その時の彼女の動きは、少しだけロボットのようにぎこちなく
声のトーンもどこか上擦っていた





「あ、あのっ先輩!」


「エターナ…じゃなかった君か一体どうかし」


きょとんとしている彼の前へ


すっと差し出されたのは一枚のチケット





「一緒に映画 見に行きませんか?」





ほんのりと顔を赤くしたエターナルフェザーに
メガネ越しの上目使いでそう言われ





「…え!?


誘われた当の本人だけでなく


周りで談笑していたバイト先の社員でさえ目を丸くしていた





「何?デートのお誘い?


「地味なツラしてスケコマシだなーお前
最近バイト来れなくなったのもそのせいかー?」





ニタニタ笑う社員につつかれ戸惑う
何か答えるよりも早く


真剣な顔をして、きっぱりとエターナルフェザーが叫ぶ





「別に本格的な交際というワケではありませんから!」







「そこまで力一杯否定しなくても…」





あまりにもハッキリ言い切った彼女の発言に


食堂で食事を共にしていたつぐみ達が目をしばたたかせたのが
先日の話


映画を見にゆく相手にを誘う、と話していたので

何気なく"デートか"と聞いたら


先程の反応が返ってきたらしい





「しかし男女二人で映画館へ行くのは異性交遊
つまりデートに値するのでは?」


「そんなつもりじゃないわよ、この間相談したら疲れ気味で
気分転換がしたいって言ってたから」





何気ないような顔をして言い募るも
どんどんと声が窄んでいくエターナルフェザーとは逆に


斜向かいで訪ねていた蒼が 目をキラキラさせて
力強く発言する





私は責めるつもりはありません!むしろ皆さんのお話を
伺った限りでは、誠実なよい先輩だと想定していますし☆」


「そう言えば蒼ちゃんとアーロ…じゃなかった
先輩は会ったコトないよね」


「ええ、機会があればぜひお話をしたいです☆」





とある事件の後遺症か、関わりの薄い相手の名前を中々
覚えられないめめではあったが


最近では 少し緩和されているようで


それに安心しつつもアーニャは、うつむく黒髪お下げ少女へと問う





「そもそも映画を見にゆくのなら
二人きりでなくてもよかったのではありません?」


「だって、勧められて買ったチケット二枚だし」


「勧められたって キム先輩にですか?」





しかしデッドパインセオを口に運んだエターナルフェザーの返答は


全員の予想を裏切っていた





「ううん、博士に」





「博士に!?」





何でまた、と言いたげな顔でが訪ねる












〜L'ambiguit un diritto speciale delle donne
"閉じた部屋での一幕"〜












ちなみに二人がいるのは 彼が先程までいた配達事務所付近でなく

そこから少し離れた路地にあるベンチだ





「見たかった映画の前売り券、行くヒマが無さそうだから
安く買わないかって言われて」


「それでか」





どことなく納得した顔をし、少年は受け取ったチケットに目を落とす





「もしかして迷惑でした?」


「いや誘われたのはうれしいんだけどさ…
そのー、エターナルフェザーは何で僕を映画に?」





確かに以前相談を受けた折にそんなコトを口走った覚えもあるし
こうして誘われたのは、素直に喜びたいのだけれど


見に行く映画が 相手を選ぶモノである事と


シチュエーションがデートめいている事が
どうしても気になってしまうようで


思い切って訪ねただったのだが





「この前も相談したと思いますが私、常々悩んでいるんですよ





抱いていた期待と不安と、淡い幻想


照れなど微塵もない面持ちで詰め寄った彼女に
無残にも砕かれてゆく事になる





「キムに押されがちになるコトにだろ?
最近じゃすっかり収まってきたって言ってたけど」


「それもですが、それだけじゃないんですよ
先輩は私のコトどう思います?


