「なんで、私がこんなことー」


「文句を言うな。
仕方がないだろう、お妙殿が休みなのだからな」


「違う違う、そこじゃなくてさ」


「む?」





「おお、来た来た。こっちだこっちー」


「あ、服部先生!」





バケツとぞうきん、それからマスクも装着。


ついでにおそろいの掃除用エプロンをつけて、私と桂は
服部先生に手招きされて とある部屋の前へと到着した。







「いやぁ。悪ィな、本当助かるぜ」


「先生が悪いんじゃないでしょ?
銀八先生だったんですよね、本当は」


「よく知ってんな。
そうなんだよあいつ、直前で消えやがってよ」


「明らかに仕事放棄だな…」


「やりかねないね、銀八なら」


「ていうか志村姉じゃないのか?
そっちのクラスの学級委員長」


「ああ、風邪でお休みなんです。
だから代理で今日は私と桂君が頑張ります!」


「おっ。何だかやる気あんのな。ま、よろしく頼むわ」





そう言って服部先生はかぎを開けて中に入り、
私と桂もそれに続いた。





先生が電気をつけると、ほこりっぽくて
どんよりとした空気に包まれる。


床や作業用のデスクの上には本や資料が散らばっていた。





噂には聞いてはいたが、想像以上の汚さだ。







「資料室」と呼ばれるそこはその名の通り
学校の資料が保管されている場所。


基本的には使う機会が少ないのでこのような有様に成り代わってる。


それを急遽掃除することになったのは、教育委員会のお偉いさんの
訪問日が明日らしく、この部屋も一応それなりの格好に
しなくちゃいけなくなったらしい。





その掃除担当が我らが担任の銀八先生だったはずなのだが、


当の本人は直前になって行方不明(絶対わざとだ)


代わりに学級委員の桂と代理の私と、
これまた被害者の服部先生が掃除をやるはめになった。









「うああ、マジで汚いじゃないですか!」


「まぁ、見ての通りだな。
ずっと使ってないから空気までにごってら。

 ゴホッゴホッ。やべ、ちょっと俺も
マスクしてくっから作業始めといてくれ」


「はあい」





服部先生が部屋から出て行くと、私は持っていた道具を床に置いて
ひとまず深呼吸してから袖をまくった。








「どうした?桂」


「それはこちらが聞きたい。貴様、さっきまで
微塵もやる気を見せなかったくせに急にどうした」


「え?そ、そりゃ…やっぱりお妙ちゃんの代理だし
頑張らないとって思ってね」


「本当にそうか?」


「何を疑ってるわけ?もう、早く作業始めよ!
今日中に終わらなくなっちゃうよ」





私はひそかにかいた冷や汗を隠しながら、桂から離れて
カーテンと窓を一気に開けた。


キラキラと入ってくる陽光に ほこりが舞い上がるのが見える。







それにしても、桂は鋭い。





確かにさっきまで私のやる気は一切なかった。


それがこうやって腕までまくって作業を始めたのは、
もちろんあの人のせいだ。


ついでに言うと、私の成績が日本史だけ
ずば抜けていいのも、もちろんあの人のせいだ。





親友のお妙ちゃんや神楽ちゃんに話したって、


どこがいいのあんなイボ痔ジャンプ教師って言われるだけだから、


誰にも内緒にしているのである。







「ねぇ、桂。掃除の前にさ、床にある本とか
資料とか集めようか」


「そうだな。まさかとは思うが、これを全部
整理しろと言うんじゃなかろうな」


「え?まさかね……だってこの量だよ」







「よし、俺も準備万端っと。……どうしたんだ二人とも」


「あ、服部先生。まさかとは思うんですけど、
この資料とかって整理するんですか?」


「そうそう。だからちゃんとリストも持って来た」


「……嘘でしょ」


「……だから言ったんだ」


「大丈夫だって、俺も手伝うから。とにかく
散らばってるやつ集めてくれるか?」


「はあい……」





気の遠くなる作業の予感に、マスクの裏でため息が出た。


服部先生のおかげで沸きあがったやる気は
今にもしぼんでしまいそうだ。


本当だったら明日から夏休みというこの浮き足立った時期に、
いきなり出鼻をくじかれるような思いは出来ればしたくない。





最初はラッキーかもと思ったけれど、今となっては
銀八先生への憎悪が増すばかりだ。







それでも くそがつくほど真面目な桂と、スピード命の
元忍者らしい噂の服部先生の活躍っぷりで

散らばっていた資料も瞬く間に集められて、


服部先生の指示どおり棚へ戻しての整理が終わり、


あとは部屋の掃除のみというところまで作業は一気に進んだ。





人間の集中力というものは素晴らしいものがある、と
こういうときはすごく思う。







「ちょっと休憩しようぜ」


「はい」


「桂、これやるから
自販機で何か買って来てくれない?」


「はあ…」





強引に小銭を渡された桂は エプロンを外して渋々部屋を出て行った。







疲れて思考が鈍くなっていた私は、ゆっくりと今の状況を理解して

理解してからわあああと思った。


だってこれって、これって!!


