廊下の方から家庭科室のドアを叩く者がいる





ドアの内側には、積み重ねた物や板の
バリケードが施されているが


先ほどからの衝撃で 大分弱ってきていた





「おっ親方〜もうバリケードがもちませんよぅ!」


ドアを見つめるハリネズミのハリーは
今にも泣きそうな声で訴える





「泣き言言ってんじゃねーハリー!
お前 消えちまってもいいのかよ!!」


ハリーを叱り飛ばす絆創膏親方だが

その顔色は かなり青い





「いやですけどぉ〜!!」







だしぬけにドガン!と音がして
二人の視線はドアへと釘付けになる


先程の衝撃でドアの一部がバリケードごと
壊れたらしく、小さなドアくらいの穴が開き





その穴から 金色の目が覗いていた





「ひいぃ!!」


「もっもう勘弁してくれぇ 





ハリーと親方が身体を震わせて哀願するも





「それは…聞けない相談です」


金色の目の主は、淡々と言い放った











第二話 消える住人











チェシャ猫の首を抱えたまま、私は
あの学校へとやってきた


門が開いてたみたいだから入っちゃったけど


暗いし、先生や用務員のおじさんに
見つかったりしたらどうしよう





「それで、どこに行けばいいのかな?」


「まずは親方とハリーに会おう
まだ消えてないならね


「ふっ不吉な事言わないでよ!」





親方とハリー 名前を聞けば二人の顔を
なんとなく思い出せた


学校を出られなかったあの時に初めて会って





…なんだか色々と
ヒドイ目にもあったっけ





覚えてないけど、たぶん
思い出したくない方に分類される記憶だと思う





また何かされたらどうしよう、そんな事を
考えてため息をついた時だった







「たっ助けてええぇぇぇ〜!!」


「うわああぁぁぁぁぁぁ〜!!」





校舎の中から、その二人の悲鳴が聞こえた


ちょうど 家庭科室の辺りで





「チェシャ猫!いっ 今悲鳴が!」


「急ごう アリス」







家庭科室は 一階だったはず


私は校舎へ駆けよって、窓から
家庭科室の様子を覗き込む





「やっやめてください さん!」





グチャグチャに荒れた家庭科室の真ん中で


ハリネズミのハリーが、と呼ばれたその人に
つかまれて じたばたと暴れている





「やっやめろおぉぉ!!」


少し離れたところにいる親方が
反撃しようと飛びかかってゆくけど


その人はあっさり親方を弾き飛ばし そして







「うわああぁぁぁぁぁぁ…!」





甲高い悲鳴をあげて


ハリーが目の前で砂のように崩れて 消えた








「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


「ハリーーーーーーーーーーーーーー!!」


私と親方が同時に悲鳴を上げる





彼の手から、白い何かが零れ落ちる


まるでカラのような、白い欠片





「オレたちが何をしたってんだ !」





ビルの腕の時と同じ感じで 顔が半分
消えている親方が


悲痛な声で、彼に向かって叫んでいる







「…あれ?オレたちって、一人しか
いないよね チェシャ猫」


「……そうだね」





親方の周りや室内へ視線を走らせてから
チェシャ猫にも訊ねてみたけれど

中には二人しかいな…あれ?


何だか、何かがおかしい…どうしてだろう?


足音がして 再び彼の方へ目を向ける






さんが苦しそうに呻いて顔を抑えて


白っぽい斑の混じった黒髪が、ぐにゃり
歪んで 完全な黒に染まる





苦しみが和らいだのか


彼は、顔を覆っていた手を退けた







「…え、叔父、さん…!?





思わず窓に貼りついて


私はすぐ、そんなわけないと思い直す





目の前のこの人は明らかに若いし、
肌も白くて 目の色だって金色だ





…でも、その顔立ちは叔父さんにどこか似ている





そのせいなのか





初めて会うはずなのに、初めて会った気がしない







さんは、窓から覗く私に気付くと


ニコリと柔らかく微笑んだ





「窓にいるお嬢さん、はじめまして
あなたはアリスによく似ていますね」


「え、あの 私がアリスなんですけど…」


だけどさんは全く反応せずに





「失礼ですが、私は行かねばならないのです
私には 時間がもうあまりありません」





礼儀正しくお辞儀を返して
モノや破片が散乱した床を歩いていく





「それではごきげんよう」


「えっあの、待ってください!」





私の声が聞こえていないかのように


彼は、家庭科室の戸を開けて出て行った







「…もうすぐですから アリス


この呟きだけを口にして









シロウサギの時と変わらないその光景に

私は何故か懐かしさを感じた







「アリス 来てくれたのか」







言われて、私はハッと我に帰る





絆創膏親方が、さらさらと崩れる顔で
ほっとしたような笑顔を浮かべてた





「ごめんなさい親方…大丈夫!?」


「ああ、怪我はしてねぇ けどハリーが…」


「ハリー?」


親方が少し、悲しそうな顔をした





「…もう忘れちまったのか、まあいい
時間も無いし 中に入ってくれ」







入っていいのかどうかちょっと悩んだけど


親方の様子が心配だったから
意を決して、窓を横へとスライドさせる


鍵がかかってなかったのかあっさり開いて





お行儀は悪いけど、窓から靴を
脱がないままで室内に入った





「どうしてあんなことになったの?」


「恐らく…は、アリスが真実を取り戻した
あのあと 歪みに耐え切れなくなっちまったんだ」





言われて 私はドキリとする





あまりにも彼の行動がシロウサギと似すぎている


まるで、もう一度あの事件をやり直して
いるような…







「それで、アリスの記憶を消して回ってる
だから オレたちも消え始めてる」





ビルの片腕や親方の顔が欠けていたのも
彼の仕業だと言うのは、わかった





「でも、どうして皆が消えるの?
消されてるのは私の記憶だよね?」


「ああ、でもアリスの記憶が消えると
オレらは存在意義を無くすんだ」


「え どういう事?」


「僕らは、元々はいる筈のない存在だからね」





チェシャ猫の短すぎる説明を元に
私は 頭を必死で動かして答えを探す


皆は私が生み出した存在


ならばチェシャ猫や親方達は、私の記憶や
想いで出来ているのかもしれない





「…ってことは、私の記憶がなくなる度に
皆が 消えてしまうの?





