病院を後にしたビッグボスは・・・
万事屋のソファで、漫然と寛いでいた。
流石の万事屋トリオでさえ 突然の超大物の訪問に
困惑を隠せないでいるようだ。
「お、おい新八ぃ ほれお客様にお飲み物。」
「あ、すいません!すぐに!」
慌てて台所へ向かった新八が、しばらくして
お盆に載った容器を差し出した。
「い、イチゴ牛乳でございます。」
ミルキーピンクの液体に満たされたコップを
黙ったまま見つめる歴戦の猛者を尻目に
二人は早速給仕を勤めた少年を糾弾する。
「おい新八!何でここでイチゴ牛乳出した!?」
「だだだだだって!こんな超大物人物が
何飲むかなんて分りませんもん!」
「んなのお茶出しとけばオッケーネ。
ジジィにはお茶、常識よ。だからお前新八アル。」
「そーやって僕の存在否定すんの止めてよ!!」
「あのな、アメリカの老人が茶ぁ飲むわけねぇだろ?
どうせ出すならミロにしとけっつーの!!」
「ミロだってあり得ないでしょうがぁぁぁ!!」
段々トーンが上がる会話に痺れを切らし
「あの・・・」
ビッグボスが、重厚な声音で三人を呼ぶ。
「「「は、はい!?」」」
思わず空間に緊張が走る中・・・彼は静かに呟く
「・・・ここは日本なのだろう?
ならば日本の、お茶を味わいたいのだが・・・?」
三人と、ついでに定春までもが
(うわあ・・・意外に考え貧相・・・・・)
なんぞと心の中で言葉を一致させていた。
程なく淹れ直されたお茶を一口啜ると
ビッグボスは感嘆したように漏らす。
「うむ・・・うまい。」
「あ、ありがとうございます・・・」
「君はお茶を入れるのが上手いな・・・ええと新一君」
「新八です、いやあの普通に入れただけですが・・・」
「で?アメリカのお偉いさんが何の用でここに?」
「ちょっと銀さん その言い方はどうかと!」
思わず叱咤する新八を、相手は手で差し止め
「いや気にするな・・・余り時間も無いし
簡潔に話させていただこう。」
「で、一体何の用ヨ?」
神楽の言葉に頷いて ようやく用件を語り始める。
第七話 辻褄合わせは計画的にお願いします
「君達は・・・ジャックが逮捕されたのは知っているな?」
「ええ、さん・・・ショックで部屋に引き籠ってましたから・・・」
「いつもポジティブなアイツがヒッキーになる位だから
よっぽどの事だったに違いないネ。」
「あいつ、今でも部屋でヒッキー三昧して
ネトゲとかにのめり込んでねぇよな?」
「どこの自宅警備員ですか」
普段通りのやり取りを完全にスルーしたままで
彼は・・・重たげに口を開く。
「彼女はジャックに刺され・・・現在、病院で治療を続けている。」
信じられないような事実に、三人は一斉にビッグボスへと詰め寄った。
「さんが・・・刺された!?」
「ありえないネ!の溺愛っぷりは
あのブラコンと同レベルね!いつだってアイツを一番に
考えて護って来たが・・・!!」
「信じられない事だが・・・事実だ。」
「喧嘩した拍子や痴情の縺れって話じゃねぇのか?」
軽い口調で訊ねる銀時だが、その瞳は真剣だ。
「・・・それならまだ優しい方だ。
今のジャックは・・・ジャックじゃない。」
「どういうことアルか?」
言葉の意味を理解できないままの三人へ
ビッグボスは、全ての事情を説明する。
を救うべく打たれたナノマシンに
史上最悪の殺人鬼の人格データが仕込まれていた事
そのせいで 彼の今の人格が変わっている事
あまりの事に言葉を失う三人へ、彼は淡々と告げる。
「今のジャックは、君達の知るジャックではない。
殺人鬼・・・ジャック・ザ・リッパーなのだ。」
「ち・・・ちょっと待ってくださいよ!
