バケツや鉢に差されて店にずらりと並んだ
色とりどりの花が 元気な太陽の光に照らされ輝く
今ぐらいは、花屋にとってわりと忙しい時期だ
「そこのカーネーション包んでちょうだい」
「はい、ただいま!」
月の初めにも中ほどにも、終わりごろにも
祝日や記念日なんかがあって
デス・シティーのまわりが砂漠だらけだからか
入荷や管理の関係で花の値段はちょっと高めだけど
それでも欲しい人は買っていく
一通り客足が落ち着いたトコロで、オーナーが
ほっぺたに手を当てながら言う
「そろそろバラの剪定に力を入れないとねぇ」
「ああ…もうそんな時期でしたっけ」
茎を足下2cmほど切り落とした花を、新しい水で
満たしたバケツに入れ替えながら答える
「君にやってもらうと切り口鮮やかで
キレイに長持ちして咲くからね〜今年も頼むよ?」
「はじめはもたついてたブーケ作りとかも
今じゃ、すっかりお前の方が上になったからな〜」
「いやいや、まだ店長や先輩方にはかないませんって」
ケンソンすんなと言われるけれど、僕は本気でそう思ってる
実際バイトのひとつで花屋に働くまで
花の種類だの咲く時期だのがあることも
まして"水をあげて日を当てときゃ育つ"ぐらいにしか
考えてなかったから 知らなかった
「よっこい…しょっ!!おおぉっと」
肥料が…こんなに重たいって!
まだまだやるコト残ってるし、手早く運ばないと
いけないんだけど…今月はやたら忙しかったせいで
腕にも腰にもうまく力が入らない
けどこれしきで音を上げてるヒマはない
そろそろ今月分の学費も納めなきゃいけないし、と
ぼんやり考えていたら、バランスを崩しかけて…
「おいおい、大丈夫か?」
「あ、スイマセンわざわ…ざ…」
お礼を言おうとして振り返った僕は 言葉を失った
よろけた僕の背中から、腕を伸ばして肥料が入った
ダンボールを支えてくれたのは
……死人先生だった
〜Il loro guaio per sostenere arte floreale
"微妙に距離感のある二人"〜
「礼には及ばん、困った相手を助けるのは当然だ
オレも生前はそんな男…ん、んん?」
「どうかしましたか?」
「いや、何だか見たような顔の気がしてな
どこかで会ったコトはないか?」
ヤバイ この距離でガン見されたらバレるかも
「そうですかね?どこにでもある顔ですから」
そう言いながらダンボールへ向き直って、気合で
死人先生から離れて移動する
「お、おい大丈夫なのか?」
「平気ですよコレくらい、ご心配なく」
「おい!なーにチンタラしてんだよ!」
先輩の呼びかけに 思わず顔が引きつったのが
自分でもよーく分かった
「す、スイマセン!今行きます!!」
「おう、配達もあるから早くな」
おそるおそる死人先生の顔を見る…あ、ダメだ
気づいたって顔してるコレ
「ああ!お前やっぱり」
「さっきはありがとうございましたっ!」
出来る限り頭を下げて、必死の思いでダンボールを
持ち上げたまま その場からダッシュで逃げた
…おかげで腕が千切れるように痛いけれど
まさか、花屋に入店はしてこないハズだよね?
スピリット先生とかならまだしも、死人先生が
花を買う用事なんてあるとも思えないし
しばらくは、中の花のメンテだけしてやり過ごそう
そう考えて 手近にあったマーガレットへ手を
伸ばしかかったトコロで足音が聞こえて
「いらっしゃいませお客さ…」
危うく、アイサツが悲鳴に変わりかけた
どこか気まずそうに店へと入ってきたのは
今、一番見たくない 真っ青なゾンビ顔だったから
「ど…どうぞ、ごゆっくり…」
なんとかそれだけを伝えて、僕は死人先生から
離れた場所にある花のメンテへと取りかかる
死人先生は、なにも言わずに花を見ているようだ
な、なんで来たんだろう…花を買いに?
いやもしかしたら園芸シュミとかあるのかな?
