○月×日





別に日記の体で話を始めるに当たり、○月×日で
描写しなけければならぬ法律は無いが


かといって固定の日付を決める必要なども


今回の話に限っては特に無く、強いて言うなら
太陽が活発になる六月以降…


そう、夏ごろの話であるという認識さえ
大まかに確立されていれば こだわらずともよいので


ここは様式通りに○月×日で語らせていただこう







…ともあれその日、少年は


「早くしなきゃ…きゃんっ!!





路地を走り 何も無いところで盛大にこける

黒髪ツインテール少女のすぐ側に居合わせた





「うわっ、だ、大丈夫?」


「いったたた…あ、は、ハイ!あの平気です」





あわてて返事をしながらガバっと顔を上げて





「「あ」」


目の前でコケた"春鳥 つぐみ"は、声をかけた
相手が顔見知りだと気が付いた





「えへへ、恥ずかしいトコ見られちゃいましたね」


「そういうコトもあるよ、トコロで」





訊ねかけて、起き上がった彼女のヒザから
少し血がしたたっているのを見つけて


ツナギのポケットから一枚の絆創膏を取り出した












〜Perci la vita piacevole
"可愛い子たちのほほえましいやり取り"〜












「これ使って」





ぽかん、とした顔で絆創膏を眺めてたけれど


ヒザのすり傷を指摘されると
ようやく納得し、つぐみは絆創膏を受け取った





「ありがとうございます…用意がいいんですね」


「これくらいは普通だと思うけど、ああそうだ
使う前には傷口を水ですすいどいた方がいいよ?」


「はーい あの、そう言えばさっき先輩
なにか聞こうとしてませんでした?」





聞かれて彼は、訊ねかけていた言葉を紡ぐ





「そうそう、なんだか急いでるみたいだったから
なにか用事でもあったのかなって」


「…ああ!そうだった、急がなきゃめめちゃんが!!





思い出したように目を見開いて駆け出そうとする
つぐみにやや面食らいつつ、は続けて問う





「め、めめちゃんてあのほんわかした感じの子だよね?
あの子がどうかしたの?」


「一緒にお買い物してたんですけど、途中でめめちゃん
暑さでまいっちゃったのかぐったりしちゃって」


「それは…間違いなく熱中症だろうね」


「私もそう思って、冷たい飲み物を買いに行こうと
走ってたらコケちゃって」


「そっか、じゃあスポーツドリンクか水を買うといいよ
すぐそこに店もあるし」


「そうなんですか、ありがとうございま…きゃっ!


