「ぼうし…や…にげ…」


公園の真ん中で、半分意識を失いながらも
眠りネズミがもがき暴れる





しかしの腕はゆるまず


眠りネズミの身体は消え始めていた





「このやろーっネムリンを放せっ!!」





フォークを手に へと向かった帽子屋が
片手で軽々と投げ飛ばされる





「せめて苦しまないよう…一瞬で吸い出して
消してあげましょう」





悲しげな目で眠りネズミに視線を落とし


が 掴んだ手に力を込めた







辿る辿る 足跡を辿る


あの日追いかけたシロウサギの
―事件の記憶を 辿る





けれど 端から記憶が零れ落ち


のことは何一つ思い出せないまま

どんどん あの日を忘れてく





でも行かなくちゃ 早く行かなくちゃ


私には それしかないから












第五話 焦る追跡











暗い通路の奥にあるドアを開け
そこから外へ出れば


そこは、ちょうどホテルの裏口だった





は…もう先に行ったみたいだね」







辺りには相変わらず人気は無い


前の時には、人が溢れていたのに…





でも 例え人がたくさんいても
がいたらすぐに見つけられそう





短めの黒髪に金色っぽい目で白い肌


フリルのついた袖の服着た 叔父さんに
似た顔でハンマー持った人なんて


嫌でも目立つもん!





そもそも、なんでは叔父さんに
似てるのかしら?



叔父さんは住人にもあの事件にも
関係が無いはずなのに…







「アリス」





バッグの中から聞こえた低い声で我に帰った


そうだった、
追いかけなきゃいけないんだ!





「次は どこに行くんだっけ、チェシャ猫」


私はチェシャ猫にたずねる





「アリスは、前にここを通った後のこと
覚えているかい?」


「ええっと…たしか 知ってる人に
会った気はするんだけど…」





思い出そうと必死で記憶を手繰るけれど、





「……だめ 公園に行った所からしか覚えてない」


この場所から公園までの間の出来事

すっぽりと抜け落ちたように思い出せない





悩む私をよそに、チェシャ猫はキッパリと言った





「じゃあ、公園に行こう」


「いいの?」


「仕方ないさ、思い出せないんだろう?





私は 首を縦にふった





「…うん」


「急ごう、帽子屋と眠りネズミが待ってるよ」





もやがかかり始める二人の記憶に急かされて
私は人のいない道をひた走る











公園では凄惨な光景が広がっていた





あの時は、催されていたお茶会が
荒れ放題だったせいなんだけど


今は、更に散らばった食器や時計や
お茶菓子らしきものの残骸


ボロボロになっている遊具


そして





でこぼこにあちこちが抉れた帽子屋
泣き声をあげながら転がっていた





「ネムリーーーーーーーーーン

うわあぁぁぁん!」






千切れそうなダボダボの袖で 帽子屋は
白い欠片を抱きしめている





もう一人は、思い出せなかった







「ごめんね帽子屋 間に合わなかった…」


「うぐっ…アリスのバカやろー!
なんでのこと思いださねぇんだよ!!」


片手に欠片を抱えなおし、帽子屋が開いた手で
私をポカポカと殴るけど


殴るその手が、身体がさらさらと消えている





「だって、みんながのこと何も教えて
くれないし…ねぇ、帽子屋は何か知ってるの?」


のことは言えねぇよ…言ったら
あっという間に消えちまうもん!





消えていく足を押さえながら、
帽子屋がかぶりを振る





「情報を教えると 消滅が早まるみたいだね」





器用にもチェシャ猫が、バッグから
ニンマリ顔を半分覗かせる


うわビックリしたっ…って、そうなんだ





妙な話に私が納得した直後





「チェシャ猫っ、お前消えてなかったのかよ!」


帽子屋が驚いたようにチェシャ猫を見ていた





「よくに見つからなかったな あいつ
お前のこと相当恨んでたのに」





そ、そんな話 初耳なんだけど!!





「えっ…チェシャ猫って、に何か
恨まれることしたの?」


「僕のせいで割れて死にかけたのを
ずっと根に持ってるのさ」


「死に…!?」





かなり恐ろしいことを、しかしチェシャ猫は
どこかのんびりした口調で続ける





「本能だから仕方ないのにね」





そんなアッサリ仕方ないって…


普通 殺されかけたら恨まれるって!


大体割れてって何が割れたのよ…!





