「まずは、私の事について話そうか。」
幼少期のストレンジラブは、星空を見上げるのが好きで
日が落ちてから外に出て 冷たい空気を吸いこみながら
月や金星、無限の彼方にある恒星などを眺めていた。
故郷で満点の星空を見られる機会は滅多に無かったが
それでも彼女の憧れを掻き立てるには十分で
空襲に怯えながらも英国の空を見上げ、いつしか
その場所へ到達することを夢見ていたようだ。
「けどね、この行動にも現実的な理由もあったの。」
ストレンジラブは先天的に肌が弱いらしく、ちょっと
日光に当たるだけで肌が真っ赤に腫れ上がるため
日中、外に出て遊ぶなどもっての他だったそうな
それを聞き、は少し納得する。
「だからコスタリカでも今も、そこまで
きっちりと着こんでいたワケか・・・」
外出が夜に限られたせいで、同年代の子供と一緒に
遊ぶ機会はほとんどなかったが
彼女は、特に寂しさを感じなかったと言う。
「それはまたどうして?」
「彼らの思考は非合理的だ。それでいて単純。
容易に予測できる・・・故に私とは意見が合わない。」
呆れ気味な彼女から見た、彼らの関心ごとは
男の子なら、戦車、飛行機、珍しい虫
女の子なら、綺麗なドレス、お菓子、ガラス玉。
それと、気になる男の子について・・・
しかも同世代ならまだしも、大人であっても
その点に大差がなかった事がなおさらやりきれなかった。
「不合理で単純・・・・特に男はそうだ。
成長するにつれ、頭は女のことでパンパンになる。」
ごもっともなお言葉に、は苦笑するしかない。
「耳の痛くなる話だ。」
10歳にして数学の才があった彼女は、近所にあった
チューリング博士の家で数理論理学について議論し
「その内、計算機が知能を持つ時代が来る。」
博士が口にしたその一言に ストレンジラブは
ひどく心を動かされ
飛び級で米国へと留学を果たした後、カリフォルニア
工科大学在学中に設立されたNASAへの介入に
彼女は迷わず手を挙げた、と言う。
その頃にはもう一端のコンピュータエンジニアであり
極稀にみる天才だともてはやされていた事もあって
若くして優れた技術を欲したNASAも彼女を歓迎した。
第4話 授業とか専門知識とか説明パートとか
始まったら「ZZZ」禁止だってば
「仕事は楽しかった。その頃には、もう自分自身が宇宙へ行くことは
諦めていたが その一端を担えるだけでうれしかった。」
そう言って話を続けるストレンジラブは、本当に
嬉しそうに微笑んでいる。
後に配属されたマーキュリー計画は
ソ連の有人飛行計画に対抗してのモノであり
パイロット候補として選ばれた彼ら7人はこう呼ばれた
「オリジナル7・・・聞いた事ぐらいはあるだろう?」
「ああ・・・一躍 時の人ともなったしな。」
資金も資料もふんだんにあったので計画は順調に進み
ソ連に追いつくのは、時間の問題だった。
「確か当時のソ連は犬を衛星軌道に送り込んで
無事帰還させていたな。」
「上層部は、『偶然の成功』と見立てていたがな。」
アメリカは再突入船を、主に洋上で回収するのだが
ソ連が接している海のほとんどは北極海で
再突入船は陸上に降ろさざるを得ず
犬ならまだしも、人間を無事帰還させるのは
まだ時間がかかると予想されていた。
この間に彼女達はチンパンジーを乗せての弾道飛行に
成功・・・ハムと呼ばれたその猿は元気に生還した。
その結果と、有人飛行に近づいた喜びに沸くNASAへ
予備のパイロット兼アドバイザーの名目で呼ばれ
"ある一人の女性"が赴任してきた。
「まさか・・・」
「美しいブロンド、精悍な口許、厳しげな眼差し・・・
だがその眼の奥には 慈しみの光がたたえられていた。」
お祭り気分の研究員一同を一瞥して
彼女・・・・・ビッグ・ママはこう呟いた。
『今日の内に喜びを味わっておくといい。
明日からは真実と向き合うことになるのだから。』
その言葉は、悪い意味で現実となってしまった。
