幾度、鋼の噛み合う音が響いたか
互いに一振りで人を屠れる一撃を相手へ繰り出し
紙一重の差で避け 或いは得物で受け弾く
・・・だが力の差は歴然としており
「デタラメながらも厄介な攻撃方法だが・・・
いかんせん、俺には及ばない」
振り抜いた刃の一撃が彼女の腕や身を割いて
作務衣をあちこち紅く染めるが
反撃として繰り出される軌道の読めない槍先は
の服と、皮一枚を掠めるばかり
「下等種族ながらよくやった方だが、残念だ」
「黙れ・・・それ以上殿の真似をするなっ!」
致命傷になりかねない傷を負いながらも
彼女は、うす笑う彼を睨みつける
「強き信念と平和を愛する魂を持った
あの男を・・・・それ以上侮辱するな!!」
吠えて駆ける小さな身体へ、白刃が突き出され
刺さる直前 彼女は槍を棒高跳びの要領で使い
その場から飛び上がる
虚空を斬ったが顔を上げれば
水平に構えられた槍の閃きがまるで
白い花びらの弾幕の如く 視界を覆い尽くしながら迫り来る
「・・・・っがぁ!!」
身を翻しながら信じられない速度で刀を繰り
かわし切れず足や腕から血を噴き出させながらも
彼はその攻撃の範囲からどうにか逃れきる
着地し、それに気付いた彼女が身を捻るも
次の一手を許さぬように白刃が肩と腹を貫く
「ぐがっ・・・!」
血を溢れさせ膝を突いた相手を見下ろし
「せめて安らかに死なせてやるぜぇぇ!!」
首を狙い は横薙ぎに刀を振り切り
・・・・・・まさに3cmほどの部分で
その動きは、急に留まった
痛みを堪え 少女が顔を上げた視線の先
「や・・・止めろぉっ・・・!」
荒い息をつき掠れた声を絞り出し、歪んだ顔の双眸は
―普段通りの蒼さを取り戻していた
「・・・殿・・・・?」
見開いた緑眼で相手を見つめたのを最後に
激痛に耐え切れず、彼女は血の海へ沈み込む
同時に建物の影から足音が近づいてくるのを感じ
「・・・ちっ、派手にやりすぎたか」
倒れこんだ相手を一瞥すると、紅い眼へ
戻った彼はその場から立ち去った
「騒ぎがあったのはここか・・・ん?ぬしは!」
少女へ駆け寄った月詠がその血塗れの身体へ触れ
微かに息をしている事を見て取ると
「おい、しっかりしなんし 誰にやられた!?」
真剣な顔で呼びかける
第六話 死亡フラグって連鎖すんのかな?
いまだ気まずい雰囲気の漂う、院内の一室
泣き疲れたサニーを見守りつつ 三人が沈黙を貫いていると
看護師が台車を運びながら入室してきた。
「清拭と病衣交換に参りました
さん、お体を拭きましょうか。」
「あ、はい・・・」
「ほーら殿方は出てってくださいな。」
何か飲み物を買うと言い、カズが病室を
出て行ったのを見計らうと
看護師は慣れた手つきでタオルで身体を拭き
すっかり作業が終わって 服を着替えた頃合に
「後少ししたら包帯も取り替えますので
それまで、安静にしていてくださいね。」
「はい。」
へ微笑みつつ告げて、部屋から退室する。
入れ替わるようにして戻ってきたカズの手には
売店で買ったらしき 三人分の飲み物があった。
「ちょうどいいタイミングでよかったよ。」
ニッと笑いながら、飲み物を手渡すカズへ
妙は少し表情を和らげる。
「ありがとうございます・・・こっそり覗いてると
思ってましたけど、意外と誠実なんですね。」
「はは、随分な言い草だなお嬢さん。」
「・・・カズさん・・・」
「ん、どうした?」
「ちょっと馬鹿みたいな事なんだけど・・・聞いてくれます?」
飲み物を両手で握り、上目遣いで訊ねる相手へ
彼は柔和な笑みで力強くささやく。
「ああ、何でも言ってくれ。」
「あの時のは・・・体が当人のモノでも
心は、違うんじゃないのかって・・・思ってるの。」