いや、怖い答えが返ってきそうだから
聞くのはやめとこう





「ねぇ は何処に行ったかわかる?」





帽子屋は、しぶしぶ情報を教えてくれた





「アイツは時間くんを連れ戻しに女王の城に…」


「どうやらまた、女王が時間くんを
連行したみたいだね」





他人事のようにチェシャ猫が言う





私は頭を抱えて溜息をついた


ああ…またあの女王に会いに行かなきゃ
いけないのね…







悪い人ではないんだけど、


出来れば会いたくないのよ…





でも 会わなきゃいけない





「そう、ありがとう帽子屋」





お礼を言って 少し重くなった足を動かし
女王の城へと向かおうとして





「アリス、女王の城へ行く前に
帽子屋の持ってる欠片をもらおうよ」


チェシャ猫がとんでもないことを言い出した





「いきなり何を言い出すのよチェシャ猫っ」


「イヤだっ!これはネムリンの分身なんだっ
ネムリンは誰にも渡さないっ!!」






帽子屋が泣きそうな声を上げて
欠片を強く抱きしめる





けれど、チェシャ猫はお構いなしに言う





「でも 帽子屋ももうそろそろ消えちゃうよ
遅いか早いかだけさ」





そう、たしかに帽子屋の身体はほとんど
消えかかってきている


私の記憶も 曖昧になってゆくのが分かる





……だけど、







「そうだとしても…私は帽子屋から
欠片を取ることは出来ないよ」





その人にとって大切な者を
奪うことなんて出来ない





私は あの人の大切な者
奪ってしまったから


もう誰にも


同じ思いをさせたくない―








「アリス…」


「僕らのアリス 君が望むなら
それでも構わないさ」


チェシャ猫はその一言を最後に
バッグの中へと引っ込んだ





「ありがとなアリス」


「…いいのよ、それより女王の城に
行く方法って知らない?」





途端、帽子屋が呆れたような声を出した





はぁ!?なんだよそれ!!
前にも説明したのにもう忘れたのかよ!!」


「仕方ないでしょ!
記憶がどんどん消えてゆくんだから!!」





事件の細かいことを端々忘れていってて


この公園に辿り着くのだってチェシャ猫に
聞きながらやっと来れたのよ!?





ああもうこのバカアリス!
あの土管を通るに…あ」





ボロボロの袖が指し示す方に目を向け


そこに土管らしきモノの残骸を認めて
目の前が一瞬白くなった





「悪い、が暴れたせいで アイツ
通ったあとに壊れたんだよ土管」


「えええええええ!?」





何をどう暴れたらそうなるの?


それより は無事にあっちに
渡れたのかしら…


いや、そんなことより私はどうやって
女王の城に行ったらいいの!?







頭の中に沸いた色んな疑問





「案ずるなアリス」







それに答える声は はるか上から降ってきた





見上げれば、大きな羽根を持った生き物
公園へと降り立ってくる所だった





「あなたは…グリフォン!


「久しぶりじゃな」





ワシの頭をなだめすかし、お尻の蛇が笑う





このグリフォンにも あの時お世話になった


目の前にある彼らの身体も帽子屋と同じ
でこぼこに抉られたみたいになっていて





「その身体…あなたもに!?


「ああ どうにか空を飛んで逃れたのじゃがな
…とにかく、よくここまで来た」





コクリと大きく頷いて
蛇が 私に優しい眼差しを寄こした







そうか、はあっちに渡れたんだ





グリフォンの今の状態が心配な反面


が無事であることに、何故かホッとした





が無事で安心したのじゃな」


「えっ、あのっ」


「いいんじゃよ、あやつも悪い奴ではない
じゃが…アリスや もう残された時間は少ない」





蛇が身をくねらせればワシが頷き


大きな身体を 手足をたたんで地面に伏せる





「女王の城へ送ってあげよう
ワシの背中に乗りなさい」


「でも あなたの身体が…」


「心配してくれてありがとう、アリスは
本当にいい子じゃな」


カカカ、と軽やかに笑って





今度は真剣な眼差しを向ける





「だが、ワシの身体が消える前に行かねば
女王のもとへ辿り着けなくなってしまう」








グリフォンの言っていることは正しかった





今は早く女王の城へ行かなくちゃいけない





「…さあ 乗っておくれ」





私は、頷いて 背中へと乗った





どっち向きか思い出せなくて、蛇の方を
向いて乗って たしなめられたけど


バッグを前に乗せて、ワシの頭の方を向いて
羽根の付け根を掴んで





「じゃあ帽子屋 行ってくるね」


「おう…じゃあな、アリス





崩れかけている帽子屋へ
別れの会話を交わし終えたのを合図に


翼を羽ばたかせ、グリフォンが空を舞った








―――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:前回から廃ビルすっ飛ばし、先に帽子屋と
眠りネズミの公園へやって来ました〜


帽子屋:なんでネムリンを消しちゃうんだバカ作者!


狐狗狸:痛っフォークで刺さないで地味に痛いっ!


ネムリン:…こわか…た…ぐぅ


狐狗狸:怖がってたように見えないよそれ


帽子屋:なぁっなんかチェシャ猫が黒いキャラ
なってねぇ?


狐狗狸:黒くないです、あの欠片は必要だから
アリスに持ってくよう助言しただけです


グリフォン:ワシはあそこでは登場せんのだがのぅ


狐狗狸:原作では出番まだですが、猫が生首じゃ
赤い海を渡れないし それに


グリフォン:まだ何か 理由があるのかの?


狐狗狸:…海は後々、重要なファクター
ごにょごにょ(最後判別不可能)


帽子屋:ハッキリ言えよ!!




ネムリンファンの方 出番あんなでゴメンなさい
次回は彼の謎と女王が待ってます


様 読んでいただいて
ありがとうございました!