今日は、いつになく暑い気がする


ツナギを半分脱いで腰に巻いてるけど 本音を言えば

汗でベトベトのタンクトップも脱いでしまいたい





いやでもガマンガマン 今仕事中


それでなくても人前で半裸になるなんて
ブラック☆スターぐらい度胸ないと無理だし





「おーい休憩すんぞ!」『うぃーっす!!』





ホコリやらなんやらが舞う空気の中で監督へ返事して


作業する手を止め、崩れかけの不安定な壁や
柱の合間を通って 僕や先輩方や同期のバイトは


わらわらと休憩用のバラックへ集まってゆく







今日は解体撤去中心だから、細切れの休憩を
多めにとってはいるけれど


それでもお昼の休憩は本当にありがたい





「あんだよ、オレの昼飯ほしいのか?」


「いえ結構です…てゆうか、珍しい取り合わせですね」


「好きなんだからいいじゃねーか うめーぞ?





いやまあ、食べ物の好きキライは人それぞれだから
別にいいとは思いますけどね


でもワンカップにキウイはどうかと


なんて思いながら、持参したサンドイッチを
ぱくつこうとしてハタと気がつく





あー…飲み物がなくなりかけてる


暑かったから、ついつい飲み過ぎちゃったんだよなぁ





「近くで飲み物買ってきまーす」


「お、そんならついでにいくつか備品の補充も
頼んでいいか?そろそろ切れそうでな」


オレも飲むもん頼むわ!金渡すからさ〜」


ついでとばかりに色々頼まれてしまった





ま…いいんだけどね、それくらい慣れっこだし

工事現場でのこのノリは普通(イツモノコト)だ












〜La temperatura vola in alto da calore
お嬢様には、刺激が強め?"〜












太陽のまぶしさに目を細めながら店へと走り


戻りしな、ちょっとルート短縮しようと脇道へそれたら







ビルとビルのスキマに張り付いてる女の子を見つけた





うぅーん…あともう少しですのに…!」







よく見たらアレ、アーニャちゃんじゃん





どうやらなにかをスキマの奥に落としたみたいで
必死でスキマに手を伸ばそうとしてるけど


届かずに苦戦し続けてるのが見ただけで分かる





「姿勢を変えれば届くかも…けれど、地面に
這いつくばるなんて私には出来ませんわ」


「あのー」


ビクン!と小さな身体が跳ね上がった





先輩!?ど、どっどどどうして」


「ああうん通りかかったんだけどさ、もしかして
なにかお困りだったりするのかな?」





さっさと助ければいいのは分かりきってるが


アーニャちゃんだと、変な意地とか張られそうだし


色々荷物もあるからちょっと様子見してたら


僕の顔をジッと見ながら、その場で
うんうんとうなりだしてしまった





…これって助けてもらおうか考えてるってコトかな?


多分そうなんだろうけど


真剣な彼女の顔はとてもかわいらしくて


仕事のために髪上げてるから、よりハッキリと
悩ましげな表情が見れるので余計にドキドキする





…どうやら 結論が出たみたいで





ぐっとなにかをこらえるようにしてから


アーニャちゃんは、上目づかいで胸に両手を当てて
もじもじしつつこう言った





「ビルのスキマにある手紙を、取ってくださいます?

その…アナタでしたら汚れても
今と大して変わりありませんでしょうし」





後半の余計なセリフはともかく


お願いするその姿はとてもかわいくて


男だったら…いや男じゃなくても断るなんて選択肢は
存在しなくなるくらいのモノだったけど





「…どーしよっかな?」


なんて、ワザと口に出してしまう僕は


ちょっとばかりヒネてるのかもしれない







当然、目に見えて彼女は表情を固くして
ぷいとソッポを向いてしまった





頼んだのが間違いでした、ではごきげんよう」


「あ、ええとゴメンってアーニャさん
悪かったから、冗談だから手伝うって!


