―キミが強く思い浮かべれば
その姿をとることが出来るよ―





シロウサギの手解きを受け


私は無様な元の姿から、丈夫で使い勝手の良い
人の姿を模れるようになった





姿を変える時 私はある人を思い浮かべる





泣いているアリスを迎えに来てくれた


手を繋ぎ、白木蓮の花を一緒に
見に行っていた少年を





オカアサンの弟だという


不器用ながらも、心優しい彼の顔を







アリスを守れるのはシロウサギしか
できないけれども


せめて彼のように ただ静かに
優しく見守っていられたら…












第十話 黒に染まる男











「これから…どこへ行けばいいのかな?」





私は家から出て、バッグの中から
チェシャ猫の首を出してたずねる





猫は相変わらずニンマリと笑っている





「…アリス、病院は まだ覚えてるかい?」


「病院って…確か、私が入院していた?」


「そう」





が私の記憶を次々
消していってるとはいえ


あの事件のことは まだ忘れてはいない







自分でお腹を刺した


私は病院に運び込まれて入院していた





何でか知らないけど、叔父さんが
お見舞いに来てたのは覚えている





シロウサギが、姿を変えて私を
追ってきていたのも








…あれ?


あと一人、誰かが一緒に入院してた
気がするんだけど…





「誰だっけ…?」


「どうかしたかい?」


「うーん、誰か忘れてる気がして…」





どうしてだか あの事件の事を
思い出す度、真っ先にその人を忘れていく


大切な人のはずなのに


今ではもう 顔も名前も思い出せない





どんな人だったっけ…


メガネはかけていたかな…って
何でメガネ??あれ???





「アリス、そんなことよりも
早く病院へ行こう」


「……うん」





悩んでいても仕方ない


今は、前に進もう









私はチェシャ猫を腕に抱えて
病院の前までやって来た





自分を刺した私が 入院していた病院


シロウサギを刺した、あの日の事
ずっと忘れずに覚えていた





―けれどその記憶も もはや危うくなっている







「とうとう…ここまで来たのですね、アリス」





聞き覚えのある声に顔を上げる





門の塀の上に、ビルが首だけ
こっちを見ている





チェシャ猫の生首を見慣れているせいなのか


不思議と怖くはなかった





「残ったのはもう、私の他には猫だけです」


「そうみたいだね」


「分かるの チェシャ猫?」


「まぁね」





猫はニンマリとそれだけを口にする





「まだ…の正体が思い出せませんか?」





私は 首を縦に振る





「思い出してください…あなたは昔、
と会っているのです」





ビルのその言葉が、今なら少しだけ理解できた







初めて会った気はしなかった


顔を見た覚えの無い人のはずなのに
どこか、懐かしかった





最初は 理由は分からないけど
叔父さんに似た顔立ちのせいと思ってた





…でも、それだけじゃないと今なら分かる







は シロウサギのように
姿を変えて、幼い頃の私に会っていた


"従兄弟のお兄さん"だと偽って


ただ、側にいてくれた






だけどその時の姿は 今と変わらなくて


誰かが言っていた"人型ではない本来の姿"

なんて、一つも心当たりがない





シロウサギの見せてくれた記憶よりも
前の記憶は…とうとう思い出せなかった







「…思い出せないなら仕方がありません」





まるで私の心を見透かすように
ビルの首が じっと私を見つめる





「…あの廃ビルの屋上
アリスを待っています」


「廃ビルで?でも私、あんまり
あの場所はよく…」


「心配ないよ 僕が、アリスを導く」


「え、あ ありが」


「時間がありません、よく聞いてください」


言いかける言葉をビルが強く遮る





真剣なその様子に 私は一言も
聞き逃すまいと次の言葉を待つ







ビルは静かに…いっそ冷静に


衝撃的な言葉を口にした





アリス、迷わず彼を突き落とすのです
が全ての記憶を集めきる前なら…」


「そんな…!」





私にはそんなこと 出来ない





たしかに、は私の記憶を消しているし
目の前で何人も住人が消された


でも…色んな所で 私を助けてくれた





そんな彼を突き落とすなんて…!







ビルは突き放すように冷たく言い切る





を止める為には、もはや
情けは許されないのです」





ぐらり、と揺れたビルの首が塀から落ちて





「危ない!」


受け止めようと片手を伸ばしたけど





落下したビルの首が 地面に落ちる前に


フッと跡形もなく消えた







後には 白いカラの欠片が残される





「…消えた」





ビルが消えたその途端、


彼や事件の記憶が また薄れていく


まるで、夢から覚めたように







「行こう アリス」





チェシャ猫に促されるまま
私は欠片を拾い、歩き出した









シロウサギは私の大切なヒト
私のせいでいなくなった大切なヒト


チェシャ猫はただ一人残った私の大切な猫


私は私の生み出した彼らのために
真実を抱えて 生きていきたい






繰り返し思い出していても、記憶は
どんどん消えていく


それでも頭の中で繰り返し思い出しながら





チェシャ猫の案内で、私は廃ビルに辿り着いた







煤けた入口から
暗い階段を一段ずつ駆け上がる


じゃり、と大きな足音が響いていく





階段の終わりには、
錆びた鉄製のドアがあった





取っ手を掴んで引くと、


きしんだ音を立ててドアが開く





さして広くない屋上には、たった一人が
背中を向けて立っていた





ドアが後ろで閉まり


黒髪のその人が ゆっくりと振り向く





「待っていましたよ アリス」





の声は相変わらず低く、穏やかだった


けれど 出会った時の金色の瞳が
見る影もなく澱み 黒に近い色に染まっている





白かった肌も浅黒く変わっていて


微笑んだその顔は どこか無機質だった







ごくり、とつばを飲み込んで私は口を開く





「ねぇ、 聞いて」





けれど言いかけた言葉を遮るように





「ももう残っているのは 一人、です」





ぎこちなくしゃべる彼の右手から
大きなハンマーが、ひとりでに現れる





その柄を両手に持ち替えて


一歩 また一歩がこちらへ向かってくる









怖い…本当なら、すぐにでもここから
逃げ出してしまいたい


ドアを開けて 階段を駆け下りたい





でも、逃げるわけには行かない


逃げたら…みんなを失ってしまうから





けど 歪んでいるを本当に説得
できるのか、不安も押し寄せていた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:かなり駆け足調で話が展開してて
本当に申し訳ないです


ビル:普段となんら変わりはありません


チェシャ猫:そうだね


狐狗狸:淡々と言わないで(泣)


武村:ずるいよシロウサギ君と康平君ばっかり
亜莉子ちゃんに覚えてもらってて…(泣)


康平:知るかよ、いい大人が泣くなキモい


シロウサギ:落ち着いて、キミは悪くないよ?


狐狗狸:…だって事件の重要人物なら、
真っ先に記憶が飛ぶの当たり前じゃ


武村:それはつまり…亜莉子ちゃんが僕を
大切に思ってるってことでいいんだね?


康平:開き直るの早っ!?


狐狗狸:うーわー嫌いじゃないけど正直引く


ビル:同感です




一応、叔父さんに似てる謎は解決(?)
次回はアリスが大変なことに…!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!