「すみませぬ殿、アリス達を賊から
お守りする役目で言い争ってしまい…」





しばらく怒られて落ち込んでいたけれども


気を取り直したあんぱんの一人が
取り繕うように笑いながらそう言って


は微笑みを浮かべると





「そうですか 私のせいであなた達を
騒がせてしまって申し訳ない」





床に叩きつけていたハンマーを持ち上げる





は?殿 それはどういう…」


「大丈夫です、私が公爵夫人を消せば
この騒ぎは収まりますので」





軽々とハンマーを持ち上げて


公爵夫人へと近づこうと が歩き始める





「お待ちくだされ殿!」





あんぱん二人が戸惑いながら、行く手を塞ぐ





だっダメ!その人は」





止める間なんて無かった


あっという間に振りかぶられたハンマーが

目の前のあんぱん二人を叩き潰す





の金色の目は 真っ直ぐに


公爵夫人だけを捉えている





私達の前に、あんぱん達の何人かが
武器を手にして立ち塞がった





殿っ止まってください」


「止まらねば斬りますぞ」


は足を止めずに進み続ける


あんぱんの一人が銃を撃つ


だけど大きなハンマーを片手で回し
彼は弾丸をあっさりと弾き返す





「無駄です」





二度、三度と放たれた銃弾も


突き出される刀も 阻まれて届かない


「我を止めることは出来ませんよ」





が振り回したハンマーが


逆にあんぱん達を薙ぎ払ってゆく


頭や腕、或いはお腹が抉れ 千切れ飛んで
私の足元まで転がってくる





「きゃあっ!」


あ、あんぱんだとわかっててもこの光景は怖い…!





銃も刀もきかない相手に、あんぱん達が
段々怯んでいくのがわかる





あんぱん達、私は公爵夫人にのみ用があります」


が 一人のあんぱんの腕を刀ごと
叩き折りながら続ける





「邪魔をせずアリスを安全な場所へ
お連れするなら、私もあなた達に何もしません」





とっさに公爵夫人の手を引いて逃げようとした


けれど、





「…申し訳ない アリス」


あんぱん達が両脇を囲み、私の両腕をつかんで
夫人から引き離す





「放して!」





どんなに暴れても、あんぱん達の腕は緩まない





「…残念よ あなたがこんなに
歪んでしまうなんて」


「公爵夫人 せめて一瞬で消して差し上げます」


彼の白い手が 夫人の頬へと伸びる





やめて!お願いだから !!