「へ?ええとそのー割と話しやすい女の子だなーと
…あと顔近いよ、ちょっと離れて」


「そこですよ!」





ぐっと更に顔を近づけられたので


思わずは背後にのけ反った





「この間も話しましたけど、私って付き合いやすいけど
異性として見られてないみたいなんですよ」


「いいコトじゃん!人付き合いがやりやすいってのは大事だぜ?」


「よくないわあぁー!!
私だって女の子として見てもらいたいんじゃー!」






やや涙目で叫びだした少女をなだめながら、彼は内心焦っていた







男女分け隔てなく接する事のできるエターナルフェザーは


同じNOT生にとって、軽い話題をかわすコトから
時には悩みを打ち明ける相手にうってつけで


似たような立場のには


そのポジションの辛さや苦労は何となく理解できた





ので相談ついでにその辺りの愚痴を聞き、相槌を打つのも
もはや手馴れたものだったのだが


さすがにこの反応は予想外だったようだ





「先輩言いましたよね?
そのウチ私にも素敵な彼氏が現れるんじゃないかって」


「ああ、ええと、そんな風なコト言ってたっけね」


「だからそうなった時、失敗しないよう
予行演習として映画を見に行くんです!!」


「そんな理由が!?」


「何事も予習は大事でしょう、男女の恋愛において
経験に勝るアドバンテージはありませんから」





何か間違っている気がしなくもないデートの理由を知ってしまい
若干後悔しながらも





「それでは今度の休日よろしくお願いします」







「じゃ、じゃあ今度の休日に…」







と適当な返事をした記憶を振り返っては思う





「ばっちり意識しちゃってるよなぁ、コレ…」





亜麻色の髪型はすっきりとオールバック気味にまとめられ


落ち着いた色のジャケットとズボンに 爪先を磨いた
黒いプレーントゥはある程度ドレスコードにも対応できる装いで


普段の自分を知る者ならば "カッコつけすぎ"と笑われても
おかしくないだろうと自覚している





「おまけにこんなモノまで買っちゃったし」


ポケットに忍ばせた"ある品物"を見つめて彼は


出ていく出費と、しばらくの食生活へ思いを馳せつつ
少し憂鬱そうなため息をもらす





何やってんだろ僕…こればっかりは知ってるヤツに
見られたくない、見られたら軽く死ねる…」





ため息交じりに 噴水の側の電灯に軽く背を持たせ

しばらく黙って佇んでいただったが





あまりにも手持ち無沙汰だったので





ポケットに手を突っ込み、すっかりとお気に入りになった
レコードのメロディを口笛で吹きならす





先輩…ですよね?」





待ち人に声をかけられて、口笛を止め

振り返った彼の鳶色の目が大きく見開かれた





「お待たせしました」


「って何その背中のネジ!!