ソ連の有人飛行は・・・もう数カ月後に迫っており
"第2のスプートニク・ショックを生まないためにも
何としても先に人を宇宙に送りこまなければならない"
と・・・見立てが狂って、政府が計画を前倒しにした。
ようやく猿に1回目の宇宙飛行を成功させた矢先に
それは、どだい無理な命令である。
「人を乗せる以上「失敗しました」では済まされない。
まして英雄扱いの"オリジナル7"が乗るなら尚更だ。」
にも関わらず上層部は、宇宙船に窓をつけろと命じた。
無事帰還した暁には 英雄に宇宙から見た景色を
語ってもらわねばならないから・・・とお為ごかして
当時では無茶苦茶にも程がある要求だった。
設計上 窓などつける余裕はなく、無理矢理取り付ければ
強度が保てない上、宇宙線の遮蔽にも問題があった。
しかし・・・ビッグ・ママはその要請によく応えた。
「彼女は厳しかった・・・自分にも、他人にも。
それは冷酷にすら見えた。けど、私は彼女に惹かれた
あれほど美しく、聡明だった人は始めて会ったの。」
「ママは宇宙に関しては門外漢だったはずだが・・・」
「けど彼女は、一度私達の話を聞くと
すぐに状況を理解していたわ。」
彼女の思考はどこまでも合理的で、にも関わらず
ストレンジラブには予測不能だった。
その判断力が、当人の膨大な知識ベースから
来ているだろう事は容易に想像できた
裏を返せば・・・他の誰よりも多様で、かつ
厳しい経験を積んできた証でもある。
「その広がりは、無限に思えた。
私は彼女の内側に、もう一つの星空を見た。」
話しがてら手元に用意したコーヒーを、二人は啜る。
また、ストレンジラブが彼女に魅了されたのは
美しさや知性だけでなく
同性として親しくしてもらえたからでもあったようだ
「日の下に出られなくても彼女が私を照らしてくれる。
柔らかな月の光のように・・・私は幸せだった。」
「その気持ち・・・わかるよ。」
彼女の的確なアドバイスの甲斐あって、着々と
計画は修正されていた
・・・パイロットの安全性を除いて。
オリジナル7が全員席を立ったのも無理からぬ事で
例え志願したとしても、NASA上層部が許しはしないだろう。
―予め そう決まっていたかのように
静まり返った会議室で、ビッグ・ママが手を挙げた
「私は彼女の搭乗に反対した。宇宙線の遮断が
不十分だとレポートを書いて提出した、なのに・・・」
上層部は"彼女が被爆者である"から適任だと答えた。
被曝が度重なれば危険度は高まる、だから
その理論は不合理極まりないものだ。
しかし政府は宇宙進出を先んじられたショックから
立ち直れず、理性的な判断が望めぬ程に焦っていた。
「ヒトは目に見えないものに、余りにも鈍感だ。
だが、私には身に染みていた・・・目に見えない
紫外線が私の肌を灼くように、宇宙からの重粒子線は
不可逆なダメージを人間に与えるだろう。」
しかし・・・飛行を控えた身体チェックで
ストレンジラブは、ビッグ・ママの頭蓋X線写真に
奇妙な部分を発見した。
「大脳右半球の一部が欠損・・・何故だ?」
「その時点では私も不可解に思っていた・・・
だが、同時にそれはチャンスだと思った。」
身体に異常が見つかれば、飛行は取り止めになる。
一筋の光明を得たストレンジラブは資料を抱え
上層部に報告すべく廊下をつかつかと歩き
それを、なんとビッグ・ママ自身が押し止め
黙って首を 横に振ったのだ。
『なぜ?このままモルモットになるつもりなの!?』
思わず詰め寄った彼女は、研究所の屋上に誘われ
満点の星がきらめく夜空の下で
ビッグ・ママから、自らが頭に傷を負ったワケを
話してもらったのである。
特殊部隊に所属していた自分に下った一つの司令
"マンハッタン計画の科学者の中に潜んでいる
ドイツのスパイ、その男を消せ"
科学者の名は、フォン・ノイマン。
超人的な計算能力を持つ数学者にして爆縮レンズの設計者
・・・参加している計画も世界を挙げてのモノだったので
