人が姿を消した通りを駆け抜け、私は
ホテル・ブランリエーヴルを目指した





「ちょうどいいから借りてきちゃったけど
これ、誰のだろう…」





右手に持った大きめのエコバッグの中には


たたんだ私の制服と二つの白い欠片
そしてチェシャ猫の首が入ってる





持って行かなきゃいけないけれども


それらを抱えて行動するのは大変だなと
思いながら、荒れた家庭科室を見回した時


テーブルの上のエコバッグが目に入ったので





悪いとは思いつつ、使わせてもらっている







「苦しいよ アリス」


「ごめんね、でも我慢してちょうだい」





チェシャ猫は居心地が悪そうだけど仕方がない


エプロンドレスの端を結んだカンガルースタイルで
運ぶと、また前みたく移動の途中で落とすかもだし











第三話 彼の目的











ホテルの入り口に入ってすぐさま


レストラン・イナバのある方から
悲鳴と、ものすごい物音が聞こえた





「なっ…何いきな、きゃあっ!?





廊下の向こうから、怯えたカエル給仕が数匹
飛び出してきて 私にぶつかる





「ああっアリス!助けてください!!」


「あの方は私どもでは止められなくて
公爵と夫人が…!!


「あの方って…まさか、って人!?」


問いかけに、答えが返ってくるより早く





「おお…アリス…!」





公爵が婦人の手を引いて こっちに這い進んできた


比喩とかじゃなくて、本当に床を片腕と
身体を使って這っている






だって…下半身が丸々消えているもの!





「きゃああぁぁっ!」





こ、怖い わかってても怖い!





「ワシらのアリス、怯えさせてすまない
これは妻をから守ってこうなったのだ」





ズリズリと近づく公爵に連れ添って夫人が
困ったような顔をしている







夫人は相変わらずふくよかだけど


以前あった時と違い


普通の人間のサイズに戻っていて
すごく巨大って程ではなかった





性格も 大分まともそうに見える





「そうなの…それより、大丈夫なの公爵」


「ワシは妻の方が大事だ」


あなた…」







見つめあう二人の雰囲気を見て、私は
バッグの中にいるチェシャ猫に話しかける





「…あの事件の後、夫婦の仲が良くなったみたい」


「そうだね」





これで公爵が上半身だけじゃなければ
もっといいのに…







「公爵夫妻、どこへ逃げるのです?


通路の奥から聞こえた声に、二人の顔が青ざめる





そこから、ひときわ大きな悲鳴が上がり


大きなハンマーを持ったさんが現れた





こっ…怖い…!何あのハンマー!?


逃げる速度を速める二人と同時に、私も
一歩後ろへ後ずさる





「逃げても無駄です 大人しく…」





近づいてきたさんが立ち止まる







「アリス…!?」





驚いた顔でこっちをじっと見ている


学校の時みたいに、知らない人扱いされてない


やがて佇んでたさんの手から
ハンマーが掻き消える


これは…ひょっとしたら
話し合いの余地があるかも?





「あっ、あの さん…どうして
私の記憶を消したりしているの?」





さんは悲しげな顔をして呟く





「アリス、お許しください 私は…
やらねばならないのです」


「どうして?何の目的があって私の記憶を
消していくの?」





問いかけても、彼はかぶりを振るばかり





「お願い 記憶を消すのをやめて
みんなが消えていってしまうの」


「…アリス お許しを





だめだ、ちょっと話を聞いてくれそうにない


国の住人は人の話を聞かない強引な所が
多かれ少なかれあるけれど…





彼の悲しげな様子を見る限り


それとはまたちょっと違う気がする





彼はもう私に構う事なく
再び公爵夫妻へと近づいてゆく







「僕らが食い止める間に逃げてください!」


どうにかさんを止めようと
カエル給仕が向かっていくけれど、


向かう端から触れられ 消されていく





このままじゃ、二人が消されるのも時間の問題だ


でもこんな時どうしたら…





「アリス 私はもうダメだ…
せめて妻だけでも安全な場所に」


「そんな、あなたっ」





悲しげな顔で夫人が寄り添う


だけど公爵は首を横に振って
彼女を 私の方へと突き飛ばした





「早くっ…うう…!」







カエル給仕が全て消え去り、記憶もぼやけ始める


そこでようやく私の足も動きだした





「…早く逃げましょう!」





私は夫人の手を引いて、地下にある
ショッピングモールへと逃げた











「うっ…あなたっ…ひっく…」





夫人は、ずっと顔を手で覆って泣いている





…さっき別れた人は とても
大事な人だったんだろう


記憶を消されてしまったから、その人の事を
顔すら思い出せなくなってる


代わりに 止める事の出来ない恐怖が
隙間を埋めるようににじんでくる





「しばらく、そっとしておこうか」


「そうだね」





チェシャ猫と短く会話を交わし


エレベーターが下につく間で 今まで
分かっていることを頭の中で整理してみた







さん いやとは


前にシロウサギを追ってた時には
会ったことも、名前すら聞いた事がない


(そうじゃなきゃ、チェシャ猫は
 彼の事を教えてくれてるはず)





