我は 記憶の番人





幼きアリスに生きる希望を与えられ


憎き猫に死の恐怖を味あわされ


白き兎に歌を教え
代わりに姿を変える術を学び


運命に従い 側で見守っていた





ただ それだけで幸せだった







アリスがオカアサンに従い


我らを締め出すその日までは












第十一話 狂気の終焉











「猫ガ持つアリスの記憶全テ吸い出し
私が壊れれば、もう終わる 終わるのです


「壊れるのはイヤだって言ってなかったかい?」


「あああアナタは黙って、ください!」





声に怒りをにじませて、がハンマーを
振り上げて走ってくる





とっさにしゃがんで前へと転がった
頭の上を通り過ぎ


ハンマーは、鉄で出来ているはずのドアを

あっさりとひしゃげさせた





「アリス 動かないで猫を、そこに
あなたまで傷つけてしま う」





いや、それ確実に私もまとめて
叩く気で振りかぶってるよね!?





「アリス、は完全に歪んでる
もう突き落とすしかないかもね」


「無理!絶対無理!!」





自分が狙われてるのに さらっと
恐ろしい事言わないでチェシャ猫!!





「落とせるものならやややって見なさい
猫猫ねねね猫ォォっ!!」



「きゃあああああ!!」





聞こえていたらしく怒った
一撃を何とかかわして距離をとる







たしかに、彼は歪んでしまっている


でも 今ならまだ私の声が届くかもしれない


呼びかければ答えてくれるかもしれない






今も怖くてしょうがないけれど


皆の…私の記憶を取り戻すために





今、私がやらなくちゃ!







「ねぇ あなたが壊れればってどういう事なの?」





ハンマーを持ち上げ追ってくるから
意識を外さず 再度問いかける





「どうして私の記憶を…みんなを、消していったの!?」





彼の表情にも行動にも、変化はない


それでも私は 諦めずに声を出す





「答えてよ、!」







ようやく私の声が届いたのか、
彼の動きが止まる





持っていたハンマーを消して


は 真っ直ぐ私を見つめた





「全ては…あなたが我らを締め出した時
あなたの為 決められ、た事」


「私の 為に…?」







頷いたの目に、一瞬だけ
金色の光が戻る





「アリスが我等を締め出してしまった時、
様々な想いが私の心を穿ちました」


彼はそこで眼を伏せる





影の落ちたその頬に、涙が伝うのを
私はハッキリと見た





「泣いているアリスの涙を拭えぬ悲しみ

側にいたシロウサギを拒絶した憤り

アリスの支えになれず、忘れ去られる寂しさ…


けれど、それ以上に辛かったのは アリスが
ずっと痛みを感じていたことでした」





は抑揚のない声で続ける


まるで、詩を朗読するように静かに





「だからシロウサギが姿を変え、自分が歪むまで
あなたの歪みを吸い続けたように

私はアリスが幸せになることを望み、

記憶を封じ、変え、時が来るまで守り続けました


…そして、あなたが全てを思い出したあの日

解かれた記憶があなたの元へ返るのを見て、
私は気付いたのです」







気がつくと、距離をとっていたはずの
が チェシャ猫に手を伸ばしていた





反射的に後退ると、柵が背中に突き当たる


もう 逃げ場がない…!





再びハンマーを手の中に出現させ
は私の方へ歩み寄る





あなたを傷つけた全ての記憶が消えれば、
あなたは全てを忘れ 幸せになれる
…と」


「そんなの…間違ってるよ!」





首を傾げてこっちを見ているに向けて


私は、自分の思いを吐き出した





「確かに私は一杯傷ついたけど、皆がいたから
いてくれたから私は 今ここにいるの!」





犯してしまった罪は、心の傷は消えないけれど


皆が助けてくれたから


私は ここに生きている





皆がいるから、私は前を見て生きていられる





それをきちんと覚えていたい


だから







「皆の事を忘れてしまう事で手に入る
幸せなんて、欲しくない…!!」



「…アリガトウ」







耳に届いたチェシャ猫の優しい声を最後に


少し、沈黙が辺りを支配する











は―キョトンとした顔で首を
真横になるまで傾げて 呟いた





「…アリス ねねね猫に余計なことを
吹き込まれてしまったのですね?」


、違うよ 私は…!」


「大丈夫でスヨ、あなたを惑わす猫はスグ
 消しケケシ消してあげ ますか、ら」






首を戻してニッコリ微笑むダンの顔は
冷たくて、作り物めいたモノに変わっていて


眼には 完全に黒い闇しか見えなかった







もう 私の声も届かないの?





「私はあなたを傷つけたくは、ない オト大人しく
その忌々しい猫ヲこちらに渡してイタダキタイ」





私は猫を抱く腕に力を入れて
首を横に振った





「いや、絶対に いや!


「…アリス」


「猫を渡して、渡してアリスアリ
アアアアリアアアアアアアァッ!






