気分転換に外へ出てみれば、暗くなった辺りには
軽く雪が積もっていた





「どうりで寒いと思った…」





馴染みの店で気に入った銘柄のタバコを買い


そのまま当ても無く少し街角をふらついて





「おや?」


思いもかけない魂が、近くのコンビニにあることに気がついた







「ありがとうございましたー」





ドアを開いて 所狭しと品物が置かれた
店のカウンターへと目を向ければ


下げていた頭を上げた少年の鳶色の瞳が
ほぼ同じタイミングでこちらを捉えて





…おやおや、まるで幽霊にでも
バッタリ出くわしたような顔じゃないか





「話には聞いていたけど、こうやって
働いている所に会うのは初めてですね?」


「そ…そうですね」





あからさまな戸惑いを浮かべて、チロチロと
視線を周囲へさまよわせてから





「あの、博士はどうしてここに?」


声を幾分か落として彼―が訪ねる





「いや〜ちょっと研究に煮詰まっちゃってね
タバコ買いがてら 散歩に出てみたんですよ」


「そうですか…そろそろ閉店の時刻ですけど
ゆっくり買い物していってください」





特にこれといった予定も無かったけれど


その一言で、少し気が向いた





「いや〜単に君が働いている姿を見かけて
立ち寄っただけだからね、失礼するよ」





軽く笑って店内を出てから


横道の…やや死角になっている壁を背にして


タバコの封を開け、口にくわえて一服しながら
コンビニの明かりが消えるまで待つ












〜La progenie del cagliostro
"メガネの奥の鋭い輝きは何を見透かす…?"〜












やがて店の入り口に鍵がかけられ


裏口から 通りに見慣れたツナギ姿の
オールバックの亜麻色頭が現れたので





吸い殻を踏み消して、近寄り様に声をかける





「やぁ、お仕事お疲れ様♪


「ってうわぁ!ななななんでここにいるんですか!
帰ったんじゃなかったんですか!?


「そのつもりだったけど、どうせなら途中まで
一緒に帰ろうと思いまして」


「いえあの、一人で大丈夫ですので」





そのまま横を通り抜けようとするの腕を
素早く捕まえて言葉を続ける





「授業でも無いのに子供が夜道を一人で
出歩いていたら危ないでしょう?」








彼はオレの手と顔とを見比べて





「じゃああの…途中までお願いします」


観念したように、そう答えた









月明かりも星明りも無い暗い路地で


お互い軽い会話を交わしながら歩を進める





…この子の外見や態度は、あくまで
十代の子供として特別おかしな部分は無く


成績も実戦の評価も普通


特定のパートナーはおらず、魂の波長も
特に目立つプラスやマイナスもなし





ただの一般生徒以上の扱いをしなければ

興味を持つことも無かった







―時折、魂の端に現れる魔法陣を目にするまでは







「あの…シュタイン博士 僕になにか?」


「何でもありませんよ」





答えれば、気まずげな笑みが返ってきた







こんな珍しいケースは滅多に無い


オレは自らの性に任せ、今もなお
ヒマがあれば彼の魂について研究を行っているが


正直 分からないことが多すぎる





まず当人には自覚が無いらしく

色々と質問を重ねても特には参考にならなかった





見える魔法陣の状態も一定ではなく


うっすらとソレらしい模様が見える時もあれば


逆にハッキリとした図形になる事もあった


…まるで"何か"に反応しているかのように





魂に魔法陣が現れる条件についても

正確な所は判明してはいない





死武専以外で彼を見かける事はあまりないから

こうして観察することで、糸口が見つかるかと
思っていたんだが…





魂には魔法陣も変化も見られない





やはり一度、解体してみるべきか…?







ぼんやりと隣の少年を見下ろしていると
ガラスの部分に白い欠片が張り付いた


立ち止まりながら袖で拭って上を見上げれば


細かな欠片が 音も無くいくつも降り注いでくる





おや、また降ってきたみたいだ」


「そうですね」


「この調子なら明日には辺り一面
雪景色になっているかもしれないね」





瞬間、の声が憂うつそうに沈む





「…雪はキレイですけど、あまりつもりすぎるのも
正直言って困ります」


「ふぅん」


「屋根や路上のジャマな雪をかき出すのって
案外重労働だし、歩くのに不便だし、冷たいし…」





こうして不満を呟く姿は本当に
どこにでもいる普通のお子様そのものだ





ただ、若干切実なものが混じっているのは


彼が学業の他に複数のバイトを両立させて
生活しているからかもしれないが







「…あ、そこ危ないで」


「ふんぎゃ!」


気がついた時には遅かった


凍りかけた雪だまりに、足を取られて倒れこむ





「大丈夫ですか?」


「ああうん、悪いね」





差し出された手を借りて立ち上がり

したたかに打った腰の辺りを軽くさする





気をつけてくださいね、アイスバーンで
すっ転んでアバラ折っちゃった人もいるので」


「へぇ そんな例もあるんですか」





打ち所によっては、ありうるかも知れないな…
気をつけておくとするか







「アパートがすぐソコなので、僕はこの辺で
失礼します…それじゃ


「そう、気をつけてね」


軽く手を上げて別れの挨拶をして





数歩踏み出したの足が、突然止まった





「どうかしたかい?」


「あの博士、ソデ口が破けてます





言われて上げた手の白衣の袖を見てみれば





「おや本当だ」


「さっきのでやっちゃったんでしょうね
にしても、結構ハデに裂けちゃってますね」


参ったな…白衣はさほど持ち合わせが無いのに」





服に対して特に愛着があるワケではないが
長持ちさせるに越したことはない





「あの…よかったら 縫いましょうか?