二人は驚いたように顔を見合わせ、問いかける。
「心が違うって・・・一体どういう事?」
「二重人格・・・それならあり得る話だが
今までそんな素振りは見なかったぞ。」
首を縦に振り それでも彼女は口を開く
「・・・でも、解離性同一障害は重度のトラウマや
ストレスが原因で起こるもの・・・
いつ発症してもおかしくない、と言われてます。」
「ちゃん、詳しいわね。」
「これでも心理学に精通していますから・・・」
今までの現状を鑑みて、得心のいく仮説に
納得しながらもカズは眉間にシワを寄せる。
「もし仮にそうだとしたら、あいつの人格が
戻るのを待つしか「いや それはできん。」
低い声で割り込み、入室してきたのは
右目に眼帯をつけた・・・前大戦の英雄・ビッグボス
「「あ、あなたは・・・!?」」
面識は無いもののまとう気配が大物のそれと気付き
妙とカズは驚きを露わにする。
「ビッグボス・・・」
フラフラと敬礼を試みるを、ビッグボスは止めた
「いい、安静にしているんだ。
それに・・・私はもう軍人の身ではない。」
「しかし、何故あなたが江戸に・・・?」
椅子を勧めながらのカズの問いに
腰かけながらも、表情を苦しげに歪め
「・・・すまない、もっと早くこの事に気付いておれば
・・・君につらい思いをさせずに済んだかもしれない。」
「え・・・?」
戸惑う三人へ 重々しくビッグボスは続ける。
「ヘイヴン事件でジャックに打たれたFOXALIVEに
・・・とんでもないものが仕込まれていたのだ。」
近藤や隊士達へ、今までの事を報告するべく
一旦屯所へと戻る山崎と別れ
土方と沖田は吉原の入り口にて待ち伏せをしていた。
時刻はとうに夜も更け 人の姿も少ない頃合だ
「土方さん、ホントに旦那は来るんですかぃ?」
「ああ・・・売春婦の溜まり場として吉原は
奴にとって格好の標的だ ここで張ってりゃ必ず来る。」
その台詞を裏付けるように
月をバックに、二人の目の前へ誰かが近づいてくる。
「・・・来やがったか」
野戦服を着た金髪頭 紅い眼に腰に差した刀
あちこちに傷を負うもののしっかりした足取りで
近寄るシルエットは
彼らにとって・・・・非常に見覚えがあった。
「・・・警察の虫ケラが、二匹か・・・」
「マズイですぜ、この殺気・・・
旦那が本気でキレた時と同じでぃ。」
「ああ・・・あん時のジジイを一人で倒した
化け物が・・・今俺達の目の前に・・・!」
抜刀し、身構える土方と沖田を値踏みして
「ほう・・・準備運動にちょうどいいな・・・」
もまた悪魔のような笑みで 白銀の刀を抜く。
「・・・血の雨を降らせてやるぜ。」
「FOXALIVEに・・・・一体何が仕込まれていたんですか?」
訊ねる彼女へビッグボスは鷹揚に頷いて呟く。
「君達は、"切り裂きジャック"の話を聞いたことがあるか?」
その名を理解し、頷くのは二人のみ。
「あの・・・何ですか、それ?」
知る由もない妙の問いに カズが代わって答えた。
「切り裂きジャックとは・・・ロンドンという国で
起こった猟奇殺人事件の、犯人の通称なんだ。
女性だけを狙い人種を問わず殺した
その人数は史上で最悪、今でも犯人の正体は不明だ。」
「いや、厳密には最後の犯行後・・・犯人は賢者達に捕えられ
人格データを取るために利用されたようだ。」
「利用?」
オウム返しに問われ、ビッグボスは静かに言葉を紡ぐ。
「・・・ジャックを始めとする『恐るべき子供達計画』
そこで生まれた者達の遺伝子には、予め
殺人衝動を引き起こす為のプログラムが施されている」
衝撃の事実に、室内の三人が瞠目する。
「じゃあ・・・今まで戦ってきたのは・・・