普段と変わらない黒い制服姿の、エターナルフェザーの背中には
大きな巻き取り式のネジがくっついていた





「ああこれ?私の鉄板ネタです、ウケました?」


「ゴメン、僕はあんまりそのセンスは…」


「そうですか シュタイン博士のイチオシなんですが」





笑顔からほんのちょっぴり残念そうな顔をして、背中についた
ネジを外すエターナルフェザーは


苦笑いをする彼の頭からつま先までを興味深そうに眺める





「聞いてはいたけど先輩って
私服だとホントに別人ですね」


「よく言われる、君は私服で来なかったんだ」


「あくまで予行演習ですから それに手持ちの服は…」


「そうだったね、忘れてたゴメン」





キムのおすすめ攻撃で買ってしまった趣味の悪い服が
いまだにクローゼットを占領しているのは


彼女にとっても悩みの種なんだとか





さ!気を取り直して行きましょうか」





割合乗り気で進むエターナルフェザーとは逆に


は、どこか苦々しい顔つきで左隣へと並んで歩く









『上映の際は、大きな音で騒いだり立ち上がったり
周りのお客様のご迷惑にならないようご協力をお願いいたします』






薄暗いホールの座席が 徐々に人で埋まってゆく中





「統計によりますと、暗い部屋で共に過ごした男女は
明るい部屋で過ごすよりもより密接になるといわれています」


「へえーそうなんだ知らなかったよ」


「それと個人にはパーソナルスペースというモノがありまして
恋人同士の距離感は45cmと言われていて


やたらと話しかけてくる彼女の言葉は、彼の耳を素通りし





「他の人もこっち見てるし…ちょっと声のトーン
落とした方がいいんじゃないかな?」


やんわりと注意をする彼の声は、彼女に届いていなかった





「何だかワクワクしてきますね」


「…僕は別の意味でドキドキしてきたよ」





ほどなくして暗闇に満たされた館内のスクリーンは





血しぶきと悲鳴に彩られたスプラッターアクションを映し出し

約一名を除いた観客達を熱狂の渦へと叩き込んだ







『お前のハラワタを抉り出してやろうかぁぁぁ!』







館内のロビーでも、映画内で使われていたセリフが
そっくりそのまま響き渡っていて





「面白かったですね!」


「そ、そう…それなら何より」





満面の笑みを浮かべて外へと出るエターナルフェザーへ
は、やや引きつった笑顔で返す





「先輩は好きじゃありませんでした?こういうの」


「まあ、アクションは確かによかったけど
演出がちょっと派手すぎてね」


「そこがあの映画の肝でしょう」





などと軽く映画についての感想


あるいは批判を口にしながらも少年は


目の前の彼女が恋愛映画を好む姿は想像できなかった事は
きちんと胸の内にしまっていた





「さて 次はどこに行こうか?」


「と言いますと?」


「デートの予行演習って言うなら、まだ帰るには
早い時間かなって思ってさ」





メガネの奥の目をしばたたかせつつも少女は





「そうですね…あそこで運勢でも占ってもらいましょうか!」


通りの露店に並ぶ "占い、やってます"と描かれた看板が
かかった小さいテントを指差す







「いらっしゃい」







水晶の置かれたテーブルを挟んで客と占い師が向かい合う


いかにもな空間で、二人の対面にいたのは

猫耳フードをかぶった幼い少女だった





「何やってるの?カナさん」


「占い 店番してって頼まれた」


「こんな小さい子にお店を任せるって…」


[うるさい]地味男のクセに」


ヒドっ!あとそんなカード初めて見るんだけど!!」





オリジナルのカードでなんだかんだ言われつつも


サービスとして、料金半額で今後の運勢を
タロットで占ってもらった二人だったが





[塔]が出ている、災難が降りかかるから気を付けて
あと[女殺し]が出てる…思い当たるフシは?」


「どっちもないよ失礼な!」


「メガネの方は…[恋愛不適合]、ご愁傷様」







「何なんですか恋愛不適合って…」





散々な結果に終わり、しょぼくれてテントを出た
エターナルフェザーをは励ます





「あまり占いを気にしすぎない方がいいよ、ほら!
気を付けてれば運勢は変わるって言うじゃない」


「本気でそう思ってますか?」





どんよりと恨みのこもった視線を返されて


気まずくなった少年は、つい目をそらして口笛を


「口笛得意なんですか?」


え?

「私と待ち合わせていた時も吹いていたので」


「…ああ聞いてたの、まあそこそこかな」


「それアーニャさんが聞いたらうらやましがるかも
つぐみさんやめめさんの指笛も気になってたみたいだから」


「へ〜あの二人 そんな特技があったんだ
指笛は僕も出来ないから、ちょっと気になるなぁ」





予想だにしない方向から転がった
そんな他愛のない会話を楽しみながら


制服と気負った格好のちぐはぐな二人組は
街中を当てもなく散策し





「本日はありがとうございました、また何か
ご相談したいコトがあった時などに伺いますので」


「構わないけど、生首持ってきたりはしないでね?」





女子寮の前でそんな約束めいた言葉を交わして別れた


…が


ふとは、ある事を思い出して踵を返す





しかしすでに目当ての相手は自室へと戻っていたため


彼は寮の門前で 呆然と立ち尽くす





「どうしよう、すっかり忘れてた…」


「本当に惜しいわ」





ぬっと門の側から、小さなスコップ片手に現れた
ミザリーにしげしげと覗き込まれ


は危うく悲鳴を上げかける





「アナタが女子なら、いいセン行ってたでしょうに…
つぐみさんには叶わないまでも」


「ミザリー寮長は相変わらずですね…」





優しく勤勉な寮長として慕われる彼女だが


"フランダースの庶民"の熱烈なファンであり、その表現方法が
サイコじみているので一部の生徒には恐れられている





も御多分に漏れず逃げ腰になっていたが


どうにか思いとどまって平静を装い、ミザリーへ
一枚の封筒を差し出した


「あの寮長、お願いがあるんですが…」







「何かしら?」







寮長から渡された封筒を開け、中から出てきたモノに
エターナルフェザーは驚かされた





「なにこれ、カワイイ…」


入っていたのは彼女の手の平に収まる程度の

バラをモチーフにした、薄緑色で丸い銀縁のカメオブローチ


"ホアン・ティ・マイ様へ 親愛を込めて"

書き添えられた短い手紙だった









「エターナルフェザー先輩、デートはどうでした?」





翌日 ニコニコと何かを期待して聞いてきたつぐみに


エターナルフェザーも同じようなニコニコ顔で返す





楽しかったわよ?言っとくけど男女としての付き合いでなく
先輩後輩として、映画を楽しんだって意味でね」


先輩のコト好きじゃないんですか?」


「そうじゃないけど、先輩はそういう関係では見れないというか…」





言葉を濁す彼女の白いケープに隠れるようにして


白いバラが映える 小さな丸いブローチがつけられていたのを
めめは見逃さなかった





「そのブローチどうしたんですか?」





少女は片目をつぶり うれしそうな微笑みを浮かべる


「秘密♪」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:軽くキャラ崩壊&別人化しておりますが
書きたかったんです、エターナルフェザーさんとの映画館デー


エターナル:ちゃんとしたデートじゃないってば!
て、アレ?先輩に私 本名教えたっけ?


狐狗狸:ヒント→彼は色んなバイトをしてる


つぐみ:あのー…めめさんの状態については
どんな感じになっているんですか?


狐狗狸:後遺症でちょっとした行動縁の薄い相手の
名前
を忘れちゃう程度、って事にしてます
ちなみにこの話はネタバレになるからNOT5巻既読推奨


アーニャ:警告としては遅すぎませんこと?


蒼:まさか私が出演させていただけるなんて光栄の至りです☆


カナ:何気に私も初出演


めめ:カナちゃんの占いって当たるんですか?
ちょっと占ってもらっても


ミザリー:それならつぐみさんがフランダースの庶民の
メアリー役を射止められるかどうかをぜひ



エターナル:ええと…私が一応この話の主役なんですけど…




今回、人のセリフを起点に場面が飛んでるので読みづらいかもです
時系列は気にせず読んだ方が幸せになれるでしょう


様 読んでいただきありがとうございました!