異形の彼は 壁の上


異形の彼は 落っこちた


王様の馬や 家来でも





割れた彼を 元には戻せない







彼を戻せるのは、ただ一人だけ











第十二話 壊れた卵











なんだろう この温かい感覚





とても覚えのある懐かしい感じ





…ああ、そういえば


チェシャ猫や大切な人が こうやって
私の歪みを吸ってくれていた気がする





私を傷つける全ての痛みを


自らの身体に取り込んで







急に意識がハッキリして 目を開くと
すぐ側に の顔があった





「気がつかれましたか 良かった」





髪も肌も黒いままだけれど


濁っていた瞳は キレイな金色に戻っている





「あれ…、私…」





は 倒れた私を抱きかかえる
ようにして支えていた


その両手が熱を帯びたように温かい





「もう少しで 全て吸い出しますので
今しばらくじっとしていて下さい」





嘘のように身体の痛みが引いていく


同時に、何かがひび割れる音がした





顔にヒビが…!!





両手を床について半身を起こすと

支えてくれていた腕はスッと離れた







微笑んでいるの顔や身体のあちこちに、
細かいヒビが入っていく





そこでようやく気付く





「まさか あなた私の歪みを…!?


「私のことは気になさらないで下さい」





今にも崩れ落ちそうなその身体でゆっくりと


が 大きな手で私の目を覆う





「今から、あなたの記憶を戻します
さあ 目を閉じて…」






言われるがままに目を閉じ


触れているの手の平が

再び 熱を持った気がしたその瞬間





私の頭の中に 一瞬にして
色んな光景が流れ込んだ









あの夜の惨劇の事


不思議の国の事


シロウサギや女王様やビル達の事


火事の事


お母さんの事


雪乃の事






ひとつひとつ、忘れていた事を
ハッキリと思い出していく







「あ…ああ…!」







そして、一番最後に 思い出した





ずっとずっと昔に、一度だけ会った
住人の事を










目を開けると 手の平はどけられていて


まるで黄身のような金色の瞳と目が合った







幼い頃 塀の上にいたその人と


目の前のとが重なってゆく





「あの時の…あなただったのね」







"死にたい"と塀の上で泣いて歌ってた
タマゴのような人


幼い私は 励ましの言葉をかけた





仲良くなったその人は 名前を
ちゃんと呼んでもらえないと言っていた


だから、彼に私だけの名前をつけた





塀にいたタマゴ 何かの本の挿絵で見た
"ハンプティダンプティ"







「思い出していただいて…
ありがとうございます アリス」






の頬から 一筋の涙が伝っていた





「さあ、これをお持ちください」


「それは…!」


言って、彼が拾って私に差し出したのは
欠片の入っていたバッグ





慌てて下げていた方の腕を見ると


そこにはバッグが無かった





…必死だから気付いてなかったけど
いつの間にか落としてたのね





「きっと先程私から逃げ回ってる時に
落としたのでしょう、さあ」





両手でバッグを差し出され





「ありがとう、





私は、受け取って中身を見る


一つでもなくなっていたら大変だもの





白いカラの欠片はちゃんと全部揃っていた


でも


その全部が 徐々に透き通ってゆく





欠片が消えちゃう…!


「心配要りません、アリス」





不安になる私に は優しく言った





「記憶が戻った今、時間がたてば
あなたの住人達は帰ってきます」


「…本当に?」


「ええ」





ボロリ、と音がして の右腕が崩れる





「そして真実の番人が戻れば、彼が
私の代わりに記憶を守ってくれるはず…」







言葉半ばに両足も崩れ落ちて


は 床に倒れてゆく





しっかりして…!」


「いいのです、歪んで罪を犯した私は
消えるのが…元々の運命」





言う間にも の身体に入るヒビが
徐々に大きさを増し


端からボロボロと 崩れていく





「ダメ…消えないで…!」





幾ら叫んでも、の崩壊は止まらない





ようやく 分かり合えたのに


やっと、あなたの事を思い出せたのに





「せっかく…せっかく思い出せたのに
どうして!?」





目の前で崩れていく大切な人を前に
私は 涙を流す事しか出来ない







いつも そうだ


気付いた時には、全てが手遅れで





どうして私はこんなにも無力なの?


どうして あなたを助けてあげられないの…







「泣かないで ください」





崩れそうな左手で


は 私の目から涙を掬いとる





「アリス…笑ってください
私はあなたの幸せだけを、願っています





微笑んだの身体は まるで
砂のように脆く崩れ落ちて







あとには、幾つかの白い欠片だけが残った









今度は記憶が消えたりはしなかった





…きっと、記憶を取り戻したからだろう





けど はもういない


最後の力を振り絞って、私を助けて
記憶を返してしまったから





取り込んだ歪みで 壊れてしまった







優しい人が また目の前から消えてしまった





「どうして…
またこんな結末にしかならないの…!」





目からとめどなく涙があふれて 止まらない





「もう嫌なのに シロウサギの時みたく
これ以上大切な人が消えるのは…!」





私のせいで、大切な人がいなくなるのは


大切な人を守れないままでいるのは


もう、いや…!








「アリス を蘇らせたいかい?」





聞こえた声に、私は顔を上げて
チェシャ猫の方を向く





私が放り投げた位置から


ずっと 動かずにいたチェシャ猫





ニンマリした顔は相変わらずだけど
声は、いつになく真剣で





「君が本当に彼を救いたいと望むなら
僕は導く…それが、僕の役目さ」






手元には の残した欠片がある





さっきまでと話していた記憶が残ってる







私はアリス あなた達のアリス


あなた達が、私の幸せを願ってくれるのなら










「私は…を 助けたい
導いてくれる?チェシャ猫」





チェシャ猫は ただ一言を口にした





「僕らのアリス、君が望むなら」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:はい 遅くなりましたがとうとう
正体モロバレな話まで来ました〜


アリス:せっかくのシーンが台無し!?


狐狗狸:あ ゴメンゴメンつい浮かれてて(笑)


チェシャ猫:卵だから欠片がカラだったんだね


アリス:ってことは、元の姿は本当に卵なの?


狐狗狸:そうでーす 割れたら卵としての
中身がデロって出ます


アリス:そーいう言い方もどうかと思う…
でも 焼いたらおいしいのかしら


チェシャ猫:僕の方がおいしいよ


狐狗狸:夢主を食べちゃダメだからね


アリス:でも、私にハンマーで
攻撃されてたけど 身体大丈夫なのかな


狐狗狸:それはが傷の記憶を吸い出して
その傷ごと消えたから大丈夫


チェシャ猫:遡及性だね


アリス:え…ソキュウセイって…何?


チェシャ猫:つまり、アリスはケガを
してないってことさ


アリス:え?え??


狐狗狸:まーあんま深く考えないようにね




次回 猫の導きでアリスが向かう先は…


様 読んでいただいて
ありがとうございました!