体が熱くなってきて、汗がじわりとにじみ出す。





「お前、日本史好きなのか?」


「はへ?」


「何だよその返事。疲れて気が抜けたか」


「いや!ちょっと今油断して……
日本史が何ですか?」


「好きなのかって聞いたんだ」


「それは大好きです!あ、じゃなかった。
好きです、はい」


「ふうん。それで日本史の成績がいいわけか」


「せ、先生の教え方が良いんですよきっと」


「そうか?俺は結構
適当に教えてるつもりなんだけどな」


「そうですか?でも時々熱く語るじゃないですか」


「忍者のところだけな」


「ふふっ、確かに」





じゃあやっぱり先生が元忍者だっていう
あの噂は本当なんだろうか。


今、聞いたら答えてくれたりするだろうか。





「ねぇ、先生」


「ん?」


「あ」


「どうした」


「あれ、資料じゃないですか?集め忘れがありますよ」





不意に見上げた棚の上にダンボールが一つあった。


私は咄嗟に近寄り、つま先立ちでそのダンボールに手を伸ばす。





だがそれは思いのほか重くて、それが予想外だった私は
力の入れ方を間違った。





「あ、おい!バカ!」


「えっ?あああっ!」


棚の上でバランスを崩したダンボールは、私めがけて落ちてくる。





思わず頭を抱えてしゃがみ込んだのと、先生が
私の上に覆いかぶさったのはほぼ同時だった。







ゴスっという鈍い音。


そして頭を強く抱える先生の腕の熱が私の体を支配する。





ダンボールは先生の背中から床に落ち、中に入ってた
分厚い本がばらばらと散らばった。


抱えられた 腕の隙間から見えたそれは

赤い表紙の少年ジャンプだった。







「だ、大丈夫ですか!先生!」


「いってぇ、マジで」


「どこ打ちました?頭ですか?痛くないですか?」


「わ、バカおい、あちこち触るな!」


「いた」





忠告もむなしく、私が先生のシャツに触れた瞬間


何か鋭いものに指が当たり、

痛みの瞬間引っこ抜いたそれの先から 赤い血が
ぷくりと丸く現れた。





「あーあ、だから言ったんだ。ほら、貸せ」


「えっ」





指を取られたかと思ったら、もうそれは熱にくるまれて、
やわらかいあたたかい何かが指先をなでた。


刹那に指の神経から脳髄まで伝わる甘美な感覚は、

今の私では言葉で表現できない大人の感覚。


それは、先生の舌だ。





「あ」


「せ、」


私が「先生」と呼ぶ前に先生が気付いて、

「わり」と言って指は離された。





ほんの少しの沈黙を置いた後、

先生はますます前髪に顔を隠して頭をかいた。





「くせで、つい」


「いや、あの…」


「俺は大丈夫だから。ていうか俺の体
むやみに触れたら危ないから、気をつけろ」


「今のってもしかして、」


「クナイ」


「それって、忍者が使うやつですか?」


「……お前は知らなくていい」


「えっ?」


「絆創膏取って来てやるから待ってろ。
そして大人しくしてろ。俺が帰ってくるまで動くな!」


「は、はい……」





まくし立てるように言い放ってから
立ち上がった先生は部屋を出て行った。


出る瞬間に揺れた前髪から覗いた頬は、少し赤かったように思える。







指の先はまだ少し赤い。
でも先生が舐めてくれたから流れてはいない。







切れた指をもう一方の手で包んで、眺めて、悩むことほんの1分程度。


その指先をゆっくりと自分の唇へ押し当てた。


そして誰にも見せれないぐらいのにやけ顔。





「先生と、間接キス……なんちゃって」





「買って来たぞ」


「どわああああ、って何だ桂か」


「何だ桂かとはなんだ。先生は、いないのか?」


「あ、うん。ちょっとね……」


「どうした?何だこのダンボールと本は」


「棚の上から落っこちてきたの」


「なに?大丈夫か」


「大丈夫。先生が守ってくれたから」


「……それで、赤い顔をしているのか」


「あかっ、ち、違うよ!暑いのこの部屋!」


「ほう」


「もう、本当何なの。桂って意外と疑り深いんだね」


「貴様のことはな」


「はあ?」







それから少し機嫌の悪くなった桂と、ルンルンでご機嫌な私と、
なぜかあれからだんまりを決め込んでしまった先生とで

全ての作業は終わり、無事、「資料室」の掃除は完了した。





後から聞いた話だとあのジャンプは 銀八先生の私物だったらしい。

だけど私は怒れなかった。むしろ感謝しても良かった。







服部先生がくれた絆創膏は、あの日は使わずに
制服のポケットに突っ込んで、今は財布の中に忍ばしてある。


忍者みたいに。









忍ばせるのは、甘い恋








2011/8/15


マエストロ狐狗狸様へ捧げます。相互記念夢です。


リクエストは「3Z全蔵か桂」ということで
せっかくなので二人出しました!


あまり甘くないものがお好きなような気がしたので、
青春っぽいお話にしましたが大丈夫だったでしょうか…

…楽しんで書いてたのは言うまでもありません。笑


こんなものしか贈れませんが、これからもよろしくお願いします^^








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感想


甘くない作品しか書かない(×書かない ○書けない)から
甘いのが受け悪いように思われているかもしれないが…

ベタ甘でも全然受け付けてる!(ドーン)


まあ、要するに雑食なので大丈夫ですよと言う事ですw


掲載に当たり 行間と文章の区切り目と夢主様の名前へ
手を加えさせていただきました…もしご不満が
ございましたらお申し付けくださいませ




青春風味な三角関係(?)とか、読んでて本当
ドキドキと萌えをいただきました


二人っきりに慌ててたり、こっそりと
にやついたり…様 本当にカワイイです!
もう本当ご馳走様ですよ ええ(2828)


というより 本編だけでなくこっちでも
忍者なんですかねあの人は(笑)謎は深まるばかりです


ヅラの出演までかましてもらって感無量です


こちらこそ、先に送ったブツがアレな感じですが
これからもよろしくお願いしたい所存でございます




トキサダ様 素敵小説ありがとうございました〜!