何でアンタら今までそんな事黙ってたんですか!?」
「そうアル!もっと早く教えてくれれば・・・!」
「すまん・・・判明に時間がかかってしまったんだ
それに、当人もその事は知りえなかった
恐らくは・・・今自分が殺人鬼として
動いている事も自覚はしていないと思う。」
「御託はいーんだよ、結局アンタは何がしてぇ?」
ぴしゃりと言い切る銀時を一瞥し
「・・・単刀直入に言おう」
湯飲みを置くと 向き直ったビッグボスが
「万事屋に一つ依頼を引き受けてもらいたい。
殺人鬼にされている彼を止めてくれ この通りだ。」
言いながらその場で深く頭を下げた。
伝説と称される人物が頭を下げるその姿に
血相を変え、新八は慌てたように言う。
「そ、そんな!頭上げてください!」
「ジャックをあんな目に合わせてしまったのは・・・私にも責任がある。
だが、老いてしまった今の私ではもうどうすることも出来ん・・・」
「要するにテメェの尻拭いをやれってか?」
「銀さん!!」
冷たい視線を敢えて浴びながら
「何と言われようが構わん・・・だが、現に今
ジャックは苦しんでいる・・・殺人鬼にされている
彼を止めてくるなら 礼はいくらでも出そう。」
懐から、値段の書かれていない小切手を取り出し
ビッグボスはそれを銀時へと差し出す。
「ここに好きな金額を書いてくれ。いくらでも構わん。」
「そんな・・・そこまでしなくても・・・!」
黙ったままの銀時が、小切手を手に取り呟く
「・・・好きな金額でいいんだな?」
「ああ、君の気の済む金額で構わん。」
「銀ちゃん・・・・」
ペンがすらすらと走り 再びビッグボスへと
小切手が返されるが・・・・
「な・・・これだけで、いいのか?」
そこに書かれていた金額は、意外にも
家賃3ヶ月分程度でしかなかった。
木刀を腰に差し 外に出る準備をしながら
「ジーさんよぉ、アンタ勘違いしてねぇか?
必要なのは金じゃねぇんだよ。」
銀時は静かに言葉を続ける。
「仲間を・・・を止めるだけの強ぇ魂だ。
金で止まるようなヤワな魂じゃねぇんだよ
あいつも、俺達もな。」
その面に宿る、普段とは違う強く鋭い眼光に
射抜かれて 呆然とするビッグボス。
「ジーさん、あいつが次に行く場所分かるか?」
「・・・行ってくれるのか?」
「ちょっくらアイツの身体乗っ取ってる
殺人鬼とやらに 一発お見舞いしてくらぁ。」
軽く手を振るその様子に、彼は口の端を上げる
「分かった、彼が次に向かったのは・・・吉原だ。」
「よ、吉原!?本当ですか!?」
「三度目の正直で吉原燃やされたらヤバイアル!
銀ちゃん!」
「わーってるよ、すぐに行くぞ。」
すかさず玄関を潜り抜けていく三人を見送って
「申し訳ない・・・本当に、ありがとう・・・!」
ビッグボスは、感謝の念を込めてそう呟いた。
火花を散らし 噛み合う金属音が刀の鳴き声のように
辺りに轟いていたが・・・・
速さと間合いが僅かに足りずに
渾身の一撃を退けられ、近藤は斬り倒された。
「「近藤さん!!」」
袈裟懸けされて血を噴き出し倒れる彼へ
満身創痍の土方と沖田とが、血相を変えて近寄る
「やはり下等人種じゃこれが限界か・・・」
「く、くそっ・・・!」
荒い息をつく近藤も、相手を睨む土方と沖田も
止めたいと意気込む気力は失っていないが
負わされた傷は深く このような土壇場であっても
無視できぬほどの代物であった。
ギラギラと瞳を光らす三人に興味をなくし
「そのまま転がっていろよ虫ケラが
次は、いよいよ吉原に血の雨を降らせてやる・・・」
踏み出すの目の前に―
「待ちなんし。」
立ちはだかるようにして、煙管を片手に月詠が現れた。
「外がさんざ騒がしいので駆り出されてみれば・・・
ぬし、これは何のつもりじゃ?」
「決まってんだろ・・・テメェを初めとする
ケツ軽女共をぶっ殺しに来たんだよ。」
相手の歪んだ笑みに僅か眉根を寄せ、月詠は続ける
「暮れにあやつを手にかけたも、ぬしと言うのか?」
「ああ・・・あの槍女か アイツは死んだか?」
「生憎と生きておる」
「お前・・・あの娘にまで、手を出したのか!」
憤る近藤の叫びを無視し は笑みを崩さず言う。
「何だ、中々しぶといな・・・あの時
しっかりトドメを刺しておくべきだったか。」
「ぬし・・・さっきから自分が何を口にしとるか
理解しておりんすか?」
「あーあ理解してるさ・・・俺は吉原に
太陽も月も遮る、血の雨を降り注がせるんだ!