再び駆け出そうとしてバランスを崩しかかる
つぐみだが、すんでで腕を支えられて事なきを得る





「そんなにあわてたらまた転ぶよ?
なんなら飲み物くらい僕が買ってくるよ」


「で、でも先輩にそこまでしてもらうの悪いですし」


「気にしなくていいよ、大したコトでもないし
困ってる後輩を助けるのも先輩の役目ってね」


「シダミ先輩って面倒見いいですね〜」


「僕も熱中症で地獄を見たからね、だから余計
ほっとけないってだけさ…だから名前違うよめめさん」





答えて、更に数拍の間を置いて







「「めめ(ちゃん・さん)!?なんでいるの!!」」





二人は側に佇んでいる"多々音 めめ"に驚く





話題に上がった当人は、幾分悪い顔色で笑いながら
左右にふらふら揺れながら口を開く





「つぐみちゃん、どっかいっちゃったから探したよ?」


「いや飲み物買ってきてあげるから待っててって
言ったよね私!?」



あ〜そーだったっけ〜
でもなんだか申しわけない気がしちゃって」


「と、とりあえず今からちゃんと買ってくるから
動かないでね!先輩、めめちゃん見ててください」


へ!?ちょ、僕が行くって…」





けれど、駆け出してしまったつぐみに彼の言葉は届かない


ため息を一つ吐き 前髪で隠れた両目で
チラリとめめを見やると





「私がふがいないばっかりにごメーワクかけちゃって
ゴメンなさい、レレレ先輩」


だってば…ああもう好きに呼んでいいから
日陰に移動しよう、足ふらついてるしホラ」





は自らが口にした言葉を きちんと実行するのであった









○月△日





同じようなカンカン照りの午後


制服に身を包み、重たい荷物を次々運んでいた
少年が額の汗を拭うと





配達先の窓から見えるアイス屋に


つぐみとめめ、そして"アーニャ=ヘプバーン"
仲良し三人が訪れたのが見えたので





早くしてくれない?今日中に引っ越し終えたいから」


「は、はい!」


思わず業者の帽子を目深にかぶり直す





家具などの重いものなどを仕事仲間と慎重に運びながらも


見つからないように気を配っていたには





アイスがくるのを心待ちにしている三人の会話が
途切れ途切れで聞こえていた







「…ちゃんと帽子をかぶらなくてはいけませんわ」


ね〜こないだは忘れたせいでつぐみちゃんと
ダベホル先輩にメーワクかけちゃったもんね」


「あの時はびっくりしたけど、めめちゃんが
無事でホッとしてるよ…本当 先輩には感謝しなきゃ」





思い当たる話が聞こえてくるにつれ
そちらに気を取られる回数は増してゆく





スポーツドリンクは数回に飲ませるのとか
教えてもらってね すごく勉強になったよ」


とニコニコと笑いながら口にしたり





「この絆創膏も先輩にもらったんだ〜」


なんて嬉しそうにヒザを見せるつぐみの言動に
ついつい、口元が緩みそうになっていたり





「庶民なりに気は利くんですのね、でも
確かに大したコトじゃないですわね」


「そうですか?十分スゴイし優しいと思うのに」


「ケガが日常の死武専生ならそれぐらいの知識や準備は
当然でなくて?先輩ご本人も自覚しているようですし」





アーニャの素っ気ない態度に、軽く参ったりして





「おい、お前マジメにやれよ」


「すっすみません!





しかられながらもは懲りずに視覚と聴覚の
半分を彼女らへと集中させていた







「お待たせしましたー」





と、ちょうど頼んだアイスが店員が差し出したのだが





「「はーい!」」


ぴったり同じタイミングと動き、そして笑顔で
揃ってつぐみとめめが両手を伸ばしたので


店員と、そしてはついつい吹き出してしまい


彼だけは仕事仲間に頭を叩かれていた









○月★日





この日は少しばかり太陽の勢いは弱まっていて


定期的な共用スペースの清掃業務として

死武専・女子寮の廊下をモップがけしていた
少年は、小さく呟く


「少し蒸すけど…まあ、過ごしやすいかな」







だが廊下の一区画を終えた辺りで、近くから
まるで壁を鈍器で叩いたかのような衝撃音と





「いやあぁぁぁぁぁぁ〜…!」


絹を裂くようなかん高い悲鳴が響いたので

何事か、とが駆けつけると


どたどたとうるさい物音がする部屋のドアから
三人ほどが飛び出して衝突し


は受身を取れず廊下にしりもちをついた





「イダッ!?」


「あ!先ぱ「しー!」





名前を呼ばれるのを阻止し、まばらながらも
集まる人々の視線を気にしながらも


彼は三人と共に立ち上がって訊ねる





「ていうか、一体なにがあったの?
ものすごい悲鳴だったんだけど」


「悪魔が…悪魔が…!


「悪魔?まさか死武専に…!


