もしもあの時、ああしていたならば


そんな風に考えた経験が一度でも無いだろうか?


ここで別の選択肢を進んでいたなら

ここでこんな行動を起こしていたなら


こんな言葉をあの人にかけていたならば…





ここから先の話は そんな戻る事のない"もしも"の話


些細な偶然が重なって起きた奇跡的な可能性





世界が変わるきっかけは案外単純


それは どこかでの蝶の羽ばたきの多さや
選んだ夕食のメニュー





「僕でよければ話し相手になりますから、アナタのコトを教えてください」


少年のこの言葉のような 取るに足らない軽い一言など―







********************





人が行き交う商店で 安く新鮮そうな細長い野菜を手に取り
しげしげと眺めている少年の足の辺りへ


小さな足音と共に二つの小さな手が近寄って来た





少年の鳶色の瞳が、ぴたりと止まった手の方へ一瞬だけ向けられるが


すぐに何事もなかったかのように手元の野菜へと戻る





「ねーチャイロ、それ何のお野菜?」


「…ズッキーニだけど」


訪ねる幼い声に、野菜へ目を離さぬままは答える





「てゆうか、魔法まで使って何やってんの?」


「かくれんぼ!」


「あんまり遠くまで行ったら怒られるんじゃないの?」


「遠くまで行かないってミフネと約束したもん!」


「ああそう、走り回って人にぶつかんないようにね」





などと適当に言いながら二つ三つズッキーニを
左手に持ったかごへ放りこんだ辺りで





どこだアンジェラ ここにいるのか?」


すらりとした背で、腰に刀を差した長髪の青年が

幼い魔女の名を呼びながら 通りからこちらへ近づいてくる





さっと少年のズボンを物陰代わりにして手が隠れたのを


やってきた青年…ミフネはハッキリと目にしているが
それを指摘する事はなく 辺りを見回すばかり


隠れ場所代わりになっているもまた


己の身体へ走るむずがゆさをこらえつつ
敢えて、アンジェラが足元にいるコトを口にしない





すぐ隣まで歩み寄ったミフネが訊ねる





「それは…ナスか?」


「いえズッキーニです こんにちは」





答えては 小さく頭を下げた












〜Storia del mondo differente
"KILLだけが縁じゃない"〜












死武専の面々がアラクノフォビア撃破を果たし


マカが鬼神・阿修羅を討ち取った後


ミフネはアンジェラを連れて、デス・シティーへ
足繁く通っては死武専へと顔を見せに来ている


その為 二人はお互いに面識があった





「ええと…誰か探しているんですか?」


「ああ アンジェラをな」


「そうですか、見つかるといいですね
じゃ僕待ち合わせがあ…おおっ!?





白々しい事を言いつつ、その場から立ち去ろうと
一歩踏み出した少年の足が止まる





「そんなにいろいろおヤサイ買って何するの?」


いつの間にか姿を現したアンジェラが、目の前にあった
買い物かごへ体重をかける形で覗きこんでいたからだ





「いきなりのっかかんなよ重いから」


「ねーねー、何か作るのチャイロー」


「そうだよまだゴハン食べてないからね
だからカゴから離れてってば、もー」


「アンジェラ かくれんぼはいいのか?」


、みつかっちゃった」





えへへーと笑いながら歩み寄ったアンジェラの頭を
帽子越しにミフネが撫でてやっていると


ぐぅ、と彼女の小さなお腹の音が鳴った





「おなかすいたから いっしょにゴハン食べていい?」





まぁるい瞳に見上げられ、ため息まじり小さく笑った
が側にいたミフネへと問う





「ミフネさんもお昼まだですよね」


「ああ」


「よかったら、一緒にウチで食べていきませんか?」


「いいのか?」


「いいですよ、今月少し余裕があるし
もともと多めに作ろうってマカと話してましたから」









買い物を終え、道すがら少年は

マカとクロナと三人で カレーを作るのだと話をした





料理したコトないってクロナが言ってたから、練習がてら
いっしょに作ろうって話になりまして」


「それで材料を分担して買っているのか」


「ラグナロクがよく食べますからねー」


「二人とも早く早く!」





急かすようにして先へ走り出すアンジェラだったが





「あまりはしゃぐと転ぶぞ」


「ダイジョブだもんこれくらい!」


「またコーヒーかぶる羽目になってもかばわないよ?」





にそういわれ、足を止めると振り返りざま

不満げに唇を尖らせた顔をする





それでも文句を言わず大人しくしているのは


以前走り回った際 BJとぶつかって

彼の持っていた入れたてコーヒーの直撃
受けかけた記憶があるからだろう





「あの時は助かったが…本当に火傷などなかったのか?