考えてみろ・・・最っ高の光景だぜぇ!!」
まるで子供のように喜ぶその態度へ
「下衆め、吉原の救世主が聞いて呆れる・・・
その様な事わっちが許すと思うてか!」
怒りも露わに 月詠はクナイを取り出した。
「いいぜぇ、ここでお前を殺せば手間も省ける
・・・・死合だ!!」
「ぬかせ!!」
振り抜いた手と共に大量のクナイが飛来する
が、全てを共和刀で弾き落とし 彼は地面を蹴り
一気に月詠との距離を詰める。
下から迫る白刃の刀をクナイで受け止め
彼女は距離を取りながら足元へクナイを落とすが
それも擦り抜けられ 容赦ない一撃が襲う。
無論そんな攻防を繰り広げれば、壁や床に
あちこちクナイの流れ弾が刺さる
「ちょっ、危ねぇぇ!何なんだあの女!」
「そりゃーまぁ忍の者じゃないんですかね
一個ぐらい脳天にクナイ刺さって死ね土方」
「何でここで脈絡なくお通語ぉ!?」
言い合いながらもクナイの被害を受けぬように
真撰組三人は端の方へと避難する。
周囲の様子など微塵も気にせず、クナイと刃が
ぶつかり合って拮抗状態を作り出す。
「テメェも女のクセになかなかやるな・・・
だが、それでこそ殺し甲斐があるってもんだ。」
「何故ぬしが吉原の遊女を殺めようとする!?
理由などなかろう!」
「理由・・・?ないわけないだろぉぉ・・・」
その一言をきっかけに、にやけていた顔が
徐々に強張ってゆく。
「俺を捨てたクソ女の集団なぞ・・・
生かしておくわけにはいかねぇんだよ!!」
その発言が理解できず 月詠は言葉を吐き出す
「以前ぬしは言っていたろう・・・自分の母親は
誰よりも強く、誰よりも優しかったと・・・・
ぬしが一番尊敬できる人だと言っていんした
その人に対し この体たらくどう説明する!」
「強くて優しい?出鱈目抜かしてんじゃねぇ!!」
吠えて、はクナイごと月詠を斬り払う。
「クッ・・・・!?」
腹部から血を流し、膝を突く彼女を見下ろし
彼は侮蔑する如く吐き出した。
「一番尊敬できる人だ?あんな女の血が俺の中に
流れている事すら嘆かわしいんだよ!!」
「ぬし・・・本当にか・・・?」
「お前が知る必要ねぇんだよ。」
クナイを取り出しかける彼女の動きよりも
「死ねぇぇぇぇぇ!」
斬り殺さんと刀を降ろす相手の動きが早く・・・・
再び、寸前でその刀が受け止められる。
「チッ・・・今度は誰だ?」
彼の赤い眼が捉えたのは・・・・木刀を手にした
銀色天然パーマの侍。
「「万事屋ぁ!」」
上がった土方と近藤の叫びを背に受けて
「殺人鬼さんよぉ・・・そんなに血が吸いたきゃ
自分(テメー)の血でもすすってろぃ!!」
銀時は対峙しているを力一杯蹴り飛ばし
軽くめり込むぐらい壁へ叩きつけた。
「ぎ、銀時・・・」
見上げる月詠へ、新八と神楽も駆け寄る。
「月詠さん!」
「大丈夫アルかツッキー!?」
「ああ・・・」
それを尻目に、沖田が嘆息と共に言葉を紡ぐ。
「そこの女はともかくとして・・・旦那
援軍にしちゃちょいと遅すぎやしませんか?」
「るっせぇな、主人公ってのは古今東西
遅れてやってくるもんなんだよ総一郎君」
「総悟でさぁ旦那」
繰り広げられる寸劇も介さず、壁からふらりと
身を離した彼が驚いたように呟く。
「何なんだ この天然パーマは・・・!?」
「オイオィ、ホントにこれじゃないの?」
「確かに、喋り方とか性格は別人みたいですけど」
「けど見た目はほとんど変わってないネ
ホントに別人格がを乗っ取ってるアルか?」
ポロリと零した神楽の発言へ
聞き捨てなら無い、と言った面持ちで土方が訊ねる。
「おいちょっと待て・・・どーいう事か説明しろ」
「すいません、詳しい事情は後で話しますが
とりあえず今のさんは別人なんです」
理解は出来ずとも、新八のその一言は
彼のあからさま過ぎる豹変振りに対する答えとして
三人や月詠の中で しかりと腑へ落ちていた。
「ギャーギャーやかましいんだよテメェらはよぉ
どいつもこいつも俺の邪魔しやがって・・・!」
怒りに顔を歪める相手の前へ、銀時が踏み出す。
「オーイ、聞こえてっかよぉ?」
「誰に言ってんだ?俺はジャックだ。何度言えb」
言葉半ばでその顔面に木刀を叩き込み
弾き飛ばされた彼へ 銀時は再び問う。
「俺ぁに言ったんだよ・・・テメェは
お呼びじゃねぇ、引っ込んでろ殺人鬼が。」
「何しやがんだ天パ野郎が・・・・・・・!?」
刀を構えるが、彼は刺す様な気迫に押されて
思わず言葉を噤む。
「こんなクズに身体乗っ取られるほどテメェはヤワな奴だったか?