親方が 静かに頷いた時





私は今起こってる事の深刻さに改めて気付かされた







もしかしたらさっきまでいたかもしれない人を
大事な事を忘れているのかもしれない


いや、現在進行形で忘れていってる?





あの人を止めないと、私はこのまま







あの時の記憶も 歪みの国の皆も
全て無くしてしまう…?








「そんなの、いや」





私は 全てを受け入れて生きると決めたし


わけも分からず何も知らないまま


シロウサギみたくチェシャ猫や、他の皆が
いなくなってほしくない







「こんなこたぁ言えた義理じゃねぇけど
オレだって消えたくねぇ」


「……ねぇ、親方はさんのこと
何か知ってる?」





座りこんで腕を組んでる親方へ


ビルもチェシャ猫も詳しく教えてくれない
あの人の事を、思い切って聞いてみる





「だが、もうあいつを止めることが
出来るのは アリスしかいない!」






…返ってきた言葉は 私の問いかけを
無視したものだった


そこをツッコんでもムダなのは


あの時から嫌ってほど思い知らされて
いるので、仕方なく話題を変える





「で、でも あのって人
私に気付いてなかったみたいだけど…」





もし気づいたとしても、私にあの人が
止められるかどうか正直不安だ


歪みの国の住人は
ほとんどの人がまともじゃないし





相当歪みが進んじまってるからなぁ
でも、こっちにいい考えがあるんだ」





深いため息を吐いてから、明るい声で
親方が立ち上がってどこかに消える


しばらくしてから戻ってきて





「よしアリス 早速着替えてくれ!」





言って差し出されたのは
少し大きめの長方形の白い箱


中を開けると…赤いエプロンドレスが入ってた


あれ?何だか覚えのあるシチュエーション





この格好をすりゃーも気付くかも…
そう思って用意しておいたんだ」


「この格好にならなきゃいけないのかな?」





結構可愛いんだけど、ちょっと
恥ずかしいんだよね この格好…





「なんでぃ、オレっちの腕に不満があるのか?」


「いやそうじゃなくて」


「心配すんな アリスには絶対ぇ似合う!
だって一発で気付くし!!」










…結局 親方に押されて断りきれなくなって


猫を親方の側に残し、比較的無事だった
試着室でエプロンドレスに着替える





今回は下着が無くて、服と靴下と靴だけで


取り出した大きさは三歳児サイズなのに





袖を通したりすると丁度いい大きさに
変化する所は変わってなかった







この格好になるのは あの事件以来だ





…そう言えば、あの時は考えなかったけど

廊下のセーラー服はどうなったのかな?


流石にあのまま放置ってことはないよね?





それより、家で着替えそびれてたこの制服は
どうしたらいいんだろう?


こんな事なら外に出る前に私服に着替えておけば
よかったかなーシワになったらどうしよう





なんて余計な事を考えながらも
きちんと靴まではき替えて





「ねぇ親方、この制服は…」







カーテンを開けたとき、親方はもういなかった





足元に 白いカラのような欠片が残っている







「…あれ?なんで私 家庭科室にいるの?」


確かさっきまで チェシャ猫以外の
誰かと話してたはず





誰と 話してたの?







―アリスの記憶が消えると、オレらは
存在意義を無くす―






私の頭の中で いた筈の誰かの声が木霊した





「チェシャ猫、私 まさかまた…!





猫は黙って頷くと、私を促した





「アリス 欠片を持ってを追いかけよう」


「欠片…この部屋にある二つの
白いカラみたいな欠片のこと?」





拾いながら言うと、チェシャ猫が口を開く





「そう、行き先は覚えているかい?」


「うん…あの時ここから、ブランリエーヴルに
行ったのは覚えてる」





確証があるわけじゃない


でも、さんの行動がシロウサギのそれと
変わらないものだったなら





あの時シロウサギを追いかけた道を辿れば


さんにまた会えるような気がした








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:とアリスが会って&会話したシーンが
ようやくUP出来ました〜


親方:そこじゃねぇだろぃ、オレたちの出番が
やけに少なくねぇか?


ハリー:親方はまだいいですよぅ、僕なんかアリスと
話せずさんに消されちゃったんですよぉ〜!?


狐狗狸:緊迫感とホラーっ気を少しでもかもすために
ついね…(ハリーいると話の収集大変だし)


親方:それよりオレたちのサイズの事、何にも
書いてねぇじゃねぇか!


ハリー:さんの台詞も少なくありません?


狐狗狸:サイズは敢えて書かなかったけど、大体
原作どおりミニサイズ、はこれから台詞ふ


ハリー:(遮り)冒頭のさん、ものすごく
こわかったんですけどぉ〜!!


親方:ああ、ありゃオレたち食われると思ったぜ


狐狗狸:原作でアリス(カニバな意味で)食おう
したのは何処の二人組だっけ?


二人:それはそれ これはこれ




次はブランリエーヴルです、管理人イチオシの
あのキャラが上手くすれば出るかも…!?


様 読んでいただいて
ありがとうございました!