その殺人衝動が理由だって言うんですか!?」
「それは違う、彼は"人間として"戦う理由を
自分自身で決めてきたはずだ。殺人衝動は関係ない。」
確固たる言葉に 聞いた一同は少しだけ安心する。
けれど彼は憂う様に左目を伏せ、
「だが賢者達はその殺人衝動を利用しようとした。
遺伝子の殺人衝動へ掛け合わせる、史上最悪の
殺人鬼の人格データを引きずり出し・・・・」
一足先に、彼女が真実へとたどり着く。
「それじゃ・・・あの時、ドレビンさんが注射した
ナノマシンにその人格データが・・・!?」
肯定するようにビッグボスは 頷いた。
「そうだ、賢者達はジャックの人間らしい感情を削除し
情を持たぬ殺戮兵器として戦わせ続けようとした。
今のジャックは・・・ロンドン史上最悪の殺人鬼
『ジャック・ザ・リッパー』そのものだ。」
抱いていた思いが、の中で確信へと変わった。
「やっぱり、あの時のは・・・じゃなかった・・・!」
カズもまたグラサンの奥の瞳を輝かせ
そこで、ふいと拠点地でのやり取りを思い出す。
「そういえば・・・奴が次に向かうのは
売春婦の溜まり場だと予告していたが・・・」
「彼は当時、売春婦を主な標的にしていたからな
恐らくは当時同様 子宮を取り除くつもりだろう。」
瞬間 女性二人が吐き気を覚えて口元を押さえ
気付いた彼はばつが悪そうに言葉を足す。
「す、すまん・・・酷な話をしてしまったな。」
「い、いえ・・・大丈夫です。続けてください」
こほんと咳払いを一つして、ビッグボスは
殺人鬼についての情報を紡ぐ。
「彼の母親が売春婦だったという事は判明しているが
・・・生憎分かっているのは、それだけだ。」
「だとすると、その母親との間に何かがあり
・・・・奴は恨みを持ったと?」
「恐らくはな・・・だが詳細は未だ不明だ。」
押し黙った三人の顔を順繰りに見渡すと
「では、私はこれで失礼させてもらうよ。」
ビッグボスが椅子からすっと立ち上がる。
「ビッグボス・・・どちらへ?」
カズへと視線を寄越し、彼は僅かに笑うと
「彼が最も信用する・・・仲間の元へ・・・な。」
振り返らずに病室を後にした。
降り注ぐ月光を跳ね返す 刀の閃きが納まって
「チッ・・・こいつぁ分が悪すぎらぁ」
・・・負傷し倒れる土方と沖田を
は、ただ傲然と見下ろしていた。
「フン、こんなものか・・・やっぱり下等な日本人では相手にもならん。」
「テ、テメェ・・・!」
それでも起き上がろうとする土方の肩へ
白銀の刀が無造作に突き立てられる。
「ぐっ・・・!?」
「土方さん!」
「まだ抵抗し足りないのか?じゃあ・・・・」
新たな血飛沫をまとう刀が緩慢に振り上げられ
「死ね。」
彼は、躊躇なくそれを土方へと振り下ろし・・・
まさにその間隙に滑り込んだ近藤が
握り締めた刀で、強烈なその一撃を受け止めた。
「「こ、近藤さん・・・!」」
「何だぁお前は・・・・?」
「テメェ・・・俺の仲間に何しやがる!!」
ギリギリと鳴く刀をそのままに、右手を振るい
近藤が渾身の力での顔面を殴り飛ばした。
「っぐぁ!」
まともに食らったからか 彼は刀ごと大きく
その身体を後退させられる。
「君・・・他の誰が信じなくても
俺だけはお前を信じたかった、だけどな・・・」
ひたりと相手を見据え 淡々と呟く近藤だが
「俺の仲間に手をだしたんじゃもう黙ってられねぇ
・・・落とし前、きっちりつけさせてもらうぞ!!」
発せられる怒りは何よりも重く、凄まじかった。
・・・しかしそんな相手の気迫に圧されず
頬を擦ったの顔がにやける。
「まぐれ当たりの拳で、何ほざいてんだ虫ケラが
仲間?んなモン持ってたら殺し合いが楽しめねぇだろ?