こんなのイヤ…誰か







「あぁっ!」





悲鳴を上げたのは―の方だった


彼の身体が横に飛んで、あんぱん達を
何人か巻き添えにして倒れる





他のあんぱん達が ざわめきながらも


夫人達の前から私の目の前にやってきた彼に
怯えて道を開けた





「何泣きそうな顔してんだよ…

助けに来たぜ アリス





そこに現れたのは


忘れもしない カビだらけの、その姿は





「廃棄くん!どうして…」











第四話 無力な私











ここに来て、ようやく思い出した


廃棄くんは あの事件に出会った
忘れられない住人の一人だった





でも 彼がここにいるはず無い





廃棄くんは 願いを叶えたはずだもの…







「アリスが困ってるから、いてもたっても
いられなかったんだよ」


彼はそう言って笑うと 私の手を引く





掴んでいたあんぱん達の腕は、今は
力がこもってなくてあっさりと解放された





「それに、アリスにもこのおばさんにも
でっかい恩があるしな」





避けるあんぱんの群れをかき分けて
公爵夫人の所まで引っ張ってくれた廃棄君くんは


私達をエレベーターへと導いた





周りにいるあんぱん達は


の様子が心配なのと、廃棄くんのカビを
恐れてか 何もしてこない





「さ、このエレベーターに乗れば」


呼んだエレベーターがこの階と辿り着く直前、





廃棄くんが急に振り向くと
私と公爵夫人を背中に庇った







「…何故 私の邪魔をするのですか」





起き上がったが 顔をしかめて
こちらに近づいてくるのが見える





「あなたもパン族で アリスの幸せを
願うものの一人のはずです、ならば


「…確かにあんたの言う通りだよ でもな」


後ろで エレベーターのドアが開く


同時に私と公爵夫人を突き飛ばし
廃棄くんがエレベーターのボタンを押した





「オレはアリスの味方なんだよ!」





ぐっと拳を握りしめた廃棄くんは


へ向かって 駆け出していく





「廃棄くん!!」


「ここはオレに任せて、アリスとおばさんは早く逃げろ!」





閉じていくエレベーターの扉から 最後に見たのは







「オレのこと 思い出してくれてありがとな」


一瞬だけ振り返った 廃棄くんの笑顔だった











「廃棄くん せっかく会えたのに…」


「落ち込むことは無いよアリス」





落としたかと思ってたエコバックから
かけてくれたチェシャ猫の言葉と





「アリス、気持ちはわかるけど 今は
彼のためにも私達が逃げ延びなくちゃいけないわ」





公爵夫人の励ましに 私は頷く





そうだ…落ち込んでる場合じゃない


私達を逃がしてくれた廃棄くんのためにも
まずはここから出なくっちゃ







エレベーターから降りて ボロボロの
通路を進んで入口へと向かい





「…なに これ」


巨大なコンクリートの塊で塞がれた
エントランスに、呆然とした





の仕業でしょうね」


「うん 間違いないね」


ええっ!?そんな」


バカな、と言いかけて 言葉が止まった





あの大きなハンマーで暴れたなら
ありえるかもしれない…!





頭の中で彼のイメージに少し訂正を加え


それからどうやって脱出するかを悩み


私は、不意に思い出した







たしか あのレストランには
シロウサギが使った通路があったはず





「あの通路は狭いからね、ハンマーは使えない…」


エコバックの中で チェシャ猫が言う


それなら逃げられるかもしれない





「だけどアリス あそこはオカ…」


 アリスが決めたのだから
私達は従うしかないのよ」


「……分かっているさ」


公爵夫人の言葉に、チェシャ猫はそれきり口を閉じた


言いかけたその言葉と、何かが引っかかって
少しその場で立ち止まる


逃げなきゃいけないのに…どうしてだか足が進まな







後ろの方で エレベーターの駆動音がする


迷っている時間は無かった











レストランの鉄の扉をくぐり、暗い通路を駆ける

私達の足音だけが通路に響く


はまだ、追ってきてないけれど
歩く速度を速めていく





「アリス、顔が真っ青よ…大丈夫?」


「大丈夫よ」





心配そうな公爵夫人に そう言うけど


本当は、通路に入ってずっと
嫌な思い出が頭をよぎっていた





そう…私はあの時 一人でここへ入って

あの人と…会ったんだ







ごめんなさい、ごめんなさい





まるで昨日の事のように思い出せる


早くここから抜け出してしまいたくて
私は夫人の手をひいて走った







キャンキャン!


