「こんなトコに本屋さんなんてあったんだ」





デス・シティーに住んで結構経つけど、まだまだ
見たことのない通りは多くて


買い物ついでに普段通らない道を歩いてたら


建物と建物の間に、ぽつんと小さなお店があって


入り口の辺りをのぞくとズラッと並んだ本棚と本
見えたから ついつい入ってみた







外から見たお店と同じように、中もなんだか
古めかしい感じがして


昔の本独特の 紙とインクのニオイが鼻をくすぐる


天井近くまである本棚が店の壁一面と中を
ほとんど埋め尽くしていて


図書室とは違った本だらけの雰囲気に、胸が高鳴る





トコロ狭しと並んだ本棚と同じ木で出来てる色合いの
カウンターが奥の方にあって


そこにも本がたくさん積んであったけれど…





アレ?誰もいない」





店主にしろ店員にしろ そこに人がいるべき場所には
年季の入ったイスがあるだけ


お店が開いてる以上、留守じゃないハズ





…おトイレとかで席を外してるのかな?


なんて思ってたら 本棚で死角になっていたトコから
ぬっと人影が飛び出してきた





「きゃっ!?」


「うわわスミマセンお客様!なにかお探し…あ」


「あ」





一抱え分の本を両手で支えて、目の前に現れた
長いエプロン姿のクラスメート





「えっと…こんにちは君」


「ああ、うん、ええと、こんにちはマカ」


前髪で両目が隠れてるにも関わらず、とても気まずそうな顔で
視線をそらしながら返事した












〜Storia strana circa il libro
"知ることによって広がるセカイ"〜












彼が色んなバイトしてるのは知ってるし


働いてるトコで会うのも、これがはじめてって
ワケでもないんだけど





…今回のはちょっと不意打ちだったかも





「休みの日まで大変だね、お店の人は?」


「店長さんなら今いないよ…てゆうかホントは
僕も休みだったんだよね」







せっかくの休みだから、と古着屋めぐりをしてたら
この古本屋の店長さんにつかまって





『わし用事あるから店番頼んだぞーい』


今日僕お休みなんですけど!いやそれよりも
いきなりお店任されましても!!』


『大丈夫大丈夫、なら店の手順覚えとるじゃろ
どーせウチは流行っとらんし戻るまでいればいいから』





みたいな流れでお店のカギ預けられて


お店をまるごと任された…と、なんともいえない
いきさつを 苦笑いで君は話してくれた





「信頼されてるんだとしても たまたま会った顔見知りに
丸投げって…」


「よくあるコトだし、今に始まったコトじゃないよ」


「そうかもしれないけど」





それでいいの?とか どんだけ
アバウトな店長なんだろう、とか言いたいコトはたくさんある





「まー貴重な休みは潰れたけど、思わぬ収入が
入るって考えればコレはコレでありじゃない?」


「意外と前向き!?」





な、なんか"慣れてます"って感じにしゃべってるし


君ってバイトがらみだと、割とたくましいかも…





「ちなみに今日のこの仕事とか、その辺りのコト
ナイショにしといてもらえるかな?出来れば」


あと、案外ちゃっかりしてる







よくよく考えれば今こうしてバイトしてるのは

"顔見知りだから"ってコトで発生してる成り行きのもの


つまり ちゃんと死武専で許可とってるバイトじゃない





普段の私なら、そんな話を見過ごすなんて
出来ないし よくないって言えるんだけど





手を合わせて頼みこんでくる君が

少し必死で、ちょっとカワイくみえちゃったから


まあ…今回だけは見逃してあげようかな







「いいよ♪」


「ホント?ありがと!


