【 ― チャプター4 ― 】








人間とも一時期住んでたコトはホームの設備や
山羊ママの部屋にある いくつかの書籍で見当がついていた


三人家族だった事も、ガキに対して何かしら
思う所があったってのも


危ないモンが一つも見当たらない家の中とか

本来尖ってるハズのテーブルの角やら道具やらが全て
念入りに丸く削られてる事実と


ここ数日の生活で嫌って程見てきたから知っている





「ねぇママお願い話を聞いて」


ダメよ、これもアナタを護るためなの」





持ってるモンはただの棒きれ一本にキャンディー
山羊ママに持たされた携帯電話と包帯


それと自前の脳ミソひとつ





世話んなった相手を叩きのめす気はねぇけど
向こうも意見を曲げる気ナシ、さてどうしたもんかね


「…っとわ!





【*アナタは 飛び来る炎をスレスレでかわした

トリエルは目を合わせず次の攻撃の準備をしている】





追い縋るような炎の波から逃げるように壁の端まで走り


寸前まで引きつけてから、前転で切り替えて
体勢を立て直しながら反対方向へ


引きつけるやり方は弾丸のように
飛んでくるタイプにも有効度をほこる


よっぽど反応が遅れなければ少しズレた位置に
飛べば直撃は避けられる







「しっかし、序盤にしちゃ手数多くねぇ?」





掠った感触と、かわした炎が燃え広がらず消えるトコ見ると
本物の炎と違って火傷は心配ねぇみたいだな


だが食らい続けるつもりもねぇし


あのクソ花みてーな包囲攻撃されちまったら即座に詰みだ





「一旦怯ませて、手を止めるか」





【*無意識に指をくねらせたアナタは 足元に
手ごろな石ころが一つ転がっているのを見つけた】





都合よく投げるのにちょうどいいモンがあった


早速拾って、炎が飛んでくる前に腕の辺りを狙って―









【*アナタの視界がねじれ 歪んで
ぼんやりとした"別の光景"が刺しこまれた


その光景は目の前のトリエルに重なって再生される





"はぁ…アナタは思ったより強いのね…

いいこと…?この扉を抜けたら
そのまま、ずっと歩いていきなさい"





俺の…いやフリスクの前で
ヒザをついている弱々しい山羊ママの姿





"やがて出口が見えてくるハズ…

くれぐれも…アズゴアにタマシイを奪われないで"





足元に滴っているのは 赤い血


フリスクの手にあるのは、血の付いたナイフ


斬りつけた感触もやけに生々しく手に残ってる






けれども他人事のように眺めているのは
ゲームだからか…それとも他人の記憶だからか?





"彼の思い通りにさせてはなりません


いい子で いるのよ…お ね が い ね"







【*我に返ったアナタの目と鼻の先まで
トリエルが放った 魔法の炎が迫っていた】






「しまっ…」


さすがに回避が間に合わずに顔面に喰らった





予想通り、熱さは本物の炎ほどはねぇ

…が熱いもんは熱いし痛みもある





「ぐっ、痛ぇ…!