警護も半端ではない。
しかし彼らに真相を知られるわけにはいかない
ので警護の目を掻い潜り、事故死に見せかける。
・・・・それはビッグ・ママなら難なくこなせる任務のはずだった。
「でも作戦直前、彼女は一つの事実を知った・・・
自分の中に新たな生命が宿っていることを。」
その歓喜が彼女を包み、同時に一瞬の判断力を喪わせた。
警護と撃ち合いになり、とっさにお腹を庇った彼女は
頭部に銃弾を受けてしまい
脳の表面を掠めただけとは言え、銃創周辺は壊死。
・・・そして彼女は昏睡状態に陥った。
状況が状況だけに 回復は絶望的だった、が
「3か月後には意識を回復。半年後には
以前と同じように動けるようになっていたらしい。」
「機能代償か・・・!」
「ええ、喪われた部分の機能を、ほかの部分が補った。
理論的にはあり得る話だったが、これほどまでの回復は奇跡だ。」
その超人とも思える力に、は改めて感心をした。
しかし・・・ビッグ・ママは、こう捉えていた。
『お腹の子供のためにも、生きなければと
思ったのかもね。身体が』
「そう言って笑っていたわ。
その気持ちが、私にはわかる。」
それ以来、任務のために手段を選ばぬ冷徹さも含め
彼女を"左脳の女"と呼ぶ者もいたらしい。
「確かに彼女は厳しかった。だが、彼女にも感情や
情緒はある。それは私が一番よく知っている。」
「・・・俺も同じだ、ストレンジラブ。」
「そうね、あなたの方がよく知っていたわね。」
結局、ノイマンはスパイではなく暗殺指令は
ソ連が意図的に漏らした偽情報によるもの
・・・ビッグ・ママは騙されたのだ。
計画の急激な進展はソ連にとって面白くはなく
天人に奪われたウラン型原爆は原料の面から
量産が難しいのだが、プルトニウム型原爆が軌道に
乗れば量産化や将来の小型化も視野に入る
故に、アメリカにそこまで先を越されたくない。
ただそれだけの理由で、必要不可欠である技術の
カギを握るノイマンを亡き者にと目論み
その事実が公になった事で、ソ連とアメリカの
対立は決定的なものになったようだ。
くだらない面子などの為に彼女を犠牲にする
やり方にストレンジラブは憤りを感じていたが・・・
「フロリダの夜は珍しく寒かった。震える私の肩を
彼女はそっと抱いてくれた・・・彼女の優しい匂いに
包まれて、私は夢見心地で話を聞いていた。」
完璧に見える彼女の失敗が、奇しくも
アメリカの優位を支え
ノイマンは、原爆以外でも多くの功績を残した。
経済学におけるゲーム理論や、現在でも使われている
プログラム内蔵型コンピュータの理論化
・・・彼が殺されていたら、その普及は10年遅れていたかも知れず
ストレンジラブもAIの研究をする事もなかったのかもしれない。
こうして今ビッグ・ママの腕の中にいる事だって
無かったのかもしれない・・・
そう考えて、幸運な巡り合わせだとも感謝した。
しかし彼女はそこで・・・あの時 ノイマンを
殺しておくべきだった、と言ったのだ。
『何故?指令は陰謀だったんでしょ?』
『確かに、ノイマンに罪はない。罪なき人間を
殺めるのは大罪だ。だが・・・ふと考えてしまう。
もし私が任務に失敗しなかったら、この世界は
どうなっていただろうか。』
ノイマンがいなくとも、爆縮レンズは
いずれ開発されていただろう。
だが、もしわずかでも猶予期間があれば
東西が手を携える機会があったのではないか・・・
彼女は ずっと考えていたようだった。
早すぎた爆縮レンズの実用化が冷戦を生み
果てなき核軍拡の端緒となった・・・偽りとはいえ
あの任務は天の采配だったのかも知れない、と
『あの時私は母性を優先して、任務の遂行に失敗した。
たとえ大罪を背負ってでも、私は彼を殺すべきだった。』
そうすれば核の脅威が日本に向けられる事は無かった。
そう告げた彼女を見上げれば、星空を見上げる
その表情は・・・自責の念に溢れていた。