彼は何か理由があって記憶を消してて


その理由は、今は私には言えない





…どうして誰も、何も言わないんだろう





そしてさっきまで会っていた
住人の顔とか忘れていく反面


いまから行く場所や、近くにいる
住人の記憶を思い出すことが出来る





位置が近ければ近いほど、


その場所での時が経てば経つほど…段々
その部分がハッキリとしてくる







「アリス、逃げてもは…」


「わかってるわ」


バッグからの猫の一言を遮る





正直、いい思い出がないからあまり頼りたく
なかったけど


あんぱん達を味方にすれば何とか
なるかもしれない










ショッピングモールへとたどり着くと、





つぶあんとこしあんの争い

今まさに目の前に繰り広げられていた





「あんぱん達、まだ争ってたの!?」


「あんぱん達は争い好きなのよ」


「そうそう」





ようやく立ち直ったらしい夫人と
猫が同時に相槌を打つ

いくらなんでも…ちょっとは休戦するでしょ普通


あの時から 一体どのぐらい経ったと
思ってるのよ…!?





「むっ…あなたは、アリス!





あんぱんの一人と目が合って、つい条件反射で
ビクッと身を竦ませてしまう


その人が 大声でみんなに呼びかけた





「皆の者 アリスが再びいらっしゃったぞー!」


「それは真か!?」







争いが一時止んで、あんぱん達が私達を
一斉に取り囲んだ





やっぱりこの光景は不気味…!

なんで あんぱんたちはみんなマッチョなの…!?


いや、今はそれを考えてるヒマはない





「じっ、実は私達追われてるの
どこかにかくまってもらえないかな?」





すると、大勢のあんぱんの中から 腰に
"ベーカリーカメダ"の腰巻を巻いた人が言う





「それはさぞかし大変でしたでしょう
ささ、我等 ベーカリーカメダへ」


待てい!アリスと夫人は我等
鶴岡パン店が匿うのだ!!」


「…何を言う アリスと夫人を
不運なつぶあんどもに任せられるか」


何を!軟弱なこしあんどもに賊から
二人を守れると思うておるのか!!」





リーダー格の二人を筆頭に、あんぱんの派閥が
お互いに睨みあいはじめた





よりによってこのタイミングで





「ねっねぇケンカしないで お願い」


「私達どっちだって構わないから」





だけど私と夫人の声は あんぱん達に届いてない





「アリスをお守りするのは我々だ!」


「いいや 我等だ!」







つぶあん派もこしあん派も どちらも譲らず





ついにあんぱん達がそれぞれ手に
刀やピストルを構えて始めた





今にも戦争がはじまりそうな険悪な雰囲気


あああ、どうしよう…!






      「貴様らこしあんどもはこの場で成敗してくれる!」


      「ほざけつぶあんが、こちらこそ容赦せん!」





まさに争いの火ぶたが切って落とされる直前







ズシン、という鈍い音と共に
ショッピングモール全体に大きな衝撃が走った







泉の乙女のすぐ側 いつの間にかがいた


彼の手にしたハンマーが、地面に思い切り
振り下ろされ 大きなひび割れを造っている





「やめなさい、あんぱん達!」


真剣そのものの彼の一言に、あんぱん達が
争いを止めて一斉に叫ぶ





「争いを始めて 万一にもアリスがお怪我をしたら
どう責任を取るおつもりですか!!



『も、申し訳ありません殿!!』





信じられない


今にも一瞬即発だったあんぱん達が
あんなに大人しくなっちゃった…





「ねぇチェシャ猫…あのって人
何者なの?」


は国の住人だよ」





あっさりとそう答える猫に、私は首を振って





「いや そうじゃなくて私が聞きたいのは
どうしてあんぱん達があんな大人しくなったのかを」


は パン達が作られるのに
欠かせないからね」





わけのわからないチェシャ猫の言葉に
私の頭は更に混乱する





「でもより僕のほうがおいしいよ
僕をお食べ」


「食べませんってば」





記憶と一緒に次々と住人を消してったり


ハンマーを振り回しながら追っかけてきたり





かと思いきや、今みたく あんぱん達を
叱りつけたり…





一体 この人の目的は何なのかしら?





でも、戦争を始めそうだったあんぱん達を
止めてくれたのは感謝しなくちゃ








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:遅くなりましたが第三話を書き上げました
が記憶を消す理由は徐々に書きます


公爵:出てきたばかりなのに…何故わたしは
こんな役割なんだぁっ あんまりだぁっ!


カエル給仕達:僕らの出番も少ないよ〜


狐狗狸:ごめん、ぶっちゃけ あんぱんたちの
掛け合いと公爵夫人がメインで書いてたから


公爵:そんな…あっさりに消された私って…(泣)
でも、お前が守れてよかったよ


夫人:あなた…


狐狗狸:二人で甘い雰囲気かもさないでそこの夫婦ー


こしあん達:つぶあんどものせいで、我らまで
殿に怒られたではないか



つぶあん達:貴様ら 自分の事を棚に上げて
よくもぬけぬけとぉ!!



狐狗狸:責任のなすりあいからケンカに発展しちゃ
だめだってばあぁぁぁ!!


???:コラアアァ!!たしかこの話、オレが
出てくるはずだったろー!!


狐狗狸:あ…ゴメン!次はちゃんと出るからっ!!
だからフォークで刺さな、痛あぁぁっ!!!




いちごジャムパンな彼の出番は次回!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!