よろめきながらも体勢を立て直す







畳みかけられるんじゃあねぇかと不安になったが
相手は突っ立ってこっちの様子を見てるだけだった





山羊ママは気まずそうなツラしてる


だが、ぼやけた妙な姿は重なって見えたりはしてない





「待って…どうしてそんな目でわたしを見るの?
まるで、幽霊でも見たような顔をして…」


あながち間違っちゃあいねぇな





「アナタまさか…わたしの知らないコトを
知っているの…?」






知ってるってーか体験はしてるな、フリスクがだが


にしてもさっきのフラッシュバックはヤバい


山羊ママに火力と殺意あったら死んでたぞアレ





【*アナタは 持っていた石を足元に捨てた】





攻撃すると出るってコトか







画面の向こう側なら笑いながら倒せるモンスターも

相手への情と生々しい死に様の光景一つありゃ
あっさり抑止力に早変わり 人ってのは単純なモンだ


俺の場合はテメェの生死に直で関わるから
これまた事情は違うのかもしれねぇが


ひとまず威嚇のための攻撃は悪手、と





「いいえ…そんなコトはあり得ない…」





【*はげしくかぶりを振った トリエルは
左右に交差する炎の弾丸を次々と飛ばしてくる】





避けづらそうに見えるが、炎同士の間隔を
観察しながら隙間が出来る場所へ移動


たまーにこっちに飛んでくる奴だけに注意して、っと







どうにか直撃を避けながらキャンディーで
糖分補給しつつ脳ミソ回転





要はあの扉を通れりゃいいワケだから、どうにか
言いくるめて山羊ママの動きを封じれば解決だ


ベストは出て行けるように完全説得


ロープっぽいモンがありゃ隙を見て拘束も出来るんだが
包帯じゃあ強度が足りるわけがねぇ





ま、IFの話をしていてもしょうがねぇ





「最悪、気絶させるのも視野に入れておくか」





…腕力だの当たり所だの フラッシュバックが懸念材料だが









「なにをしているの…?戦うか逃げるかしなさい!





【*アナタは 攻撃を避け続けながら
トリエルへ返事をした】





「出来ないよ…」


ダメよ!そうしなきゃアナタは死んでしまうわ!」





そう出来るんなら最初からしてるぜ


さーて、説得すんなら言葉を届かせねぇとな





この手のタイプには"母"ってワードが効くだろう


まして言う相手は世話をして多少なりとも
情がうつってるだろうガキ…可能性は高い…!





「僕には、お母さんみたいな人と戦うなんて出来ない!」





【*トリエルが 魔法の炎を両手に灯したポーズで
ぴたりと動きを止めた】


お、手ごたえアリ





「アナタは本当にそう思ってくれているの?」


「うん、モンスターだとしても僕にとってはママは」


「それなら わたしの言うことを聞いてちょうだい」





いやいやこっちの説得を遮るなよ





「通りたいのなら、わたしに力を見せて
それが嫌なら逃げて…それだけの話よ」


そんな事ない!僕の話を聞いてよ」





呼びかけに対する返事は勢いを増した炎の連打だった







外のモンスターが人間に対してどれだけ排他的か
知ったこっちゃねぇけれど


数日とはいえガキと暮らしてた慈善家の"母親"
ここまで余所余所しくなる程かよ







…気に入らねぇな









ロクに思い出しもしなかった、あの女の横顔が浮かぶ





タバコを口に咥えた寂しそうな眼


決して俺を見るコトのない…虚ろなあの眼






『アンタなんか、生まれなければよかった』





顔を突き合わせて そして殴られた時に
言われたその手の言葉は両手で数えられる程


それでもあの女の瞳に俺は映っちゃいなかった


俺が家にいようが出かけようが、いつ帰ろうが
最後まで見向きもしやがらない





配線を齧るネズミや警察(サツ)の首輪付きになった
ハッカーよりも腹立たしくて、忌々しい記憶だ








「…俺の方を、ちゃんと見てくれよ」





【*アナタのつぶやきは 放たれた炎の攻撃が
生み出す轟音にかき消されて届かなかった】












必死な山羊ママの叫びと共に、飛び交ういくつもの炎





「力を証明するんでしょう?
戦うつもりが無いなら逃げて!





いい加減パターンぐらいは覚えて来て
回避が楽になってきた


…同時に気づいた事が二点ほどある





俺が炎の攻撃に当たりそうになる度


山羊ママが、ビクリと顔をこわばらせる





この分なら 後の一つもきっと間違いじゃあねぇ







作戦方針に間違いが無かったのを確信しつつ


叫びや炎の轟音に負けねぇぐらいの声を張り上げる





「僕は、戦わない!
…傷つけたりなんかしたくない!!」






【*アナタは 目から涙を流した
悲しいなんて思ってもいないのに





身体借りてるフリスクが共感してんのか?