ここ苗とか肥料、種も一応取りあつかいやってるし
なんでもいい、先輩や店長がまだ店にいる
仮に僕が応対することになっても誰かしら残ってれば
先生だって そう長居はしないハズ…
「そんじゃオレは配達行って来るから」
「え?」
「ああそうそう、仕入れとか経理もやっとかないと
君 お店の方ちょっとよろしくね」
「ええっ!?」
そう思って タカをくくっていた僕の思惑を
事前に察知していたみたいに
二人は店からいなくなって、僕は店の花を
任されての留守番にされてしまった
…店には今、死人先生と僕だけしかいない
もくもくと鉢のメンテをすませていくけど
さっきまでの客足がウソのように、誰も来ない
入りかけたお客様もいたけど 花を見ている
死人先生が怖いのか、すぐに出て行ってしまった
長居されると困る、さっさと帰ってほしい
でもさっきのアレがあるから声をかけるのは
今ちょっと抵抗が…
「」
声をかけられて…後ろを振り向いてみると
困ったような眼差しをしている死人先生と目が合った
……相手は客だ 無視を続けるワケにもいかない
腹をくくって、歩み寄った僕へ彼は言った
「この店でのバイトは、初耳だったと思うが?」
う…やっぱり指摘されたか…
原則、バイト禁止の死武専だけれど
寮でのお小遣いが尽きた…とかの"働く理由"があれば
申告してのバイトが許可されている
でも僕の場合はいくつもかけ持ちしたり入れ替わりが
激しかったり、深夜まで働いたりの関係で
…申告してないバイトも いくつかある
だからなるべく見つかりたくなかったのに
「若いうちの苦労は買ってでもする…オレも
生前はそんな男だった、だが限度はあるんじゃないか?」
「気をつけます…トコロで先生はどうしてここに?」
訊ね返すと、逆に死人先生が言葉をにごす
「少し入用でな…花束を買いに来た」
「そうなんですか」
失礼だけど、似合わないと思った
死人先生だと、どっちかって言うと苗とか
肥料を頼まれるタイプに見える
花束が似合いそうな人だと…やっぱり
スピリット先生とか、マリー先生とか、かなぁ?
ちらり、と冷凍ケースに入っているバラのつぼみへ
目を向けながら考えてしまう
まだ今はちょっと少ないけど…バラはこれから
咲いて店に並んで入荷されてくる
花束にして贈ったら 女の人はよろこぶかな?
『ありがとう!先生うれしい!』
満開のバラに負けないくらいの まぶしい笑顔が
見られるなら…お金くらい惜しくないかもしれない
「お前は、花を買ったりしないのか?」
急にそう聞かれたので、僕は頭の中に浮かんでた
妄想をあわてて打ち消した
「へ!?いやその、渡したい人もいませんし!!」
「いるだろう?たった一人だけ」
真剣な声音で 死人先生が目で差したのは
真っ赤に咲いた…カーネーション
頭の芯が、すっと冷めた心地がした
「…知ってて、言っているんですよね?」
「まあな…気に障ったなら 謝る」
なんのつもりでワザワザそんなコトを口にしたのか
分からないけど、詳しく聞くつもりはない
僕とこの人は、今はあくまで"店員"と"客"だ
「それで、どんな花をお探しですか?」
「そうだな…まず白い花がいい」
バクゼンとしてるなぁ…なんのために贈るのか
聞いておいた方がいいかもしれない
「贈る相手は、どんな人ですか?」
「以前世話になった男だ…
アイツとは、いい飲み友達だったんだ」
そう語る死人先生の口調は、なんだか懐かしむような
遠さを感じさせていて
僕は…今更ながら今月末の祝日のコトを思い出す
「それなら、今の時期だと白いカーネーションやユリと
カスミソウなんかの取り合わせがいいでしょうね」
「おおそうか!しかし白だけじゃ味気ないな」
「あくまでベースですから、これに値段見ながら
他の色の花を追加してみましょうか」
「そうだな、じゃ適当に見繕ってくれ」
「構いませんけど…亡くなった方は、特に
好みの花とかありました?」
死人先生は、腕を組んでうーんとうなって
「いや、アイツはオレと同じように
そういう繊細なモノはとんと分からん男だった」
「あ、そうですか」
ガーベラやフリージア、トゲのないバラなんかを
見せたりして色々と相談し
白がベースで適度に赤と青の入った花束が出来あがる