唐突な音にビックリして 足を止めた





聞こえた音の元は 足元に転がる
焼け焦げたオモチャの犬だった





「何 この犬…」





見覚えの無いその犬は、


キャンキャンと鳴きながら少し歩いては
止まり 少し歩いては止まり


こっちへ、近づいてくる





覚えてないはずなのに、私はその犬が
とても恐ろしくて逃げ出したくなる


早く ここから逃げ出さなきゃ





「アリス…!」





公爵夫人の声につられて 通路の先を見る





暗闇から パンプスを履いた足と
ベージュのスカートが現れて


それは ゆっくりと包帯を頭に巻いた
女の人へと姿を変える





…アリ…お前の…せ…







この人の事は、ずっと忘れずにいた


あの時の火事のせいで 私のせいで
壊れてしまった―






「お、かあ さ…!」







ゆっくりと 包帯女が近づいてくる





後ろからは 追いかけてくる足音





逃げなきゃ、いけないのに


身体が強張ったまま 動けない





チェシャ猫や公爵夫人が何かを言ってるけど
その言葉が 聞き取れない





彼女が右腕を振りかぶった瞬間


私は 反射的に目をつぶった







「大丈夫ですよ、アリス」





優しい声が聞こえて そっと目を開ければ





後ろから駆け寄ったが、包帯女の顔に
手を当てていた





「アリスを苦しめるあなたは、必要ありません」





彼女の姿が ぐにゃりと歪んで消え


ゆっくりと振り返るの目の色が
少しだけ、黒く濁る


息を吐き出して…私はその場へへたり込む





「さぁ…次は あなたの番です、公爵夫人」





側にいた公爵夫人が 短い悲鳴を上げる





逃げようとした彼女の手をが掴んだ瞬間

夫人の足が、砂のように崩れ始める





恐怖でうまく動けなかった私は
あわてて彼の服のすそを握りしめる





「やめて !」





私の叫びが届いたのか、
が公爵夫人から手を離す





「アリス…何故 お止めになるのですか?


戸惑ったように少し濁った金色の目が見つめる





「我らがいない事は アリスの幸せを
証明する事になるのですよ?」






前にも 誰かにそう言われた事がある


自分達がいない事が アリスの幸せを証明する、と


…だけど





「でも 私はみんなに消えて欲しくない」





首を横に振って その言葉を否定する







あなた達がいてくれたから、私は
今 ここにいるのに



消えてしまったら 意味がなくなってしまう







「…あなたがお止めになるのなら、致し方ありません
私は先へ進ませていただきます」





溜息をつきながら、が呟く





「どちらにしろ公爵夫人は
消えてゆくしかないのですから」





左足が消えてしまった公爵夫人と
私に ぺこりとお辞儀をして





「でもアリス…もしも私の正体を思い出せたなら
あなたの記憶を戻して差し上げます」





最後にそう言うと、は通路の先へ消えた







「アリス…」


「公爵夫人 しっかりして!」


我に帰って、公爵夫人へ寄り添う


彼女の消滅は いまだ止まらず
足のほとんどが消えている





「アリス、私のことはいいから
早くを追いかけて」


「でも…!」


「この状態がいつまで持つかわからないし…
あなたの足を引っ張るわけにはいかないわ」


公爵夫人は私を真っ直ぐ見つめて、続ける





は国の住人と国自身を自分ごと消すために
シロウサギとアリスの辿った軌跡を通ってるの」





口を開くごとに 彼女の身体がさらさらと
砂に変わって消えていく





「歪んだ彼を助けられるのは あなただけ」





それでも通路の奥を指差して 公爵夫人は言った





「さあ 振り返らずに…行くのよ







私は 泣きそうになった





どうして誰にも 何もしてあげられないの?





どうしてが歪む前に 何もして
あげられなかったの…







「アリス」


エコバックの中でチェシャ猫が呼びかける





を追いかけよう 僕は導くよ
君が望むなら







その一言に 私は気付かされた





ここで泣いてなんかいられない


消えてしまった人達のためにも


残る人達が、国が消えてしまう前に
私は を追いかけなくちゃ





「ごめんなさい公爵夫人…私…もう行くね」


「謝る必要なんてないわ あなたは
何も悪くないんだから」


両足と腕が消えても なお微笑む
公爵夫人に別れを告げて





私は 通路の奥へと進んだ








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:廃棄くん登場書けて幸せあぁぁぁ!


廃棄:そこかよ!(頭叩き)


狐狗狸:痛た…だって廃棄くんは歪アリの中で一番
男らしくてカッコいいですから!


廃棄:…そうか?あ、ありがとよ(照)


狐狗狸:今回は廃棄くんと公爵夫人が活躍したので
少し長くなりましたが、次は公園に―


廃棄:おいおい、原作では先に廃ビルだろ?


狐狗狸:そうなんですが この話は原作とは少し
結末が違うんで、廃ビルは後になります


廃棄:書く気はあるのか


狐狗狸:そりゃもう、展開上ね!


公爵夫人:あの女の正体を伏せる必要、あったの?


狐狗狸:始めはそのつもりなかったんだけど、
後から何となく仄めかすくらいがいいかな〜と




次回は公園であの二人に出会いますよ


様 読んでいただいて
ありがとうございました!