今まで勝ち残ったのはただの偶然だったのかよ?このヘタレ軍人。」
無造作に振った木刀を構え直し、戦闘態勢へ
入った銀時が・・・不敵に笑った。
「オメェの魂は他の誰よりも強ぇはずだろーが。
さっさとその偽物を撥ね退けてみろぃ!」
「さっきから馬鹿抜かしてんじゃ・・・・・グ!?」
そこで突然、が頭を抱えて苦しみ出す。
「アアァァァァァ!!」
「何だ!?どうしたってんだ!!」
「あの苦しみよう・・・尋常じゃないぞ!」
「一体に、何が起こってるというんじゃ・・・」
口々に呟き 彼らがその様子を見守る内に
やがて彼は・・・苦しげな表情で面を上げた。
「ぎ、銀さん・・・!」
搾り出すような呟きを漏らす彼の眼は 蒼い
「ようやく元に戻ったか 。」
「そう長く持たないかもな・・・銀さん・・・
あんたに、頼みがあるんだ・・・・」
「かしこまって気持ち悪ぃーな、何だよ?」
「俺は・・・たくさん人を殺した・・・
大事な人も傷つけた、ここにいるあんた達もアイツも
・・・何より を刺してしまった!」
土方や沖田や近藤、それと月詠を眼だけで見やり
涙を流しは 銀時へと視線を戻し語りかける。
「すまない 俺はもう元に戻れない・・・」
「わーってるよ、その時は・・・
俺がひと思いにしてやっからよ。安心しろぃ」
「・・・頼む・・・」
その呟きを最後に、彼の眼の色が赤く染まり
狂気を体言したような笑みがその顔に浮かび上がる。
「ククク・・・面白い茶番を見させてもらったぞ。
お前ら中々の役者じゃねぇか?」
その呟きが、彼らに怒りを覚えさせる。
「茶番だって!?あんた、さんの体を
乗っ取っておいて何を言っているんだ!!」
「図々しいにも程があるアル偽モンが!!」
「そうだ!彼のことをそれ以上馬鹿にするな!!」
「あん?ガキどもに死に底ないは黙ってろ
それとも俺が黙らせてやろうかぁ?」
「黙んのはテメェだ殺人鬼・・・いや吸血鬼よぉ」
睨みつける銀時の瞳に 尋常じゃない殺気を認め
は・・・・刀を構え直す。
「さっさとそいつの身体から出て行きやがれ
腐れ吸血鬼野郎がぁぁぁぁぁ!!」
「やれるモンならやってみやがれ天パ野郎がぁぁ!!」
叫びと同時に互いは勢いよく地面を蹴り
閃光に等しい速度で、双方の得物を交わらせる。
宵闇の街の片隅・・・・
夜叉と吸血鬼との凄まじい決闘が幕を開けた。
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後書き(退助様サイド)
退助「いよいよこの長編もクライマックスへ突入です
吉原も絡めたし万事順調ですね。」
近藤「あの・・・俺達なんか空気になってね?」
退助「そこは管理人補正に期待する方向で。」
土方「いや、あんまり変わってねぇじゃねぇか
どう落とし前つけてくれんだテメェ!?」
沖田「あの殺人鬼よりも恐ろしい目に合わせてやらぁ
テメェと管理人と、あと土方もついでで。」
新八「シャレになりませんって沖田さん!?」
退助「うわ怖い怖い・・・
で、あのブラコンやっぱり生きてたんですね?」
月詠「ああ、処置を施し 日輪の茶屋で匿っておる。」
神楽「名前出ないしそこはどうでもいいアル・・・
今回の長編も私の出番少なくて不満ネ。」
銀時「いやまぁ、たまにはいいんじゃね?」
ビッグボス「うむ・・・この烏龍茶と言うのも中々うまいな
煎餅とよく合う。まさに日本の風情だな・・・・」
銀時「っていつまで人ん家で寛いでんだジジィ!!」