「その代わりさ、よさそうな本があったら買ってくから
…ちょっと値段オマケして?」





冗談めかして言ってみたら、君は真剣に
腕を組んで悩んだ後に こう言った





「まあ、今回こっきりだったらいいよ」


ホントにいいの?
店長さんに怒られたりとかしない?」


「平気平気、売り上げにコウケンしてれば
むしろよろこんでもらえると思うよ?」





どんだけ流行ってないの?このお店…


不安ながらも値引きしてもらえるなら、と

気を取り直して 店内の本を物色する







本棚の上から下まで ぎっしり隙間なく本が詰められ


カウンター付近に平積みされてる本の量も
軽く辞書三冊を越えるくらいある





そのカウンターに腰かけた君は


持ってきた本を手にとって、てきぱきと
半透明の薄いフィルムみたいなモノをつけていた





「それ、なにやってるの?」


「本を日焼けから護るのにパラフィン紙をかけてるんだ」


ああ!本にかけるカバーと一緒だ!」





そうそう、とうなづきながら彼は、パラフィン紙で
カバーされた二冊目の本を積み上げていく





一冊目と全然違う大きさや厚みなのに


キレイにぴっちりカバーされてて、ムダがない


キッド君じゃないけど…こういうのって
なんだか見てて気分がいい





積まれてる本のタイトルを確認しながら





しばらくカウンターの側でじっと作業工程を
見つめてたら 顔を上げた君と目が合って





「えっと…なにかな?」


、ううんなんでもないよ」





鳶色の瞳で見つめられたから


あわてて別の本棚へと歩いてゆく









掃除が行き届いているのかお店の床や本棚

それと収まってる本にホコリは一つも見当たらない





並んでる背表紙はどれも色が褪せてたり
くたびれてたりして、かなりの年月を感じさせる


タイトルも 見覚えがあるものよりもないものの方が多い


内容も小説や専門書、雑誌に図鑑にマンガなどなど
たくさんの種類のモノが揃えられてるけれど


ふしぎと雑多な印象はまったくない







いくつか目に付いた本を手にとってページをめくり


ついつい読みふけっちゃいそうになるのを
繰り返しながら、本棚の間を渡り歩くと





上の棚の方に おもしろそうなタイトルの本があった





「んー…届かないなぁ」





手を伸ばしてもギリギリで足りない、こんな時
ソウルがいたら取ってもらえるんだけど





踏み台でも探そうかなと手を引っこめたら





入れ替わるように、すっと横から伸びた手が本をつかむ





「読みたかったのって、これ?」





すぐ隣からの問いかけと 意外にがっしりしてる
間近の腕にドキっとした





「そ、そうそう取ってくれてありがと」


"神話と歴史の因果関係"なんて
難しそうなの読むんだね、重くない?」


「これくらいなら普段持ち歩いてるのと変わんないかな」





そう答えると、君は微妙に口元を引きつらせて
ほんの少しだけ後ろに下がった


…もしかしてマカチョップが頭に浮かんだのかな





ちょっぴりムッと来たけど、売り物の本を
振り回すのもよくないしガマンガマン





「じゃ戻したくなったら呼んでね」


そう言って、彼は後ろの本棚へ向き直り


小脇に抱えてた 薄い半透明カバーがかかった本から
一冊を抜き出して本棚へと収めだす







"神話と歴史の因果関係"はかなり読み応えがあって


ついつい三分の一ぐらい読み進めちゃって

少し目が痛くなってきたから


休憩がてら、買おうか考えて値札を見てみた





「う、結構高い…」





オマケしてもらうにしても限度があるだろうし
手持ちのお金じゃ全然足りない


…また今度の機会に買おうかな





心の中でそう決意して





君 悪いけどこの本戻し」





言いながら振り返るけれど誰もいない





辺りを見回しても、別の本棚へ移動してみても

彼の姿はどこにも見当たらな


「なにやってるの?」


「きゃああぁぁぁぁ!!」


「うわああぁぁぁぁぁ!?」





いきなり声をかけられて思わず叫び声をあげたら
かえって驚かれてしまった





急に出てこないでよ!ビックリするじゃない!」


「ご、ごごごゴメン!別におどかすつもりとかは
なかったんだけど、てか逆にこっちが驚いたよ」





どうにか"神話と歴史の因果関係"を渡すけれど


まだ心臓がバクバク言ってる…





時々"影が薄い"ってからかわれてるのは知ってたけど

まさかこんな形で実感する日がくるなんて





「あのさマカ、さっきお茶が入ったんだけど
…よかったら飲む?」







困ったように笑いながら 君が言うので





「ちょうどノドも乾いてるし、もらおうかな」


お言葉に甘えるコトにした









受け取ったコップはひんやりしてて、口にふくむと
紅茶のいいニオイが心地よく鼻を抜けていく


アイスティーかと思ったけど、コップに
氷はひとかけらも浮いてないし


アイスティーより飲みやすいような気がする





おいしい!これ、どうやって入れたの?」


