銀さん達と別れ、俺は先に金の油揚像前に来ていた。


一足遅れて 狐も現れる。





「早かったですねぇ 兄さん。」


「悪いね、付き合ってらんなかったもんだから。


聞かせてもらえないか?
何であんなダメ同心なんかに・・・・」





しばらく黙り込んだ狐から、お面越しのハズなのに
寂しげな表情が伺える。





「なぁに、古臭ぇ昔話でさ」







・・・・淡々と語り始めた狐の話では





まだ九尾を抜ける前、狐こと長五郎は
一団と共にある上級家系の屋敷に押し入った


中にいた夫婦や使用人達は皆、殺された





けれど・・・彼は夫婦の息子だけは殺せず
九尾のやり方にもついていけなくなって


屋敷に火を放って他の者を撹乱した隙に
千両箱とその息子―小銭形を抱えて逃走したらしい。





別れ際、千両箱を少年に与えた長五郎はこう言った





この千両箱を死んでも離すな


こいつがあれば親戚だろうが他人だろうが
悪いようにする奴はいない


だが一気に使うな ちびりちびり小銭で渡していけ





負けるんじゃねーぞ
男は強く・・・はーどぼいるどに生きろ








「・・・そうか・・・ハードボイルドに
こだわってたのはアンタが・・・・


しかし敵に情けかけるとは、狐は分からんね。」


「そうですなぁ、古くから狐は田の神
稲生の神の使いとして崇められてきました。
お稲荷さんという奴ですな。


狐の好物を金で作っちまうなんざ
江戸での人気っぷりも分かるというもんでしょう。」





・・・こっちでの狐は、獲物に最後の瞬間まで
その存在を悟られず


仕留める事が出来る動物としての認識しかないが





日本では色々と意味があるらしい。





「しかし一方で神様なんぞと呼ばれながら
人を化かす妖怪なんて呼ばれてるのが狐の面白い所でやんす。


九尾狐に玉藻前、姐己に褒と恐ろしいのが
揃っていましょう。


神様か妖怪か はてさてあっしはどちらでござんしょう?


「まあ・・・しいて言うなら「ほざけ下郎め。」


俺の言葉半ばで割り込みが・・・まさか





視線の先、辿り着いた銀さん達の先頭で





「てめーは神でも妖怪でもねぇ
ただの小汚ねぇ盗人だ。


十年に渡る因縁 ここで決着をつけてやる。





十手を狐を向けた小銭形が佇んでいた。











みっともなくとも自分の筋を通すのが
ハードボイルドってモンだろう?