「ほとんど服にかかってましたから」





真剣に気遣ってくれている眼差しから、ちょっとだけ
瞳を逸らして少年が答えた所で


!」





合流場所で待ってたはずのマカが駈け寄って来る





「どうかしたの?」


「ちょっとね…
あれ?ミフネさんとアンジェラもいるの?」


「少し先の店で出会ってな」


「チャイロがゴハン食べさせてくれるって!」







挨拶もそこそこに マカに連れられ辿り着いた先で





「うわぁ」





街路樹の木陰で 材料と飲み物の入った買い物袋を持って
オロオロしてるクロナと


ぐったりと壁に寄りかかって進む黒衣の神父を見つけて


三人のうち二人は、状況を大体理解した





「なっなんかこの人ぐったりしてて」


「さんざ声かけても
大丈夫とか言って無視すんだぜこの神父」





クロナとラグナロクの言葉を引き継ぐようにして マカも言う





休んだ方がいいって二人で説得しようとしたんだけど
荷物もあるし どうにもできそうになくって」


「OK分かった」





うなづき、なおも歩き続けるジャスティンの前へと回り
説得を試みたであったが


全く持って効き目がなかったので





「ああもうらちが明かないイヤホン取りまし…
こら逃げんな!ミフネさん この人抑えといて!