「縫うって、君が?」


「はい…あの、送っていただいたお礼に
…もしよろしければなんですけど」





予想していなかったセリフだけれど
特に断る理由もない


頷けば、おっかなびっくりと言った様子で

アパートの一室へと通された









「オンボロですけど、外よりはマシなハズです」





古く安っぽい壁に床 あまり広いと言いがたい
簡素なつくりの室内を、必要最低限しか
置いていない家具や道具が助長している


正に"オンボロ"の一言がピッタリだ





とは言え、外の寒さは確かに少し緩和されていた







差し出されたコーヒーの入ったカップを受け取り





「終わるまでちょっと待っててください」





別室から引っ張ってきたイスに腰かけ


は針に糸を通して白衣の袖を縫い始める





コーヒーをすすりながら眺めた動きは
それほど素早くは無かったが


手つきは割合サマになっていて驚いた





へぇ、中々上手いもんだ」


「マンマがやってた仕事の見よう見まねですよ
…古着の手直しとかには重宝してますけどね」


「服を縫っていたんだ 君の母親」


ええ…僕も時たま手伝ってました」





言ったその顔は、どこか寂しそうでもあった





「立ち入った事を聞いてばかりで悪いね」


「いえ、気にしてませんから」


曖昧に笑って 再び針が動かされる





のしかかるようにして背もたれに体重を預けて
側のテーブルへ目線を移す







教科書と少し古いコミックとが数冊ほど
邪魔にならないように端に寄せて置いてある





そこに紛れるようにして小さなフレームが
一つだけ…ぽつんと立ててあった


ボロボロの写真が入れてあるようだ





と、が作業を止めるとそのフレームを
倒して写真を伏せる





「それ、大事な写真なのかい?」


「……そんなトコロです」





ほんの数瞬だったが"女性らしき人物"
映っていたのは見えた…恐らくは母親だろう







彼が"魔女"を嫌悪し 固執する理由
死神様からおおまかには聞き及んでいる







沈黙を置いて、は小さく訪ねた





「博士は……一度も子供に顔を見せない父親
どう思いますか?」


「さぁね、あまり家族や人の繋がりには
頓着しない性質ですから」


「そうですか…」







父親の事は名前しか知らないと、聞いたのはいつだったろう


大事な家族のハズの母親を捨てた男に対して

目の前の少年は 何を想って問いかけたのだろうか





…少なくとも確かなことは





まだ彼は、過去に重点を置きすぎている







十代という若さを考えれば 割り切るにも
振り払う事も酷なのかもしれないが







沈みかけた頭へ 手を伸ばして撫でる





「事情は人それぞれでしょうが 今の君は
間違いなく死武専の生徒なんだから

…そこでの繋がりを大切にしてください





きょとんとした目でこちらを見つめて


やや照れたようにははにかむ





ありがとうございます…あの、シュタイン博士」


「何でしょう?」


「博士には…大切だって思える人がいますか?」


「いますよ、信頼できる相手がね」







狂気と共にあるオレの唯一の"秩序"


正式なパートナーとして組むことが出来た
唯一の武器であり、同級生





どちらも 本当にかけがえの無い相手だ







「もしかして死神様と…スピリット先生ですか?」


「おや、分かっちゃった?」


「はい なんとなくは」





浮かべていた笑みを見て、直感的に彼もまた
二人に対して似た想いを抱いていると気がつく









…渡された白衣に袖を通し





「助かったよ君、ありがとう


「あ…いえ、お役に立ててよかったです」





頬を赤くして見送る少年を背にアパートを出れば
既に雪は止んでいた







魔女の血縁がいるとするなら…あの魔法陣は
その魔女か、もしくは父親に関係するかもしれない


彼の父親について 可能な範囲で調べるのも手だな







そんな事をつらつらと考えながら歩きつつ





ふと、袖口の縫い目に目を留める





「役に立ててよかった、か」





同じ言葉を口にして 自然と唇がほころんだ








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:口調がややニセモノ感漂ってますが
これは間違いなく博士の話です ご安心を


博士:誰に対して言ってるんだい?


狐狗狸:あ、お気になさらず…てーか仮にも生徒を
バラしたいとか考えるのは教育者としてどうかと


博士:気になったものは徹底的に調べつくすのは
昔からのクセでしてね(へらへら)


狐狗狸:…さよですか


博士:おや、どうして逃げてるんですか?


狐狗狸:ハハハハハ気のせいですよ〜(滝汗)




微妙な歩み寄りが表現出来ている事を願います


様 読んでいただきありがとうございました!