「おーい、こりゃどういうこった?
何でテメェが狐と一緒にいやがる。」


「なりゆきだ。」


「どんななりゆき?」


「狐よ、年貢の納め時だ。神妙にお縄を頂戴しろ。」







小銭形を見据えたそのままで長五郎は口を開く





「小銭形の旦那、この台詞十年で聞き飽きやしたよ。
アンタもしつこいお人だ。


何度まいてもまた前に現れ、何度潰しても
這い上がって来る。


もういい加減諦めなさったらどうでございやしょう。」


「そいつがハードボイルドって奴さ
固ゆで卵は簡単に潰れない。
それに俺は盗人って奴が嫌いでね。


俺はガキの頃に 盗人共に家族を皆殺しにされてる。
お前と同じ急ぎ働きの凶族だよ狐。」





知らないとはいえそんな奴らと
この狐とを、一緒にしやがって・・・・・





言いかけた言葉は 続けられた語りに止められた





「そんな連中が許せなくてこの仕事に就いた。
・・・・そんな時に妙な盗人に会った。


弱きものから金品をせしめる悪党だけを狙い
血も流さず 盗んだ金も決して私利私欲には使わない
きれいさっぱり還元しちまう。


法からはみだそうとも決して自分の流儀を犯さない。
義賊、狐火の長五郎。







やや切なげに眉をしかめた小銭形の話を
俺達は 黙って聞きいっている。







「俺もあの頃はぺーぺーだった、奴には
何度泣かされたかもしれん。


だが何度も追ううち俺は奴に対して憎しみ以外の
感情も持つようになっていた。


俺がずっと追いかけていたのは盗人のお前だけじゃない。」





仰ぐようにして見上げるのは、段上の長五郎





「・・・狐、何で堕ちた?
あのお前がなんでこんな・・・」


「そこまでにしときなせぇ旦那、同心が泥棒に
滅多なこと言うもんじゃねぇよ。」





狐はただ淡々と、言葉を紡ぐ





「それに・・・堕ちたとは盗人に言うこっちゃねぇ


あっしら盗人はハナから堕ちた
薄汚ねぇ連中でございましょう。」


「狐・・・お前」


「その通り」





鋭い声音が、銀さん達の背後から響く。





「しょせん義賊などともてはやされた所で」


「奪う盗む 卑しき所業にを行う事に変わりなし。」


「殺さず犯さず貧しきものから盗まず?」


「どれほど取りつくろったところで盗人は盗人。」





複数の声が入り乱れる先には・・・・・







「狐が・・・八匹!?


「いや!こちらを含めれば九だ!
まさかあいつらが九尾・・・・」





言いつつ俺はパトリオットを 奴等へ構える。





「やはり貴様の仕業か、出した覚えのない犯行予告状。
必ずや我等への誘いの文とうけとった。」







八対の視線を受けて 口を開く長五郎





「いやいやこちとらもうお勤めからは手ぇ引いて
しっとり隠居生活楽しんでたってーのに
最近覚えのねぇ罪科が次々と増えてくもんでね。


おちおち寝てもいられねーってんで起きてきちまったい。」


「まさか狐!!最近巷を騒がす凶悪な強盗事件は
お前の仕業ではなく・・・こいつらの!?





ようやく気付いた小銭形のセリフを、先頭の一人が
嘲るように否定する。





「残念ながら偽物にはあらず。」


「我等全て"狐"の名と技を継ぎし者、盗賊団『九尾』


「古くは戦国の世より敵国へ間者として送られ
乱波 透波の流れをくむ。偸盗術のプロ集団。」


「忍と同じ源泉か・・・コイツはタチがわりぃ
腕は最強、オツムは最悪の泥棒ってわけかい。」





全く 銀さんの言う通りだな







「長五郎、旧き同胞よ。ようやく会えたな。」


「京より姿を消して三十年・・・まさかお前が
義賊などと呼ばれるようになっていようとは。」


「子供一人殺す事も出来ず逃げ出した
臆病者がえらくなったな。」





狐どもは殺気を乗せた罵倒を 次々と長五郎へ浴びせる





「江戸で築いたその虚栄を崩してやれば
すぐに出てくると踏んでおったわ。
三十年前の裏切り、きっちりおとし前つけてもらおう。


裏切り?しらんねぇ、裏切るもクソも
元々お前達を仲間などと思ったことは一度もない。」


「ほざけ下郎がぁぁぁぁ!!!」





叫びと共に小刀を構えた狐の群れが
一斉に銀さん達と段上のこちらへ向かって襲い来る





「旦那方ぁ!早く階段へ!!」





同時に長五郎の方の狐が 金の油揚像を押し込んだ。


って・・・え?押し込める?まさか・・・・





「銀さん!みんな!すぐに登ってこい!!」







銀さん達が有無をも言わぬうちに階段を
幾段か登った・・・刹那


床から突然火が噴き出し、下の狐達を包み込んだ。





『ぐわぁぁぁぁ!!』


「こいつぁ・・・!」


「金の油揚像を護る機械でさぁ!
早くしねーと次の機械が・・・」


言い切るより早く、階段が坂へと早変わりする。





げぇぇぇぇ!?階段が坂にぃぃぃ!?」





滑り落ちかけながらも必死で走る銀さん達の横から
何かが注ぎ込まれる。


水・・・なわけないよな。


思った瞬間 下からの火の手が勢いを増す。





「あっ油がぁぁぁぁ!?」


「ぎゃぁぁぁ!すべるぅぅぅぅ!!
こんな油まみれで落ちたら一瞬で火だるまですよ!!」


「うわちゃちゃちゃ!熱いぃぃぃ
熱いっていうか もう痛いぃぃぃぃ!!


