を
してくれるなんて…」





両腕からさらさらと消えていってるのに


優しい微笑を浮かべる女王に胸が痛む





いくら私を守るためとはいえ


両手を消さなくてもよかったのに…





「わたくしの腕が片方でも無事ならば
首にしてずっと守ってあげられるのに


前言撤回


やっぱり両手を消しといてくれて
ありがとう





「悔しいわ…歪んだ記憶の番人などに
不覚を取るなんて」


記憶の番人?それって のこと?」





それに答えたのは、女王ではなく
チェシャ猫だった





「そうだよ、はアリスの記憶を
管理するものさ」






いつのまにかバックから少しだけ顔を出してる
チェシャ猫に私はヒヤヒヤする





「チェシャ猫 出てきちゃダメだって!」


「あら そんな所にコソコソ隠れてたのね猫」


隠れてたんじゃないさ、アリスが
僕がおとなしくしてることを望んだのさ」


「相変わらず口だけは達者なこと」





うう…やっぱり二人とも険悪っぽい


女王様の腕と鎌がない状態でよかったと
不謹慎ながらもそう思ってしまう





「とにかくチェシャ猫はバッグに隠れてて
に見つかったら大変でしょ?」


「そこまでいうなら 戻るよ」





チェシャ猫がバッグに引っ込んで
ほっとしたのも束の間





「アリス!!」


女王が私に思い切り迫ってきた





「きゃあっ!?」


「聞いてアリス、は猫よりも
場合によってはビルよりも遠い存在なのよ?」







たしか、前にもチェシャ猫は導く者
ビルは真実の番人って言ってたけど…





遠い存在ってどういうこと?」





たずねるけれども、女王はブツブツと
呟くだけで私の話を聞いていない


本当 こっちの人達は人の話を聞かない





あんな男…もともとは首なんか無いくせに
アリスを守るなんて口にしておこがましいのよ」





悔しげにつぶやく女王の両腕が
もう肩の所まで消えている


腕だけじゃなく、足の方も―





「女王様、もうしゃべっちゃダメ!
消えちゃうわ!!」


「いいのよ あの男から記憶を吸われたら
後は消えていくだけだから…それよりも」





青い目が真剣に私を見据える





「アリス 騙されてはいけないわ
の姿は人型ではなく―」





その次の言葉を聞くことはできなかった







「陛下、少々おしゃべりを控えていただきます」





背後から現れたが、女王の口を
消してしまったから





比喩なんかじゃない


口があった所は、ただただ肌色に抉れて
へこんだ部分だけになっている





「きゃああっ!!」





叫ぶ私とは裏腹に、女王は振り返り
を睨み付けてた





彼は 片手に何かを抱えるようにしている


私には見えないけれど、多分あそこに
時間くんが いる





「それでは、時間くんはお借りします
ごきげんようアリス 陛下





優雅に一礼すると、は入り口の大扉を
くぐって 姿を消した







私は入り口と女王を交互に見つめる





アリス 早くを追うのよ


女王の目は、そう言っているように見えた





「ゴメンね…女王様」





彼女に謝ると、扉から城の外へ出た









赤い海へと歩いていく白い姿を見つけて
追いつこうと慌てて走るけれど


はもう、海を歩き出していた





赤く広い海の上に浮かぶ彼は
滑るように 先へと進んでいく


あっという間に白い後姿は遠くなった





「行っちゃった……あれ?これは…」





足下を見ると白い欠片が一つ 転がっている





ここに 誰かがいたんだ…
私が忘れてしまった、誰かが





つい泣きそうになったけれど


今は泣いてる場合じゃない





自分を叱って欠片を拾い、バッグの中に
入れようとして…ぎょっとした







二つだったはずの欠片が増えている


今 拾った欠片を合わせれば…八つある





「私 こんなに拾った覚え、ないのに」





拾った覚えのない欠片にめまいを覚える





どうして、こんなに欠片があるの?


これって誰か消える度に勝手に
増えていくものなの?





このまま住人みんなが、チェシャ猫まで

こんな白い欠片に―?





「大丈夫だよ、アリス」





低い声が 私を落ち着かせる





バッグの中にいたチェシャ猫が、私を
見上げてニンマリと笑った





「悩んでても仕方ないさ、バラ園に戻ろう」


「…うん、ありがとうチェシャ猫」





チェシャ猫の言う通りだ


今は、ここで頭を悩ませてもしょうがない





バラ園に…公園に戻らなきゃ








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回は歪んだの暴れぶりも
書けて、ホラー度は増したような気がします


チェシャ猫:そうみたいだね


狐狗狸:あれ、女王は?


チェシャ猫:口が無いから放って置いてるよ


狐狗狸:案外ひどい奴だね君って


チェシャ猫:そうかい?


狐狗狸:…ところで拾ってないはずの
カラが増えてたのはどうしてかな?


チェシャ猫:ついて来たからさ
カラは住人の分身でもあるからね


狐狗狸:…説明ありがとうございます
じゃあが暴れたのは?


チェシャ猫:歪むと見境がなくなるんだよ


狐狗狸:……………


チェシャ猫:……………


狐狗狸:…それだけですか?


チェシャ猫:それだけだよ


沈黙したまま終了




次回 バラ園に戻るアリスを待つのは…!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!