「アナタのようなフツー庶民の手を借りなくても
結構です!これくらい私一人で…きゃあっ!





ムキになったアーニャちゃんの足が滑って


顔からビターンと地面にダイブしてしまった







…結局 僕がハサミに変えた片腕スキマに差し込み
手紙を引っ張りだしたのだが


当然のようにアーニャちゃんに怒られ





汚れてしまった顔を洗うのと日光にさらされ続けて
悪くなった気分を整えるため


そして僕に責任を取らせるために


仕事が終わるまでバラックで待たせろと言われてしまった





もちろん断ったけれど…涙目"責任をとれ"
叫ばれ続けて周囲の視線が痛くなり


断り切れず、僕は折れてしまったのだ









「君にとっては居心地悪いかもしれないけど
ガマンしてね?それから、一応"僕の知り合い"
仕事を見学しに来たってコトにさせてもらうから」


「…仕方がありませんわね、かまいませんわ」


「ちなみにその手紙って誰から」


先輩に教える義理はございません」





まあ分かってたけど、態度がいつもより素っ気ない





軽くあの時のイタズラを後悔しながら
荷物を持つ腕を片方開けて 簡素なドアを開ける





「おいおいどこまで買い物行ってたんだよ!」


「スミマセンした!遅くなりました!」





買ったものを受け取っていく先輩たちの視線が


僕の後ろへ隠れるアーニャちゃんに集まる





「ん?おいそれお前の彼女か?


「何現場に女連れてきてんだよ!」


「なっ…!?」


「いや違いますって、この子は僕の知り合いで
少し事情がありましてですね」





出会った経緯と、それから連れてきた理由とを

あるコトないコト混ぜこぜにして現場監督に話すと





監督はしばらく渋い顔してたけど







「しょーがねーな、今回だけだからな?」


"見学なら"と、アーニャちゃんがバラックへ
入るコトを許可してくれた







さて、あまり休憩できなかったけど仕方ない


急いでサンドを口に放りこみ
買ってきた水で流し込んでから立ち上がる





作業もするし暑くなるから、とチャックを
降ろして半脱ぎしたツナギの袖を腰で縛ってたら


横から小さな悲鳴が聞こえた





「い、意外と鍛えてますのね…」


「そんな驚くほどでもないとおもうんだけど
こんな仕事してるわけだし、仮にも死武専生だし」


「正直もっと貧相だと思ってましたわ」





男として、その反応はなかなかキツいモノがある





「割りと身体使うバイトも多いから、ほら
僕の場合ずっと働くなんてザラだし」


「休日にまで働くなんて、庶民は大変ですのね」





…確かに貴重な休みを潰してまで一日中
働かなきゃヤバいくらい生活キビシイけど


改めて言葉にされるとかなりこたえる


自分で自分の首を絞めたかも、と思いつつ
バラックを出て作業へと没頭する











太陽の勢いが少し弱くなってきたかなって辺りで





「おーし!今日はこれくらいにしとくか!
それじゃコレで解散!」『お疲れ様っした!!』






監督からの号令がかかって、やっとこさ
仕事が終わったコトを実感する







…普段だったらそれほど意識しないんだけど





休憩の合間にアーニャちゃんのグチやら


先輩や他のバイトの人からの詮索がちょくちょく
入ってくるから倍疲れた気がする





けど、そんな生き地獄もコレで終わ


「不愉快です!今すぐ訂正なさい!!」


「オイオイからかっただけだろ?
そーカッカすんなってお嬢ちゃん」





終わって…欲しかったのに!







どうやらまたぞろ野次を浴びせられたらしく


バラックのドアを開けた先では


皿のようにハゲあがった…もとい、そこだけ
髪の毛のない特殊な髪型の先輩へ


顔を真っ赤にしながらアーニャちゃんが
食ってかかってる





「ゲスな庶民は頭の中身も乏しいのですね
アナタの場合は、髪も乏しいようですけれど?」


ちょ!ソレ禁句!その先輩には禁句!!