何にせよ…説得にはちょうどいいか





「やめなさい」





山羊ママが苦いモンでも食ったようなツラで呟く


だが止めてやる気は、さらさらない





「ねぇ…ママもそうなんでしょ?」


「そんな目で見るのはやめて」


「だってさっきから
僕への攻撃、全然当たってない





【*トリエルが 両手を口に当て小さく息をのんだ】







やっぱりか





回数を重ねるごとに、全方位攻撃とかのえげつねぇ
やり口はおろか隙間を埋めるような追撃もなし


逆に炎同士の間隔が広がっていたり

ヤバい姿勢での直撃が勝手に逸れる事も数回


極めつけは隙がある状態での不意打ちが何一つねぇ





つまり、その気になりゃ俺を焼き殺す事も出来たのに
山羊ママは手加減してくれてたってコトだ


…本当におやさしいこって





「逃げなさい!」





【*トリエルが 叫びと共に魔法の炎を放つ


が、アナタがわざと炎へ当たりに行こうと
足を踏み出した瞬間 その炎は全て消えた






「ほら…やっぱりママは、優しいよ





相当に動揺している これなら下手な事を言わなきゃ
しばらくはダメージを受けずに済みそうだ





勝手にこぼれる涙をそのままに言葉を続ける





「もう戦うの やめようよ」





大きな深い、ブルーハットよりも重苦しい気分に
なりそうなため息が吐き出された





「分かってるわ…アナタはお家が恋しいのよね?」





いいえ、恋しいのはタバコと辛いモンです





「でもお願いだから、お部屋に戻って」





【*トリエルは 手の中に生み出していた炎を消し
アナタへと微笑みかけながら言った】


「わたしがちゃんとお世話をする…約束するわ」





攻撃の手が止まったが、台詞がまーだ不穏だな





「確かに、ここは何もないところだけれど…
わたしたち きっと楽しく暮らしていけると思うの





ちっ やっぱりまだ諦めちゃあいないらしい







これがウワサに聞く"過保護"ってヤツか

実際体験すると なるほど厄介なモンだ


人間に排他的なモンスターとこっちの命を狙う王サマ
それと慈善家かつ母親の合わせ技は正直キツい





…けど、攻撃の手を止めてる今なら


気絶させて扉から出て行けるんじゃあねぇのか?





【*アナタは こっそりと棒切れを握る手へ力を込めた


次の瞬間―】







"*ひどいわ…油断したスキをつくなんて


アナタには外の世界はキケンだと思っていたけど…
アは、アハハハ!


アナタもみんなとちっとも変わらなかった…!"








「…っ!