「部屋にゴキブリさんが出たんですよ」





めめが答えたその瞬間、張り詰めていた空気が
見る見るうちにしぼんでいき


集まっていた人々も興味をなくして


三々五々に散っていった





「えーと…それだけでこの騒ぎ?」


それだけとはなんですか!アナタみたいな庶民と
違って私はあんな悪魔はじめて見ましたのよ!?」



「ああうんゴメン落ち着いて、てか二人とも
服つかむのやめて、伸びちゃうから」







…どうやら窓に近い壁の辺りに張りついていた
黒い悪魔に気づいた瞬間、つぐみとアーニャは硬直し


撃退しようとめめが素手で殴りかかったのだが


空中に回避されてしまい…更にはアーニャの方へと
飛んだまま接近してきたため


死に物狂いになりながら、部屋を飛び出したのだそうな





「ああ、それでさっきの悲鳴と物音ね」





納得すると共に、あの音は素手で壁を叩いたって
威力じゃないよねーと思うだが


その辺はあまり気にしないコトにしたらしい





「うう…このままじゃ部屋に戻れないよう…」


「こうなったら、代わりにアナタがあのおぞましい悪魔を
部屋から追い出してくださいません!?」


「でも僕が入るのはマズイだろうし…そうだ!
寮長さんに頼むってのh「「イヤ!!」」


つぐみは過去の恐怖から、アーニャは現在進行形で
黒い悪魔が部屋に居座る脅威から


提案をぶっ千切り、涙目になりながら揃って首を横に振った


単なるバイトでしかない彼は困り果てるけれども
二人の手がしっかり制服の裾を握って離れない







仕方ない、と内心で呟いて はアーニャの
開いた手に握られていた霧吹きを手に取る





「じゃあ、少しこれ借りてくよ?」


「かまいませんけれど、それでなにを…?」





答えず、彼は手際よく霧吹きの中身を


清掃用の洗剤を水でちょうどいい濃度に薄めた液体で
満たして、彼女らの部屋へと入っていく





ごとごとと物音が少しして







…程なく、小さな紙包みを手にして
霧吹きを腰のベルトに携えたが出てきた





「言ってた一匹はこの中、ちゃんとしとめたよ」


「ほ…本当に、もうあの悪魔は…?





引け腰になりながら手元の紙包みを見ている
二人へ、彼は霧吹きを差し出して続ける





不安ならこれ置いときなよ、かければ
わりとヤツらに効果あるから」


「手際がいいんですね!」


「まあ、これも仕事のうちだから」





ペコリと頭を下げる三人を背に、
残ってる区画へと道具を担いで移動していく









○月$日





そんな先日の出来事を耳にして、マスターは
顔に似合うニヒルな笑みを称えながらこう答える





仕事のうち、ねぇ…ウチの店でも
手際よく処理してくれるよね?アレ助かってるよ」


「住んでるトコがオンボロですから、イヤでも慣れますよ」





容器を布巾で拭く手を止めずに 少年は
なんてこと無いかのように返事した





「キレイ好きなのは血筋だったりもするの?」


「かも知れませんね」





なんともいえない沈黙を挟み、マスターは
淡々とコーヒーをいれつつ再び口を開く





「仲いいよね、あの子ら」


「そうですねー基本三人でいますし」


「バイトでもそうだけど、そうそう最近は君のコト
"頼りになる先輩だ"ってホメてるみたいだよ」





振り返ったその顔が、少し驚いていたのを
マスターはバッチリと見ていた





苦笑いを浮かべたオールバックの少年は


「…過大評価ですよ」





差し出されたトレーの上のコーヒーや料理を
受け取って、注文されたテーブルへ運んでゆく







他の客から注文を承って キッチンへ戻る最中


ちらりと四人のテーブルを見ると、まるで
示し合わせたみたいにまったりとした顔をしていて


クスッと小さく口元で笑っただが





鳶色の瞳に気づいてか、つぐみが視線を合わせ


"にへっ"とでも言うような とても幸せそうな
彼女らしい笑顔で返してきた







胸を締め付けられるような感覚に耐えられず


彼は、視線を逸らしてキッチンへ戻る





「どうしたの?つぐみちゃん」


「何か良いコトでもありました?」


「んーん、なんでもなーい」


「アナタらしいですわね」







のんびりとした会話を背に、どうにか顔の熱と
動悸を落ち着かせようとしている





「今のは男ならドキっと来るよね」


低い声が 実に楽しげに追撃をかける





「顔、真っ赤だよ?」


暑いんですよ、こんな季節ですから
…なんで笑ってるんですか?」





そうやってムクれるトコロは年相応だな、と思いながらも


マスターはそうかいと返したのだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回の夢主はちょっとツンツンしてます
けどコレはコレで少年っぽいかもです


つぐみ:今回はホントいろいろお世話になったから
今度ちゃんとお礼しなくっちゃ


アーニャ:あんな足の速い悪魔を倒せただなんて
まだ信じられませんわ…


マスター:そう?てゆうか暑いなら髪の毛
バッサリ切ったらいいのにね


めめ:そーですよね〜いつものツナギより
お店の制服の方が似合いますもんねベーム先輩


つぐみ:同感だけど名前は覚えてあげてめめちゃん




NOT三人組のやり取りを、端から眺めつつ
"少年の関わり"も加えてみたかったんです

結論:いつも通りの終着点!


様 読んでいただきありがとうございました!