感情のない声で言って、
ハンマーを振り上げる







足が動かない


怖いのに、目を逸らす事さえかなわない


この感覚にも覚えがあった







大切な人に 襲われた記憶





誰かは思い出せなくて、でも
二人に罪は無かったことは覚えていて





ただ、私が憎かったから


ただ、私を愛したかったから


ただ、私を守りたかったから…





歪んで 私を殺そうとした








きっと、目の前にいるもそう





彼を覚えていなかった私を
大切に思ってくれていたのに


私の歪みのせいで狂ってしまった 優しい人







もう、彼をこれ以上苦しめてはいけない









とっさに腕の中のチェシャ猫を
の後ろに放り投げて


彼に抱きついてハンマーを止めようとした





けれど、の体に腕が触れる前に


私の身体にハンマーが振り下ろされた





「ああっ…!」





ボキボキと嫌な音が響く


胃の中から、熱い血がせりあがって
口からあふれ出してゆく


そのまま私は床へと倒れた





刺すような痛みが身体中を苛んで


息をすることも ままならない…









「ア、アリス…アリス?
あ…あ、ああ、あああ アリス!!」





が ハンマーを取り落として
うろたえるのが見えた





私は、少し離れた所に転がる
チェシャ猫に必死で訴える





「チェシャ…猫…逃げ、て…」





チェシャ猫は何も言わず、ただニンマリと
笑ったまま そこに転がっている







駆け寄ったが 私を抱き寄せる





「どうして…どうしてそこまでして
猫を、猫を庇うのですか…!?」





涙を零す悲しそうなその顔は


井戸で見た顔と、同じだった





「ごめんなさい…こうなったのは…
全部…私の、せい…」





ごめんなさい あなたの苦しみに
気づいてあげられなくて


ごめんなさい あなたの事を
最後まで思い出せなくて





許されるなんて思っていないけれど





せめて、謝らせてください







「アリス…お許しください、私は
なんと愚かな事を…!」





悲しげなの声が遠くに聞こえる…





意識がもうろうとする中、私は目を閉じる





このまま……死ぬのかな…私…









ぼんやりと 今までの事が
頭の中を駆けてゆく





今覚えている限りの、自分の記憶


ああ、これが走馬灯ってやつなんだ…





叔父さん、おばあちゃん ごめんなさい


チェシャ猫 ごめんね






思い出せない大事な人達にも


私はただ ぼんやりと謝り続ける







ほどなくして、とある光景が頭をよぎる





そこには 小さな頃の私と
見覚えのある人が見えた





あれは…ううん、違う





「若い頃の……叔父さん…!?」





小さな私は何かの本を手に持って
叔父さんにたずねる





『おにいちゃん このほんなぁに?』


『こら亜莉子、これはオレの教科書だろ
勝手に持ってっちゃダメだって』


『でもこのほん えがかいてあるのに
じがよめないの』


『当たり前だ、これは英語の教科書だぞ』


『この、タマゴみたいなヒト だれ?』


『これはふしぎの国のアリスって話に出てくる
………って言うヤツだよ』





どうしてか、叔父さんの声がそこだけ
切り取られたように聞こえなかった





無邪気な目をした小さなアリスは


彼に良く似た人を見上げている





『どんなヒトなの?』


『そこまではわからん、でも一緒に書かれた
歌では 座った壁から落ちたって』


『…われちゃったの?』


元に戻せないって歌の最後にあるし
多分 割れたんだろうな』





今まで 思い出した事のない記憶だった


けれど、何故か不思議と懐かしくて





「壁から…落ちた…」


その言葉が 妙に頭に引っかかった





壁から落ちた 元に戻せない


どこかで、聞いたことのある歌詞が
曲が 頭の中を回り始める





…壁の上…落っこちた…王様の…





もう少しで、何かを思い出しそうな…


でも もう目の前が暗く……







意識が遠のきかけた その瞬間





急に温かい感覚が身体を包んだ





「あなたを…死なせはしません
記憶の番人の名にかけて」






遠くで、の声が 聞こえた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:そろそろ物語がクライマックス突入です
そのせいか今回やたら長いです


アリス:やっぱりが歪んだのって…
私のせいってことなのかな?


狐狗狸:まーがアリスの記憶を吸った時、
自分の悲しみとか歪みが相まって芽吹いて
徐々に歪んだ感じですね〜


チェシャ猫:ヒトゴトだね


狐狗狸:まぁね、ちなみに若い頃の叔父さんは
公式では高校生…だった筈です(自信ナシ)


アリス:あと聞きたかったんだけど、どうして
はあの事件の軌跡を辿ってたの?


狐狗狸:それは既存の話がネタだと書きや


アリス:大人の事情じゃない方で!


狐狗狸:歪んだ彼は頭が混沌としていたから
シロウサギとアリスの軌跡を辿って 目的を
果たそうとしてたんじゃないかと(多分)


アリス:なんでそんな曖昧なの!?


チェシャ猫:アリス、作者にナニカを
期待するだけムダだよ


狐狗狸:切って捨てる言い方やめれそこの生首




次回 アリスは助かり…そして彼は…


様 読んでいただいて
ありがとうございました!