「お湯じゃなくて水出しで入れた紅茶なんだよね
ここの店長にやり方教わったんだ」





店長のはもっとおいしいよ、なんて言いながら
彼は自分のコップをかたむけるけど


この紅茶も十分おいしいと思う





そう伝えたら、亜麻色の髪に隠れてない
顔の部分が赤く染まった





「そ、そうかな…」





男の子のハズなのに、こーいう分かりやすい
反応するトコはなんだかカワイイ







その姿を見て…ふと クロナのコトを思い出し





コップの中へと視線を落とす私へ
君がおずおずと話しかけてきた





大丈夫?どうかしたの?」


「なんでもないよ、大丈夫」





笑いながら 話題を変えようと周りを見渡して







一つの本のタイトルが目に入った





「ああ、アレ日本に伝わってるお話を集めた
絵本全集らしくて ずいぶん前から店にあるヤツで」


「表紙のお話は"うらしまたろう"だよね」


「なんで知ってるの?」





本を抜き出して表紙を見てみれば、やっぱり昔
ママに読んでもらった本と一緒だった





「そっか、偶然ってスゴイね トコロでその
ウラシマタロウってどんなお話?」


「カメを助けた"うらしまたろう"が、竜宮城っていう
海の底にあるお城へ招待されて…」





簡単にまとめて説明すると、君は
ころころと表情を変えながら真剣に聞き入ってて





ラストの部分を語り終えると


「なんだか切ないお話だね…タマテバコを開けた
ウラシマさんがいけないんだとしても ちょっと悲しいな」





しゅんとした声音で 感想を述べてくれた





「私もそう思ってママに聞いたの、そしたらね…」







このお話の後"うらしまたろう"がどうなったかは
ハッキリ決まってないらしく





おジイさんになった主人公がツルになって飛んでいって


カメになった"乙姫"と再会して夫婦になったって
いう話もある、って言っていたっけ





『パパとママみたいに?』





その頃は 二人はまだ仲がよかったから


"そうよ"って言って、笑ってくれたのを覚えてる







夫婦になってたならいいね って言いながら
彼は、表紙の絵をしげしげと眺めて呟く





「そっか…これってそんな話だったんだ
まさに"目からハム"だね」


「え、なんでハム?」


あれ?こっちじゃそう言わないの?」





とまどってる君から聞いたトコロ、どうやら
"目からウロコ"と同じ意味らしい





そこから、それぞれの国のことわざとか
迷信についての話が一通り盛り上がり





へ〜イタリアじゃ13ってラッキーな数字なんだ」


「うん、逆に不吉って言われてるのが17日の金曜
あいにく理由までは分かんないけど」





ちゃんとした反応が返ってくるから
ついつい話も弾んじゃって







「そういえばマカ、そろそろ帰らなくて平気?」


「えっ…」


訊ねられて、窓の外を見てみたら





すでにとっぷりと日が暮れて暗くなっていた





「ヤバ!もうこんな時間?!」


「熱心に色々話してくれてたから声かけづらくてさ
…もうちょい早く言えばよかったね、ゴメン


君のせいじゃないよ、気にしないで」





どうしよ、もう少しここで本を読んでたい


それにせっかくだから一冊くらい買っていかないと
なんだか悪いような気もする


でもそろそろ帰らないと、ソウルやブレアが
心配するだろうし パパだって…







悩んでいる私へ、君がそっと耳打ちしてきた





「本は逃げないから、今日は帰ったら?」


「そうかな でも」


"神話と歴史の因果関係"なら、店長に話して
ちゃんと取っておくから…ね?」





自分がいる時なら値引きも出来るから、と今度お店で
働く日時を走り書きしたメモ用紙を渡されて


口ごもりながら、なんとか私はお礼を言って外へ出た









アパートで待ちくたびれてたソウルがたずねる





遅っせーよ、お前どこまで本探し行ったんだよ」





手の中のメモ用紙が少し熱を帯びた気がして


にぎりしめながら、私は小さく笑って答える





「ヒミツ」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回はお休みの日にとっ捕まったので
彼のカッコはツナギじゃなくて普通の私服ですよ


マカ:って言われてもエプロンでほとんど見えないし


ソウル:店番が勝手に茶ぁ入れてていいのかよ?


狐狗狸:その点については、元々店主は店番ついでに
お茶を飲み 常連にも振舞ってくれるという裏設定が


二人:自由すぎる!!


スピリット:てゆうかちょっっと待てぇぇぇ!
のヤツ、マカになにモーションかけてんだ!


狐狗狸:ちょい待ち、なんで出てきてんですk


スピリット:そんなコトはどーだっていいんだ!
てか父親として黙ってられるか!
あの野郎人畜無害な
ツラしてやっぱりマカのコト狙ってやが


マカ:うるさい!!(マカチョップ炸裂)




イタリア人は割合迷信深いらしい、そしてマカは
日系だから 日本のおとぎ話とか聞いてるかもという妄想


様 読んでいただきありがとうございました!