アリス 我らのアリス


あなたの心の傷を 私にください


あなたを傷つけるだけの記憶なら 捨ててしまって





ずっと悲しみの淵にいた アリスの心を救うため







我は我が身と共に 国を消そう












第一話 霞む記憶











「…亜莉子ちゃん?」





呼ばれて 私ははっと我に帰った


あれ…なんでこんな所にいるんだっけ?

目の前のこのメガネの人は 誰?





亜莉子ちゃん どうしたの?」





もう一度呼びかけられて思い出す





「な、何でもないです ごめんなさい…武村さん」


そうだ、この人は武村さん


お母さんの…婚約者 だった人で
とても優しい大人の人





「最近なんだか元気ないみたいだし
やっぱりあの事件の事 引きずってるの?」


「本当に大丈夫です、心配させてごめんなさい」





おかしな反応ばっかりしてるハズなのに


武村さんは、そんな私を責める事無く
ニコニコと微笑んだまま





「気にしないで 亜莉子ちゃんが
謝る事は何もないから」


おだやかな声でそう言ってくれた







あの事件があってから、どたばたしてたけど


身の回りが落ち着いてから


私と武村さんはこうやって 近所のファミレスで
会って話すことがそれなりに多くなった





学校帰りの寄り道になるからか
叔父さんはあまりいい顔をしないけど


連絡さえしてくれればいいから、と


最近は自由にさせてもらえているので

申し訳ないながらもありがたく思う







「それで、何の話でしたっけ?」


あれ?さっき亜莉子ちゃんに言ったけど…
改めて誕生日をやろうかって話」





言われて 私は慌てて謝った





ごめんなさい、最近物忘れが
なんかひどくなっちゃってて…」


「いいよ 亜莉子ちゃんも色々大変だろうし」





そうだった、私の誕生日は
あの事件の最中に起きたんだ…





私のせいで迷惑もたくさんかけたし


入院や事情聴取であわただしかったから
いままでみたいに通り過ぎるものだと思ってた





それでも武村さんや叔父さんは、


私の誕生日を改めて祝ってくれようと
こうやって 何度か話をしてくれている





二人の気持ちは本当にありがたい けど…







あの事件って、どんな事件だったかしら?











武村さんに送ってもらって家に帰ると
叔父さんが早速話し掛けてきた





「おかえり亜莉子、今日は武村さんと
何を話したんだ?」


「え、ええと…誕生日のこと かな」





いまだに曖昧な記憶を必死で辿ってそう返すと


険しかった叔父さんの眉間のシワが
ちょこっとだけ和らいだ





「そうか…とりあえず着替えてきなさい
夕食の準備手伝ってもらうから」


「はーい」





私は少しほっとして、自分の部屋へ向かう







「ただいまー」


「おかえり、僕らのアリス」





ドアをそっと開けて中へ入れば


ころころと足元へ転がってきた
生首のチェシャ猫が 出迎えてくれた


最初は奇妙だったけれども

慣れてしまった今ではとても落ち着く光景だ





「…どうかしたかいアリス?」





私はチェシャ猫の側にうずくまり
フード越しに頭をなでる





「最近なんだか私、忘れっぽいの そのせいで
今日も武村さんに迷惑かけちゃって…」


はぁ、と大きなため息をつく






どうしたんだろう


この所、自分でも分かるくらいにおかしい





思うように記憶が出てこないし


何をしていたか、すぐに思い出せなくて
ぼんやりしている時間が増えた





あの事件があって 忘れてた事を
全て思い出したはずなのに


日が経つことに、少しずつ





あの日の事がおぼろげに霞んでいく…











唐突に 隣にいたチェシャ猫が呟いた





「アリス…を追いかけよう」


「…え?どうしたのいきなり?
って 誰のこと?」





チェシャ猫は いつものニンマリ顔で
こちらを見上げている


でも…なんだか真剣な感じがした





「外でビルが待っている」





言われて、窓の外を見れば







家の前に 見覚えのあるぬらぬらした
緑色の髪の男の人が見えた





「…どうしてビルが?」


「アリス、一緒に降りよう」





少しかみ合わないチェシャ猫の会話に頷いて


猫の首を抱えて、私は下へ降りる


叔父さんやおばあちゃんと鉢合わせたら
どうしようってヒヤヒヤしたけれど





家の中は物音一つしなかった





「夕飯の準備に忙しいのかな…」







玄関のドアを開けた先にいたビルを見て


私は―固まってしまった





「…アリス お会いできて何よりです」





淡々とそう言って微笑むビルには


何故か 左腕がなかった







「ビル どうしたのその左腕は!?」


「アリス、落ち着いてよく聞いてください」





駆け寄ろうとする私を ビルは残った
右手で押しとどめて続ける





「あの事件の後、住人の一人が歪んでしまいました」


「住人って…誰?女王様?」





ビルは首を静かに横に振る


どうしよう、心当たりが浮かばない

私の知っている人じゃないのかな…


他に誰が いただろうか…?







悩む私をよそに ビルは再び口を開く





「彼はシロウサギの欠片を辿り、あなたから
事件に関わる全ての記憶を消し去ろうとしています」


「記憶を…!?」


言われてここ数日の感覚を思い返す


もしかして あの事件の記憶が
霞んでいくのは、そのせい…!?





訊ねようとするヒマさえ許さずにビルは言う





「チェシャ猫と一緒に、彼を追いかけてください」





この状況に 私は混乱と共に

奇妙な懐かしさをも感じていた







あの時の事件も確か、


シロウサギを追いかけて 忘れていた
真実へと辿り着いた…はず






今回も そうなるのだろうか?





「でも って誰なの?
どんな人か教えてくれないとわからないわ」


「ダメです、彼に関する記憶は…
あなた自身が思い出さなければいけない」





もう一度 問いかけようとする前に


首を振るビルの姿が
スゥッと溶けるように消えてしまった





「ビル!?」


「大丈夫だよアリス、不思議の国に
帰っただけだから」





腕に抱いたチェシャ猫の言葉に
私は少し安心して


まるで消しゴムで消したみたいに肩口から失せた
ビルの左腕を思い出して、また不安になる





「ビル…腕が消えてた 大丈夫なの?
痛くないのかな?」


「痛くはないけど、このままだと消えるね」


「消えるって…?」


「そのままの意味さ」





私の脳裏に 嫌な想像がよぎった


まさか…存在が消えちゃう…とか?





「アリス あの時の学校へ行こう
そこにはいる…必ず





誘うチェシャ猫の言葉に 少し戸惑って





私は…学校へ向けて、歩き出した








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:お待たせしました 歪アリ長編がようやく
はじまりました〜


アリス:私視点で話が進んでいくんですね?


狐狗狸:そーですねー まれに第三者視点が
入るかもですが、基本はアリス視点進行


チェシャ猫:はまだ名前しか出てないね


狐狗狸:ごめんなさい 次の話ではちゃんと
姿とか出ます、スイマセン


アリス:あの…私 ひょっとして制服のまま
あの学校へ行く形なんですか?


狐狗狸:言われてみれば…学校帰り武村さんに会って
話して帰って 着替えがまだだから、そうかも


武村:なんで出始めの僕が忘れられてるのかな?


叔父:…ひょっとして出番これだけか?


狐狗狸:それについては追々明らかになるので
それまでしばし待っててくださいな


ビル:……は記憶のb


狐狗狸:ネタバレもなし!




名前変換も少なくてスイマセン 次はちゃんと
姿とか出番とかありますので〜


様 読んでいただいて
ありがとうございました!