【*頭の中に流れ込んだ"血まみれのトリエル"の姿に
アナタは 足がすくんで動けなくなった】





ズルはすんなってコトか?クソッたれが





「これ以上、わたしを困らせないでちょうだい…」


幸いにも言いたい事を語る山羊ママには
俺の内心は伝わっちゃあいない





「お願いだから わたしとお部屋に戻りましょう?」







ったく…序盤だってのにマジで面倒くせぇ


こうなりゃもう正面突破だ、ストレートに要求を
ゴリ押して行くしかねぇ





ダメならホームで寝入った山羊ママ拘束して
こっそり抜け出す方向で行こう







「僕も、ママとここで暮らすの楽しかったよ」





過保護や妙なジョークにうんざりした事も多かったが


おかげで見知らぬ環境で俺が楽しくやっていけたのは
事実だし、拠点としちゃありがたかった





「ずっと優しくしてくれたし 遺跡の散歩も楽しくて
ここにいられたらって思った」


「なら今まで通り暮らしましょう?アナタに
色々教えてあげたい事だって「それでも」





見えかけた希望を遮るのは心苦しいモンがあるが





僕は、それでも行かなきゃいけないんだ
…そう決めたんだ だから」





俺はここの住人にゃなれねぇ…悪いな









【*トリエルは 哀しそうな顔で笑う】





「フフフ…わたし、本当にダメね
子供一人満足に救えないなんて


「ママ、ゴメンね」


「いいの…分かってるわ」





大きなため息をついて山羊ママは緩く頭を振る





「ここは慣れてしまうととても狭い
アナタにとって良い環境とは言えないわ」


まあ人間のガキにはあまり向かねぇ環境だわな





「それでもアナタはここを気に入ってくれていた」


「ママがいてくれたからだよ」


「そうね、わたしも一緒に暮らせて楽しかったの





でなきゃここまでしねぇよな、たかだか他人

それも忌み嫌うハズの種族のガキ一人にさ





「けれど…それでもアナタには
やらなくてはならない事があるのね」





【*アナタは こくりと頷く】







少しばかり無言の空気が流れて、軽く目を閉じた
山羊ママが何かを決意したように俺を見下ろす





「どうしても行くというのなら…
わたしは もう止めません」





そうして、俺に一つの誓いを約束させる


―扉の外を出たら 二度とここに戻らない事、と





「どうか分かってちょうだいね」





【*トリエルは アナタを愛おしさをこめて
強く…強く一度抱きしめて 離れる





「さようなら わたしの、大事な子…」







クソ、参ったな





本当に母親ってヤツは…性質が悪い





「ありがとう…さようなら、トリエルママ」





【*アナタの瞳から 一粒だけ塩辛い滴が落ちた】













去っていく後ろ姿を見送ってから 俺は通路の先を進む


やたらと長い廊下をひたすらに歩いて





とうとう、どん詰まりへとたどり着く…







なるほどね 感心したよ
キミ 自分ではうまくやったつもりでしょ」





【*アナタの目の前には フラウィーがいた】





見たくもねぇツラだがワザワザ弱みを見せるつもりはねぇ





「ノゾキの上に出待ちたぁイイ趣味してんな
ひょっとして俺のファン?」


うざっ…まあいいよ、それより
どーやってあのオバさんをたらしこんだの?」


「よくもまぁ人聞きの悪いことペラペラしゃべるよな
お前さん、身体に油でも注してたりするのかぃ?」


言っとくけど このセカイは殺すか殺されるかだ
たまたま自分のルールが通用したからっていい気になるなよ」





【*平行線の会話の果てに フラウィーは
アナタへ凶悪な笑みを浮かべながらこう告げた】





「たった一人の命を救ったからってさ」


そーとも!俺は命を救う救世主サマだぜ
だから逆に破壊神にもなれる便利な立場ってワケだ」





笑い返しながら両手を広げてその場でくるりと回り

クソ花へ中指をおったてて見せた





「何なら跡形もなく消してやろうか?この***野郎が」





【*フラウィーは ほんの一瞬だけたじろいだが
すぐに笑顔を取り戻した】





「フフフ…キミが言うとジョークに聞こえないね
過去になにをしたかお見通しだから、余計にさ」





あぁコイツもn週後の把握はしてんのか


トリエルママみたいに、ぼんやり覚えてる相手も
いるんならハッキリ認識してるヤツがいても不思議じゃあねぇ





「あのオバさんだけじゃなく、この先会うヤツら全員を
その手で殺して…後悔したから もう一度やり直した


「なら次からは愛溢れる展開が見られるな」





どうせ意味深な会話はまだ続くんだろ?





「キミはなんにも分かってないね
"あのチカラ"を使えるのが自分だけだと思ってる?」


「あのチカラってーのは?」


世界を作り直すチカラのコトだよ…
自分の決意ひとつで 神様のマネゴトが出来てしまう」





覚えてるぜ?ゲーム内じゃあ確か―





「そう "譖ク縺肴鋤縺"のチカラさ!」


【*アナタの耳には フラウィーのその言葉の一部が
ノイズがかかって聞こえなかった】






何だ今の

あの場面なら"セーブとロード"って答えてたじゃあ…


アレ?なんかおかしくねぇか?





「ボクにはもう、そこまでのチカラはない…
どうやらキミの方がこの世界に対する想いが強いらしい」





違和感に戸惑う俺に全く構わず、クソ花は
言いたい事だけをベラベラまくしたて続けている





「まあいいさ
せいぜい今の内にチカラをタンノウするといいよ」







…コイツの話も飽きたし、グダグダ考えんのも
外へ出てからにしとくか





「ボクは見物しておくからさ」





【*アナタは フラウィーの横を通り過ぎて
出口の扉へと歩いていく


振り返ろうともしないアナタの背に

フラウィーは 言葉を投げつけた】





「なにをしてもムダさ、一度犯した過ちが
消えるコトなんて決してないんだ」






俺は、ただ一言だけ答えた


「知るかよそんな事」





【*扉を大きく開き アナタは遺跡の外へと出た】












[     LV1   ■■■■


    遺跡の出口)  ]





The third alternative