あんま笑かしてくれるなよ」
「ほざきやがれぇぇぇぇ!!」
刀を構え直し、地を蹴り駆ける近藤を
「はっ!かかって来いよ虫ケラがぁぁぁぁ!!」
迎え撃つようにして彼も刀を突き出し、駆ける。
二人の斬り合いが始まった頃合・・・
妙とサニー、それとサニーをしばらくMSFで
預かることを請け負ったカズが病院を出て
包帯交換も済んだの病室を訪ねたのは―
「ボスの・・・いや、雷電の彼女さんか?」
グラサンをしていても神妙な面持ちだと
分かる雰囲気をまとった ドレビンだった。
「ドレビンさん・・・何か?」
会釈し、側の椅子に座った直後・・・
彼は申し訳無さそうに頭を下げた。
「すまねぇ、俺が・・・奴らの手口に
気付いていればこんなことには・・・!」
「いえ・・・頭を上げてください、ドレビンさんがいなかったら
はあの時FOXDIEで死んでしまう所でしたから・・・」
諌めるような言葉に ゆっくりと頭を上げると
「本当に申し訳ない・・・お詫びと言っちゃ何だが
これを、あんたに預けておく。」
ドレビンはペン型の注射器を彼女の手に握らせる。
「これは・・・?」
「体内のナノマシンデータを書き換える専用の注射器だ
やっと・・・製造が間に合ったんだ。
こいつを打てば雷電に仕込まれた殺人鬼の
人格データを削除できる・・・誰か他に見舞いは?」
「いいえ・・・もうみんな帰ってしまいました。」
静かな否定に、彼は肩を下げて落胆する。
「そうか・・・今のあんたに渡しても仕方ねぇな。
他を「あ、待って!」
彼女は 帰りかけるドレビンを引き止める。
「もう少ししたら、もう一人だけお見舞いに
来てくれるんです。その人なら多分・・・」
「もしや・・・・白夜叉が?」
「ええ・・・」
しばし見つめ合い考え込んでいたドレビンが
やがて口を開いて 言った。
「・・・わかった、あいつなら遣り遂げるだろう。
必ず渡してくれ。力になれなくて本当にすまない。」
「いいんですよ、もう・・・」
一礼し、ドレビンが出て行って・・・・
数十分後 看護師が食事を病室へと運んできた。
「さん、夕食で・・・い、いない!?」
もぬけの殻のベッドと無くなった荷物とを見て取り
彼女は急いで医師へと事態を伝える。
「先生!さんが病室にいません!!」
「何だって!?あの傷で外に出たのか!?」
「お、恐らく・・・」
血相を変え、医師は指示を下す。
「すぐに捜すんだ!完治してないままの状態で
万一何かあったら手遅れに・・・・!!」
病院から抜け出したは、傷の痛みに耐え
腹を押さえながらも人目を避けるようにして
路地裏を歩いていた。
誰かが見舞いに来るのは・・・・嘘
「今、を止められるのは・・・私しかいない。」
彼女の脳裏で、屋敷での妙の言葉がリフレインする
『あなたがさんを信じないで
一体誰があの人を信じてあげられるの?』
『あなたが救わないで、誰があの人を救えるの?』
「今まで、助けられてばかりだった・・・
だから、今度は・・・私がを救う番よ。」
握り締めた注射器を は自分の手で
へ打とうと決心していた。
「カズさんが言っていた"売春婦の溜まり場"・・・
彼が次に現れるのは・・・吉原・・・!」
そこで物に躓き、転んだ拍子に傷口が開く
「ツッ!」
包帯にじわりと血が滲み、彼女は走った激痛に
倒れたままで傷口を押さえ、眉をしかめるが
「こ、この位・・・彼の苦しみに比べたら・・・!」
今もっとも辛いのは、望んでもいないのに
殺人鬼にされている・・・の方
そう自分へと言い聞かせて 弱々しくも立ち上がる。
「待ってて、・・・今度は・・私が救ってあげる
絶対・・・絶対あなたを殺人鬼の呪縛から
解き放ってあげるから・・・!」
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後書き(退助様サイド)
退助「やっとこが殺人を犯した原因が
判明しましたが・・・丸く収まるかなーこれ。」
妙「知りませんよ、ドレビンさんも遅すぎます
もう少し早く来てくださっていたなら
カズさんに頼む事も出来たのに・・・・」
ドレビン「本当にすまない。もっと早く
わかっていれば対策も取れたんだが・・・」
カズ「いや、悔やんでも仕方ないさ。
それよりもこれからどうするかが問題だ。」
土方「ていうかあの女にまで
余計に死亡フラグ立ててんじゃねーよ。」
沖田「全くでぃ、そいつぁあの能面女と土方だけで十分でさぁ。」
土方「いい加減しつけーぞ総悟ぉぉぉぉ!!」
ビッグボス「・・・この二人はいつもこうなのか?」
退助「言動はね、けど何だかんだいって
結構一緒に行動してはいますよ。」