「頑張れみんな!!って後ろ!!」





炎の中から、四匹の狐が飛び出してくる


あの炎の中から生還しただと・・・!?





戦闘態勢に入りかけるもずっこけた二人を
心配する銀さんへ、二人の狐の凶刃が・・・!


奴等に狙いを定めかけた所で


神楽と新八が銀さんの足を取って転ばす
ファインプレーを見せ、二人を相打ちさせた。





「二人取ったアル!!」


「いいぞ!ってこっちにも来たか!!」





坂を駆け上がり眼前へと迫る残りの狐二人





間にはハジと小銭形がいた筈だったのだが


幸か不幸か仲間へ体当たりした為
無傷で済んでいるようだ。





「片付けやすぜ旦那!!」


「ああ!!」





狐が刃を閃かせ、パトリオットが火花を吹いて
向かってきた二人は炎の中へと再び消える。







だがさっきのやり取りのせいで銀さん達が・・・!





わぁぁぁ!もうダメだ・・このままじゃ・・・」


「新八君!!」


「あっしがいきやす!」





長五郎は糸を像へ絡ませて、坂を下って
新八君の救助に向かう。







「新八君頑張れ!!もう少し」





その時、後ろから何かが通り過ぎるのを感じた。


しまった!伏兵だと!?





「狐っ避けろ!!」





忠告したが・・・・遅かった。







現れた一人が 背後から狐の腹を刺し貫いている







「き・・・狐さん!!」


「狐ぇぇぇぇ!!」







拍子に階段から落ちかけ、辛うじて糸で
ぶらさがる長五郎を睥睨し 狐は言う。





「九尾が九人で構成されていることを忘れていたか?
お前が抜けた穴を埋めていないとでも?」






くそっ・・・最初から気付くべきだった・・・・・!





「悪いが遥か前より 後ろで隙を伺わせてもらったぞ。

こうしてお前の背中に刃をつきたてる日を
あれから思っていた。


今でもこの目に焼き付いているぞ。

押し入った屋敷の子供と千両箱を抱え
我々のいる屋敷に火を放ち 逃げるお前の背中。」







勝ち誇ったようなそのセリフに





小銭形の顔色が、変わった。







やっと・・・気付いたみたいだな








トドメを刺そうと振り上げられた片腕へ





「おおおおお!!」





雄叫びを上げた小銭形が、糸のついた小銭を
投げて絡ませ 勢いよく引っ張り上げた。





宙へ投げられた奴の斜線上で


待ち構えてた銀さんが、狐の面を思い切り
強く叩き落として 炎の中へと追いやる。





「うわぁぁぁぁぁ・・・・・・!」









倒した事を確認し、俺達は
ぶら下がる狐の元へ駆け寄る。





「狐さん!!」


「狐ぇぇぇ!!」


「す・・・すまねぇです旦那・・・・
今まで・・黙ってて・・・・」


「人が悪いじゃねぇか、俺は今まで
恩人を散々追いまわしてたのか・・・」


「へっ・・・旦那の追跡なんざ痛くも痒くもねーや
・・・アンタは詰めが甘過ぎらぁ。


敵に毎日グチこぼすなんざ同心失格じゃねぇですかぃ。」







一拍 沈黙を落とし





小銭形は・・・・確信したように笑った。







「フ・・・そうか・・・どうりで捕まらねーはずだ。
俺はずっと・・・アンタに見守られてたってわけか。」


「旦那・・・アンタ結局最後まであっしを
捕まえられなかったですねぇ。あっしの完全勝利だ。





繋いでいた糸が 脆くもほつれ出していく。





「いや俺の勝ちだ、生きて連れて帰る。


・・・牢屋に入る前に
カミュに一杯付き合ってもらうがな。






小さく だが確かに狐は笑った





「・・・カミュじゃねぇ・・・焼酎だ。」







とうとう糸が切れ 長五郎狐も炎の中へ消えていく。







「狐さぁぁぁぁぁん!!」


「くそ!そう簡単に死にに急ぎやがって!!」





俺は意を決して 炎の中に飛び込む。





さん無茶です!」


「テメェ死ぬ気か!?・・・・・!!







