「ということで
手伝っていただけますでしょうか、ばんじやさん」


「『よろずや』な」





銀さんがバイクに乗り、「ほら後ろ乗れ」と示した。


私は色とりどりの花束16束が入った紙袋を
腕に抱えたまま後部座席に乗って、彼の袖を掴む。











[bouquet]











何事かというと、私のチャリンコが壊れてしまったのだ。

近所の子供にイタズラでもされたのか何なのかハンドルが
失踪しているし後輪がパンクしている。


「急遽花束を届けてほしい」と結婚式場から
注文があった矢先にこれはマズイ事態だ。





かくして隣人(いや、私はただのバイトなんだけどね)を
頼った次第である。







「お前、もっとちゃんと掴まっとけよ。振り落とすぞ」


「はーい。…」





ちょっと迷ってから銀さんの肩に手を置くと原付が出発した。


花が揺れて包装紙の擦音がするが、すぐ
エンジン音に掻き消された。







「ていうかさ、今日はお前だけなの?」


「へ?」


「いやだからその、……
屁怒絽様、いや屁怒絽伯爵いねえのか」


「『さん』で大丈夫だと思いますよ。店長は
今日は大事な用事があるとかで、私が店番してるんです」


「へー」


「だからなるべく速く行って戻らないと…、わっ」


信号が青から赤に変わってバイクが止まる。

慣性の法則により、紙袋と私のヘルメットの額が
銀さんの背中にぶつかった。





「ごごごめんなさい」


私は勢いよく頭を離した。





「だから、しっかり掴まっとけって。歯ァ折れるぞ」


「!!それは困ります、芸能人は歯が命なんです!」


「お前パンピーだろうが」





再び青信号が来て車の群れが動き出す。

私は今までよりぎゅっと銀さんの肩に掴まった。





黒い背中が何だか大きい、いや近いから
大きく感じるだけなんだろう。







……結婚式場かあ。







お客さんの話では、どこかの天人の結婚式だというから、
地球式の婚礼ではないかもしれない。


でもどこの星でも、おめでたいときに
お花があればきっと嬉しい。お花は優しい。





傍に花があれば、人はもっと穏やかになるんだって
屁怒絽さんが言ってた。でもそれは花じゃなくて、
こころの繋がりのある人間でもいいんだって。







「…銀さんって結婚しないんですかー?」


「は、何だよ藪からスティックに」


「結婚するときは、お花は
うちの店に用意させて下さいねー」


「…おま、」





銀さんが言葉を止める。で、何秒か待ってから
「言うことが店長に似てきたな、オイ」と、背中越しに低い声を出した。


大きい背中が、少し照れるみたいに丸まっていた。





「銀さーん」


「だから何なんだ」


「銀さんって可愛いですね」


「歯ァ折るぞ本格的に」


「すみませんでした」





袋の中の花が僅かに香った。









式場に到着すると、入り口で私を待っていたのは
意外な人物だった。





さん、ご苦労さまです」


「店長!」





立派な体格に仁王の顔と大きな角、頭に
一輪の花を装った天人。


そう。意外や意外、そこには店長の屁怒絽さんがいたのだ。





いつものエプロン姿ではなく、地球式の紋付袴を着用している。





「用事って、もしかしてこの結婚式だったんですか?」





注文の花束15束を店長に渡した。





店長はそれを受け取り、


「ええ、新郎と友人同士なもので。
いきなりお願いしてすみませんでしたね。
すぐに用意するのは大変だったでしょう」


と穏やかに言う。





「いえ、銀さんがここまで送ってくれたので……」





言いながら駐車場の方を見たら、銀さんがさりげなく
バイクにまたがり帰ろうとしている。





「待って下さい、坂田さん」





店長が小走りで駐車場に向かい、ゆるゆる動き出した
銀さんのバイクを片手で止めた。


「のぎゃあっ」と悲鳴が聞こえた気がするけれど気のせいだろう。
屁怒絽さんは優しい人だもの。





さんを送って下さったそうで、本当に
ありがとうございました」





店長がバイクの後ろを掴んだまま深々と頭を下げた。

私も彼の横に並んで、ぺこっと礼をする。





「い、いえ……」


「今度改めてお礼をしますね。
そうだ、うちの夕食にご招待を」


「あ、……ハイいやあのスミマセンお気遣い無く……」


銀さんの顔色がなぜか悪くなった。







「あ、お礼といえば」





私は紙袋から、花束を一つ取り出して、銀さんに突きつけた。





「これ、銀さんにお礼です」


「へ?」





注文を受けた花束の数は15、私が持ってきていた
花束の数は16。


余るひとつはここまで送ってくれた
銀さんへのお礼にと、予め用意してきたものだった。

サプライズである。





銀さんが驚いたような顔をしたので、
彼の鼻先まで花を差し出した。





「ばんじやに飾って下さい」


「だから『よろずや』な」





さんきゅ、と言って彼は受け取る、







かと思うと、次の瞬間、花が私の方に顔を向けて咲いていた。







私がそうしたのと同じように、銀さんが私に花を差し出している。





「………What?」


「そういうわけで、この花束はにやる」


「はい?」


「…だから、お前にやるっつってんの。花。」





言っとくけど返却じゃねーからな。


あくまで貰った時点でその花束は俺のだから
その俺の花束をお前にやる。





と、目を逸らす銀さんがグッダグダなことを言った。

「おやまあ、」と店長が感嘆詞をこぼす。





「頑張れよ」







ちょうど昼12時になり、チャペルの鐘が鳴った。





銀さんから花束を受け取って、ぐしゃっと頭を撫でられて、
さん顔が赤いですよって店長に指摘されて。





何だろう、何というか、不思議。実際に男の人から
花束をもらうことなんて初めてだから、


ここまで嬉しいなんてびっくりだ。







「ほら、ボサッとしてねーで帰るぞ」


「らじゃっ!」







再び二人乗りをして大通りの方へと出て行く私たちの背中に、

店長の「お幸せに!」と叫ぶ声が聞こえた。





頓珍漢で素っ頓狂な言葉に顔が熱くなって、
銀さんの肩を掴む手が震えた。








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マエストロ狐狗狸様に献上。
本年も宜しくお願いします!(遅)








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感想


こちらこそよろしくお願いします!


てゆうか、勝手に伊東夢テロ爆撃したにも関わらず
お返しにこのようなイイものいただきました
本当にありがとうございます!


式場へ行く二人の微妙な距離感が非常に
私のドツボついてました


グダグダでカッコいいのにカワイイとか
何なんですかね あの天然パーマ侍は!




さんと一緒に男爵のお店で働きたくなりました


てーか働きたいです!ミスしたら死ぬほど
怖い思いはしそうですけど!!(←すんなし)


もう男爵は二人の式場にぜひ両手いっぱいの
花束もって駆けつければいいと思います!!


むしろ男爵が嫁で(オィィ!!)




トスカ様 素敵小説ありがとうございました〜!