「分かった」





ミフネとの連携により問答無用でイヤホンをはずし


代わりにマカがクロナのために持参していた
水のボトル(予備)を渡して、どうにか木陰まで誘導した







「人のモノを盗むとは悪い子ですね、返しなさい


「せめて脱水症状を回復してから言ってください」





普段のにらみ合いならばジャスティンが勝っていただろうが


弱った状態で、心から案じられては勝ち目は薄い





「…では返してもらうまで、私の体調が回復するまで
付き合ってもらいましょうか」


「分かってますよ、じゃウチに来ませんか?一応エアコンある分
外よりはマシですし今ならお昼もつきます」





どことなく気楽な態度に 神父が不承不承ながらも
まんざらでもなさそうに口の端を歪めて頷く


が、そこへラグナロクがあからさまに文句をつけた





おいふざけんな地味野郎!ぽこぽこ人を呼びやがって
オレらの分のメシが足りなくなんじゃねぇか!」



「かなり多めに買ったから大丈夫だって」





背中で怒号を飛ばす相方とは裏腹に


予想外に増えた人員に、クロナはすっかり萎縮してしまう





「こ、こんなに人が多い中でどうカレー作りに
接したらいい分からないよ…」


「邪魔ならばオレたちは辞退しようか?」「ひっ」





声をかけたミフネに対しびくりと肩を竦めたので


新たな火種が生まれる前に、が両者の間に入った





「むしろ人に慣れるためにいてあげてください
クロナも、この人見た目より優しいからこわがんなくていいんだよ」


「う、うむそうか」


「わかったよ…僕、がんばってみる」





アレなコトを口走りられつつも納得する彼らを見つめ





「先日 テスカと口論になった時のコトを思い出しますねぇ」


水を一口飲み込んで、ジャスティンはぽつりと呟いた









…六人が入って狭くなったアパートの一室を見回し





「予定より人数多くなっちゃったけど、イスと食器足りるかな…」


少年は 軽く勢い任せの行動を後悔した





「後からソウルとブレアも来るから
ブレアに魔法で何とかしてもらうのはダメ?」


「え、まーいいけどさ…てかブレアってカレー食べれんの?」


「猫だが普通の猫ではないからな」





妙な説得力を感じさせるミフネの発言に

それもそうか、ならいいのかな…なんて言葉が返る





『お、案外大丈夫そうだなージャスティン』





不意に聞こえて来た声の先…半開きのユニットバスに
据え付けられた鏡から


ぬっ、と顔面をはみ出させて外へ出ようとしたテスカに
気が付いた


とっさに近くにいたジャスティンの背を押して対面させる





「…何故君は、私を盾にするのです?」


「ドアップで迫る人とか強引な人が多いんでつい」





悪意なく、あるいは確信犯的に距離を縮めるタイプ
対峙してきた経験からくる反射と


これ以上 人が増えるのを防ぎたい気持ち





その二つが合わさった事による、彼なりの妥当な行為が
動じない人間バリアーであった





「それよりテスカさん、この人に何か用でもあるんですか?」


『単に様子見に来た通りがかりだぜ こいつ夏場でも
そのカッコだから 出来る限りは気にしてやってんだ』


余計なお世話です、年中頭部に被り物をしている
アナタにだけは言われたくありません」


『言うじゃねぇか…ところで人が多いけどなんかあんのか?』


「クロナと一緒に、これからカレーを作る所なんです」


「けど材料いっぱいあるし、あと一本は包丁欲しいかな」





ふーん とマカへ気のない返事をしてから

鏡の中のテスカはミフネの刀へと視線を移す





『ちょうどいいからお前さんのその刀で野菜ぐらいスパッと』


断る 武人の魂を何だと思っているんだ」


「えーでもミフネ、お外で寝る時に刀で木を切って
マキ作ってるよねー」


「それは鍛錬も兼ねているから必要な行動なんだ」


「メンドくせぇな、ならいっそあのネジメガネのメスでも
「それ以上余計なコト言ったらその舌切り落とす」







提案したラグナロクでさえ口を閉ざしてしまう威力が
その低く鋭い声にはあった





『お前まだシュタインとケンカしてんのかよ』





呆れ混じりなテスカへ むっとした顔では返す





「別にケンカなんかしてません、単に必要最低限でしか
あの人と関わる気になれないだけです」


「その割には 博士の元に差し入れ持ってったりするよね」


「アレはマリー先生の分だよ…いつも近くにいやがるから
余計に持ってくだけ」


『そんなツラすんなよ、根に持つ男は嫌われんぞー?』





ケタケタとおかしそうに笑うクマ男は


じろりと少年に睨まれた事で、肩を竦めて鏡から姿を消した







お隣さんに一時まな板と包丁を借りるコトで事なきを得て





分担して野菜の皮むき・適度なサイズにカット
肉を炒め始めた死武専生ズを


中古のソファーに腰かけて 残る二人は見守っている





「相変わらず苦労しているな、それに人がいい」


「確かに…けどああ見えて彼も結構無茶しますし
よからぬコトをしでかしますからね」


「端的には知っているさ」





そう返したミフネの言葉を拾って、お肉を炒めていた
マカが思い返しながら続ける





「勝ち目がないのにキッドにケンカ吹っかけて