彼らの声が遠ざかる中、視界を遮る炎を
掻き分け 倒れた狐を抱える。







「だ・・・旦那・・・」


「簡単に死なせるかよ・・・俺がいる限り
アンタは絶対死なせない!!」


「「させるかぁぁぁぁ!!」」





生き残っていた奴等が、斬りつけようと
こちらへ刀を振りかざす。





『死なばもろともぉぉぉぉ!』


「邪魔すんなぁぁぁぁぁ!!」





群れ来る狐どもを今度こそパトリオットで蜂の巣にし


壁を破壊すると、俺は近くの池へ
飛び込んでまといつく炎を消す。





そのまま騒ぎに乗じて屋敷を離れ


抱えた狐を治療の為 家まで運ぶ事に・・・







「旦那・・・何故あっしを助けたんですかぃ・・・」


「言ったろ、簡単に死なせないと。
それに・・・アイツと一杯付き合うんだろ?カミュを。」


「だから・・・カミュじゃなくて焼酎だって・・・・」





困ったようなその口調には、どこか
柔らかいものが混じっていた。













そして・・・しばらく時が過ぎて・・・







俺とは、再びあの飲み屋に来ていた。





「いやぁ旦那方のおかげでこうして店も
再開出来やした。ホントありがとうごぜぇやす。」


「いえ、ホント良かったですね。」


「・・・流石は忍といった所だな
傷の治りが早い。」


「なぁに、旦那方の手当てのお陰でさぁ」





さほど火傷を負っていないことも幸いしてか
治療も軽度レベルだった。


すぐに完治すると思ってはいたが 予想より早いな





「にしても旦那こそ、あん時あれだけ火に
巻かれてたのに焦げ跡一つありやせんで」


「ええ、私もそれが不思議で・・・」


「偶々着てた迷彩服の性能がよかったんだよ」





オヤジとへ、苦笑交じりに返してみせた







あの迷彩服・・・どうやらザ・フューリー
意志が籠っていたのだろうな。


着れば あらゆる炎や爆発から身を護ってくれる。









「うーい気持ち悪・・・・」


「おおテメェら、バカップルで飲んでんのかぁ珍しく?」





顔を向ければ デロデロの銀さんが
小銭形と肩を組んでのれんを潜って寄ってくる。





「アンタらどんだけ飲んできたんだよ・・・・」


「いいだろ別にぃ。」





席に座った小銭形は さっそく注文を始める。





「マスター、カミュ、ロックで頼む。」


「ヘイ焼酎。」


「焼酎じゃねぇ、カミュと呼べマスター。」


「マスターじゃねぇ親父と呼べ旦那。」


「え・・ええぇぇぇ!?







驚愕の表情で、銀さんが俺と
屋台のオヤジとを見比べている。


無理もないか・・・・あの炎で生きてるとは
思っていなかったみたいだからな。





「あ、マスター俺はウォッカで。」


「こっちはドンペリでお願いしますねマスター?」





嫌み混じりに微笑み、俺達もマスターへ注文する。





「マスターじゃねぇ・・・親父と呼べ。旦那方。







そう・・俺はハードボイルド同心・・・小銭形平次





・・・・・・あれ?締め持っていかれちまった!?
















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後書き(退助様サイド)


退助「では3回に渡った同心話終了です。」


銀時「つーかあの迷彩服都合良すぎね?
蜂操ったり炎上もしないってよぉ?」


退助「都合は気にしない方向でお願い。」


神楽「ていうか色々と飛ばし過ぎアル。
私結構活躍したアルよ。」


新八「バイク暴走してただけじゃん!!」


小銭形「にしてもって奴ぁ・・・何者だ?」


ハジ「なんか何処かで似たような人もいたような・・・」


退助「芙蓉篇で会ったメリル達のことでしょ?
あの人らの仲間だよ。」


狐「いやぁ原作じゃ自力で脱出しなきゃいけねぇから
大変でしたけど、旦那のおかげで楽に脱出できやした。」


退助「うわさらっと裏事情喋っちゃってるし!?」