思い当たる事があって、がハッとした顔になる。
「今の歪な世界を作り出したのは自分・・・
そう言っている時もあった。その時は何のことか
分からなかったが・・・そう、だったのか・・・・」
「思い詰めているのは痛い程理解した・・・
でもそれが、実験の犠牲となる理由にはならない。」
彼女の決意をひるがえす事は出来ない、と
頭のどこかで理解していながらも
そう言って、ストレンジラブは食い下がった。
けれども彼女は微笑んで・・・ただこう返した
『ありがとう、心配してくれるのね。
でも、私は忠を尽くさなければ。』
「私は・・・何に忠を尽くすのか聞いたけど
・・・答えなかった。」
「それが・・・自分だった・・・」
それっきり言葉が出なくなってしまい、室内に
深夜に相応しい静けさが広がってゆく。
「・・・・・その後は、どうなったんだ?」
「・・・・・・・ごめんなさい、ここからは
・・・私の気持ちの整理がついてからでいいかしら?」
どこか寂しげな面持ちで、そう口にしたストレンジラブを前にして
「ああ、わかった。」
はそれ以上、何も言えそうに無かった。
"いい加減遅いから"と二人が研究室を出て
あくびをかみ殺しつつも寝付こうと自室に
戻りかけた最中に携帯電話から着信が入り
画面の名前を確かめてから、彼は電話に出る。
『そちらは夜分遅くですよね?わざわざゴメンなさい』
「気にすることない、しかしそっちからワザワザ
電話するなんて珍しいな・・・何かあったのか?」
『一言お礼が言いたかったんですよ・・・
本当に、ありがとうございます。』
その気になればついて行く選択も可能だったが
彼は敢えて江戸に残り、万事屋の面々共々
海外旅行を楽しむよう妹を後押ししていた。
『昨日今日と色んな出来事を聞きましたが
があれほど楽しそうなのは始めてでしたから。』
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。」
とは言え彼女はいつもの様に無表情なので
その辺が分かりづらかったりするのだが
敢えてそこには触れず、両者は会話を弾ませる。
『それじゃあ僕も仕事がありますので、妹が
ご面倒おかけしますがよろしくお願いします。』
「任せておけ。」
『あと、カズさんがたまに余計なちょっかい
かけるみたいなんで注意してあげておいて下さい。』
「その点については言われるまでもないさ。」
『ええ、勿論信頼してますよ。けど念のため
さんの方から伝えておいてくださいます?』
「構わないが、何をだ?」
問いかけた直後 受話器越しに
『妹に悪影響を与えたら、僕が新たな人生と
性癖に目覚めさせて差し上げますわ♪・・・と。』
仕事の時にしか使わない"ここ一番"の悩殺ボイスを
受け取った彼の眠気は、一気に吹っ飛んだのだった。
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後書き(退助様サイド)
退助「ここでビッグ・ママの過去話に触れてみました
ちなみに前半・・・書きたかったんですってば。」
神楽「毎度の尺稼ぎにしても今回のはあざと過ぎネ」
新八「神楽ちゃん、作者落ちこんじゃうからその辺で
けど、宇宙行くのにそんなに苦労してたんですね。」
ストレンジラブ「今ではターミナルの転送装置で
大気圏突入時の推進剤がいらないからな。」
カズ「つくづく天人の技術は恐ろしいな。」
ストレンジラブ「その通り だが、それでは夢がない。」
銀時「ていうか、仮にもとコラボってんのに
文中では一度しか名前出てねーぞ?しかも兄貴の電話」
ストレンジラブ「ぬかったか・・・とっさに名前を
滑り込める台詞をぜんぜん考えてなかった。
頼む、管理人!文章力を出演というメテオに!」
狐狗狸「いいですとも!」
銀時「んな小芝居やらんでいいわ!!」
※ここでの時差は日本の時差から15時間ほど
マイナスされております。
新八「そーいう注釈もいらないっての!!」