そしたら茎同士を固定して、下の部分に湿らせた
脱脂綿をくくりつけてアルミで包む
その後フィルムで巻いて形を整えているのを
じっと死人先生が見つめていたので、ちょっと
やり辛かったけど 慣れているから崩れずに出来た
「見事なモンだな」
「これくらい出来ないと働けませんから」
「花屋の仕事は、大変なのか?」
「まあ…思ったより体力いりますね」
朝には市場から買いつけられた花を、それぞれの
種類に合わせて処理してかなきゃいけないし
祝日や記念日多かったりするとその量だってハンパない
そん時に出るゴミ捨てやバケツの水を換えるのだって
結構な重労働だし、肥料や器具だって運ぶ
…慣れないうちは腕や足がガクガク来たっけ
「そうか…あー、ここの花は生き生きとしてるな
オレも生前はこれくらい生き生きとしていたモンだ」
「水替えとメンテは花屋の基本ですから」
先生の方については、何も言わないでおく
リボンを結んで 完成した花束を先生へ手渡す
ううん…やっぱり似合わない
「…オレが花を買うのは、珍しいか?」
ふいに聞かれて、ドキッとした
「あ…えと、バレてました?」
「なんとなくはな まあガラじゃないのは
オレも分かっている」
「ゴメンなさい、その…」
「謝らなくてもいい、この店に寄ったのは
ついでのようなモノだからな」
サイフから花束の代金を払い、おつりを受け取る合間も
死人先生はため息まじりに続ける
「マカ達もそうだが、最近は保健室通いになる
ヤツらが増えたとナイグスからも聞いてて心配でな」
「まあ、心配になる気持ちは分かります」
「他人事みたいに言うけどな、オレはお前も
心配してるんだぞ?」
じろりとにらまれて、ちょっと血の気が引いた
「あの先生…出来れば、ここでのバイトは秘密に…」
「分かっている、オレは口が固い…そういう男だ
だが無理はするんじゃないぞ?いいな」
「…はい」
両開きのドアから一歩外へと踏み出して
そうだ、と言いながら振り返った先生が
花束から 白いカーネーションを一本抜き出して
僕の前へと差し出してきた
「あの、この花は…?」
「お前のおふくろさんへの、ご冥福を祈って」
普段よりもずっと穏やかで優しい声で
死人先生がそう言って 青い顔で笑っていて
…ありがとうございます、と言いながら
カーネーションを受け取ったけれど
うまく言葉にならなかった
「それじゃ、バイトもほどほどにな」
そう言って立ち去ろうとする背中に、なにか一言
伝えなくちゃ気がすまなくて
でも、正直に感謝を伝える気にはなれなくて
「今度は、ナイグス先生へのプレゼントで
来るコトをお待ちしてますよ」
苦しまぎれにそう口にした直後
ぶっと吹き出して、死人先生は目を丸くして
真っ赤になりながらこっちを見返してたので
ちょっと笑ってしまった
もらった花は、キチンと分けてもたせて
バイトが終わってから オンボロアパートへと
持って帰ってコップの水へ差し替える
「マンマ…僕は、今日もがんばってるよ」
小さなフレームへと語りかけて、僕は店長から
聞いていた白いカーネーションの花言葉を思い出す
「"私の愛情は生きている"、か…」
厳しくて不器用で、意外と情に厚い死人先生に
不思議とその言葉は当てはまってるような気がした
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:アメリカには三回忌とかはなく、好きな時に
お墓参りが出来るので 命日やメモリアルデーに
墓地へ赴くらしいです
ナイグス:母の日のカーネーションも、故人が
好きだった花を捧げたのが元となっていると聞く
狐狗狸:ちなみに墓前へ贈る花も特に決まりは
無いとのコト、季節や宗派などは別として
死人:そういえば、オレが死んだ時には
花が手向けられていただろうか…
ナイグス:私は手向けたと思うが
狐狗狸:NOTの3巻以降見ないと何とも言えません
けど、少なくとも花は贈られたと思いますよ?
死人:ああ、人望厚い…オレはそういう男に
なっていたハズだ、多分
狐狗狸:大丈夫 今でも人望は厚い、多分!
時系列は適当です、壁のある二人がちょっと
距離を縮めた一幕 といった感じで
様 読んでいただきありがとうございました!