軽く流血沙汰になってたもんね」


「アラクノフォビアへのカチコミでも
その後のカナダでもやらかしてやがるからな!」



ああもう反省してるってば!
だからこうして前髪だってバッサリ切ったんじゃないか」


「散々みんなでうっとーしいから切れ、って進められてたじゃん」





冷淡な切り返しに うっと呻いては危うく
皮を剥いていたズッキーニを取り落しかける





「でものその髪型…似合ってるよ?」


「ありがと」





やんわりとしたクロナのフォローに苦笑いで答える
少年を見つめる神父と侍の顔には


どことなく柔らかいものがにじんでいる





「よくも悪くも、あの普通さは変わらんだろうな」


ええ…それは間違いありませんね」









下ごしらえを終え いよいよ煮込む段階となり


マカとクロナが大き目の寸胴鍋(貰い物)へ野菜や炒めた肉
水などを入れてゆく隣で


が小さめの鍋に同じ材料を入れたのを見て

膝の上のアンジェラが 不思議に思って訊ねる





「なんでちっちゃいお鍋でもにてるの?」


「こっちは甘口だからだよ」





彼女をヒザへ乗せていたミフネは その言葉の意図を
悟って短く礼を返した





「わざわざ手間をかけるな」


「気にしないでください、たまたま甘口のルーがあったんで」





職場で押し付けられたモノが残ってて消費にも困っていたし

と、少年は心の中でのみ付け加える





しっかりアクを取りつつ煮込み


ルーを溶かし込んでゆくと透明なスープが褐色に染まり

ふわりと食欲を誘うスパイスの香りが漂いだす





「ぐぴゃ、ウマそうなニオイじゃねぇか…」


こら!つまみ食いしないのラグナロク!!」





調味料を入れて味を調え


あと一煮立ちするばかり、といったタイミングで
ソウルとブレアもやって来た





「思ってたより人増えてんぞ、これ食うスペースあんのか?」


「詰めればなんとか…無理かな?」


「座るトコも足りないねー場所だけでも移す?」


「これくらいならブーたんの魔法で何とかなるかも」





魔法で追加したイスで座席を間に合わせ

ちょっぴり狭い思いをしつつも どうにか全員でテーブルを囲み





「ライスとパン、それぞれあるので好きな方どうぞ」


「「「はーい」」」





それぞれの食器へとろりとした茶褐色の、大きめに切られた
野菜と肉の入ったカレーが盛られる


アンジェラだけは特別に 小さな鍋からよそわれている







湯気の立つ皿の中身をスプーンですくって口へ入れれば





「おいしい!」


「フツーのカレーだな」


「ええ、カレーですね」





適度な辛みに包まれた、噛みごたえのあるサイコロ大の肉


いびつで柔らかいニンジンや シャクシャクとトロトロの

中間くらいの歯ざわりの玉ねぎ

ほどよくホクっとしたジャガイモの甘みが
全員の口の中へと広がった


ちょっぴりクセのあるズッキーニの触感と味も

いいアクセントとなって カレーの中でも
主張しすぎない程度に存在感を示しているようだ





「ズッキーニってこんな味なんだ〜中々イケるかも」


食えねぇコトはねぇな!どんどんおかわりしてやるから
ありがたく思えよぐぴゃぴゃ!!」



「食べながらしゃべんないでよ…お行儀悪いよラグナロク」





熱さと辛さからかうっすら汗をにじませながらも

パクパクと食べ進める全員を横目に見つつ
ブレアはカレーをスプーンで突っつく





「猫舌にはちょっとツラいアツさだニャ」


「出来立てだからな…無理せずゆっくり食え
残してもタッパーに詰めるぐらいはしてやるよ」





口調はぶっきらぼうながらも、彼が嫌いなハズの魔女に
歩み寄っている態度を示していたから


ミフネはおかしくなってしまった





「まるで一家団欒のようだな」


思わずといった何気ない一言に


そうかもと頷く者、何言ってんだ?と呆気に取られる者

もしくは聞き流してカレーを口に運ぶ者と


テーブルについていたものは様々な反応を示す





「そうですね」





満面の笑みで肯定した


程よい熱さと辛さをもったカレーを 口いっぱいに頬張った








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:IFルート、ということでアニメ版に沿った
設定で夏っぽい話にしてみました


マカ:こっちはアニメ終了後のお話だよね


クロナ:う、うん…いろいろ細かいトコが違ってるけど
基本の流れや彼の行動は 原作と変わんないんだって…


ミフネ:魔女の姉がムダに大きくした城での騒ぎを鎮めて
追い払うのが、アイツの主な役割になっているな


ジャスティン:原作ではあまり会話のなかった私やBJ
テスカとも交流を少しばかり深めていますね


ブレア:原作ほどじゃニャいけど魔女ギライは減ったニャ


アンジェラ:キムが魔女じゃないからお話するキカイが
少ないのはさみしいけど ツンツンや椿や他のみんなが
遊んでくれるからさみしくないよ!


テスカ:オレ、アニメじゃ出てねーけどいいのか?


ラグナロク:あ?知るかよクマ男!




原作側でもフラグを立てていたらもしかして
仲良くなれたかも…と考えたのが執筆のきっかけ


様 読んでいただきありがとうございました!