オイこらそれハゲって意味か?ちょっとばかり
育ちがいいからっていい気になんなよ小娘ぇ!」


「暴力で訴えるつもりならお相手致しますわ
これでも武道の心得はありますのよ!





口ゲンカがエスカレートし、怒りに身を震わせた
彼女が平手打ちしようとして手を振り上げて







―その身体が、ぐらりと傾いた







"立ちくらみだ"と理解したのは
ギリギリで後ろからの支えが間に合ってからだった





「なっななな!お放しなさ…っ」


「ほら、体調悪いんだから無理しない」


暴れられても困るので、勢いで抱え上げ


ついでに戸惑ってる先輩へ向き直る





スミマセン、悪い子じゃないんですけど
色々ありまして…僕が代わりにあやまります」





ペコリと頭を下げると、二人は視線を交わして





ややあって…先輩から口を開いた





悪かったな、オレも少し言い過ぎたわ」


「いえ…こちらこそ申し訳ありませんでした」







じゃな、と手を軽く上げて 自前のツルハシ
担いで去ってく先輩を見送って





先輩、いい加減降ろしてください


「わ、わかってるよ」





胸のあたりで両手を縮こまらせてたアーニャちゃんを
どうにか手近なイスへ下ろす







あ…危なかった…





髪のニオイとか柔らかい感触なんかを
味わうヒマなんて 正直みじんもなかった


なんかずり落ちそうで安定しないし

運ぶのも精一杯で、ギックリ腰になるかと思った


うう、まだ腕がプルプルしてるよ







「それにしても、あんな無神経な方々と
小汚い場所で日にさらされて働くなんて…

先輩もずいぶんと苦労なさってるんですのね」


「まあね、てかアーニャさん
もう少しばかり言葉をオブラートに包んで」





一応忠告はするけど、この子は聞いちゃいない





「責任の件に関しては…先程の仲裁で
帳消しにして差し上げますわ」


「へぇ、そりゃなによりだね」





いつも通りのすました答え方は変わらない





これで右へ左へお別れになるんなら僕としては
悪くない結末かな、と思っていると







「そっそれと…不本意ながらも凡人で庶民の
アナタに助けられたお礼がまだでしたから
今から、アイスをごちそうして差し上げますわ」





アーニャちゃんが、ゆでダコみたいに
真っ赤になりながらこう言ったのだ






そんなはにかんだ顔で見つめないでよ

…こっちまでアツくなりそう ホント反則







いいよ、気持ちだけで十分」





って断ったけれど、彼女は"どうしても"と譲らず


バラックを出て道を歩く合間も 女の子に
おごらす気のない僕と


借りを返したいらしい彼女との言い合いは続いたが





ああもう!それならいっそ先輩が
私にアイスをごちそうなさい!!」



あれぇ!?僕がおごるの?」





いつの間にか、言い分が逆転していたので
財布からお金がまた少し減ったのだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:本来はカーペンター源さんトコで働く
設定だったんですが、ピンと来なくて止めました


アーニャ:資料不足だと素直におっしゃったら
いかがかしら?庶民は財布も庶っぱいのですね


狐狗狸:痛いトコ突くようですが…
お姫様抱っこされた感想はどうでした?


アーニャ:いっ!?おおおお降ろし方が少し
乱雑でいただけませんわ!


狐狗狸:アレでも最大限気を使った方なんです

腰を入れて支えつつ持ち上げたから運べたんだけど
腕力に自信があるキャラでもないし、ウチの子


アーニャ:…思ってたより固かったけど


狐狗狸:ん?何か言いました?


アーニャ:空耳ですわ!もしくは気のせいです!




バイトの"先輩"は…大久 保先生のマンガを
読んだことのある人なら分かります多分


様 読んでいただきありがとうございました!